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『A Perfect World 』
八朔 カゲリaa0098
 子の名には、親の思いが込められるもの。
「光に寄り添って守る影のような、聡明な子に育って欲しい」
 それがどんな意味なのか、双子の妹とともに生を受けたばかりの彼にはわからなかったけれど。
「影俐、頼んだよ」
「影俐、お願いね」
 左右から両親にささやかれ続けるうち、自分――影俐とはそうしたものなんだろうと思うようになった。だから。
 水たまりに足を取られて妹が転びそうになれば、その手を引っぱって代わりに落ちた。
 おとなしい妹が幼稚園で男子に叩かれそうになれば、その体を割り込ませて遮った。
 家で妹が泣き出せば、自分に与えられたはずのお菓子を差し出し、舌足らずな声で絵本を読み聞かせた。
 それはまさに完璧な兄の図だったが、しかし。
 同い年の幼女へ影のごとくに寄り添い、その笑顔を濃やかに守り抜く。それは果たして兄の自覚……健やかな早熟と言えるだろうか?
「影俐くん、いつも笑顔で妹さんのお世話しててえらいわねぇ。あの子があんなに明るくてやさしいの、影俐くんのおかげよねぇ」
 ――僕は影だから、妹があたたかいままいられるようにもっと笑わなきゃ。
「影俐、いつも妹をがんばって守ってくれて、お父さんもお母さんも安心だよ。あの子が明るく笑ってられるのは影俐のおかげだ」
 ――僕は影だから、妹が誰よりも明るい光でいられるようにもっとがんばらなきゃ。
 歳に似合わないやわらかな笑顔の裏で、影俐はいつも自分に言い聞かせていた。
 言い聞かせて。笑って。頑張って。
 言イ聞カセテ。笑ッテ。頑張ッテ
 イイキカセテ。ワラッテ。ガンバッテ。
 気がつけばもう、笑み以外の表情を忘れてしまって。
 影俐は自動的に笑って自動的に妹を守るだけの“影”になった。

 昨日が終われば今日。今日が終われば明日。影俐の毎日はただただ過ぎていく。
 今夜はいったいいつだろう。
 ぼんやりと考えながら影俐が歯磨きを終え、すでに夢の国へと旅立った妹のとなりへ笑顔を横たえると。
 頭の裏に、あたたかくて固いものが触れた。
 ふと取り上げてみれば、それはボール紙でできた携帯電話。
『わたしにでんわするよう』
 妹に電話する用? なんだこれは。僕は妹のためになんだってしてきた。その僕を呼びつけて、これ以上まだなにかさせたいのか。
 腹の底から噴き上げた怒りが、影俐の笑顔を裏から叩く。笑みのあちこちに見えないヒビがはしり、影俐は――
「カゲリ」
 ――寝ていたはずの妹が、布団の中から影俐のことを見上げていた。
「カゲリがわらいたくないとき、でんわして? わたしね、カゲリのかわりにいっぱいわらうよ。だから、カゲリはわらわなくっていいよ」
「な」
 なんで、そんなこと言うんだよ。
 僕が笑わなきゃ、妹が光でいられないじゃないか。お父さんもお母さんもみんなも困るじゃないか。
 ――僕が影になって光を際立たせてるから、この世界は明るくてやさしいだけの場所になれるのに!
「わたし、カゲリがみんなにほめられるのうれしかったんだ。でもね、カゲリががんばってわらってるの、うれしくないよ」
 え?
「カゲリはわたしのこといっぱいたすけてくれるよね。おとうさんのこともおかあさんのことも、みんなのこともたすけてくれる。でもね」
 ちょっと怒った顔をして、妹は影俐の頬をぺちりと叩き。
「カゲリはカゲなんかじゃないよ」
 怒りで赤く染まった影俐の視界へ、その言葉はまるで本当の白光みたいに差し込んだ。
「――ぼくは、カゲじゃない?」
 影俐は光の影。
 そう言われ続けてきたから、そう思い込んできた。でも。
 妹は力いっぱいうなずいて、影俐をまっすぐ見つめて。
「カゲリはね、わたしがだいすきなカゲリだよ」
 影俐は影なんかじゃない。
 握りしめていた拳はいつしか解けて、そのぐにゃぐにゃにふやけた手の甲へ、あたたかい涙がぼたぼたこぼれ落ちた。
 ずっと、気づかないふりをして生きてきたのだ。
 えらいなんて言われたくなかったことを。安心なんてしてほしくなかったことを。そして。
「いいお兄ちゃん」や「いい子」じゃなくて、「影俐」。そう呼んでほしかったことを。
「カゲリ、もうがまんしないで」
 妹が彼の名前を呼ぶ。
「うん」
 カゲリが応える。
「わたし、カゲリがほめられるようにってがんばったんだよ。でももうがんばらないよ。カゲリはカゲリだし、わたしはわたしだよ」
「うん」
 ――妹は知らない。自分の紡いだ言葉が、どれほど深く影俐を救ったのかを。
 その夜からふたりは光と影であることをやめて、かけがえのない相棒になった。

 手を繋いで幼稚園の送迎バスを待つ影俐と妹に、近所のおばさんが声をかける。
「今日もお兄ちゃんといっしょでいいわね」
「はい!」
 大きな声をあげてうなずく妹。
 おばさんは首を右に傾げた。この子、もっとおとなしい感じじゃなかったかしら?
 そして、いつもなら静かに笑んだままそれを見守る影俐だったが。
「こら。おおきいこえだしたらみんながびっくりするよ」
「そうだった。ごめんなさい」
 影俐に叱られて妹が深々とおじぎ。
 おばさんは左に首を傾げ。
 こんなふうに妹さんのこと叱るお兄ちゃんだった? もっとこう、お姫様を守る騎士みたいな……。

 幼稚園での鬼ごっこ。鬼になった妹が影俐を追いかける。
「カゲリつかまれー!」
「つかまらないよ」
「カゲリまってー!」
「またないよ。つかまっちゃうだろ」
「カゲリのいじわる!」
「おにごっこにやさしさはいらないんだ」
 キーっとおいかける妹と、悠々逃げ続ける影俐。
 昨日までのふたりからは考えられない光景に保育士たちはとまどったが。
「いいんじゃない? だってすごく楽しそうよ」
 園長の言葉に、あらためてふたりを見る。
 ふたりとも昨日と同じように笑っていた。でも、その笑顔は昨日までの抑えた笑顔ではなく、思いきりの笑顔だった。

「きょうはまだねむたくないんだ」
 夜。こっそり“でんわ”で打ち明ける影俐に、妹はどんと胸を叩いてみせて。
「じゃあねむたくなるまでおきてよう!」
 テント代わりのタオルケットへもぐりこんで、ふたりでお話ごっこを繰り広げた。
「わたしおひめさま! でも、わるものにつかまってたらつまんないね」
「いっしょにぼうけんしよう。おひめさまはすごいまほうがつかえるんだ」
「おはなのまほうでゆうしゃカゲリをたすけるよ!」
 夢中になってお話を作っているうち意識を失って――朝、なぜかふたりとも布団の上で目を覚ましたりした。
「ぼくたち、おとうさんたちにみつかっちゃったんだ」
「おこられるかな?」
「そしたらあやまろう。まおうとたたかうよりかんたんだよ」

 お話ごっこでは足りなくなって、影俐と妹は本当の冒険へ繰り出すことに。
「わたし、でんしゃにのってみたい!」
「でんしゃは……ぼくたちにはまだはやいかな。とおくのスーパーでおかしをかおう。おサイフをだして、おカネがあるかみてみよう」
 祈る気持ちで、ふたりは財布の中をのぞきこむ。お菓子が買えるだけのお金があるのか――?
「きのうよりいっぱいだよ?」
「ぼくのもだ」
 それぞれ100円玉が2枚、増えていた。
「おかあさんかなぁ?」
「うん。……あんなにこっそりじゅんびしてたのに」
 母親は何日も前に気づいていたのだ。子どもたちが冒険に出かけようとしていることに。
「あ、おかあさん!」
 と、妹が指差したのは曲がり角の電柱の影だ。そこには隠れきれずにはみ出した母の肩が。
 結局。ちょっと気まずい顔の母を従えて、ふたりは未知なる世界への第一歩を踏み出したのだった。

「影俐はずいぶん明るくなったな」
「妹といっしょに冒険するくらいにね」
「……最近思うんだ。僕らは影俐にいいお兄ちゃんでいてくれって押しつけ過ぎた。逆に妹には、お兄ちゃんに守られるいい妹でいるようにって」
「そうね。でも、ふたりとも本当はこういう子だったのよね。元気で明るいいい子たち」
「僕らはこの子たちを歪めてしまうところだった。――もうまちがえない。誓うよ」
 タオルケットの下で寝入ってしまった影俐と妹を布団に横たえながら、両親はふたりにそっと誓った。

 それからもふたりは共にあった。
 影俐は妹の存在を際立たせるための影を演じることなく。
 妹は影俐の存在を知らしめるための光を演じることなく。
 聡明でありながらも自分であることにこだわりを持てる男子と、やさしくありながらも自分を貫くことを大切にする女子として、互いに支え合って成長していった。
 となりを見れば、互いがいる。
 振り返れば、父母がいる。
 だからふたりはどこまでも行けた。これからもっと遠くへ行ける。
 そう、思っていたのだ。

「……あしたはだいじょうぶかなぁ?」
 買い物用のトートバッグに詰め込まれた教科書を見下ろし、妹がため息をついた。
 今日は影俐と妹の入学式だったのだが、ふたりとも、新1年生の背中にはあるべきはずのものがなかった。
「ランドセルがなくてもカバンがあるから」
 妹の持つバッグの持ち手を片方持ってやりながら、影俐が笑んでみせた。
 ランドセルがお店のまちがいで届かなくなった。3日前、ふたりは父親からそう説明された。そしてふたりの式服は、近所の撮影スタジオからレンタルしたものである。
 なんだろう。なんだか、怖い。
 影俐の胸に、もやもやと重い不安が押し詰まる。
 最近父母の様子がおかしいのは、妹とともに察していた。だからふたりでなにも気づかないふりをしてはいたのだが……。
 後ろについて歩く母親は、濃く塗りつぶした顔を前に向けたまま無言。しかし、子どもたちの肩に置かれた指先はかすかに震えていた。
 おかしい。怖い。おかしい。怖い。
「ただいまぁ!」
 家の玄関を、いつも以上に勢いよく妹が開けた。
 と。
「ああ、おかえり」
 ここひと月、会社の仕事にかかりきりで夜すら帰ってこないことが多かった父がいた。
「大丈夫だったのよね!?」
 母が靴を脱ぐことすら忘れたまま父へ駆け寄り、その肩にすがった――ひとつのバッグをふたりで持っていた影俐と妹の間を押し通って。
「あ」
 玄関に落ちるバッグ。そして。
 引き離される、影俐の手と妹の手。

 このすぐ後、影俐と妹は知ることになる。父の務めていた会社がこの日の朝に倒産したことを。
 ぱきり。影俐の耳の奥で響くのは、完璧だったはずの世界が割れる音。
 影俐は必死でとなりにいるはずの妹の手を探したが、彼の未だ小さな手は、最後まで妹のあたたかな手を探り当てることはできなかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【八朔 カゲリ(aa0098) / 性別不明 / 16歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご指名いただき、ありがとうございます。
マスターとして関わらせていただく中で気になっていたカゲリさんの過去、その一端を書かせていただけたのは非常に楽しい経験でした。
そして一方、妹さん(シングルノベルのルールでお名前を出すことができませんでしたが……)の人格設定がこれでいいものか、かなり悩みました。

ともあれリテイク等も含めまして、なにかありましたらお気軽にまたお声がけください。
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2016年06月16日

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