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『遥かなる夢、境界は遠く、しかして近しく 』
トルステン=L=ユピテルka3946)&パトリシア=K=ポラリスka5996

●その指はどこか、俺に似ていた。

 その光景は、少年の胸の深い所を抉っていた。
 《彼》の視点で、その心で世界を観る夢。
 今生では考えられようもない――とかつては思っていた――非現実的な光景の中で、《彼》は足掻いていた。
 懊悩し、傷つき、それでも、その足を進める生き方をする《彼》には、たくさんの仲間がいた。
 それはあまりにも、眩しくて。

 時折、鏡や、誰かの瞳を通して《彼》の姿が垣間見える。

 ――そんな時に限って、夢は終わるのだった。


●あの人みたいに

 夢を通して見る『ワタシ』の世界は、キラキラと、輝いて見えた。
 周りには笑顔が満ちていて、『ワタシ』も、笑っていて。
 たまには困ったり、怒ったりする人もいたけれど――何もかもが、綺麗に見えた。
 ワタシはあの騒がしく、それでいて想いの溢れた、あの世界がとても好きだった。

 だから、ワタシは――。


●トルステン=L=ユピテル(ka3946)

 昼下がりの事だった。退屈極まりない授業の終わりを告げるベルが鳴り、古き良きビッグベンのシンプルな旋律が耳を撫でる。浮足立ちながら席を立つクラスメイト達をよそに、俺は苛立ちを抑えられずにいた。
 昨夕の、家の中での会話が響いているのは自分でもよく解っていた。
 居丈高に告げられる言葉には、反発以外の何物も抱きえない。アイツらはそれを知ってか知らないでか、矢継ぎ早にご高説を垂れてくる。
 そこに来てまた、あの《夢》を観た。戦場を勇躍する男の夢を。
 全くもって、腹立たしい。
 トン、トン、トン、と。旋律を追うように踊る指の刻むリズムが乱れる。
「……チ」
「ン? ステン、どーしたノ?」
 舌打ちを零した所に降ってきた声は、パティ――パトリシア=K=ポラリス(ka5996)のものだった。LH044に転校してきたばかりの同級生。
 とある事がきっかけで話すようになったものの……俺はコイツが苦手だった。
「……なんでもねーよ。ほら、飯にいけ」
「ンー」
 小首を傾げた拍子に、パティの髪が揺れる。そのまま、前の席にぼふ、とはしたなく座ると、半身になって俺の方を向いた。
「今日はステンと食べよカナっ」
「……」
 コイツは何かと俺の側に寄ってくる。それも、底抜けの明るさと――好意をもって。
 もっとも、その好意は男女のそれじゃない。いや、そうであればいいなんて思ったこともないが、そのことが何よりも俺の心をかき乱すのだった。
「……勝手にしろ」
「ン、そうするんダヨ〜♪」
 それでも、強く出れない自分自身がまた、腹立たしい。
 その笑顔は、俺の識る、そして知らない誰かによく似ていた。


「ステンは、今日モ自分で作ってきたノ?」
「んだよ、悪ーか」
「ゼンゼンッ! 上手だよネ、ママみたい!」
「……」
「あ、そだっ! ネ、交換しよ? うちのママのも、美味しいんダヨ♪」
 丁寧に切り揃えられた俺のサンドイッチを見てそういうパティの言動、一つ一つが、丁寧に俺の何かを踏み壊していく。
 普段なら、我慢出来た。普段なら、もう少し――愛想良くとは言わないまでも、まともに対応できたはずだ。
 それでも、今日はダメだった。
「……っせーな」
「…………え」
 初めての事だった。コイツに、むき出しで怒るのは。
 手に取るように、コイツがうけた衝撃がわかる。解ってしまう。でも、だからこそ、止められなかった。溢れてくる言葉も、感情も、収まりが付きそうにもない。
「っせーんだよ、イチイチ。大体、慣れ慣れしーんだよ。知り合って間もない、たかだか夢の」
 けれども。
「たかだか、ジャナイ!」
 解ってた。《お前》はいつだって、自分が言いたいことは言う。今だって、そうだ。
「ステンだって、本当は解ってるんデショ? ワタシ、嬉しかったんダヨ! 夢の……ううん、ステンに会えて、嬉しかった。嬉しかったのに……ステンだって、そうなんじゃないの? だから、夢のコト、信じて」
「…………信じてなんかいねえ」
「じゃあ、なんで……!」


「俺はあんなお人好しバカとはちげーんだ!」


 口を付いて出た言葉は、偽らざる本心で。本来であれば晒すつもりの無かったもの。
「……違う人間なんだよ、わかれ」
 それは、俺とパティの間に横たわる、小さくて、それ故に致命的なズレ。不協な響きで俺の心を乱すものだった。
 他の奴らがいれば、また違っただろう。多少浮つきながらも調和を保てていた筈だ。
 だが、二人だけでは、だめだった。

 ――本当は、少しだけ、期待していた。
 《俺》が、《俺》であることを、コイツに理解してもらえることを。

 なのに。
「……むぅ」
 俺の目の前で、頬を膨らませるコイツが、徹頭徹尾理解する気がないコトは、この上なく明らかだった。落胆する間もなく、パティは椅子を鳴らして立ち上がる。そうして、指を突きつけながら、こう言い放った。

「ステンのバーカっ!」
「なっ!?」
 ――お前、少しぐらいは悪びれろよ!?
 驚嘆する俺には目もくれず、今度は自分の眉間を指差すと、シワを寄せた。
「難しー顔ばっかりシテたら、ハッピーが逃げちゃうヨ?!」
 言い終えても、むぅぅぅ、と不満を隠そうともせずに居たパティは、ガッ、と卓上のサンドイッチを鷲掴みにするとズカズカと離れていった。
 教室から出る間際、最後にパティは、
「バーカっ!」
 最後にそう言うと、盛大に音を立てて扉を閉め、教室を後にした。残響を曳く足音だけ、残して。
「……っ」
 本日何度目かの舌打ちを零した時、気づいた。
「くそ、アイツ!」
 俺のサンドイッチが、消えていた。変わりに残ったのは、パティのそれだ。中に果物が挟み込まれているフルーツサンド。どう考えても、俺が作ったものではない。
「……あー……」
 腰を浮かしかけて、また座り直した。
 今、アイツを追いかけるのも癪だった。どの道、俺を待つような《アイツ》ではないし、今更追いかけても追いつけるとも思えない。
 それに――思うままをぶつけてしまったことに、少なからず動揺していた。暴れる胸のうちを、どうにも整理できそうになくて。
「…………」
 だから俺は、しばらくの間、目に鮮やかなサンドイッチを眺めていた。

 本当は、立ち上がって追いかけるべきだって――アイツならそうするって、解っているのに。
 だからこそ俺は、動けなかった。




「……むぅぅ」
 間違えてステンのサンドイッチをもって帰ったと気づいても、もう戻る気にはなれなかった。
 笑える自信がなかったから。

 ずっとずっと、子供の時から見てきた《夢》。
 それは、ワタシにとってかけがえのない宝物で。
 スン、と鼻が鳴る。
「…………分かんないヨ…………」
 ステンにとって、あの《夢》がただの《夢》じゃないことは知ってる。そうジャナイと、あんなに怒らナイ、から。

 ――デモ。

 あんな世界を見て、生き方を見て、何も感じナイなんてこと、無い。
 《アノ人》は、真っ直ぐ生きてたから、輝けたのに。

「バーカ……」
 かじりついた。ステンの、サンドイッチに。シャキシャキのサラダにボイルドエッグ。隠し味のマスタードがぴりりと、からい。

 美味しかった。
 とても。

「…………バーカ」





 ――あれっきり、俺たちはイマイチ噛み合わなくなった。

 鬱屈したまま、屈折したまま、俺はそのまま、こっちの世界に飛ぶハメになった。
 当然、探したさ。
 だが、そこには、パティは居なかった。

 あの時、アイツを追いかけられたら。せめて、あの味の感想だけでも言えたのなら。
 俺達は、少しは、変われたのだろうか。


 クリムゾンウェストにやってきて――そう思う日に限って、夢を見た。
 《アイツ》は、どこまでもまっすぐで、お人好しで……その事が凄く、胸を衝いたのだった。




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3946/トルステン=L=ユピテル/男性/14歳/拗れ揺らぎ奏でる、あの先を】
【ka5996/パトリシア=K=ポラリス/女性/14歳/笑み紡ぎ繋ぐ、その先へ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、ムジカ・トラスです。
 本業のたて込みで納品が遅くなってしまい、大変もうしわけない……こうして納品が出来たこと、そして、再びお見かけできたこと、嬉しく思います。
 CTSのリプレイやOMCを見返していて、とても幸せな気持ちが募りました。
 トルステンくんとパティちゃんの二人の関係は、かつての《二人》の有り様を思うと、とても素敵ですね。お二人の道行に幸あらんことを――同時に、すこしばかりの波乱があらんことを、少し期待してしまいます(笑)

 ――お楽しみいただけましたら、幸いです。それではまた、御縁がありましたら!

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ファナティックブラッド
2016年05月31日

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