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『 汝の敵は汝 』
緋茉莉 ゆかりaa2534

「うーん、結構汚れてるなー」
 日差しも麗らかないかにも春らしい気持ちのいい日曜日。緋茉莉 ゆかり(aa2534)は薄暗い宝物庫を整理していた。
「はぁ〜、こんないい天気の日にこんなことしないとならないのも不幸よね」
 ゆかりの生家は歴史が古く由緒ある神社だ。そしてその宝物庫には様々な事情からお祓いを頼まれた物が保管されていた。中にはその危険性故、祓ってもなお持ち主の元には戻さず神社で預かる事になった物品も多くあった。
 汚れは穢れであり、穢れは魔である。力を失ったはずのそれらの品が息を吹き返さないよう定期的に清掃をするのは当代の巫女であるゆかりの大事な役目の一つだった。
 とはいえゆかりも遊びたい盛りの高校生である。大事な役目とは理解しつつ、貴重な休みをまるまる潰しての作業にため息も出る
「さて、と。あとはこれを避けて……」
 ゆかりが正面の棚に置かれた丸い鏡に手を伸ばす。
 大仰な宝飾がなされた小さなお盆くらいの大きさはある鏡だ。手を伸ばすと、年齢よりもいくらか幼く見える可愛らしい童顔が映った。
(私ももう少し大人っぽくなればなぁ)
 鏡の中の自分の顔にため息をついて視線を落とす。
「……?」
 不思議な違和感。言い知れぬ気持ち悪さを感じて鏡の中の自分に改めて意識を向けた。
 落ち込んでいるはずの鏡の中の自分は、しかし何故か満面の笑みを浮かべていた。
「――っ!」
 異常に気付き身を引くゆかり。
 それとほぼ同時に鏡の中から真っすぐに銀色の光がゆかりの顔に迫る。
「うっ!」
 それを紙一重で躱して――避けきれず頬を裂かれたが浅い――鏡から距離をとる。
 刀だ。鏡の中から飛び出してきたのは一本の刀の刀身であった。それもただの刀ではない。ゆかりにとってとても馴染み深い刀。
「あれは……」
 それは自身の相棒である刀と酷似していた。
 ゆかりが急な展開に呆然としている隙に、刀身の向こうが鏡から徐々に姿を現す。
 指、腕、肩……そして、顔。順々に体のパーツが出てくるにつれ、ゆかりは事態の異常性を理解した。
「あたし……?」
「そうよ、あなたよ。緋茉莉ゆかりちゃん?」
 完全に体を鏡から抜け出し、地面に降り立ったそれは『ゆかり』だった。

「あはっ、いい顔。似合うよ、その血化粧」
 言われて刀のかすった頬を押さえる。
「こ、こんなのかすり傷よ!」
「そうね。傷はもっと深くなくっちゃね」
 不気味なほど朗らかな笑顔で刀身の先についたゆかりの血をぺろりと舐める。
 同じ顔つきであるはずの『ゆかり』から妖しい色気が漂う。
「隻腕の剣士なんて、かっこいいと思わない? 腕、落としてあげる」
 ニコニコと楽し気に喋りながら、距離を詰め刀を振り下ろす『ゆかり』。
「うっ!」
 紙一重でそれを避け、その隙に距離をとり宝物庫から外に出る。
 扉をくぐる際、すぐ横の壁に立てかけてあった――万が一の為の用心で用意しておいてよかった――愛用の刀を手に取り、鞘から抜き放つ。
「あらら、もっと必死に逃げ回るところ見たかったのになぁ」
「うるさい、これで形勢は互角よ!」
 宝物庫をゆったりとした歩調で出てきた『ゆかり』に向かって刀を構える。
「雪に桜に乙女に刀! 如何な妖魔も一刀両断! 魔法巫女少女、ゆかり参上!」
 舞のようにふわりと一回転し、ビシィっとポーズを決めて口上を放つ。
 参上したのはむしろ『ゆかり』の方だが、それに突っ込みを入れる者はこの場にはいなかった。当の『ゆかり』の反応といえば……
「かっこいい……」
 これである。鏡映しとはいえ『ゆかり』はゆかりであった。
「じゃあ、あたしはこう言っておこうかな。――愚か者め! 刀の錆にしてくれるわ!」
 言って一足飛びに距離を詰め、刀を振りかぶる。
 ふざけたかのようなやり取りだが本人たちは至って真面目である。その剣閃には必殺の意思が宿っていた。
「くっ!」
 想像以上の速さと鋭さで迫る袈裟斬りを何とか受け止める。
(重いっ!)
 剣戟の勢いに押されバランスを崩す。反撃をするどころではない、倒れないでいるだけでも精一杯だった。
「来ないのなら続けていくわよ」
 たたらを踏んで堪えたところに追撃の横薙ぎが迫る。
「なんのっ!」
 素早く後ろに飛び退きこれを避ける。白衣の遊びと共に腹部の薄皮が切り裂かれ血が滲む。
「逃がさないわよ!」
 しかし、その行動は完全に読まれていた。刀を振りぬいた遠心力をそのまま勢いに変えて、『ゆかり』がぴたりとゆかりの後退に合わせて飛び込んできていた。
 顔と顔がぶつかりかねないほどの至近距離。刀を振り回せる間合いではない。
「うぐっ!」
 咄嗟の判断に迷った結果、鳩尾に刀の柄頭が叩き込まれる。
 勢いのまま吹き飛ばされ地面に転がるゆかり。
「かはっ!」
(つ、強いっ……!)
 必死に呼吸を確保しながら膝立ちに起き上がる。
「予想外って顔ね。あたしの方が強いのが意外って感じ?」
 余裕の表れか『ゆかり』は構えもせず、少しの距離を取りゆかりを見下ろしていた。
 一足一刀の間合い。剣術において最も多彩な駆け引きが行われる間合いである。
「いいわ、教えてあげる。あの鏡はね、昔古今無双の剣豪が然る山伏に作ってもらった物なの。戦う相手がいなくなってしまった自分の為に、『少しだけ強い自分』を生み出す魔道具なのよ」
 『ゆかり』がゆっくりと大仰な仕草で刀を構える。その構えには殺気が籠っていた。次の一刀で終わらせるという強い意志が感じ取れる。
「だからあたしはあなたを殺すの。それが生まれてきた意味だもの。あなたの血が見たくて、苦しむ姿が見たくてたまらないの」
 『ゆかり』がニコリと笑顔を浮かべて言う。
「フ、フフッ……」
 そして、それにゆかりが返した顔もまた、笑顔だった。しかし、『ゆかり』の朗らかな笑顔とは違う。内から湧き出る闘志が生む戦士の笑みだ。
「面白いじゃない! 要は超えればいいんでしょ、あたし自身を!」
 言葉の勢いのまま立ち上がり、こちらは鋭く力を込めて刀を構える。
「……燃えるわ!」
 目に闘志をたぎらせて『ゆかり』を睨み付ける。
「そうよね。流石、あたし」
 お互いの構えた刀の切っ先が微かに触れ合う。
 それがきっかけだった。
 『ゆかり』は一歩踏み込むと共に、全身のばねを総動員し一直線にゆかりの喉を狙う。
 それは即ち突き。剣術において最速にして必殺の技。
 受ける、反らす、避ける。あるいはその複合。
 どんな手段をもってすればこの突きを防げるか。
 ――否、防ぐ手段などない。実力で上回る相手が十全の状態で放った渾身の一撃。防げるはずがない。
 仮に防げたところで先ほどの二の舞だ。今度は追撃で命を取られる。
 故にゆかりは相手が動き出すと同時に――前へと踏み出した。
「――!」
 『ゆかり』が驚愕する。
 後ろに逃げたのなら切っ先を動かしそのまま喉を貫く自信があった。しかし、自ら切っ先に刺さりに来られては修正も間に合わない。『ゆかり』の切っ先は狙いから外れ、ゆかりの左肩に突き刺さった。
「もらったぁ!」
 右腕一本にすべての意志と力を籠めて振るった剣閃が『ゆかり』の体を両断した。
「お見、事……」
 『ゆかり』が体を白い光へと変え、宝物庫の中に吸い込まれていく。
 おそらく鏡の中に戻っていったのだろう。
「肉を斬らせて、骨を……って、超痛いんですけど!? 救急車――いや、違う! H.O.P.E.に連絡!」
 決めポーズを取ろうとして激痛に耐え切れず、その場にうずくまり携帯電話を取り出す。
 なお、鏡は後日厳重な封印を施され再び宝物庫の奥底へとしまわれることになったのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa2534/緋茉莉 ゆかり/女/14才(外見年齢)/生命適性】
【NPC/『鏡のゆかり』/不明/14才(外見年齢)】
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2016年05月25日

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