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『酒飲み魔女の夫と弟 』
藤堂・皐8577)&ヴィルヘルム・ハスロ(8555)


「はい焼き鳥セットとマグロ納豆、ご注文いただきましたぁー」
「泡盛お1つ、青島ビールお1つですねぇ、承りますっ!」
「乾杯の音頭、取らせていただきまぁす! 今日も1日お疲れさまでしたあ!」
 店内あちこちで、元気の良い声が発生している。
 ヴィルヘルム・ハスロは、思わず見回してしまった。
 向かい合って座る青年が、いくらか気まずそうにしている。
「あの、もしかして……嫌い、でした? こういうお店……」
「私は、日本の居酒屋は大好きですよ。いろいろなお店に行ったものです。結婚前から、皐君の姉上に連れ回されてね」
 少しばかり無理矢理に、ヴィルは微笑んで見せた。若干ぎこちない笑顔になってしまった、かも知れない。
 気まずい思い、に似たものがあるのは、ヴィルも同じだ。
 負い目、と言っても良い。
「うちの姉が……結婚前から本当に、ご迷惑をおかけして」
 皐が、頭を下げた。
 藤堂皐。
 彼の姉と結婚して、もうずいぶん経つと言うのに、この義弟と挨拶以上の会話を交わした記憶が、ヴィルにはない。
「迷惑などと思った事はありませんよ。さあ、そんな事より飲みましょう」
 来たばかりの生ビールのジョッキを、ヴィルの方から乾杯の形に掲げた。
 皐が、乾杯に応じてくれた。
 義理の、ではない弟が、かつていた。酒が飲める年齢まで生きられないだろう、と言われていた弟。
 あの身体の弱い弟が、もし生きていたら、こんなふうに兄弟で酒を酌み交わす事もあったのだろうか。
 詮無き思いをヴィルは、ジョッキの中身と一緒に飲み干した。
 一息ついて、言う。
「……私もね、皐君がこういうお店を選ぶとは思いませんでしたよ」
「気障なバーテンが、格好つけてシェーカー振り回すようなお店を想像してました?」
 皐が微笑む。
 初めて会った頃よりも、ずっと柔らかな笑みを見せてくれるようにはなった。
「そういうお店に行くと俺、どうしてもバーテンを見ちゃうんですよ。あ、こいつ俺より下手だとか、この人と比べて俺は全然駄目だとか、そういう事ばっかり気になって……お酒、楽しく飲めないんです」
 皐は言い、若鶏の唐揚げを食らい、ビールを飲んだ。
「いやあ……いいですよね、油物とビール。楽しく飲むんなら俺、こういうのの方がいいです」
 酒など飲んで大丈夫なのか、と思えるほど病的な青年ではある。
 肌は白人女性よりも白く、髪も白い。顔立ちは嫋やかで、両の瞳は血が透けているかの如く赤いが、これはカラーコンタクトであるらしい。
 妻曰く、病的なのは外見だけで、実際には殺しても死なないような弟であるという。
 ヴィルの弟は、殺されて死んだ。4歳まで生きられるか、5歳まで生きられるか、と言われ続けてきた弟。
 生きていれば、この義弟のように白く細く中性的な青年になっていたのであろうか。
「……皐君のシェーカー捌き、見事なものだと思いますよ。通ぶった事を語れるほど、私もお酒に詳しくはありませんが」
「格好つけて振るから、そこそこ様になって見えるだけですよ。親父からは、いつも駄目出し喰らってます」
 皐の父親は、とある場所でバーを経営している。
 酒の飲み方が全然なってねえなあ。お前さん、美味い酒と縁のある生き方してねえだろう。
 そんな事をヴィルは、あの義父から言われたものだ。
 まあ俺の娘が飲ん兵衛だからな、ちょうどいいのかも知れねえ、とも言われた。
 血の代わり。そんなつもりで酒を飲んだ事もある。
 当然、血の代わりになどならなかった。余計、気分が悪くなっただけだ。
 まさしく義父の言う通り、美味い酒など飲んだ事はなかったのだ。
「ヴィルさんは……うちの親父の事、苦手ですか? もしかして」
 皐が、にやりと笑った。
「まあね、あの親父と遠慮なく会話出来るのは、姉貴だけだと思いますけど」
「苦手、に見えますか……確かに、話していると何もかも見透かされそうで、怖い人ではあります」
 妻とは、似ているのかも知れない。だが、この義弟とは似ていない。
 元々、血の繋がりのある親子ではないのだが。
「……正直に申し上げましょうか。私はね皐君、最初の頃は貴方の方が苦手でしたよ」
「まあ、そうでしょうね。俺ヴィルさんの事、睨みつけてましたから」
 自分から、姉を奪おうとしている。
 そんなふうに思っているのではないか、とヴィルは感じていたものだ。
「俺も正直に言いますけど……こういう仕事、してますからね。何となく匂いみたいなもので、わかっちゃうんですよ。ヴィルさんが隠してる、いろんな事」
「血の臭いでも、しましたか?」
「……まあ、ね」
 この藤堂皐という青年、夜は父親の店でバーテンダーとして働いている。昼は、そうではないものとして働いている。
 彼の場合、昼間の仕事の方が、公にし難いものなのだ。
「ぬっぺらぼうも、すねこすりも、鬼の連中も、最初はヴィルさんを恐がってましたからね。あやかし荘でも、緊急対策会議みたいなもの開かれたそうですよ。西洋妖怪の親玉が攻めて来たってね……俺も、初めてヴィルさんを見た時は思いました。こりゃ命がけの戦いになりそうだって」
「皐君と戦う、となれば私も命を捨てなければいけませんからね」
「いやいや」
 皐が笑い、ジョッキを空けた。ヴィルのジョッキも、すでに空だ。
 酒のペースが早い。お互い早くも酔い始めているのか、思っていた以上に会話はある。
 お世辞でも、冗談でもない。
 藤堂皐を相手に、義兄弟間の見解相違を武力解決せねばならないような事態になれば、それは今まで傭兵として遂行してきた任務のどれよりも危険で過酷な戦闘になるだろう。
 幸い今のところ、そんな事は起こらずに済んでいる。
 皐の仲介で、あやかし荘の顔役である座敷童とも話し合った。良き隣人として、日本妖怪たちには受け入れてもらった。
 良き義兄として、しかし皐は自分ヴィルヘルム・ハスロを受け入れてくれているのか。
 受け入れてくれないならば、それはそれで仕方がない。ヴィルはそう思うのだが、妻がそれを許してくれなかった。
 一緒に、お酒でも飲んできなさい。妻はそう言って、ヴィルを家から追い出した。
 気まずい空気なんてもの、お酒飲んでれば消えちゃうんだから。彼女は、そうも言っていた。
「自分の夫と弟の間に、よそよそしい空気が流れている。それが我慢ならないと彼女は言っていましたね」
「あの姉貴は、そうなんですよ。波風立てない、言いたい事があっても言わない、そういう日本人特有の無難な人間関係が大っ嫌いなんです。一緒に飲んで、酔っ払って喧嘩でもしながら、人間っていうのは仲良く出来る。本気でそんな事考えてるんですから。お酒の力ってもの、信仰しちゃってるんですよねえ」
 この青年は、姉の事となると饒舌になる。
 本当に仲の良い姉弟だったのだ、とヴィルは思った。
 自分はやはり、彼から大切な姉を奪ってしまったのではないのか。
「……また、大酒飲んで迷惑かけたりしてませんか? 姉貴の奴」
「私はね皐君、お酒を飲みながら人を殺す輩と付き合ってきたんですよ」
 ウォッカをがぶ飲みしながら、小銃をぶっ放すような男もいた。
 酔った勢いでロシアンルーレットを行い、自分の頭を吹っ飛ばした男もいる。
「戦場にいた酔っ払いに比べれば、彼女の大酒飲みなんて可愛いものです。そんなものと比べるな、と言われてしまうでしょうけどね」
 そのロシアンルーレットには、ヴィルも参加した。
 3回、立て続けに引き金を引いたのに死ねなかった。妻と出会う、はるか以前の話である。
 荒んでいたのだろうか。ただ、死にたがっていたのだろうか。
 ビールの次に頼んでおいた日本酒が、すでに来ている。海鮮系の品々と一緒にだ。
 刺身を食らい、酒を飲み、ヴィルは息をついた。
 心が、あの頃と同じような状態に陥ってゆく。酒のせい、であろうか。
「海外で人殺しをしていた男が、自分の姉を奪った……皐君は、そんなふうに思っていたのではないですか?」
「勘弁して下さい。俺、シスコンじゃないですよ」
 イカを揚げて辛く味付けしたものをビールで流し込みながら、皐は笑った。
「俺はね、姉貴がちゃんと結婚出来るのかどうか本気で心配してたんですよ。うっかり嫁き遅れたら、酒癖の悪いお局様みたいになって……親父の店で延々とクダ巻いて、バーテンの俺に絡んでくる。そうなる前に貰ってくれて、ほんとヴィルさんには感謝しかないですよ」
「次は皐君の番ではないのですか?」
 ヴィルは微笑み、皐はむせて咳き込んだ。
「……そう来ましたか」
「まあ私がうるさく言うのはやめておきましょう。私が言わずとも」
「ええ、姉貴にはいろいろプレッシャーかけられてますよ」
 皐が苦笑した。
 確か、24歳になるはずである。義兄ヴィルヘルムよりも、7つ年下だ。
 この国では、結婚する者が減っている。そんな話は聞いている。そうでなくとも24歳ならば、まだ遊びたい盛りだろう。
 まあそれは自分でも今言ったように、ヴィルが世話を焼く事ではなかった。
 この義弟のために、自分がしてやれる事などあるのか。
 弟には、何もしてやれなかった。兄らしい事をヴィルが何かする前に、弟は母と共にこの世を去った。
 大人になる事のなかった弟の代わりを、自分は、大人である義弟に求めてしまっている。
 ただそれだけだ、と思いながらヴィルは日本酒を呷った。
「お酒とは厄介なものですよね、皐君。飲んでいると、自分の嫌な部分ばかりが心に浮かび上がってくる……なのに、止められなくなってしまう」
「姉貴と同じ事、言ってますね。いいじゃないですか、心の中にネガティブなものがあるんなら全部ぶちまけちゃいましょう。酔い潰れて動けなくなったら、まあ一反木綿にでも運んでもらいますから」
 言いつつ皐が、オーダー端末を手に取った。
「あれ、乗り心地は最悪ですけどね……俺も日本酒、行っちゃおうかな。ヴィルさんは、どうしますか?」
「ハイボールを……」
 血の代わりに飲むよりは美味い酒になりそうだ、とヴィルは思った。
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東京怪談
2016年05月31日

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