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『(1) 』
九条 静真jb7992
痛恨に浮かぶ静けき青に。

 姉と遊んでいる時間が、九条 静真(jb7992)はとても好きだった。
 大好きな、大好きな姉。静真よりも3歳年上の姉はいつだって優しくて、かっこよくて、静真にとってとても、とても大切な存在で。
 それは思い出せる限り、ずっと幼い頃から変わらない。いつも静真には優しくしてくれて、そうしていつだって身体を張って静真を守ろうとしてくれた。
 例えば。あれはそう、静真がまだ3歳の、春の息吹が世界を包み込んでいた頃の事だ。

「これは……ここに置こか?」
「ちゃうの。そこはあかんの」

 その日も静真はいつものように、姉と積木遊びをしていた。積み上げた積木を間に向かい合って座り、幾通りもの形の積木を重ね、崩し、積んでは遊ぶ。
 それは当時の静真にとって、この上なく幸いな、平穏なひと時だった。こうして姉と遊んでいる時間だけが、心安らげる唯一の時だったと言っても、きっと過言ではないだろう。
 けれども。

――ドスドスドスドス……

 その平穏をあっさりと掻き乱し、打ち砕くような、不穏で荒々しい足音が不意に廊下の方から聞こえて来て、思わず静真は手に持っていた積み木をびくりと握り締めた。まぁるくて細長い、すがるように握るにはちょうど良い大きさ。
 知らず表情を強張らせた静真の、もしかしたら縋るように見えたのかも知れない視線を受けて、姉はほんの一瞬だけ安心させるような笑顔を浮かべる。だが、次の瞬間にはその優しい笑顔はあっという間に消えうせ、不安げに――または迷惑げに廊下の方へ眼差しを向けた。
 この家で、こんな風に荒げた足音で歩く人間は、限られている。だから静真にも姉にも、一体誰がこんな不穏な足音を立てているのか、そしてその足音が確かに2人の居るこの部屋に向ってきているのが何のためなのかすら、はっきりと解っていて。
 ダンッ! 廊下と部屋を隔てる扉が、勢いよく開けられる。その向こうに立つ、乱入者の姿があらわになる。

「――こないとこでコソコソ、何やっとんのじゃ」

 そうして部屋の中をねめ回し、開口一番その年にしてはいやにドスの効いた声でそう言ったのは、見るからに不機嫌な素振りを隠そうともしない、静真よりも8歳年上の兄だった。心なしか、部屋の空気の色まで淀んだような気がする。
 もっとも、それも仕方のないことだった。というのもその当時は11歳だった兄は、けれどもその頃から乱暴者で、そうして今と変わらず家内では絶対者であった祖母の寵愛を、一身に受けていたのだから。
 それを当時から兄はきちんと理解していて、ゆえに静真や姉はごく当たり前のように、同じ人間とは扱われていなかった。だから、まだ3歳の静真にとってさえこの兄は、機嫌が良かろうと悪かろうと関わってろくな目にあった覚えのない、とにかく嫌な相手でしかなく。
 時が凍りついたように動かなくなった静真と姉を、兄はギロリと睨めつけた。果たして何があったのかはわからないけれども、どうせいつものように何か気に入らないことがあったのを、静真や姉で発散しようとしたのだろう。
 姉を見て、静真を見て。ふん、と鼻息を荒く吐き出して、兄が狙いを定めたのは静真の方。
 それと静真が全身で察したのと、兄が積木を蹴散らして静真に向かって来たのは、同時。さほど広くはない部屋のこと、あっという間に彼我の距離は縮まって、恐ろしげな兄の顔が、弱者をいたぶる嗜虐の喜びに歪む顔が、眼前に迫ってくる。
 目を、つぶる暇すらなかった。だから静真はただ真っ直ぐに、静真に向かって振り上げられた兄の拳が、ぶぉん、と空気を切りながら近付いて来るのを見つめていた。
 その、刹那。

「兄さん、やめぇ……ァァッ!!」
――ガ……ッ!

 静真の視界から兄が消え、変わりに姉の後頭部が視界いっぱいに広がった。――姉が、静真を殴ろうとする兄の前に割って入ったのだ。
 それは考えるまでもなく、静真を兄から庇うため。だが、容赦のない兄の拳を静真の代わりに受けた姉の身体は、圧倒的な力の差と体格の差で、呆気なく宙を舞う。

――ガタタ……ンッ!

 鈍く、けたたましい音が響き渡った。殴り飛ばされた姉の身体が、部屋の隅に置いてあった机の角に勢いよくぶつかって、ぐったりと動かなくなった。
 その光景に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚え、静真はとっさに兄の存在を忘れて姉へと駆け寄る。だが、姉を案じ、そうしてすがりつこうとした静真の指は、不意に凍りついたように動かなくなった。
 目に映ったのは、緋。机にぶつかった時に切ったのだろう、姉の頭から流れ出した緋色の血。

「………ッ」

 その色に、流れ落ちる液体に、全身の血が沸き立つような怒りを覚えた。人がこれほどに怒れるのだということを、知ったのはもしかしたらこの時が初めてだったかもしれない。
 チッ、兄の舌打ちがひどく大きく耳に響いた。

「きたないモン出しおって! 畳が汚れるじゃろが!」
「……あかんのッ!」

 そうしてさらに姉に危害を加えようとする、兄に静真は真正面から向き直り、手近にあった積木を全力で投げつけた。投げては拾い、拾っては投げ、投げてはまた拾う。
 頭にあったのはただ、大好きな姉を護らなければならない、という想いだけだった。兄への恐怖や嫌悪の感情を、その想いが大きく上回った。
 大好きな姉のために。大好きな姉を、何としてもこの兄の不条理な暴力から護るために……!

「あかんの! あかんの……ッ!」
「こンの、クソチビがァァ……!」

 ついに投げる積木がなくなって、小さな両腕を精一杯に広げて姉の前に仁王立ちし、仁王立ちしてギッ、と兄を睨みつけた静真に、怒りに震えていた兄がついに激昂した。取るに足らないちっぽけな相手に反逆された、そんな感情がマグマのように噴き出したのだ。
 兄はあっという間に距離を詰め、静真の小さな身体を容赦なく蹴り飛ばした。ぐふ、肺から空気が漏れる嫌な音。
 鞠のように飛んだ身体は、次の瞬間には壁に叩きつけられる。だが息を吐く暇もなく、完全に理性の吹っ飛んだ兄の拳が顔面に叩き込まれ。

「この! ガキ! 甘ァしたったら! つけ上がり! おって!」
「ああああァァァ……ッ!」

 痛みを痛みと認識する前に次の拳が、蹴りがめり込む。鬼のような兄の奇声が、打擲音の合間にも耳を打つ。
 抵抗らしい抵抗も出来ず、無我夢中で放った蹴りは軽々つかまれ、そのまま床に叩きつけられた。身体中の骨が砕け散ったような衝撃は、けれどもまだまだ序の口だとすぐ知れる。
 いったい、どれほど殴られたのだったか。どこを、殴られたのだったか。
 全身、殴られていない場所などないほど殴られ、蹴られ、次第に静真の意識は朦朧としてきた。目の前に居る兄が兄と認識出来ず、与えられる苦痛に、痛みに反応が出来なくなっていく。
 そんな、反応の鈍くなってきた静真が、いたぶりがいがなかったのか。ただ単に、兄の中で1度火のついた凶暴性がもはや、留まるところを知らなかったのか。
 不意に兄が静真の身体を、まるで荷物のように粗雑に持ち上げた。なに、と朦朧とした意識の中で思う暇もなく、次の瞬間には静真の小さな身体はふぅわり、宙に浮く――窓から放り投げられたのだ。
 その兄の所業に、ではなくただ純粋に身体が軽くなった感覚に、一体なにが起こったのだろうと、静真はぼんやり目を見開いた。刹那、視界いっぱいに広がっていた青に、はっと目を見開く。
 青――青い、蒼い空。雲など一片も浮いていない、どこまでも透き通り煌めく紺碧。
 ああ、空を飛んでいるのだと、思った。ふわりとした感覚、耳元を切る風の音。今、自分はあの青の中に飛んでいるのだと思って――そして――



 ――静真がふと目を開けると、そこは白い部屋だった。壁も天井も白く、そうして見たこともない機械に囲まれている。
 そこが、2階から投げ落とされた静真が運び込まれた病院にある、治療室の1つだと知ったのは後からのこと。その時には当然ながら、初めて見る部屋や機械類にまずは目を見張り、それから一体ここはどこなのだろうと、兄に暴力を振るわれた後は常である痛みに顔をしかめながら、辺りを見まわそうとして。
 枕元にいた、心配そうな姉と目が合った。はっ、と驚きに目を見張った姉に、心配をかけてしまったのだと悟って謝ろうとした静真は、途端、喉に走った常ならぬ痛みと違和感に顔をしかめる。

「静真! 静真、無理せぇへんの……!」

 声を出さないまでも、異常を悟った姉が慌てたように大きく首を振った。そうして説明してくれたことには、静真が2階から投げ落とされた時、下の植え込みに落ちたおかげで命は助かったものの、喉にも酷い傷を負ったのだという。
 恐らくほぼ確実に、声を出すための器官ーー声帯も傷ついているだろう。奇跡的な回復でもあれば元通りに声が出せるだろうけれど、現段階ではその可能性は限りなく低く、良くて多少音が出せる程度かも知れない――らしい。
 そう、聞かされてもなんだか遠い世界の出来事のようで、具体的にどんなことが己の身に起こったのかうまく想像ができなかった。ただ、喉の痛みは兄に殴られたり蹴られたせいではなく、自分が空を飛べたわけでもないことは、漠然と理解出来る。

(ほな、お姉ちゃんには謝れへんねんな……)

 姉を心配させてしまったこと。きっと、守り切れなかったのだろうこと。――悲しい顔をさせてしまったこと。
 それを謝ろうと思ったのに、今の静馬にはその方法が無いのだとわかって、静真はしょんぼりしてしまった。だがその表情を勘違いしたのか、或いはずっと堪えていた感情が一気に噴き出したのか――もしかしたらその両方の理由で、姉はわっと泣き出してしまう。

「うち……うちのせいや……ッ!」
「なんやねん。あんなん事故や! こいつが落ちるんが悪いねん!」
「ほんまやわなぁ。死んだ訳やあらへんし、ただの事故やないの。そない泣いてみっともない」

 泣き崩れる姉に、そんな冷たい言葉が浴びせかけられて、静真は驚きに目を見張った。まさか、とそちらへ目を向けてみれば、いかにも迷惑そうな顔でこちらを見ている祖母と、その傍らで事故や、事故や、と主張する兄がいる。
 事故、とそばに居た白衣の男が呟いたのが、聞こえた。たとえ2階から落ちたのが事故であったとしてもせいぜい全身打撲まで、明らかに殴打が原因と思われる青アザや打ち身の跡が全身くまなく残っているのは、どう考えても『落下』のせいではない。
 それなのに、あくまで事故と言い張り片付けようとする2人は、だが悲しいかな、静真や姉にとってはどこまでも『いつも通り』で。だから姉は2人の方へなど目もくれず、ごめんなぁ、堪忍やでぇ、と自身も顔に大きなガーゼを貼られながら、治療器具に今だ繋がれたままの静真に泣いて謝っている。
 その、光景に。お姉ちゃんを護らなあかん、そう思う。

(僕が……護るんや……)

 この姉を。大好きな姉を、他ならない自分が何としても護らなくてはいけないのだと、幼心に強く、強く誓う。
 そっと、まぶたを閉じれば最後に見た空の青が広がった。あの綺麗な、綺麗な空を想った。
 ――必ず、お姉ちゃんを護る。
 声なき声でそう決意して、静真は再び目を開き、姉を安心させようと小さく微笑んだ。ここにあの空がないことを、どこか残念に思いながら。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 /  職業  】
 jb7992  / 九条 静真  / 男  / 17  / 阿修羅
      / ゲストNPC / 女  / 6  / 姉

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注、本当にありがとうございました。

息子さんの幼い頃の痛ましい物語、如何でしたでしょうか。
好きなだけ痛めつけても、との事でしたのでお言葉に甘えているうちに、気付けば蓮華的最大級付近まで到達していた今日この頃です。
お兄様はなんと申しますか、あのお兄様の子供の頃……と想像してみたところ、ジャイ◯ンっぽい感じになってしまい、ちょっと楽しかったとかそんな(←
お姉様大好きな息子さんが、とても微笑ましくほっこりしてしまいました(痛めつけてますが
どこかイメージが違うところなどございましたら、ご遠慮なくリテイク頂けましたら幸いです。

息子さんのイメージ通りの、いろいろな出来事の始まりのノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年05月31日

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