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『目覚める朝 』
狒村 緋十郎aa3678)&レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001

第八章 新しい日々

 
『狒村 緋十郎(aa3678) 』の朝は小鳥の囁きと共にある。
 世界がレモンイエローの輝きで満たされる早い時間に目覚め。
 夜で洗われた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 緋十郎はゆっくりと体を起こすと、隣に眠る少女を見る。
 毛布にくるまり小さく眠る少女は『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) 』。
 この少女の穏やかな寝顔を見つめていると、思わず笑みがこぼれる。
 それと同時に首筋がじんと痛んだ。
 昨日緋十郎は、この少女に一滴も残さないとばかりに吸血され、倒れるように眠りについたのだったが。一晩寝れば元気になっていた。
「おはよう、レミア」
 そう囁くと緋十郎は薪でも割ろうかと体を起こす。
 外に出てみると朝露で煌いた木々が美しい。
 緋十郎は感慨深げに、斧を片手に空を見上げた。
 初めて共鳴し、従魔を倒したあの冬の日からだいぶ時がたっている。
 あの日から緋十郎の世界は一変したのだ。
 自分のものならざる力もそうだが。何より今は一緒に生活する少女がいる。
 緋十郎には、彼女の存在をどう定義づけていいかはわからない。
 主人、であることはそうなのかもしれないが。
 彼女のことを思い浮かべると、それだけではない暖かな感情が胸に沸く。
 これを人はなんと呼ぶのだろう。
 家族? 居候? 恋人?
 そう考えたところで顔を赤らめる緋十郎。狙いが外れ薪ではなく地面に斧を振り下ろしてしまった。
 緋十郎は斧を抜き、土を払い。炭焼き小屋をまた見つめる。
 その表情は、かつての緋十郎を知る者からすれば、驚くほどに温かかった。
 ただ、孤独が終わりを告げたことだけがうれしく。
 それをかみしめる日々は今までになく幸せに満ちていたのだ。
 そんな物思いにふけりながら薪を割り終えると、朝食の準備にとりかかった。
 レミアは基本夜行性で。起きてくるとしても昼ごろである。
 レミアは朝目覚めてもつまらなさそうに、テレビを見たり、日が沈めばお散歩として山の中に潜っていく。
 夜に緋十郎が家に帰れば、退屈を極めたような顔でレミアが迎えてくれる。
 そんな生活が続いたある日のこと。
 緋十郎は何度目か分からない悪夢を見て目を覚ました。
 べたつく汗。震える指先。心臓は熱く張り裂けそうなくらい膨張しているのに、体の末端は冷たい。
 そんな自分の体を抱え、早く恐怖にこわばった体を溶かそうともがいた。
「そうか、そうだな。仇を撃ったからと言って、あの悲劇はなくならない……」
 悲鳴、血の香り、そして幼馴染の最後の表情、言葉。
 心臓が跳ねるように脈を刻み、瞳孔が開き、汗が止まらない。
 失うことへの恐怖を体全体で思いだし、取り返せない過去に涙がにじむ。
 こんな時に限ってレミアは隣にいない。
 いや、隣にいなくてよかったのかもしれない。こんな姿を見せずに済むから。
 そう緋十郎は寝間着を脱ぎ、上半身だけを起こして、タオルで油汗を拭いていく。
 そのあたりでやっと体から緊張感が抜け始める、安どのため息を漏らした直後だった。
 炭焼き小屋の戸が、キィっと開いた。
「どうしたの?」
 その幼さ香る声に緋十郎は身を震わせる。
「なんでもない……」
 緋十郎は振り返ることができなかった。
 今の自分を彼女はどう見えているだろう。どんな顔をしてそこに立っているのだろう。
「なんでもないとは思えないけど?」
 甘い声、甘い香り。しかしその内面が冷徹であることは痛いほどに知っている。
 そんな少女が自分のことを、自分の弱さを知ったらどんな顔をするだろうか。
 自分の元から去るだろうか。
 それだけは絶対に嫌だ。そうおもう緋十郎だ。
「…………悪い夢を見たんだ」
 その時、冷たい指先が緋十郎の背中にふれた。
 思わず飛び上がる緋十郎。
「そう言えば、この大きな傷。なに?」
「昔、ちょっとな」
「あなたが執着していた従魔と関係が?」
 名前を呼ばれなかったことに少しショックを受けつつ、緋十郎は言葉を返す。
「違う、なんでもな……」
 そう言い切ろうとした瞬間のこと。
 レミアが思いがけない行動に出た。
 覆いかぶさるようにレミアは緋十郎の背に体を預け、そして耳元でささやいた。
「NOと言え、なんて誰がいったのかしら?」
「…………」
「私が気になると言っているのよ。契約を忘れたの? あなたの全ては私の物、あなたの過去も私のものよ」
「きいてて楽しい話じゃない」
「今、隠したということが問題なのよ。楽しいかどうかは二の次よ」
「俺は……」
 緋十郎は恐る恐る、口を開いた。
「日本の山奥に村を作って暮らしていて……」
 最初はたどたどしかった口調も、精査していた言葉も、話が進むにつれて次第に滑らかになっていき。やがては自分の感情も交えて、自分の悲劇を口にしていた。 かつて起こったこと、幼馴染の死。そのあとずっと孤独であったこと。
 孤独の中で見つけた光。
 笑顔。そして再び現れた従魔。
 レミアとの出会い。そして撃破。
 すべてが終わったはずなのに、悪夢は自分を追いかけてくる。
 無力だったころの付けを払えと言わんばかりに、罪悪感ばかりがこみ上げる。
 そう弱音まで吐露して。
「ふーん、そう」
 その緋十郎の半生を、レミアは興味なさ気に二言で終わらせてしまった。
 そのことに緋十郎は一抹の悲しさを抱く。
 彼女は自分に対して興味などないのだ。
 彼女は今自分とここにいるしかないからここにいて。
 そしてもし自分が死ねば、木の実を食いつくした鳥のように、どこかに行ってしまうのだろう。そう思った。だが。
「なぜ、そんなに沈んだ表情をしているの? あなたはさっき楽しそうに話をしていたのに」
 緋十郎が驚きで目を見開くとレミアが緋十郎を覗き込んでいた。
 金色の髪が、首をかしげると流れ、その細い首筋が露わになって。
 赤い瞳は魔力を持って、緋十郎に向けられて。
「いや、なんでも」
「そんなにつらい思い出だった?」
 レミアは笑った。無邪気に、そして左手で緋十郎の頬に手を当て告げる。

「思い出したくない傷なの? なら……わたしがその傷痕、消してあげるわ」

 嗜虐的な笑み。目を細く、うれしそうな無邪気な笑み。
 牙が見える。その赤々とした爪が緋十郎の体を這い。
 そして爪が突き立てられる。その痛みに緋十郎は声を少し漏らして耐えた。
「代わりに私のことを夢に見るようにしてあげる。そんな過去思い出せなくらい遠ざけてあげる」
 深く掘られた従魔の爪痕の上に。細く長い線が刻まれた。
「もう、思い出さなくていいわ。過去全て。あなたの村も、幼馴染の女の子も、そこで起きた悲劇も。忘れなさい。あなたは私と出会った夜に、下僕として生まれ変わったのよ。そんな過去何の意味もないわ」
 そうレミアが爪を斜めに肌に突き入れると、まるで粘土を着る刃のようにスッと切れ込みが入っていく。
 あふれ出る真紅の液体。それが溢れ筋となり緋十郎の体を染めていく。
「レミア、何を……」
 戸惑いを浮かべる緋十郎。その耳にはレミアの吐息と。プチプチと細胞を切断する音しか聞こえない。
「私のために生きなさい」
 レミアは指を突き入れ、何度も出し入れした。そのたびに細かく角度を変えると。傷口がぐずぐずと形を失っていく。
 その緋十郎は鋭い痛みに耐えた、声を噛み殺し、上がった息を押し殺し。
 じっと……。レミアの指が自分の体のどこを滑るのかじっと見ていた。
 肌が刺激されるたびに脈が上がり、言い知れぬ興奮が緋十郎を包み込む。
「俺は、許されたのか?」
「許される必要なんてないわ」
 そうレミアは緋十郎を押し倒す。
 そのまま首筋に歯を突き立てた。
 その行為は毎晩のように行われた吸血行動。しかし普段と違い濃密な時間に感じられた。まるであの日、初めてレミアに血を捧げた日のように。
「私以外が与えた罪を許される必要なんて、なぜあるの?」
 その夜は。意識が奪われるように眠りにおち。
 朝目が覚めると、さすがにくらっとした緋十郎であった。

第九章 これは私の呪い

 最初にレミアの手にかかってから数日たったが、あの行為は夜な夜なエスカレートしていく。
 とっくの昔に従魔につけられた傷は掘り返されたはずなのに、その行為は終わりを迎えない。
 レミアは楽しんでいるのだろう。
 緋十郎も、その行為のやめ時を見失っていた。 
 だいたい、緋十郎自体が拒否するという感情をだいぶ前から失っていた。
 その行為に対して恐怖などはなく、罪をあがなうための代償行為でもない。
 一つ言えることがあるとすれば。ただただ、緋十郎の血で両手を染める少女が楽しそうで。
 その楽しそうな笑顔をもたらしているのが、自分であることが誇らしくて……。
 そしてその痛みは、甘い痺れに姿を変えていく。
「傷が癒えかけているわね。本当に丈夫な体」
 体を滑るレミアの指先。最初は冷たいその指も緋十郎の血で温かくなっていく。
「それだけが自慢だったからな」
 そう緋十郎は答える。
 その瞳が自分に向けられていることに心底喜びを感じた。
「だとしたら困るのよ、私は新しい傷を刻むためにこれをやっているのだから」
 そうせっかくふさがりかけていた傷を、レミアは何度も掘り返す。
 それ以外にも、胸板に爪で文字をかいて遊んだり、その肉を丸く削り取り、流れ出た血を吸ったりもした。
 そして、そんな行為にすっかり夢中になって、ついに二人は眠らずに朝を迎えてしまう。
 こんな日は初めてだった。
「ああ、眠れなかった」
「私も、夜行性だけど、日が昇り始めたら寝るから。こんな時間まで起きていたのは初めてよ……。ん? 朝?」
 その時だった、レミアの中に閃く何かがあった。
 レミアは窓に近づいて、日の光を肌に当ててみる。
 白々しいほどの朝日を浴びて。レミアはぼんやりとした頭で思った。
 日の光、大丈夫かもしれない。
 突如、流血収まらない緋十郎を引きずるようにして、外に飛び出すレミア。
「すごい、今気が付いたわ。太陽平気よ!」
「そ、そうか、それはよかったな」
「なんで今まで気が付かなかったのかしら。若干頭が痛いのは寝不足のせいだし」
 そう森を闊歩しながら日当たりのいい場所まで行くとレミアは両手を上げて、どこにも異常がないことを確認した。
「私は最初、この世界に呼び出されたとき、ひどく失望したのを覚えているわ」
「そうだったのか?」
 緋十郎は思い出す。最初にあった時のレミアの儚げな表情を。
「だって、この体の力は、かつての力と比べると、すごく小さかったから」
 かつての世界ではレミアは吸血鬼だった。それも力が強く、人間たちを大量に虐殺できてしまうほどの力を持つ吸血鬼。
「吸血鬼とは強靭な生命体ではあるけど、弱点も多いの。太陽、十字架。聖水」
 しかし、今ではそんなもの弱点にもならない、なぜなら英雄なのだから。
「忌々しいだけだった昼の世界って、こんなに輝いていて美しいのね。ねぇ緋十郎」
 その時呼ばれた名前に不覚にもドキッとし。言葉を返せない緋十郎。
「私、もっとたくさんの世界を観たいわ」
 そうレミアは言うと、緋十郎へと振り返って微笑んだ。
「この山を下りて、二人で生きましょう」
 その表情だけは、年相応の少女が浮かべる喜びに満ちている気がした。
 いつも浮かべる冷酷な笑いではなく、まだ見ぬ冒険に胸をときめかせるような子供っぽい笑み。
 だが、そんなレミアに緋十郎は言い放つ。
  
「いやだ」


第十章 新しい朝

 レミアは毎晩夢を見ていた。どこか遠い世界の夢。だとしても生々しく、胸をえぐるような光景の数々。
 レミアは枯れ果てた土地でいつも一人だった。
 その手には冷たくこびりついた血と。そして畏怖の視線。
 怯え狂う家畜たちの中心に立つレミアはひどく孤独だった。
 それが今はどうだろう。この両手を伝う血は温かい。
 そして彼の視線もまた……

 その夜のこと、というよりあの後テンションガタ落ちのレミアは無言で炭焼き小屋に帰ると同時に無言で布団の中へ。
 そのまま死んだように夜まで眠り続けて、今である。
「緋十郎、貴方、私の下僕だって言わなかったかしら?」
 目覚めた直後の第一声がそれだった。
「言われた、言われたがこればっかりは……」
 そう言葉を返してしまったのが運のつき。
 緋十郎はレミアによって拘束されて床に転がされていた。
 レミアは今までにない恍惚とした表情を浮かべている。
「うあ、すまない!」
 これは緋十郎に対する罰である。
 毎晩受けていた、あのトラウマ克復作業とは似ても似つかない正真正銘の罰である。
 鞭打ち。しかも小屋の中にあった本物の鞭で打たれるのだからたまらない。
 シュパーンと小気味いい音を立て何度も振るわれる鞭。
 ちなみに鞭のいい音の正体は、鞭先が音速を超えるため鳴るそうだ。
「なぜ私の意志に背くようなことを!」
 レミアのモードが人間粛清モードに入ってしまっている。
 これはごめんなさい程度では許してもらえなさそうだ。
「こればっかりは俺の力ではどうしようもないんだ!」
「また、NOと言ったわね」
「待ってくれ、理由がある。俺はこんな身なりだ、人間たちに受け入れられるわけがない」
 現に一度受け入れられなかった緋十郎である。町での生活はそもそも不可能。
 そう伝えたかったがなかなか口が回らない。
「ワイルドブラッドが受け入れられないってこと? だったら、ほら見なさい。三日前からのニュースよ」
 そうレミアがテレビを指さすと、コメンテーターが猫耳少女の画像を背景に原稿を読み上げていた。
 内容はこうだ。
 ワイルドブラッドがH.O.P.E.の協力要請に応じ、表舞台へ。
 それ以来町にあふれ出る獣耳の人々。
「つまり、今の緋十郎を邪魔するものは何もないわ」
 唖然と緋十郎はその光景に見入ってしまう。僅か三分ほどのニュースだったが、その光景を見た緋十郎はたっぷり十分考えた。その末。
「縄をほどいてくれ、レミア」
 その時緋十郎の目の色が変わった。
「すぐに山を下りる準備をしよう」
 そして緋十郎とレミアは朝を待ち。長い間お世話になった炭焼き小屋を後にした。
 新天地めざし、H.O.P.E.に所属するために。
 新しい世界を見るために。二人で。
「え、住む場所も決まってないの?」
「ああ、ただ駆け出しリンカーに住居を貸してくれる旅館なんてものもあるそうだ。そこを目指してみようと思う」
「ふーん」
 レミアは先を急ぐ、思えば山を下りたことは今までなかったかもしれない。
 彼女にしてみれば念願の『世界』足取りが軽いのも当然かもしれない。
「そうだ、緋十郎。あなた確か、歌って踊るあの子好きよね?」
「ん?」
 緋十郎は表現方法のせいで一瞬よくわからなかったが、自分が追っかけているアイドルのことだと理解した。
「ああ、まだ追っかけているな」
「山を降りて……もしわたしがその娘に出会えたなら。その娘のサイン、貰ってきてあげるわ」
 そうレミアは柔らかく微笑んだ。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) 』
『狒村 緋十郎(aa3678) 』
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしてしまいました。鳴海です。
 この度はOMCご注文ありがとうございます。
 三部作ということで長編でしたが、今回でめでたく完結です……かね?
 気が付けば緋十郎さんやレミアさんとはすっかり長い間仲良くさせていただいています。素敵なお二人のプロローグにかかわらせていただけたこと。
 とても幸せです。
 ここから二人の物語が始まり。本編のあの場面に繋がるのかなぁ。
 なんて妄想しながら最後のシーンをかいてみました。
 内容については、拷問シーンをねちっこく書いてみました。
 もっとハードでもよかったのかなぁなんて思ってますが、いかがでしょう。
 では。本編がすごく長くなってしまったので、この辺で。
 今度は任務でお会いできるようなので楽しみです。
 それでは、鳴海でした。ありがとうございました。

 
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2016年06月07日

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