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『第五章 エンバーミング 』
狒村 緋十郎aa3678)&レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001

『狒村 緋十郎(aa3678) 』は今喝采の中にあった。
 それは緋十郎自身が受けているわけではない、その場を満たす光や熱気すべては目の前の少女に向けられていたのだ。
 ここはコンサートホール、ライブ特有の靄に光が散乱させ、耳が痛いほどの音楽と、モニターいっぱいに映し出された彼女の表情が眩しい。
 その場には彼女の愛があふれていた。
 ここにいれば彼女の感情すら流れ込んでくる気がする。
 だからこそ、そこにいる緋十郎は多幸感を味わった。
 ここにはみんながいる、自分と志を同じくする者が。
 そして彼女がいる、自分を救ってくれたアイドルが。
 三時間のライブは大盛況のまま幕をおろし。緋十郎はその手に大量のグッズを抱えて帰路につく。
 興奮を夜風で覚ましながら町の外へと緋十郎は歩いていく。
「感慨深いものだな……」
 そう緋十郎は一人心地につぶやいた。あの時の自分が今の自分を見ればなんというだろうか。
 季節は未だ冬。自殺を図ろうとした夜から一ヶ月ほどたっていた。
 ブラウン管の向こうに彼女を見て以来緋十郎の中に謎の力が生まれた。
 その力は彼女の歌をきくたびにあふれだし、現実に、社会に立ち向かおうという意志となった。

 今では緋十郎は収入がありライブ会場でグッズを買いあされる程度に安定した生活を送っている。
 今のこの生活を緋十郎は楽しいと思えた、失ったものは多かったが、それでも今は死にたいとは思わなかった。
「アイドルって、すごいな」
 そう夜空につぶやく緋十郎、空には爛々と輝く満月。
 こういう日は、自然と気持ちが昂るのは何でだろうか。
 そう緋十郎は意気揚々と帰路を進む、星も月もここまで輝いていれば山道も歩きやすい。この分では自分が隠れ住む炭焼き小屋へはすぐについてしまいそうだった。
 しかし、だ。緋十郎はハタッと足を止めた。
 嫌な予感がした、悪寒が全身を駆け抜ける。
 次いで鼻腔をくすぐる鉄臭い香り。
 そして心なしか聞こえる水音。
「……これは?」
 普段の山からは絶対に聞こえない音、そして匂いだ。
 何かがおかしい。
 そしておかしいだけではない。この状況は何かを思い起こさせる。  
 そう、それらすべてが、あの日の記憶を揺さぶるのだ。
 忘れていた。いや、記憶の彼方に封印していたその記憶。
 緋十郎は鮮明に、思い出す。
 
 あの、絶望に突き落とされたあの日を……

 直後悲鳴、が聞こえた気がした。しかしそれは錯覚だ。
 だから目の前によみがえる家族の死体、幼馴染の声。それは全て錯覚のはずだ。
 だが、だがしかし。目の前の奴だけは幻覚でも錯覚でも全くない。
 唐突に緋十郎の目の前に躍り出たのは、あの従魔。
 緋十郎の村を襲った。あの……。
「おまえ!」
 全身の毛が逆立っていく、無意識のうちに変身していたのだろう、尻尾が力強く地面をたたいた。
 そして緋十郎はその身の闘争心を隠すことなく吠えた。
 あの体を、あの目を、あの鎌を全てバラバラにしてやりたい。
 そんな加虐心に支配され頭が沸騰した。
 次いでその従魔が短く笑うと。もう緋十郎はじぶんを抑えることなどできなかった。
 緋十郎一直線に従魔との距離を詰める。
 その手の鎌を回避し懐へその拳を叩き込む。
「くっ」
 緋十郎は歯噛みする、その拳には敵を打ち据えたという手ごたえが、全くない。
 再び緋十郎を無力感に支配された。
 あの時から自分は、何も変わっていない。
 次いで切り上げられる大鎌そのまま蹴りつけられ緋十郎は大木に激突した。
 緋十郎は歯噛みして身を翻し従魔から距離をとった。
 しかし従魔は一定の距離をあけながらついてくる。従魔が笑っているような気がした。
 きっと幼馴染もこの恐怖にさらされていたのだろうか、そう考えると胸が締め付けられるようだった。
「なっ!」
 そして緋十郎は気が付いた。
 いつの間にか追い詰められていることに。
 目の前に広がるのは崖、ここから落ちれば生きてはいられないだろう。
 そう確信し引き返そうとするも。
 いつの間に肉薄していたのだろうか、そこには従魔が立っていた。
 振り下ろされた鎌に再び切り割かれ緋十郎は落ちていく。

第六章 緋色の月の夜に


 二人は、満月輝く夜の日に出会った。
 冷たい孤独を支えた男と、それを孤独と知らない吸血鬼。
 歪な二人の、伝説の夜がその日幕を上げたのだ。


 そこは滝の音が場を満たす静謐な空間だった。
 しんと染み渡るような寒さと共に耳が痛くなるような静けさがあり。
 なぜか蛍があたりを飛んでいる。
 季節外れだな、そう緋十郎は弱りきった体を起こしてそれを見つめる。
 霞む視界。血を失いすぎた。意識がもうろうとし、駆け抜ける激痛。肋骨も折れている、話すことすらままならない。
 みじめだ。そう緋十郎は感じた。
 仇一人殺すこともできず、今ここで静かに命を終えようとしている自分が。
 ひどくみじめだ。
 これならいっそ、あの時……
「いい香りね」
 その時、唐突に声がした。
 なぜ気が付けなかったのだろうか。
 緋十郎のすぐ隣には少女が佇んでいた。
 その少女を緋十郎はまじまじと見つめる、次第にその瞳は大きく開かれていった。
 月光で現れたその髪は輝くような金色で。揺るがぬ自信に満ちた血色の瞳、白磁の肌、小柄で華奢な体躯。
 まるで芸術品のような少女がそこにいた。
「ねぇ、もう死ぬの?」
 少女は問いかけた。緋十郎はうなづく。
「死ぬなら死ぬ前に新鮮な血が欲しいわ。どうせなら私にすべてを捧げなさいよ、あなた」
 少女は立ち上がって緋十郎を見下ろした。その瞳は無感情。まるで物を見ているようだった。
「吸血鬼かあんた…………。そんなの見たこと……」
「この世界に召喚されたのよ、何の因果か知らないけど……で、召喚されて日も立つからお腹が減ってるの」
 見れば少女は髪の毛から雫を垂らしていた。水浴びでもしていたのだろうか、濡れた髪がまたいっそうに美しい。
「だったら、君は英雄か?」
「愚神かもよ」
「どっちでもいい、頼む。俺と、俺と契約してくれ」
「なぜ?」
「殺したい奴がいる。まだ死ねない!」
「なんで私が協力する必要があるっていうの?」
「それは」
「血なんていくらでも手に入るのよ」
 そう踵を返そうとする少女へ追い縋ろうと緋十郎は手を伸ばす、しかし体に力がはいらない緋十郎は地面に転がった。
 その体制のまま彼女の足に縋り付く。
 彼女は素足だった、だが不思議なことに汚れておらず、その肌は絹のように滑ら華で。
「触れるな!」
 直後その少女は緋十郎の頭を踏みつけた。
「けがらわしい」 
「頼む」
「嫌よ」
「なんでもする」
 その言葉をきくと、その少女はすこしだけ笑った。
 その加虐心に満ちた笑みにどうしようもなく、緋十郎は引かれた。
「…………今なんでもするって言った?」
 少女は器用に足の力だけで緋十郎を仰向けにさせると、その傷口に足の親指を突っ込んだ。
 そして悶える緋十郎を見つめて満足そうな笑みを浮かべる。
「本当に何でも?」
「ああ、約束は違えない」
「ではまずは私に血を、そして今後あなたの命は……」
 そう少女は言葉を区切り、覆いかぶさるように緋十郎へ迫った、指先ひとつ動かせない緋十郎の首をなぞるように歯を滑らせ、そしてその鋭い牙を突き立てる。
「……あっっぐ……」
 そして少女は、甘い甘い声で言った。
「お前の命は私のもの」
 その瞬間、甘い痺れが全身を走った。
 首筋の感覚が尖りきり、少女の唇の柔らかさや感触すら繊細に解る。
 血を吸われているはずなのにその周囲はじんわり温かく。目がくらみ、半ば酩酊状態のまま緋十郎は目を見開いて、なすがままになった。
 視界がさらにぼやける。その視線の向こうには月。
 その月が緋十郎には赤く染まって見えた。

第七章 亡き村へ追悼を
 
 その従魔は血に飢えていた、この森にたどり着いてからウサギと熊を殺したが、やはり人間を殺さないと気が収まらないようで、高い木の上から町を見下ろしていた。
 そして従魔はにやりと笑みを浮かべ、そして飛んだ。
 茂みの中に降り立ち転がり落ちるように山を下りる。
「あははははは下魔風情が、いい気なものね」
 次の瞬間従魔は弾き飛ばされ樹に激突していた。
 その目の前には少女が立っていた、月に照らされし吸血鬼。
 その浮かべる笑みは残虐で、そしてその身にまとう霊力は圧倒的。
「契約の贄となりなさい」
 そう少女は拳を振り上げ、何度も何度もその爪で従魔をえぐった。
 先ほど緋十郎が殴った時はコンクリートより固く感じられたのに、少女の爪ではまるで発泡スチロールのように脆く削り取られていく。
 鎌でさえもそうだ、まるで飴細工のように刃は通らず、ぼろぼろになっていく。
 そして虐殺の果てに動かなくなった従魔を一瞥。
 少女は共鳴を解いた。
 緋十郎はふたたび彼女を見上げる。
 その吸血鬼の名前は『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)』
「これで契約はなされたわね」
 そう月を背に微笑む彼女へ緋十郎は頷きを返した。
「これからは、私の下僕として生きなさい」
 そうレミアは緋十郎の首へ支配の証である《首輪》を取り付けた。
 そして少女は満足げに微笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『狒村 緋十郎(aa3678) 』
『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) 』
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ビギニングノベル第二弾のご依頼ありがとうございました。
 鳴海です! お世話になっております。
 今回はやっとレミアさんと緋十郎さんの出会いということで気合を入れて書かせていただきました。
 レミアさんをなるべく、美しく妖艶に。そして緋十郎さんの趣味から、少しマゾっぽく書いてみました。
 少しアダルト風味ですが、お気に召しましたら幸いです。
 もし気に入っていただけたならまたのご依頼をお待ちしております。

 それではありがとうございました、鳴海でした。
 
 

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2016年05月25日

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