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『さようならの代わりに 』
レナ・スウォンプ3428)&レシィ・シゥセ・レガス(NPC0837)


 黒をベースに、幾つも鮮やかな異国風の柄の布を重ねたワンピース。アンティークのビーズを繋いだブレスレット。銀色の指輪は良く見ると猫が指に巻き付くようなデザインになっている。
 どれもこれも可愛い、素敵、と買ったりもらったりしたものばかりだ。手に取って改めて見ていれば、手にした当時のそんなわくわくした感情が蘇ってくる。
「改めて見ちゃうと、手放すのが惜しくなるわねー!」
 ブラウスを広げてそう独白すると、後ろから女の声が割って入った。
「手放したくないなら今からでも荷造りすればいいんじゃないか?」
「やーね。ショバ代は払ったじゃないの」
 振り返れば、テラスの椅子で足を組んで頬杖をついた女が一人。中身は彼女、レナよりもどうやら年上である。何しろ彼女の周りにはまとわりつくように幼い子供が居て、背後には「久々に里帰りした」とかいうレナと変わらぬ年齢に見える男女が3名ほど、レナの広げた「商品」の周りを興味深そうに見守っている。当人に訊いたところ「自立した子を含めると子供は1ダースくらい居る」らしい。
 場所はクールウルダ町内の孤児院だ。王都から決して距離が開いているわけではないが、街道からは外れているので普段は人の気配は多くないその町の、小高い丘にぽつりと建っている孤児院。その中庭に、レナは自らが持ち込んだ衣料品やアクセサリーを展示し、露店販売をしていたところだった。場所を借りる代金として、この教会の実質の主、「副院長」を称するヨルには手に入りにくい魔法薬の材料を幾らか融通してあった。
 こうして、ひとつひとつ懐かしい思い出の品を売りに出しているのには、理由がある。簡単に纏めてしまえば、遠方へ行くことになり、荷物を減らして身軽になる必要があったためだった。
 少しばかりの感傷に、しばしレナはその風景に見入った。アクセサリーのひとつを手にした女性は隣の男性にそれを見せ、男性の方は興味なさそうに欠伸をして小突かれている。
 あのアクセサリーはそういえばどんな時に買ったものだったか。初めて身に着けた日、そういえば自分も、相方のような男性の似たような、興味のなさそうな態度に、小突きこそしなかったがむくれて見せたような記憶がある。
 ひとつひとつ、思い出のある小物と衣服たち。
「…良かったの。大事なものなんでしょ?」
 その風景を頬杖をついて横目に眺めつつ、女――レシィがそんな問いを投げて来る。良し悪しでの判断はできないなぁ、とレナは苦笑して腰に手を当てた。手放すのが惜しいのは事実で、手放したら自分はきっと寂しいだろうと確信を持てる。けれども。
「これが最善だと思うのよねー」
「最善なんてらしくないわね。やりたいことを笑って楽しくやるのが貴女の流儀だと思ってたんだけど?」
「感傷よ、かんしょー。魔女にだってそういう気分に浸りたくなる時もあるわ」
 手をひらひら振って言えば、ふぅん、と彼女は鼻を鳴らして、また横目に子供達と、更には集まってきた町の人々の様子を見遣った。異国風のアクセサリーや雑貨は、田舎町にはとても新鮮で斬新に映るのだろう。主に若い女たちが食いつき、衣服には妙齢の女性達や、中にはプレゼントにでもするつもりだろうか、僅かながら男性の姿もある。
「感傷なら、口を出すのは野暮かね。くく、我ながら野暮天だった」
「そうよ、全く。魔女の癖に、風情ってものが分かってないわねレシィ」
 軽口を交わしあいつつ、視線は二人とも、売られていく品に向けられていた。ちなみに、広げた「商品」の店番をしているのは幼い少女二人だ。金銭感覚を養う良い機会だ、とこの孤児院の副院長の方が提案したので、孤児院で暮らしている彼の娘達が店番を仰せつかったのだ。二人はせっせと小銭を数え、釣銭を渡し、リストから売れた商品にチェックを入れている。手元は幾らか覚束ないが、多少の相違くらいならとやかく言うつもりは、レナには無かった。

 ――旅立つにあたり、トランクに詰めたのはまるまる一週間以上悩みに悩んで、選んだ手放せない身の回りの品だけだった。
 身軽な旅になる。殆ど身一つ、と言っても差し支えない。
 手放すことに決めた品の処分について考えた時、真っ先に浮かんだのがこの孤児院だった。馴染みの店に纏めて引き取ってもらうことも選択肢にはあったが、折角だから、新たな持ち主がどんな人間か、果たして自分が大事にしたものを同じくらいに大事にしてくれるか、それこそ感傷だ。

「寂しいわね」
 感傷だ、と言い切った手前、これくらいは口にしてもいいだろう。傍らの魔女に告げれば、彼女は一度だけレナに目をやり、それから娘達へと目線を戻した。とはいえレナの言葉を聞いていなかったわけでも無いようで、
「…そうね」
 単純な同意だったのか、あるいは遠方へと去るレナへの惜別も込められたものだったか。
 あえて問い返すことはせず、レナは、ただの相槌ともとれる言葉にふ、と笑みを浮かべた。その一言が聞けただけでも、来た甲斐はあった。


 日没が近付き、既に即席露店の周りに人の気配は無くなっていた。子供たちが売り上げを計算し、リストと見比べ、齟齬が無いかを確認している。手元こそ覚束ないままだが、妙にきちんとした体制が整えられているのは間違ってもこの「院長先生」の指示ではない。副院長の少年魔女の指示によるところなのだろう。几帳面で神経質な彼らしい気配りではある。
「はいよ、売り上げ」
「はぁい、ありがと」
 中身確認しなよ、とあきれたように言われたが、レナは気にせず手渡された小銭の詰まった袋を懐へそのまま仕舞い込んだ。元より、細かい金額の齟齬など気にする性質ではなかった。代わりに、懐からいくつかの魔法薬と材料を取り出す。
「じゃあこれ、場所代ね」
 革袋を受け取り、レシィはらしくもなく少しの間だけ口ごもったようだった。代わりに周りの子供達が、口々にレナに言葉をかける。
「おねーさん、遠く行っちゃうってホント?」
「寂しいな。ね、いつか大きくなったら逢いに行けるかな」
 どうかしら、とレナは笑みを浮かべたまま、顎先に手を当てて思案した。
「生きてれば会うチャンスもあるわよ、多分ね」
 そう返して、ふと思い至り、露店に残った品物へ目線を戻す。
 なんでも小さな田舎町特有の迷信深さゆえか、「縁起が悪い」とされる黒いブラウスや、ジェットを使った黒ベースのアクセサリーは敬遠されてしまったようだ。そうした品物が幾つか残されている。
「残ったものはこっちで処分しておく?…身は軽い方がいいんじゃない」
 少しばかりぶっきらぼうな調子で彼女が告げたが、レナは首を横に振った。
「身が軽いかって言われると、思い出がたっぷりだから、どんなに物を捨てても重くなる一方なのよ」
「その理屈だと、私やハニーは身体が重くなる一方だなぁ。…じゃあ持っていく?」
 いいえ。レナは笑って首を横に振った。それから腰のあたりにまとわりついている少女の一人に目線を合わせる。
「あのブラウスとネックレス、どっちか欲しい?」
「くれるの、おねーさん!?」
 ぱっと顔を輝かせたのは、長い髪をリボンで纏めた少女だった。まだ10歳には届かないくらいの年代だが、同年代のもう一人が古着の端切れと思しき布で髪を無造作にひとつにまとめているのと比較すると、鮮やかな布を選んで結び方にも気遣いが現れている。つまり、お洒落が好きな子なのだろう。一方、一つ纏めの方の少女は窘めるように、リボンの少女を見遣る。
「…もう、我儘言っちゃだめよ。第一、私達には合わないわ」
「大きくなったら着られるから問題ないわよ! ね、おねーさん、いいの? くれるの?」
 目をキラキラ輝かせるリボンの少女に苦笑しつつ、レナは残った商品を見遣った。ブラウスにスカートは黒地に刺繍が施された、ちょっとばかり派手なもの。黒のパンツは改まった場所でも着られるシックなデザインだ。
「そうね。じゃあ、あなたにはこっち」
 フェイクパールのアクセサリーと、シックなパンツを手に取り、レナは彼女に手渡した。
「えー? 地味じゃないかしら」
「ふふ。そう見えるでしょ? でも、これだと色んなお洋服に合わせられるの。あなたはきっと、そういう工夫をするのが得意な女性になると思うから」
 レシィがもの言いたげに目線で問うて来たことにも気づいたが、レナはウィンクひとつで黙らせておいた。それから、地味めな少女に刺繍入りのブラウスとスカートを渡す。案の定、少女は戸惑いと怪訝を浮かべた視線をレナへ向けた。
「わ、私には…こういうの、似合わないわ」
「いいから、いいから。たまーに、でいいのよ。こういう型破りなものに袖を通して、自分を少し、解放してあげて。…それにあなた、大きくなったら美人になりそうだもの、これくらいインパクトのある服でもきっと似合うわ」
 その褒め言葉は不慣れなものだったのだろう。少女は頬を染めながらその服を受け取り、生真面目そうに頭を下げた。
「ありがとうございます。…大事にするわ」
「あ、私も、私も大事にするね!」
 二人の少女に笑みを向けられ、レナは頷いて顔を上げた。そろそろ出立の時間が迫っている。
「そろそろ出る?」
 レシィの問いに、ひらりと手を振って応じた。
「行くわ」
「そうか。行ってらっしゃい」
「また縁があれば会いましょう?」
 身の回りの最低限を詰め込んだトランクを手に取り、レナは肩越しに振り返る。手を振る女は、苦笑したようだった。
「どこまでも前を向いて歩いている方が、あんたらしいよ、レナ」
「…ねぇレシィ、そういうとこ、女誑しだって言われたことない?」
「ははは、いくら誑してもビクともしない可愛いハニーを持ったからなぁ。鍛えられたんだろ」
 女はにやりと、人の悪い笑みを浮かべる。湿っぽい別れなど似合わないし、趣味でもない。レナはその笑みに満足して、前を向いた。日没が落ちて、遠くにそろそろ月が見える。もう少しで満月になる、僅かに欠けた月。魔女の旅立ちには、相応しい風景に違いなかった。
「じゃあね!」
 軽い挨拶だけを残して、レナはそして、歩き出した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2016年05月09日

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