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『冷たい夜の更ける刻。 』
シャトンka3198

 もう春の声が聞こえ始めて、昼間は日なたであればそこそこ暖かくなってきた。とはいえやはりまだまだ冬ということなのだろう、夜になれば冷え込む日も多い。
 今宵もそんな、ひどく冷え込む夜で。その、這い寄る寒さに目が覚めてしまってシャトン(ka3198)は、布団の中でぶるる、と大きく震えた。
 はぁ、と吐いた溜息には、隠しようのない自嘲の響きがある。それは、こうなる事が――冬の夜は1人だと朝まで眠る事が出来ないとわかっていたくせに、一人寝をしてしまった自分自身に対してのものだ。
 だが、今夜だけはどうしても仕方がなかったのだと、誰にともなく言い訳する。そうして、こうしている間にも寒さが忍び込んでくる布団の中で、どうしよう、と考えを巡らせた。
 飼い主――は、今夜は仕事中だ。ならば友人のところに行って、相手をしてもらいながら今夜を凌ごうか……そこまで考えたところで、ダメだろ、とシャトンはまた溜息を吐いて首を振る。
 たとえ友人だからと言って、こんな真夜中にいきなり訪れては、いくら何でも迷惑だ。そう思い至り、思い直すだけの理性はまだ、シャトンにも残っていた。
 残っていた、から。

「……甘えてばっかりだよなぁ……」

 はぁ、と何度目になるか知れない溜息を吐き、シャトンはぐるん、と身体にしっかり布団を巻きつけた。そうしたらほんの少しでも、この身を蝕む寒さが退けられる気がしたから。
 ――否。もしかしたら、こうしてしっかり布団にくるまれば、寒さと一緒にシャトンの身を這い上がり、羽交い締めに捉えようとするモノから自身を守れるような気がしたのか。
 ギュッ、と巻きつけた布団の端を縋るようにしっかり握り締め、くるんと猫のように身体を丸めて、シャトンはきつく目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶ光景に、ぎり、と奥歯を噛み締めながら。





 シャトンが奴隷商人に捕まったのは、16歳の時だった。リアルブルーからクリムゾンウェストへと転移して来て、右も左も分からず路頭に迷っていたところを、目をつけられてなす術もなく捕らえられたのだ。
 そうして否応無しに始まった、いきなり奴隷の身に落とされて、暴力や、様々な虐待を受ける日々。それは終わる日など夢にも思いつかないほど過酷で、心と身体に刻み込まれた傷は癒えることをまったく知らず、確かにシャトンを蝕んでいたのだけれども。
 それよりも遥かに辛く感じていたのは、実のところ、夜になると訪れる厳しい寒さの方だった。否――寒さそのものというよりは、寒さによってもたらされる死への恐怖を、シャトンは否応無しに覚えてしまったのだ。
 奴隷に与えられる部屋など良くて雑魚寝が当たり前だから、ことに寒い夜には僅かな寝具を持ち寄って、互いの身体で互いを暖めるべく、皆で固まって眠りにつく。それでも冬の夜の寒さは耐え難く厳しくて、朝になると一人、二人と亡くなっている事も珍しくはなかった。
 寒さで人は死ねるのだと、もちろんシャトンは知識としては知っていたけれども、それはリアルブルーで暮らしていた頃にはまだ、どこかニュースや物語の中の世界の出来事のように思っていたのだろう。だが、このクリムゾンウェストでは『それ』がごく身近な現実なのだと、幾人もの死を見るたびシャトンは思い知らされずに居れなかった。
 目を開くと、隣の誰かが死んでいる。お休みと言い合って眠った誰かが、昨日は他愛のない話をした相手が、お互い頑張ろうと声をかけて肩を叩いてくれた相手が、眠りから目覚めたら冷たく動かない塊になっている。
 その、恐怖。嫌悪。胃の中全てを吐き出しそうな、どうしようもない負の感情。
 それがやがて、眠りへの恐怖そのものへと変化するのに、時間はかからなかった。明日もまた、誰かが死ぬのかもしれない……明日は自分かもしれない。
 そんな恐怖は、シャトン自身はもちろんのこと、身体だって嫌というほど覚えてしまっている。だからこんな寒い夜には、身体がどんどん冷たくなって、動けなくなって……自分が死んでいるか生きているか、シャトンには分からなくなってしまうのだ。

「オレ、は……」

 今、まだ生きているのか。それとも実は死んでしまっていて、生きていた自分が死に怯えている夢を見ているだけに過ぎないのか。
 考えたくないのに考えてしまう、シャトンの足を不意に、ぞわり、亡霊が掴んだ。重さも力も、感触すら感じられはしないけれども、亡霊が掴んだのだということがシャトンにはわかっていた。
 ちらり、足元へと目を向ければ、暗闇の中に浮かぶ顔すら見て取れる気がする。それは死んだ誰か、顔も覚えていない誰か……それとも、自分の代わりに死んだ誰かだっただろうか。
 どちらとも、つかなかった。どちらでも、良いと思った。
 そんな、どこか投げやりな気分のまま亡霊に、シャトンは闇の底を見つめるような眼差しを向ける。口の端に引っ掛けたのは、何もかもを諦めたような笑み。

「……安心しろよ……死にたいのは、変わってないから」

 だからそんな目で見るなよ、と。お前だけがいつまでも生きているのかと、なぜお前だけが生きているのだと、裏切り者となじるような亡霊に、シャトンは呟き強く、強く瞳を閉ざした。
 いずれ、遅かれ早かれ自分はあんた達の所に行く。あんた達と同じ――もしかしたら、罪にまみれて生まれ育った汚らわしい自分は、あんた達よりなおおぞましきモノになる。
 だから。――こんな自分、1日だって、一刻だって早く終わってしまって欲しいと願っている、もしかしたら誰かに終わらせて欲しいと願っている、その気持ちに偽りは一片だってないんだから。
 安心しろよと口の中で呟いて、シャトンは布団にくるまり強く瞳を閉じて、堪える。知らず寒さと恐怖に震える身体を、逃げ出さないよう強く抱きしめ、抑えつける。
 ああ、早く夜が過ぎて仕舞えば良いのに、祈るようにそう思った。願った。早く夜が過ぎて、眩しく気だるく力強い陽の光に照らされたかった。
 だって、そうしたら朝になる。死の影に怯える夜が終わる。
 だから。

(早く……早く………)

 ただそれだけを繰り返し、シャトンの夜は更けてゆく――





 翌朝。

「大丈夫……オレは、まだ……生きてる……」

 待ち焦がれた眩しい朝の光の中で、シャトンはほぅ、と大きな、大きな安堵の息を吐き出した。それが、亡霊に吐いた言葉とは裏腹だということには、いまこの瞬間だけは気付かないフリをする。
 そうしてシャトンは布団を抜け出し、一晩中力が入っていたせいで凝り固まってしまった身体を、ほぐすべく大きく伸びをした。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━‥・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ka3198  / シャトン / 女  / 16  / 霊闘士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

シャトンさんの物語、如何でしたでしょうか。
今回は冬の寒さへのトラウマという事でしたが、寒い夜はただでさえ、心が寂しく辛い感じがしますよね……
今回もお言葉に甘えて色々と自由に書かせて頂いてしまいましたが、もし何かあられましたら、いつでもお気軽にお申し付けくださいませ(土下座

シャトンさんのイメージ通りの、生と死のはざまで揺れるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年06月06日

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