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『秘せる果実 』
風羽 千尋ja8222)&雪代 誠二郎jb5808

――ねぇ。雪代さん……俺、あんたが好きだ……。

 未だ寒さの残る初春。
 千尋は新入生歓迎会の帰りに想い人へ自分の気持ちを伝えた。
 幼くて、つたない恋心。ただ真っ直ぐに想いたいと願いながらも伝えてはいけないという思いが今の今まで彼の心を堰き止めていた。
 けれど無理に留めた水はいつか崩壊する。それはひと滴零れるなどと優しいものではない。
 堰を壊し、一気に体全体へ傾れ込むその想いは、まさに激流。幼い千尋にそれを抑え込む力などない。
「少年……君は……」
「……ん。好き……好き、だ。雪代さん……」
 千尋は今、想い人の背中にいる。
 暖かく、優しい匂いを放つ人。微かに香る煙草の匂いも嫌いじゃない。
 そう言えば誰かが言っていた。
 体臭は人を好きになる上で欠かせない要素なのだと。どんなに好きな人でも体臭が合わずに別れることもあるのだと。
(俺は……雪代さんの、匂い……好きだな……)
 煙草の匂いが混じっても、汗の匂いが混じっても、それでもこの人を好きだ。
「……雪代さんは」
 そう唇が刻んだ時、揺れていた背中が止まった。きっと目的地に着いたのだ。
 思わず背中からしがみつく手に力が籠る。
 けれど体は容赦なく引きはがされ、柔らかな布団の上に落とされた。
 ゆるりと沈む感覚の中で、落ち着いた静かな声が響いてくる。
「……眠いだろう。寝ていなさい……」
 そっと目を覆うように触れた手が大きい。
 彼は今どんな顔をしているだろう。
 驚いているだろうか。それとも怒っているだろうか。いや、喜んでいるだろうか。
 確認したいけれど瞼が重くて開かない。
 意識も徐々に朦朧としているし、手足を動かす感覚も消えそうになっている。
 もう少し。もう少しだけ――
「……、……おやすみ……少年」
 伸ばす手をそっと掴んで布団に入れられる。それが意識を手放す直前までの出来事。
 後のことは知らない。
 彼が何を想い、彼が何をしたのか。
 ただ覚えているのは彼の背中の温もりと、優しかった手の感覚だけだ。

   ***

 千尋を誠二郎が見付けたのは偶然だった。
 新入生歓迎会に参加すると言う話は聞いていたが、まさかあのような場所で倒れているとは思わなかった。
「少年……少年、起きなさい」
 肩を揺すり、少し乱暴に腕を掴む。普段なら優しく介抱するところだが、今の姿には僅かな憤りを感じる。
「こんなになるまで飲むなんて……何かあったらどうするつもりなんだ」
 人の好意を断らない彼だから、何故このような姿になったのかもわかる。だからこそ許し難い――
「――……いや、何がだ?」
 自嘲気味に漏れた笑みは誰へ向けたものか。
 誠二郎は今一度千尋の肩を揺すると、彼の体を強引に引き上げた。
 軽くて、腕など少し捻れば折れてしまいそうなほどに細い。この細腕で天魔と闘っているのだから驚いてしまう。
「……ん、んン……」
「起きたか少年。君は何故このような場所で寝ているんだ? ここでは風邪を」
「雪代さん、だ……ねぇ。雪代さん……俺、あんたが好きだ……」
「……っ」
 ふわりと見えた笑みに言葉を失う。
 巡る数日前の出来事。
 千尋の想い人について尋ねた時、彼は誠二郎とのやりとりを思い出し、それを引き合いに出したのは気恥ずかしいゆえの誤魔化しだと思っていた。
 だが今の言葉はどうだ。
(まさか、本当に俺なのか?)
 想いを告げた人は幾たびかの眠りに落ちようとしている。このままでは再びロビーにその身を沈めることになるだろう。
 誠二郎は掴んだ腕を起点に幼い体を背負うと、小さく息を吐いて歩き出した。
 本当に軽い。そう思いながら歩く足取りは重い。
 思い返しても千尋の言葉に偽りはない。彼のこれまでの言動は間違いなく自分に好意を持っているものだった。
 それに気付かず過ごしてきた自分に嫌気がさすと同時に、どうやって彼の言葉に応えようかと考える。
「少年……君は……」
「……ん。好き……好き、だ。雪代さん……」
 ピクッ、と肩が揺れた。
 吐息交じりに耳元で囁く声が熱い。
 その熱に眉を寄せると、出来るだけ振動を起こさないようにしながら歩みを早めた。
「……雪代さんは」
 背中から聞こえる声に眉間の皺が深まる。
 これ以上彼を背負った状態でいることは危険だと判断した。
 今のままならばまだ引き返せる。
 酔いの戯れとして言葉をなかったことにできる。むしろその方が彼にとっても、自分にとっても良いことだろう。
 だからもうそれ以上言葉を紡がないでくれ。
(すまないな、少年)
 心の中で呟き、千尋の部屋の戸を開ける。
 彼の匂いが充満した部屋に入ると、胸の奥がざわつくのを感じる。それを吐き捨てるように息を吐くと、皺の刻まれたベッドに近付いた。
(腕に力が……起きているのか?)
 ベッドに落とそうとした瞬間、力強い腕が離れたくないと語ってくる。その声に耳を傾けそうになるがダメだ。
 緩やかに首を振って半ば強引に体を引き離す。
「……眠いだろう。寝ていなさい……」
 前髪を掻き上げるようにして瞼に手を添える。そうして幼い顔を見詰めると、誠二郎はようやく目元を緩めた。
「……目覚めたとき、君はこのことを忘れているだろう……いや……忘れている方が良い。……おやすみ……少年」
 掠れる声で囁いて手を離す。
 催眠術のような真似事に効果があるかはわからない。それでも願おう。
 彼の言葉が一時の戯れであり、ただの世迷言であることを。

●秘せる果実
 一夜明け、ベッドで目覚めた千尋は昨夜のことを覚えていた。
 ただ記憶は断片的で、全部が全部覚えているわけではない。それでも記憶している。
 彼に「好きだ」と伝えたことを。
「雪代さんは気付いたかな……俺の好きな人が、誰なのか……」
 気付かないはずがない。
 彼の名前を添え、彼に向けて言ったのだ。けれど伝わっていない可能性もある。
 年も離れ、性別も同じ。他人からは理解されない気持ちだとはわかっている。
 それでもこの気持ちは――

 コンコンッ。

「……少年、起きているかい?」
「雪代さん?!」
 思わずベッドから飛び出して扉を開ける。そこに見えた顔に目を見開くと、誠二郎は少しだけ笑ってミネラルウォーターの瓶を差し出した。
「必要かと思ってね。どうだい、二日酔いは残っているかな?」
「あ……いや、大丈夫」
「そうか。なら良かった。だが後から出る場合もあるから飲んでおくと良い」
 要件はそれだけだ。そう踵を返した彼の腕を咄嗟に掴んだ。
 その仕草に誠二郎は勿論、千尋も驚いたように目を見開く。けれど引き止めた事実は変わらなくて、何か言わなければと唇が動く。
「……その。昨日の告白は、冗談とかじゃなくて……俺……貴方のことをもっと知りたいし、他の人と仲良さそうだとモヤモヤするし、あなたの事をもっと知りたいし、できれば後ろを歩くんじゃなくて、隣に並びたい」
 真っ直ぐな目で見上げながら告げられた言葉。昼間の、しかも酔いなどない中で放たれた言葉に、誠二郎は目眩を覚えた。
「俺と付き合ってください」
 こんなにも真っ直ぐに、こんなにも素直に飛んでくるとは思わなかった言葉。逃げることなど出来ないと、そう宣告されたようで胸の内が震える。
 それでもまだ受け入れることは出来ない。
「わかったよ少年、俺も……君について、少し考える必要がありそうだ」
 嘘だ。考える必要などない。
 若者に道を踏み外させてしまっている以上、今すぐにでも彼の目を覚まさせる必要がある。にも拘わらず自分は何故諦めさせる「口実」を考えているのか。
 零れそうになる自嘲の笑みを呑み、誠二郎は千尋の顔を見詰めた。
(……君の想いは人生に多くの苦難をもたらすだろう。だから私は……)
 考えなければならない。彼の想いを、秘せる果実を摘み取るその方法を……。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja8222 / 風羽 千尋 / 男 / 18 / 人間 / アストラルヴァンガード 】
【 jb5808 / 雪代 誠二郎 / 男 / 35 / 人間 / インフィルトレイター 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
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エリュシオン
2016年05月30日

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