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『二人は誘拐犯 ――コウノトリは突然に?―― 』
花見月 レギja9841


「……ルナ君……」
 両手にソフトクリームを持った花見月 レギ(ja9841)は、ベンチに腰掛けた門木章治(jz0029)の姿を見て、かくりと首を傾げた。
 確か、ほんの五分ほど前にその場を離れた時には、ひとりで座っていた筈なのだけれど。
 今はその膝に、柔らかなピンク色の毛布に包まれた赤ん坊が乗せられている。
「きみはいつの間に……子供を産んだのか、な」
「レギ、俺は何をどこからどう突っ込めば良いんだ」
 と言うか、コイツはいったい自分を何だと思っているのかと、門木は不思議な友人の顔を見上げる。
「うん、いや……ルナ君なら、それくらい出来るかな、と思って」
「無茶言うな」
「じゃあ……どうしたの、かな」
 レギは片方のソフトクリームを門木に手渡し、隣に座る。
 門木はごく普通のバニラ、レギの方は――鮮やかな青い色をしていた。
「何味だ、それ」
「何だろう、ね。よくわからない、けど……綺麗だな、と思って」
 それはまあ良いとして、その子は何?
「頼まれたんだ、暫く預かってほしいって」
 誰か知り合いにでも会ったのだろうか――え、違う?
 全然知らない人に押し付けられた?

「ルナ君、それは……」


 とある休日、二人は連れだってショッピングモールに買い物に来ていた。
「ルナ君の服を選べばいい、の?」
「ん……普段着にも、少しは気を遣ったほうが良いかと思ってな」
 スーツ系は殆どパターンが決まっているから、それほど悩むこともない。
 寧ろワンパターンの美学というべきものがある。
 問題なのは普段着だ。
 見た目の年齢を考慮するならジャケットに綿パンあたりが無難なのだろうが、それだけではバリエーションに乏しすぎる。
 それに、出来れば若く見られたいという思いも、人並にあった。
 が、そこは無理をしすぎても……何と言うか、痛々しい。
 真面目すぎず遊びすぎず、年相応でありながら年齢を感じさせないような、さりげないお洒落を目指したい外見年齢41歳。
「それは……かなり難しい要求だ、ね」
「だろうな」
 だが、レギなら応えてくれると見込んだのだ。
 彼のセンスなら、と。
「うん。ルナ君なら何を着せても似合いそうだし……選び甲斐がある、ね」
 服だけでマイナス5歳は固いだろうし、小物使いを覚えれば更に5歳は行けるかも。

 紳士服店が並ぶ通りを冷やかし半分にあちこち回り、ああでもないこうでもないと着せ替えごっこ。
 やがて少し休憩しようということになって――

 そこで、事件は起きた。

 時刻は昼前。
 食事にはまだ早いが、フードコートは既に大勢の客で賑わっていた。
 少し気温が高かったこともあって、冷たい飲み物やアイスを売る店には行列が出来ている。
「ルナ君には席の確保をお願いする、ね」
 そう言ってソフトクリームの列に並んだレギが、戻って来たら――ご覧の通りだ。

 母親はすぐに戻ると言っていたから、食べ終わる頃には迎えに来る筈だ。
「何か急な用事でも出来たんだろう」
 ずいぶん慌てていたからな、と門木は膝に乗せた赤ん坊の顔を覗き込む。
 他人の手に預けられた事にも気付かずに、その子はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「いくつくらいなんだろう、ね」
「さあ……」
 支えている手を外そうとすると、カクンと頭が落ちる。
 これは恐らく、まだ首が据わっていない状態なのだろうが――あいにく、門木にはそんな知識は全くなかった。
「えっ、これ……っ、大丈夫なのか、これ! なんかグッタリして……っ」
 慌てる門木に、レギは「心配ない」と首を振る。
「まだ首が据わってないんだ、ね。俺もよく知らない、けど。生まれたばかりは……こんな感じらしい、よ」
「……そうなのか……」
 よかった、レギに僅かなりとも知識があって。
「うん。赤ん坊を育てながら世直しの旅を続けてるっていう……サムライが、いて」
「え?」
「その人が書いた本で、読んだ」
 ちなみにジャンルはノンフィクション、第一話が世に問われたのが十年前で、現在も雑誌での連載が続いている隠れたベストセラーだとか。
「この前の新刊で、やっと赤ん坊の首が据わったんだ、よ」
「それ……ノンフィクション、だよな」
「うん。実話」
「そうか」
 どうやら、ここは深く追求しないほうが良さそうだ。
 ちょっと読んでみたい気はするけれど。

 そんな他愛もない話をしながらソフトクリームを食べ終わり、更に昼の時間帯も過ぎて、フードコートの客も次第に減り始めた。
 だが、すぐに戻ると言った筈の母親はまだ戻らない。

 普通ならこの辺りで気が付くだろう。
 いや、見知らぬ相手から赤ん坊を押し付けられた時点で、何かがおかしいと感じる筈だ。

 その母親は、恐らく二度と戻らない。
 この子は捨てられたのだ。

(「でも、ルナ君は信じてるんだ、ね」)
 レギは門木の横顔をちらりと見る。
 本当に気付いていないのか、気付いていても敢えて信じて待つことを選んだのか。
 どちらにしても、お人好しが過ぎるとは思うけれど。
(「ルナ君が信じるなら、俺はそのルナ君を信じる、よ」)
 母親の気が変わって、戻って来てくれると良いのだけれど。
 僅かでも迷いや未練があるなら、母親はどこかで様子を伺っている筈だ。
 そう思って、レギはさりげなく周囲を見渡してみる。
「ねえ、ルナ君。その女の人って……どんな感じだった、かな」
「どんなって……」
「特徴、とか」
 問われて、門木は眉間にシワを寄せながら天を仰いだ。
「んー……普通に顔があった、かな。目と鼻と口も、普通にあったと、思う」
 うん、わかった。
 大事な彼女以外は全く眼中にないことが、よーくわかりましたよごちそうさま。

(「うん。あの人、かな」)
 門木の情報はまるで役に立たなかったが、レギは野生の勘とでも言うべき能力で、人混みの中から怪しい人物を見付け出す。
 直後。
「ふんぎゃあぁぁぁ!」
 まるで姿の見えない母親に呼びかけるかのように、赤ん坊が大声で泣き始めた。
「な、何だ、どうした!?」
「慌てないで、ルナ君。大丈夫だから、うん」
 食事か、それともオムツか。
「毛布の中に、何かないかな……ミルクとか、替えのオムツ、とか」
 言われて、門木はピンク色の毛布をそっとめくってみる。

 むぁっ。

 生温かく湿った、僅かに香ばしい香りが立ち上った。
「ああ、うん。オムツも替えないと、ね」
 だが毛布の中には何もない。
 名前や誕生日を記したメモのようなものも見当たらなかった。
 幸いここはショッピングモール、金さえあれば必要な品はすぐに揃うが――
「レギ、悪いが買い物を頼めるか」
 赤ん坊を連れてこの場を離れたら、母親が戻ってきた時に困るだろうと門木が言う。
 だが、レギは首を振った。
「俺も何を買えばいいのか、よくわからない、から」
 店員に選んでもらった方が確実だし、その為には本人を連れて行く必要があるだろう――というのは建前だ。
 門木には黙っていたが、レギには試してみたいことがあった。
 母親が本気で赤ん坊を捨て去るつもりがないなら、或いは迷っているなら、こっそり後を付けて来るだろう。
 それならまだ、連れ戻しに来る可能性がある。
 だが、そこで諦めて帰ってしまうようなら……残念だが、そこまでだ。
「母親には、書き置きを残しておけば大丈夫じゃないか、な」

 紙オムツにお尻ふきのウェットティッシュ、哺乳瓶、粉ミルク、タオルにガーゼ、育児書などなど。
 両手いっぱいに買い込んで、本の指図通りにオムツを替えてミルクを飲ませ――ベンチに戻った時にはもう午後をだいぶ回っていた。
 母親が現れた形跡はない。
 レギは終始まわりに注意を向けていたが、誰かが自分達の後を尾行している気配も感じられなかった。
「ルナ君」
 流石にもう気付いているだろうと、レギは声をかけてみる。
「花は……植えられた場所で咲くしか、ない」
 日当たりが悪くても、風が強くても、カラカラに乾いた地面でも、与えられた環境で育つしかないのだ。
 それでも花は咲く。
 いつか、育った環境に応じた花が。
「咲かずに枯れることもある、よ。細い枝ばかり増えて、いつまでたっても花が咲かないことも、ある」
 綿毛を飛ばして逃げたいと思っても、花が咲かなければ種も出来ない。
「それでも俺は、根っこを地面から引き抜いて……ふらふら出て来てしまった、けど」
 ふらふらの根っこは落ち着く場所を探して、あっちにふらふら、こっちにふらふら、根っこはあるけど根無し草。
「ルナ君は……ちゃんと育ててもらったんだ、ね。だから今……綺麗な花が、咲いてる」
 自分も何処かに落ち着くことが出来るだろうか。
 花を咲かせることが出来るだろうか。


 そろそろ日が暮れる。
 母親が戻ってくる様子はなかった。
「その子がどこで育つにしても……親のところが一番っていうわけじゃない、よね」
 レギはどこか遠くを見ながら呟いた。
 自分が両親のもとで育ったら、どんな花を咲かせていただろう。
 そんな興味はあるけれど、ただの興味だ。
「冷えてきたし、そろそろ帰ろう、か」
 赤ん坊はひとまず警察に届けるしかないだろう。
 その後は施設に送られるか――
「それとも、ルナ君が育てて、みる?」
「ああ、それもいいかな」
 もちろん、自分ひとりで決めるわけにはいかないけれど。

 そう思いつつ立ち上がった時。
「あ、あの人です!」
 甲高い女性の声と共に、数人の警官が二人を取り囲んだ。

「あの人が、私の娘を……誘拐したんです!!」

 ちょっと待て。
「ルナ君……これはどういうこと、かな」
「そいつは俺が訊きたい」
 と言うか誰か説明してくれ。
 何がどうしてこうなった。

「ちょっと、署までご同行願いましょうか」


 そして、取調室。
 言うまでもなく、これは非常に拙い状況だった。
 明日の新聞に『久遠ヶ原学園の現役教師、誘拐の現行犯で逮捕』などという文字が躍ってしまったら、もうアウトだ。
 たとえ真実は別のところにあるとしても、社会的には抹殺される。

 だが。
「いや、そんなことにはなりませんから……ご安心ください」
 警官のひとりが丁寧にお茶を勧めてくる。
 カツ丼ではないところを見ると、容疑者扱いではないと考えていいのだろうか。
「大丈夫です、お二人が無実であることは防犯カメラが記録していましたから」
 なんだ、よかった。
 あってよかった文明の利器。
「それで」
 と、警官は続けた。
「あの女性を名誉毀損で訴えることも可能ですが、どうしますか?」
 問われて、二人は顔を見合わせる。
「赤ん坊はどうなったの、かな。あの女の人が、ちゃんと育てる気になってくれたなら、いい、けど」
 レギが尋ねる。
 どんな事情かは知らないし、知りたくもないが、また同じことを繰り返すようなら――酷なようだが、引き離したほうが良いかもしれない。
「本人は、大丈夫だと言ってますがね……」
 警官はあまり信用は出来ない、といったふうに肩を竦める。
 だが、門木は首を振った。
「俺達を誘拐犯に仕立てたんだ、もう大丈夫だろう」
「どういう意味、かな。ルナ君」
「誘拐されたことにすれば、自分が子供を手放した事実は消えるだろう……少なくとも、彼女の中では」
「ああ、そうか……記憶をすり替えたんだ、ね」
 故意にか、無意識にか……それはわからないが。
 レギの言葉に頷いて、門木は続けた。
「誘拐なら、彼女は完全に被害者だ。自分を責める必要もない……ただ、少し目を離したこと以外は」
 その程度の負い目なら、無事に取り返した喜びの記憶に紛れてすぐに消えてしまうだろう。
「うん。だったら、そう思い込ませておくのも手、だね」
 それで全てが丸く収まるなら、誘拐犯になるのも悪くない。


 全ての手続きを終えて警察署を出た時には、もうすっかり夜も更けていた。
 二人はもちろん無罪放免、あの女性に関しては暫く行政のサポートが付くそうだ。
「結局、買い物はまた今度……か」
「うん。でも、収穫はあった、よ」
 レギは門木の手に重たい紙袋を押し付ける。
 中身は慌てて買った数冊の育児書だ。
「何故これを……」
「消耗品は全部あげてきた、けど。これはルナ君の役に立つかなと、思って」
「いや待て、こんなもの持ち帰ったら要らぬ誤解を――」
 だが、レギはかくりと首を傾げた。
「誤解、は。違うと思うのだけれど、な」
 だって婚約者いるし、ねえ?
「今から勉強しておくと、いいんじゃないか、な。うん、それがいい」
 ひとりで勝手に納得して、レギは嬉しそうに微笑む。

 そんな顔をされたら、断れないじゃないか……まったく。
 紙袋を受け取って、門木はレギの背中を軽く叩く。
「少し飲んでから帰るか」
「うん、いいね」
 二人の姿を、雲間から覗く月の光が柔らかく照らしていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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お世話になっております、STANZAです。
ご依頼ありがとうございました。

すぽーんと丸投げいただいた結果、こんなことになりました。
お気に召していただければ幸いです。

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エリュシオン
2016年05月23日

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