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『【Everything began from there】 』
ka5673)&センダンka5722


●いつもの様に
「こんにちは」
 いつもだいたい同じ頃合いに、いつものように勝手口から勝手に入ってきて、いつもと同じ言葉をかける。
 家の主からの返事は……相変わらず、ない。
「こんにちは、セン?」
 既に我が家同然に知り尽くした家、ひとまず板間に持ってきた風呂敷包みを置き、名を呼びながら居そうな場所を――散らかされた洗濯物を時おり拾いつつ、部屋を窺う。
 大して広くもない安普請、案の定、一室で探す相手は大の字にノビていた。
「セン、寝ているのですか?」
 ……ぐぅ〜ぅ。
 酒徳利が枕代わりのセンダン(ka5722)にそっと問えば、返事代わりに腹の虫が応じる。
「もしかして、朝から食べてないのですか……少し待っていて下さい、すぐ作りますから」
 呆れることなく優しい口調で、洗濯物を抱えた閏(ka5673)は台所へ取って返した。
 残された方は来訪に気付く様子もなく、起き上がる気配もなく。
 ただ、腹を減らして横たわる。

 片端を口にくわえ、くるりとたすきをかけて袖をまとめる。
 それが、言わば始まりの合図。
 まず最初に閏は水がめへ新しく水を汲み、風呂敷を解いて米の袋を取り出した。
 米を研ぎ、炊く支度をし、待つ間はタライを出して洗濯物を洗う。
 かまどに火を入れ、火の加減を見てから、綺麗になった洗濯物を物干し竿へ干し。
 次に取り掛かるのは、部屋の掃除。
 甲斐甲斐しく家を綺麗にしていく手際は慣れたもので、そうした物音を聞きつけたセンダンが起き出してくる素振りは全くない。
 これもまた、いつものこと。
 もし殊勝にも手伝いをしようと現れたなら……閏のみが嬉しげに微笑み、他の友人達は「すわ天変地異の前触れか」と訝しんだことだろう。
 やがて台所からは食欲をそそる香りが立ち上り、ますます腹の虫が騒ぎ立てる。
「あ゛〜〜……」
 枯れた喉で呻きながら、のそりとセンダンは身を起こした。
 傍らの酒徳利がカラだと分かると部屋の隅へ転がし、ぼしぼしと腹を掻く。
 ぼんやりとしていても物音や匂いから家の中の状況はだいたい分かり、おもむろに立ち上がった。
 台所へ行き、水がめから柄杓(ひしゃく)で水を汲み、そのまま口をつける。
 喉の渇きが収まったところで、後ろから耳慣れた声がした。
「セン、起きたんですか」
「……腹ァ減り過ぎて、寝てられるかよ」
 ざっと台所を見回しても、つまみ食い出来そうなモノはまだない。
「すみません、もうすぐ出来ますから」
「早くしねぇと、てめぇ殺して喰っちまうぞ……」
 舌打ちをし、ぶつくさと文句を言いながら戻って行く背中を、笑顔で閏は見送った。
 そして美味しいご飯を作ることに、専念する。
 ただ彼に喜んでほしい、その一心で。


 旨い食事に、言葉は不要だった。
 もちろん「美味しい」とか、簡単な一言でもあれば嬉しいが。
 差し向かいで食事をするセンダンは酒を飲み、がつがつと飯を喰らい、また酒を飲み、肴をつまみ、酒を飲む。
 その潔い喰いっぷりと飲みっぷりは、見ている方まで楽しくなって。
「……要らねぇなら、喰うぞ」
 見惚れていると、休みなく動く箸が閏の前から焼いた肉を浚っていった。
 もちろん断りを入れたのは、卵焼きが消えてからである。
 でもそれさえも、閏にとっては嬉しかった。
 煮物の皿が空けば、そっとお代わりをよそい、あおった杯へ酒を注ぎ足す。
 ひとしきり飲み食いして腹が満ちると、心持ちも落ち着いたのか。
「……なんだァ、飲んでねぇな」
 あまり減っていない閏の酒杯に、センダンが気付いた。
「そうですね。ご飯が美味しくて、つい」
「独りで飲んでても、つまらねぇだろ」
 今までの飲みっぷりを他所に酒を勧め、喜んで閏も酌を受ける。
 少しずつゆっくりと杯を傾け、喉を伝い落ちる焼けた感覚に、ふ、と息を吐いた。
「悠長に、ちびちび飲んでねぇで……そら」
「でもその前に、センの杯もカラになっていますから」
 飲み干すのを待ちかねたようなセンダンに、閏は彼の酒杯の方が気になる。
 そうして幾度か酌み交わすうち、程よく酔いが回ってきた。
 こうやって、センダンと二人で酒と食事を楽しむ……そんな時間が、閏にとって本当に幸せで。
「もし、あの時に出会っていなかったら。今こうして過ごす時間も、なかったかもしれないんですね」
「あぁ? なに言ってんだか」
「ふふ……覚えてますか、セン。センと俺が『初めて出会った時』の事……」
「いつの話だ。そんな昔の事なんざ……」
 覚えてねぇよという言葉は、漬物をかじる小気味好い音と共に噛み砕かれた。
「えぇと、確か十ぉかそこらになるくらいの歳だったと思いますが」
 懐かしみながら、遠く不確かな古い記憶を閏が辿る。


   ○


 鬼たる二人が生まれ育ったのは、東方の地だ。
 四季を通じて恵みをもたらす山々に囲まれた、緑豊かな小さな里。
 そこで閏は、同じ里の子供達から――いじめられていた。
 虐める切っ掛けなんてもう覚えていないし、そもそも理由自体なかったのかもしれない。
 小さい頃から閏は臆病だったし、泣き虫だった。
 腕っぷしも他の子供らにかなわず、喧嘩をしても負けっぱなし。
 けれど、『その日』は違っていた。
 彼を虐めていたいじめっ子へ、逆に喧嘩をふっかけた少年がいたのだ。

  ……ああ、そうだ。
  やたら弱っちいのを、数人がかりで虐めてる連中が目に付いた。
  その時、弱いソイツは眼中になかった。
  興味があったのはむしろ、虐めている側。
  単に「強そうだった」という、ただそれだけの、けれど十分過ぎる理由で。

 少年はたった一人でいじめっ子達へ殴りかかり、一対多数の喧嘩に拳一つで勝利を収める。
 けれど少年も全くの無傷という訳にはいかなくて、あちこちが腫れあがり、無数の切り傷やすり傷を作っていた。
「こんなもん、傷のうちにも入らねぇ」
 沢山の怪我を閏が心配しても、いじめっ子らを追い払った少年はぶっきらぼうに返す。
「舐めときゃあ、そのうち治るだろ」
 けれど、殴られる痛みは常から十分過ぎるほど知っていたから。
 破れた服の裾を、遠慮がちに引っ張った。
 すぐ邪険に振り払われたが諦めず、今度は控えめに指の一本を握る。
 ぐぃと乱暴に押し退けられてもめげずに、土と血で汚れた手を思い切って掴んだ。
 ……せめて、助けられたお礼をしたかった。
 何回追い払おうとしても離れない相手に、とうとう少年は根負けしたのか。
 仕方ないといった風に、手を引っ張る閏の後を付いてきた。

  思えば。
  あの時から、閏の頑固さは筋金入りだった。
  弱っちくて虐められて泣いていた癖に、これと決めたら頑として譲らない。
  単に力の強い弱いなら殴って黙らせる事も出来るが、アレは殴ってどうこうなるモンじゃあねぇ。
  ……親無しの乱暴者と、大人達に迷惑がられつつ生きてた自分が。
  まさか、こんな弱虫に根負けするとかな。
  もちろん気絶するまで殴ったって構わなかったが、弱そう過ぎて殴る気も起きない。
  おまけに、こんな弱いのを殴れば、後で大人達がうるせぇってのが分かり切っていた。
  有り体に言やぁ「構うだけ、殴るだけ面倒くせぇ」、そんなのが閏だった。

 よっぽど治療が苦手なのか、彼は渋々と閏の手当てを受けた。
 薬が傷にしみて不機嫌顔が更にしかめっ面になれば、平謝りしながら手は止めず。
 治療が終わった後、取っておいた握り飯を一緒に食べる。
 腹が減っていたのか、美味しそうに少年はがつがつと握り飯を平らげ。
 センダンだ、と。
 自分の名前を教えてくれた。

  ……教えるまで、幾度も重ねてしつこく訊ねてきたのは言うまでもない。


「センは、俺の『ひーろー』です」
 きらきらと目を輝かせる相手に、当然センダンは怪訝な顔をした。
「……はぁ?」
「だって、俺を助けてくれましたし」
「あれは……まぁ、いいか」
「いいって、何がです?」
「うるせぇ、あんまりしつこいと殺すぞ」
 誤解を解くのも面倒になって睨めば、途端に泣きそうになる閏。
「泣き虫で弱虫の癖に」
 言い捨てて立ち上がり、外へ出ていく。
 肩をいからせ、ずんずん歩いて行く後ろを、しゃくりあげる声がついてきた。
 歩いても歩いても、後ろの声はついてきて。
「しつこいなっ。ついてくんじゃねぇ、弱虫!」
 振り返りざま怒鳴りつけても、歩き始めるとやっぱりついてくる。
「てめぇ……!」
「だって、センは俺のために喧嘩して、怪我して。だから……だから……」
 勘違いもいいところだが、その一途な思いは純粋で真っ直ぐで。
 自分とは全く違う相手にセンダンは面食らい、頭を抱えた。
「もう知らねぇ、勝手にしろ!」
 センダンは突き放したつもりだったが、いい方に解釈した閏は本当に『勝手に』した。
 気がつけば彼の後ろをついて歩くようになり、怪我をしていれば手当てするなどお節介を焼き、屈託のない笑顔を向ける。
 そんな閏が虐められていたのは、鬼でありながら両親が共に戦へ行かなかったせいだと、後でセンダンは知った。
 けれど、大人達の都合など関係ない話だ。
 いじめっ子の連中は何度か仕返しを試みたものの、全てセンダンが返り討ちにした。
 彼を探しては後を追う閏も次第に虐められなくなり、当然『ひーろーセンダン』の株が上がる。
「何を言われても、何をされてもセンが守ってくれたから」
 勘違いから端を発した無上の信頼と笑顔は、その後センダンがどれだけ人から唾棄されようが、敵味方の両方から刃を向けられようが、今も変わらず――。


   ○


「思えば、あの時からなんですね。本当に懐かしい……聞いていますか、セン?」
 かくんと、向かい合って座るセンダンの首が揺れた。
 すっかり酔いが回ったのか、そもそも聞く気がなかったのか、いつの間にやら舟を漕いでいる。
 ……確かに、懐かしさでちょっと話が長くなってしまったような気はするが。
「セン! 貴方という人は、もう……」
 詮無い友人に閏は頬をぷくりと膨らませ、手を伸ばして軽くぺしぺし頭を叩いた。
「……んが?」
 一瞬、起きたかと様子を窺うも、胡坐を組んだ身体が傾ぎ、ごろりと床へ寝転がる。
 程なくして、がーごーと豪勢なイビキが聞こえてきた。
「本当に……貴方という人は」
 夜はまだ、寒い。
 立ち上がった閏は薄い掛け物を取ってきて、風邪を引かぬよう寝入ったセンダンにそっと掛ける。
 それから、そっとバサバサの髪を撫でた。
「ずっと……共にいさせてくれて、ありがとうございます」
 呟くのは、感謝の言葉。
 眠ってしまった友人に届いているかどうかは、分からないけれど。

 そうして、いつものように閏は後片付けを始める。
 残ったご飯はいつものように、塩おにぎりに。
 時間があれば、取り込んだ着物の繕い物もしたかった。
 用事は多ければ多いほどいい……それだけ、センダンの傍にいられるから。

 いつものように過ごす、それは幸せな時間。
 平穏で変わらぬ、大切な日々に閏は祈る。
 いつまでも、いつものように、こうしてセンダンといられますように……と。


 柔らかく初夏の夜を照らす月だけが、小さくささやかな祈りを聞いていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ka5673/閏/男/34歳/鬼/符術師】
【ka5722/センダン/男/34歳/鬼/舞刀士】
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2016年05月17日

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