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『 黒き影ふたつ、浜辺にて 』
矢野 古代jb1679)&カーディス=キャットフィールドja7927


 初夏は夏へと移りつつあった。
 まだ早朝にもかかわらず気温はこれから上がる気満々で、太陽は笑いながら、容赦ない日差しを投げかける準備態勢に入っているようだ。
「今年もやっぱり、日本の夏は暑いですね〜……」
 そう言ってフローリングの床に転がるのは、巨大な黒猫……の着ぐるみをまとったカーディス=キャットフィールドである。
 緯度でいえば日本の最北端よりまだ上辺りの出身とあって寒さには強いが、日本の夏特有のじっとりとした暑さは少々つらい。
 ……まあ、某有名な名無しの猫ですら、夏になったら毛皮を裏張りに出して素っ裸になりたいと嘆くのだから、着ぐるみを脱げば多少は涼しいのではないかとも思うが。
 意外にもこの毛皮、中は快適……らしい。

 そうしているうちに、お日さまは少しずつ高くなっていく。
 ちり〜ん。
 あるかないかの風が風鈴を鳴らすが、暑いものは暑い。
「さすがに解禁なのですよ〜」
 カーディスはもぞもぞと床をはいずり、扇風機のスイッチを入れた。
 モーターの微かな音が響き、扇風機は首を振る。
 カーディスはその風を全身に受け止めようと、三日月のような形になって扇風機の前に転がった。

 さわさわさわ。

 扇風機の風が、カーディス(の着ぐるみ)の毛並みを、柔らかく波立たせる。
 ひげを震わせる風は胸元を、そして腹を、順に吹き抜けて行った。
 満足そうにしばしまどろむカーディス。
 だがその平穏は、突如破られた。

「……? 扇風機さん、どうしましたか〜?」
 突如止まってしまった扇風機に顔を向けると、その土台のスイッチに節のがっしりとした指がかかっている。
「???」
 カーディスの視線が指の根元を辿っていくと、黒いシャツの腕の先に、僅かに白髪の混じる、物憂げな男の顔があった。
「矢野さん……どうしたんですか……?」
 黒尽くめの男――矢野 古代は重々しく口を開く。
「潮干狩り行って深川めしでも作ろう」

 ――どうしてそうなった。
 カーディスはしばらくの間、無言で古代の顔を見つめた。


 とはいえ、古代と一緒に行動していて、カーディスが退屈することはない。
 同じ暑いなら、なにか遊んでいたほうが気も紛れるだろう。
 しかも後でおいしいご飯を御馳走してもらえるのだ!

 カーディスは起き上がると、麦わら帽子や水筒を探しまわる。
「潮干狩りですか〜。 貝は簡単に取れるものですか? あっそうだ、お水も忘れちゃいけません」
 その間に、古代は何やら真剣な面持ちでスマホを操作している。
「えーと……こんなものですかね。お待たせしました、行きましょうか!」
 リュックサックを背負い、タオルを首に巻いて、大きな麦わら帽子を被った巨大な黒猫が嬉しそうにしている。
「でもどうして私を誘ってくださったんですか?」
 ニコニコと笑いながら、カーディスが尋ねた。
 古代は突然その右手を掴む。
「この手がなんか熊手っぽいから」
 またもカーディスは無言になった。

 ――熊手ってそういう物じゃないよね? それ中華料理で使う”熊の手”だよね?

 しかしカーディスはしゃっと爪を伸ばしてみせ、得意そうにふんすと鼻息を漏らす。
「沢山とりますよー!」
「期待してるぜ」
 どこまで本音なのかわからない古代だったが、きっと全部本音なのだろう。

「それでどこに行くんですか?」
「最初はこの近くの浜辺で考えていたんだがな……」
 古代がスマホを見ながら首をひねる。
「どうも貝毒が出たらしい」
 よくあることで、潮干狩りが禁止になる場所も多い。
 だが腐っているのとは違って味に変化はなく、火を通しても毒素には変化がない。
 それで知らずに食べてしまうと、痺れぐらいならまだしも、運が悪ければ命に関わるという怖い毒なのだ。
「どくーーー!?」
 カーディスが蒼白になる。顔は黒い毛皮に覆われてるんだけど。
「だ、だいじょうぶなんですか?」
「ああ、よくあることだしな。調べて良かった。島の裏側は大丈夫そうだから、バスに乗ればすぐだろう」
 そう言って古代も大きなリュックを背負った。


 バスを降りると、目の前に海が広がっていた。
「おお、先客が結構いるんだな」
 古代の言う通り、道路脇のガードレールの切れ目から降りて行くと、先に広がる砂浜には賑やかな声があふれていた。
 貝毒の出た場所を避けて、人が集まっているのだろう。
 管理の人に入浜料を支払い、パンフレットをもらう。
「こんなに色々採れるんですねー?」
 カーディスが嬉しそうに写真を眺める。アサリ、アオガイ、マテガイ。どれも美味しそうで、思わず生唾を飲み込む。
「お、時間的にちょうど良さそうだぜ。急ごう」
 パンフレットには、今日の潮の満ち引きの時間も書いてあった。
 それによるとちょうど潮が引いて行く時間なので、潮干狩りには好条件だ。
 古代はリュックサックからバケツ、網、長靴を取り出した。かなり本格的な装備だ。
「最高の深川めしが俺達を待ってるぞ!」
 サングラスを装着し、黒い帽子を被った古代は、長靴の他はなにか違う職業の人に見えたという。

 さくさくさく。
 カーディスが熊手(※道具のほう)で地面を掘り返すと、ごろんとアオガイが顔を覗かせた。
「わ、いましたよ! これはなんの貝でしょうねー?」
「水が引いたところで水管が出てくる場合がある。そこを狙えば確実に捕獲できるぞ」
 いうが早いか、古代はざくりと熊手を砂地に突き刺し、思い切り引く。するとゴロゴロと固いものが転がり出てきた。
 とりあえず網に全部放り込み、海水で洗い流すと、石やゴミに混じって貝がいくつか見えた。
「面白いですねー! あ、あっちにも!」
 カーディスが獲物を狙う目になって、砂浜をはずむように移動する。
「おいカーディスさん、潮には気をつけろよ。あと足を怪我しないようにな!」
 ――けがおおいだけに。
 脳裏に浮かんだその言葉はさすがに呑み込んだ。

 そうして時々互いの位置を確認し、声を掛け合いながらも、しゃがみこんでひたすら砂浜を掘り返す。
 足のしびれも忘れて、さくさくさく。
 お日さまが少しずつ移動し、やがて潮が満ちてくる時間になった。
 古代が時計を見て立ち上がり、バキバキ音のする腰を伸ばして、何気なく沖を眺めた。
「そろそろ陸のほうへ戻ろうか……ん?」
 今まさに波が迫りつつある岩場に、小さな女の子がいたのだ。
 女の子は潮だまりのヤドカリでも探しているのだろうか、全く周りを見ていない。
「親はいないのか?」
 砂浜は広く、人が多い。親が探して声をあげても、皆の騒ぐ声に紛れてしまったのかもしれない。
 そうしているうちに、波は迫ってきた。
 そこでようやく、女の子は自分が取り残された事に気付いたようだ。立ちあがってぼうぜんとしている。

 矢野はカーディスに声をかけ、沖を指さす。
「カーディスさん!」
「どうしましたー? あっ!」
 二足歩行の黒猫(の着ぐるみ)が、手をかざして女の子を見た。
「大変ですよー! あの岩、水が溜まっています。満ち潮になったら水没するですよ!!」
 二人は同時に駆け出した。
 既に波は、黒い男ふたりの腿辺りを濡らすまでに迫っている。


 カーディスが女の子を肩車して、古代はカーディスが転ばないよう、自分の身体に結び付けたロープを握らせる。
「もう少しだ。頑張れ」
 古代は先に立ち、足に力を籠めた。
 服が重く感じられる。浜までのほんの少しの距離が、遠く感じる。
 
 こうして女の子は、浜辺で無事に両親と再会できた。
 何度もお礼を言っては頭を下げる両親に、ふたりは手を振って別れる。

 少し歩いたところでカーディスがふと呟いた。
「そういえば矢野さん、バケツはどうしましたっけ」
「……どうしたんだろうな」
 気がつけば道具はすべて海の中。
 救助に走ったために、そういったものを全部放り投げてしまったのだ。
「ま、いっか」
 肩をすくめ、古代はポケットの煙草を探る。だが当然、煙草もぐっしょりと濡れていて使い物にならない。
「あー……」
 がっくりと肩を落とす古代。なんだか貝がないことよりもショックそうに見える。

 そのとき、誰かにそうっと袖を引かれた。
「ん?」
 古代を見上げているのは、さっきの女の子だ。
「あのねおじさん、これ。ありがとう!」
 貝の入った小さなかごを押しつけると、女の子はパタパタと走り去った。

「ふふ、嬉しいお礼ですねー?」
 カーディスがニコニコ笑っている。乾きかけた着ぐるみには塩が浮いていた。
「ま、これだけあれば、ふたり分ぐらいにはなるだろう」
 古代がカゴを持った手を高くあげ、女の子に見えるように軽く振った。
 それから顔を見合わせ、カーディスと古代はどちらからともなく笑いだした。
 アクシデント絡みの潮干狩りも、なんだか自分たちには似合いに思える。


 潮の匂いのする服や着ぐるみを洗って、シャワーを浴びて。
 その間に古代は深川めしを準備する。
 長い髪を乾かしながらキッチンをのぞきこんだカーディスが、鼻をひくつかせた。
「うわあ、いい匂いですねー!」
「あの女の子、案外腕のいいハンターだったようだぜ」
 古代は軽くウィンクして、大きなお茶碗に山盛りの深川めしをカーディスに手渡した。
「本当ですね。すごく大きな貝!」
「だろ?」

 その深川めしの味が絶品だったのは、言うまでもない。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1679 / 矢野 古代 / 男 / 39 / インフィルトレイター / 漆黒の料理人】
【ja7927 / カーディス=キャットフィールド / 男 / 20 / 鬼道忍軍 / 漆黒の熊手猫】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、「暑いのに潮干狩り」のエピソードをお届けします。
かなり好きなようにエピソードを盛り込みましたが。
ご依頼のイメージから大きくそれていないようでしたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!
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エリュシオン
2016年06月02日

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