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『●惨禍過ぎたる或る夜の御伽 』
紫 征四郎aa0076)&オリヴィエ・オドランaa0068hero001)&ガルー・A・Aaa0076hero001

 ――余りにも静かだった。
 無数の医療機器が規則正しく電子音を鳴らし続けるほかは、生きている人間など誰一人いないように思えるほど。
 共に在る仲間の息遣いだけが、辛うじてこの空間に現実味を与えていた。

(一緒に戦って、征四郎ばかり怪我をするのはいたたまれねぇな……)

 けれど、これは彼女が選んだ道だ。
 如何に苦しかろうとも、そこに立つ意思を持った人間に、どうして何か言えようか。

(きっと、情に傾けば覚悟が揺らぐ)

 だから、ガルーは紫に何も言ってやれなかった。
 割り当てられたベッドの上で、彼女は居心地悪そうに身を捩る。

「……痛むのか? 征四郎」
「いいえ……くすぐったいだけです」
「ああ、悪い」

 ガルーは顔を上げた。考え事をしていて必要以上に俯いていたので、先程からガルーの前髪が紫の上腕を擽っていたようだ。
 ――彼らは今夜、大きな戦いを終えたばかり。
 いまは前腕を裂傷に抉られた紫へ、ガルーが包帯を施している。やりとりを見ていたオリヴィエが、意外そうに言った。

「髪の毛、態とじゃなかったのか」
「……お、ばれてたか? 反応が面白くてなー」
「ガルー……! からかわないでください!」
「おい。夜中だぞ、少し静かに」

 オリヴィエは言い合う二人を呆れたように眺めた。
 息巻く紫に、ガルーは喉奥で笑みを押し殺してにやにや。頬を膨らませてそれを見下ろしていると、紫は唐突に涙が零れそうになった。ガルーがぎょっとしてその顔を覗き込む。

「……ちょ、は? やっぱり痛かったのか?」
「ち、ちがうのです……きゅうに、わいてきて……」
「……何が?」

 紫のか細い呟きに、オリヴィエが尋ね返す。

「みんなが、生きて……いっしょにいるという実感が、です……」

 無機質な蛍光灯の光にあてられて、鳥兜の花の色は、本来のそれよりもずっと儚げに見えた。
 訪れる沈黙の湖面に、ポツリポツリとしずくのような、心の葉が落とされる。

「……いつから、だったのでしょうか。恐怖の対象が、移ろいはじめたのは……」
「……征四郎は、怖いものが、前と変わったのか」

 オリヴィエに頷いてから、紫はガルーの視線が自身を伺うのを感じた。……それは誓約鎮守への猜疑ではなかったが、幼い少女には見分けがつきようも無い。

「わかっています、ガルー。征四郎はけっして恐怖に屈しません……それが誓約ですから」

 余りにも実直な言葉に、ガルーは作業する手を一時止める。

「……ほら、今度は足出せ」
「はい……」

 ガルーは下を向いたまま、黙って治療を続けた。喉まで出かかった、陳腐な慰めを飲み込んで。
 紫は、自分が彼の望む答えを返せたかどうか分からなかった。所在なさげに彷徨わせた視線が、隣のベッドへ留まる。

「……ほんとうに……死ななくてよかったのです……」

 震える唇から絞り出されるのは、今にも消えそうな声。

「あのひとがおおけがをしているのを見たとき……まるで、心臓がおしつぶされたようでした。
 ぎゃくに、ベッドで息をしているのを見たときは、ほんとうに、ほんとうに、あんしんして……」

 オリヴィエの能力者の容体は未だ予断を許さない状況で、今もカーテンの向こうで集中治療が続けられている。
 彼は、先の任務で重傷を負ったのだ。これを受けて、紫の中で変化してきた気持ちがいっそう強くなったのだろう。

「……征四郎は、誓約をまもるためにたたかいいつづけてきました。愚神や従魔だけでなく、死ぬかもしれないという恐怖とも。
 でも、死がじぶんにとってミヂカなものだという気付いてからは……いっしょに戦ってくれる皆に死なれるのが、どんなに怖いことか分かるようになったのです」

 彼があそこで死んでしまっていたらと思うと、紫は怖くてたまらない。どんなときも自分をずっと支えてくれた人が、いなくなってしまっていたかも知れないだなんて。……あの時の事を思い出すだけで、紫の手はぶるぶると震えた。
 ガルーは彼女の負った精神的な傷の深さも想像がついていたし、静かすぎる院内がその恐怖を酷く煽りたてる事も知っていたはずだ。

「な、泣いちゃダメだって、分かっているのに……征四郎は、まだよわいままなのです……ごめんなさい、ごめんなさい、」

 涙はとっくに堰を超えて、ひとつぶ、またひとつぶとシーツを濡らす。目をいっぱいに見開いて、嗚咽を堪える紫を前にしてもなお、彼には彼女に何も言えない。

「――そんな風に、考える必要は無い。
 誰であろうと、死は恐れるものだ。そして、いずれ来るものでもある」

 この場で紫にかける言葉を持ち得たのは、唯一オリヴィエだけ。

「……オリヴィエは、つよいのですね。死を、よくリカイしている……」
「それだけのことだ……どちらも経験が無いから、きっとこの覚悟は、弱い物なのだろうけど」

 そっぽを向いたままそう言えば、紫は必死でしゃくりあげるのを我慢して、彼に応えた。

「征四郎は、そうではないとおもうのですよ。みとめることにだって、ユウキがひつようでしょう」

 死とは、決して逃れようのない宿命だ。そこから目を逸らさないようにする事も、また難儀であるはず。
 オリヴィエがおずおずと顎を引いて紫を見ると、彼女はにっこりと笑った。それから目じりを拭い、決意を秘めた瞳で拳を握る。

「だいじょうぶです、征四郎も、この恐怖にうちかってみせるのです!
 だれかに死なれる恐怖にも、じぶんが死ぬ恐怖にも……たちむかって、戦います。だから――」

 紫が言葉を切るので、ガルーはふと視線を上げてしまった。……見なければ良かったと思っただろうか。

「明日も、その先も、皆といられたらいいな」

 面と向かって言うのはやはり照れるのか、僅かに恥じらったその表情は、実に年齢相応なあどけなさを醸していたから。
 にも関わらず、掲げる覚悟は生半可では無い。言うは易しと言えど、戦いに日常を置くのがどれだけの事か、これまで幾度と無く死線を潜ってきた紫に分からないはずが無い。だからこそ、彼女の言葉は重かった。

「征四郎は、弱くなんか無い……すごく、強くなった……」
「……覚悟、か」
「え?」

 オリヴィエの称賛に被せるような吐息ほどの声量を聞き逃し、紫はガルーに短く反芻を促した。

「何か言ったか? ガルー」
「いや」

 しかし、ガルーはオリヴィエの追及も躱して包帯にネットを掛ける。

(……当然俺にも、戦いに臨む覚悟はある。
 力がある者は、持たぬ者の為に。それが『大義』だ)

 それこそ己の信じる道義であるからこそ、彼は戦ってきた。紫に力を貸してきた。但し――紫同様、彼の中でもまた、変化が起こっている。

(征四郎が死ぬ覚悟もある。仲間が死ぬ覚悟もある。自分が死ぬ覚悟もできている……だが、)

 それが、平気なわけではない。……ガルーがそんな自分に気が付いたのは、最近になってからだ。

「ガルー? どうか、したのですか?」
「何でもねぇよ……もう寝とけ。寝間着、ここ置いとくぞ」
「でも、」

 早々に踵を返したガルーは、紫に控えめに食い下がられて、小さく溜息を吐いた。

「……仕方ねぇな」

 振り返ったガルーは、ベッドに手を着く。それから徐に、紫の服を脱がそうとした。
 咄嗟に息を止めてしまった紫が慌てて呼吸を再開すると、仄かな薬品香が鼻腔を掠めた。――ガルーの匂いだ。認識した瞬間、彼女の頬は毒されたように見る間に赤く染まってゆく。

「着替えも手伝えってんだろ?」
「ち……が、います! っガルーのはれんち! もう出てってください!」
「は? 手足が不自由なんだろ、ちゃんと一人でできんのか?」
「パジャマくらい、自分で着られるのです!! オリヴィエも、征四郎は着替えるので、出ていてください!」

 紫はガルーをぐいぐい押して、病室の外に追い出した。ついでにオリヴィエも。

「んだありゃ、俺様が着替えさせてやろうってのに」
「……今のはあんたが悪い」

 悲しいかな、男二人は蒸し暑い廊下に弾かれた。節電中だろう、薄暗いし、冷房もごく弱い。
 ガルーが諦めたようにその場に座り込むので、オリヴィエは壁に背中を預けて言った。

「……何を考えてる」
「は?」
「まさか、あれで誤魔化せるとは思っていないだろう。征四郎は賢いぞ」
「……そうさなぁ」

 溜息まじりのガルーの返答にも、オリヴィエの表情は動かない。しかし、

「なぁ、リーヴィ」
「……」

 偶にしか呼ばれない愛称で呼ばれ、その問いの真剣さを汲み取ったオリヴィエは、ガルーに向き直った。金木犀の色をした瞳が、真っ直ぐにガルーを射抜く。

「お前さんは、何の為に戦う?」

 少し考えたが、オリヴィエはすぐに解を得た。

「……多分、死なせない為に。……だから、殺す為に」

 己と召喚者を結ぶ誓約は、今でこそ識る為のもの。だが――

「元は俺は、あんたらを死なせたくないっていう、あいつの意思が呼んだ英雄(モノ)だから、きっと」
「……そうか」

 世界の意味と、物語の探究を――誓約を果たした先を見る為に、今はただ、引き金に指を。
 紫が戦う理由は、皆と一緒に居る時間を守りたいから。
 ……では、ガルーは? まだ確固たる解を見出せぬまま、彼は窓を見遣った――空は、すでに淡く白んでいる。

(己の命は、正しく使い潰すもの……
 此方に来て、自分が守るべきは、本当に『大義』で良いのだろうか……)

 惨禍過ぎたる或る夜は、『戦いに行くこと』と、それぞれの想いを言葉にして。さて、御伽も酣だ――小休止は、一先ず此処まで。
 そして再び、朝日は昇る。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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・紫 征四郎(aa0076)
  紫家の第四子。凛々しいちびっ子エージェント。
・ガルー・A・A(aa0076hero001)
  罪人の証、鳥兜の刺青を持つ。紫 征四郎の契約英雄。
・オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)
  金木犀の名と瞳を持つ。木霊・C・リュカの契約英雄。

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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清水です。依頼と依頼の隙間、彼らの日常を垣間見る事ができて大変光栄でした。
願わくは、少しでもご期待に沿える仕上がりである事を。イメージ違いなど、なにかございましたら、細かい事でも構いません。リテイク等よろしくお願い致します。
この度は清水澄良にご縁を賜り、誠にありがとうございました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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2016年06月07日

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