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『月に語らう 』
オリヴィエ・オドランaa0068hero001)&ガルー・A・Aaa0076hero001)&比蛇 清樹aa0092hero001)&アルセイドaa0784hero001)&シキaa0890hero001

 草木も眠る丑三つ時――などと言うけれど、実際には虫の声が聞こえていた。風が吹けば葉擦れの音も聞こえた。
 山の中の開けた場所。簡易なテントと小さな焚き火。
 テントの中では『人間』が眠っている。H.O.P.E.のエージェント達が。彼らは今、数日に渡る任務の真っ只中――今は夜の小休止として、貴重な睡眠をとっている。
 では、彼らの英雄達はどうしているのかといえば。テントを囲むように散開し、死角のないよう周囲の見張りと警戒を行っていた。
 英雄は理論上眠る必要はない。つまり寝ずの番にはうってつけというわけだ。誰もがどこかしら、表情に緊張を浮かべていた。

「――、」
 ぱちぱち。爆ぜる焚き火に、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の鋭いかんばせが揺らぎ照らされる。テントの入り口を護るように腰を下ろした彼は、鷹のような眼差しで夜闇を見澄ましていた。
 その近く、明かりで手元が良く見える位置では、ガルー・A・A(aa0076hero001)が医療道具の残数確認や武器の手入れを行っていた。テキパキと作業を行うその横顔は無表情。いつもよりもピリピリとした雰囲気すらある。
「『ドクター』はまじめさんだねえ」
 くつり、そんなガルーの様子に喉を鳴らしたのは水干姿の童子、シキ(aa0890hero001)だ。
「ひょっとして、しんぱいなのかい?」
「戦う為の小休止ってやつだよ、シキ」
 依頼中――戦闘中は睡眠しない。ガルーは前の世界でもそうしていた。つまりはいつものことだと彼は言い、続ける。
「別に心配してんじゃねぇよ。体動かなくなったら武器が振るえねぇだろ」
 バトルメディック、仲間の命を預かる『生命線』だからこそ、彼は生き死にに非常にシビアだ。武器を丹念に整備するガルーの目に、いつもの優しさはない。
「ガルーのそういうところ、わたしはすきだよ。ほうびにういんくをくれてやろう、ほれぱっちん」
「はいはい、どーもありがとさん」
 幼い童子のあざといウインクにも素っ気無い対応。というのもガルーはシキの強かさと賢さを知っているからだ。馴染みゆえの反応である。
「おや、見張り番がお喋りに興じていて宜しいのですか?」
 そこに加わる新たな声。そっとテントから出てきた優美な英雄、アルセイド(aa0784hero001)だ。
「……冗句ですよ。適切な息抜きは、結果として仕事の効率を高めますから」
 ですが我等の主が目覚めぬ声の大きさで、と人差し指を微笑む唇にあてがってみせる。アルセイドの背後、テントの中では、彼の『護るべき女王』――リンカーの少女がようやっと寝付いたところである。彼の外套がないのは、毛布代わりと彼のリンカーにかけてあげたからだ。
「全くだ。此れが一度起きたら寝かしつけるのにまた苦労する」
 アルセイドの「しーっ」に深く頷いたのは、遠巻きの倒木に腰かけた比蛇 清樹(aa0092hero001)だ。小さめの声で一同を横目に見やる。
「此れが『あたしも見張りを手伝います』など言ったら、やれ、面倒だ。ただでさえ体が余り丈夫でないと言うのに……」
「……あんたの声音で女言葉の声真似はシュールだな……」
 云々と続く清樹の愚痴のようなものにボソッと呟いたのはオリヴィエだった。「言い方は似ていたが」と続けられた小声に、清樹はぐぬっと口を結ぶ。

 そう、思えばそれがキッカケだったのだろう。

「じゃあ貴様も能力者の声真似をしてみろ」だの「わたしはものすごいじしんがあるよ」だの「我が女王を真似るなど俺にはとても」だの「俺の幼女の物真似なんか誰が得するんだ」だの「ちょっと待てなんでこんな流れになってるんだ」だの、そんな感じの話になって、自分の能力者がどうこう、そんな話になって……

 ――話題はやがて、『各人の誓約』『戦う理由』へと。

「誓約、か」
 最初に口を開いたのはオリヴィエだった。
 彼は視線を闇を見据えたまま――見張りの手を緩めることはなく、されど仲間の言葉にはちゃんと耳を傾けつつ。「そうだな、」と揺らめく明かりの中、語り始めた。
「今の俺の契約は、結び直した二つ目のものだ」
 オリヴィエが放ったその言葉に、英雄一同の視線が集まる。驚いたような眼差しだった。
「ああ、……誓約違反で破棄されたとか、揉めたとか、物騒な理由で『そう』なったんじゃないぞ」
 今からちゃんと話すと言わんばかりに、オリヴィエは咳払いを一つ返して。
「一つ目の誓約――前の誓約は、俺の相棒がある出来事に遭遇した際に望んだ『動く、戦う力が欲しい』、という――至極単純なものだった」
 重度弱視の相棒。目の代わりである杖がなければ真っ直ぐ歩くことも難しい彼。思い返せば『動く力が欲しい』は当然かもしれないが……『戦いたい』だなんて、物騒な内容。今にして思えば、優しい相棒には相応しくなかったのかもしれない。

 オリヴィエは空を仰ぐ。
 山の中で澄んだ空気ゆえ、町では見れない満天の星空がそこにはあった。一面に散りばめられた煌き、輝き、形、色。オリヴィエにとったら星空など見慣れたものだから今更大きな感動など出てこないけれど。彼は『生まれて初めて』星空を見た相棒の様子を、彼が言った感動の言葉を、思い返していた。鮮やかな世界――美しい世界――……。

「……今の誓約はこうだ。『世界の意味を、物語を見つけにいこう』」

 相変わらずオリヴィエの口調に抑揚はなく。視線を暗闇に戻す。そこに敵の気配はない。
 いつか見つけられるだろうか。世界の意味を。自分がここにいる意味を――シニカルなまでにリアリストなオリヴィエはそう思う。思ってしまう。しかし、相棒が「一緒に見つけにいこう」と手を伸ばしているのだから。誓い、約束したのだから。オリヴィエは相棒の手を取るのだろう。これまでのように、これからも。
「何故、俺達英雄は呼ばれ、誓約で結ばれるのか。世界の意図と意味を、知りたい。『生きる為』以上の答えがあるなら、きっと」
 だから己は、今はただ、引き金に指を。それがオリヴィエの戦う理由。
「――俺の話は以上だ」
 締め括られるオリヴィエの話。「じゃあ次は俺様が」と、ガルーが武器の手入れの片手間に口を開いた。
「俺様達の誓約は『恐れて足を止めないこと』。ま、知ってる奴もいるかもしれねぇが」
 淡々と、ガルーは剣の刃を磨きながら言う。物言いのそっけなさは作業の片手間ゆえではない。その言葉は、ガルーの心持そのものを表していた。真剣な言葉だった。
「戦いとは大義の為、己の体を剣とすること。あいつが俺様ならば、あいつもまた然り……そういうこった」
 己の命は正しく使い潰すもの。ガルーはそう信じて止まない。そう、まるで道具のように――武器のように。
 焚き火の明かりに翳した剣。光を返す澄み切った刀身に、ガルーの双眸が映り込んだ。静かな、瞳。

 この身は剣。この心は刃。剣とは、武器とは、戦うためにある。そのために生まれ、そのために在る。
 剣は恐れない。武器は怯えない。放たれた鏃が、迷いなく真っ直ぐ飛ぶように。

「……心を殺すとか、血も涙もない残虐無比な殺戮兵器になりたいとか、そういう意味じゃないぜ」
 ガルーは知っている。
 世界は残酷だ。現実は非情だ。
 そりゃ、できることなら、夢と希望と優しさに満ち溢れて、正義と愛が勝つ、性善説、きっと分かり合える、努力は必ず報われる、ハッピーエンド、そんな感じで生きていきたいさ。
 だが、違う、違うのだ、いくら理想で塗り固めようと。幸福な正論を吐き続けようと。残酷で、おぞましくて、気持ち悪くて不条理な現実のヘドロは、滲み出てくる。どう足掻いても。それからは逃げられない。誰であろうと。だからこそ立ち向かわねばならないのだ。謗られようと直視せねばならないのだ。

 すなわち――強くなければ、生きていけない。強くなければ、護れない。自分自身を、自分の大事なものを。

「こっちに来てから――」
 言いかけて、やっぱり言わないでおこうかと思って、けれど、まぁ、いいか。折角の機会だ。言葉にしたって罪にはならないだろう。どうせ相棒には聞こえていまい。
「――失いたくないものが増えた」
 だからこそ今は、牙を研がなければならない。現実という不条理に、ガルーの大切なものを壊されないように。
「次は……そうだな、清樹の話を聴かせてくれよ」
「……俺か」
 ガルーにそう声をかけられ、清樹は小さく息を吐いた。
 饒舌なタイプではない。けれど、まぁ、こんな機会だ――そう思い、清樹は緩やかに語り始めた。
「初めは目についただけでな、情を移すつもりはなかった」
 思い返すは桜の記憶。はらりはらりと薄紅色が舞い散る記憶。
 かつての清樹はそこで死に、そして、そこで『目覚めた』。永遠に閉ざされた筈の目蓋が開いて、そこにいたのは一人の少女。愛した人の面影を持った不思議な少女。
 驚いたけれど、清樹は理解していた。似ているけれど、あの人とこの少女は別人だ、と。そう、だから、『どうでもいい』筈だった、のに。
「……そのうち……此れが床に臥せったままでなくなれば良い、外で楽しいことを知ると良いと思って、な。誓約を結んだ」
 愛した面影を宿した少女は外に出ることすら出来ないほど病弱で。危なっかしくて。儚くて。そう……桜の花のように、パッと散ってしまいそうで。
 それを、ただただ黙って見過ごせるほど、清樹は冷たい男ではなくて。
 そう。だから、清樹は手を差し伸ばしたのだ。
 世界は広くて、色んなことがあって、退屈ではないのだと、教えたかった。
「戦いの場に出るつもりはなかったが、此れが望むなら望むことをさせてやりたくてな」
 あの歳で、寝室という籠の鳥ではあまりに哀れだ。自由に、世界という空を羽ばたかせてやりたかった。

 ……己は、彼女の笑顔が見たかっただけなのかもしれない。

 そう思いかけて、いやいやと清樹はかぶりを振った。いや、でも、どうなんだ、ううん。まぁ、いいか――思い出す彼女の笑顔に思考はそんな結論に辿り着いて。
(はっ、俺は何を考えているんだ)
 咳払い一つ。
「だが外で何があるかわからんからな。いくら自由にとはいえど、なるべく傍に居るようにしている」
 走ればこけないか心配だ。歩けば足を挫かないか心配だ。風に当たれば体を冷やさないか心配だ。日の下に出れば熱中症にならないか心配だ。エトセトラ。
「まぁ、友と呼べる者が増えるのも良かろう。しかし何があるかわからんからな。いくら交友関係も自由にとはいえど、なるべく傍に居るようにしている」
 あれがこれで心配だ。エトセトラ。以下略。
「こわもてのくせに、かわいいところのあるやつだね」
 りっぱなほごしゃだねえ、とシキがころころ笑った。
 それに「なにを」と清樹が言い返す寸前に、「じゃあこんどはわたしがはなそう」とシキは切り出し先んじて。
「さてさて。ええと、ええと、せいやくのはなしだったね」
 もったいぶるように前置きをして、シキは手近な草っぱらの上に腰を下ろして。
「まあ、むかしにかわしたっきりなんだけどね。『おたがいをたすけること』、だよ」
 それは今も守られている、とシキは言う。ふわ、とアクビが漏れた。ちょっぴり眠いかも。眠る必要はないけれど。むにゃむにゃ。一応はその辺を見渡して、形だけは見張りに協力をしておく。
「あのこは、わたしがまもってあげなくては、いけないからね……」
 まるで保護者のようにシキはそう言う。シキとその相棒を見比べれば、シキの方が保護される側のように見えるのだが――シキは相棒が幼いころから一緒にいるのだ。だから、今でも保護者気分なのだ。
 ……実際は立場が逆転し、相棒からお世話されっぱなしなのであるが。

 とはいえ。
 ただ単に出会ったときに相棒が子供だったから、そんな考えに至ったのではない。

 シキの相棒は天涯孤独で。決して、幸福な人生ではなかった。だからこそ、まもってあげなくては。そう思ったのだ。相棒はシキと現世をつなぐ唯一の存在でにして、理由。
「かわいいこだ。わたしのものだ。だれにも、あげないよ」
 テントをちらと見やる。あの中で、幼子のようにすやすやと眠っているのだろう。あの子は大きくなったけれど、寝顔ばかりは変わらない。
「さて、それからなんだっけ。たたかうことについて、だったっけ。そうだね……『おそれるな』と、わたしはかたりかける。ひつようないきもするがね」
 それは共鳴する時のことだ。シキは共鳴し戦う時を『楽しい時間』と形容する。彼我の境界が消え去る瞬間、それが好きだ。
「あのこは、じぶんがたいせつじゃないんだよ。だから、わたしをだいじにさせるんだ」
 そんなやつらばかりだね。聞こえない程度の小声で。含み笑い、シキは細めた瞳で一同を見渡した。
「はい、わたしのはなしは、おわりだよ」
「……では、俺の話が最後ですかね」
 ニコリと白百合のような微笑を浮かべて、アルセイド。
 一陣の風がサァと吹く――木々が揺れて、焚き火が音を立てて。それらがひと段落してから、穏やかな横顔の青年は語り始めた。
「そうですね……。誓約も、戦う理由も……俺にとっては同じであって、ただ一つです」
 それはすなわち。

「全ては我が女王のために」

 自らの左胸――心臓の位置に掌をあてがい、アルセイドはそう言った。
 アルセイドは主の愛に隷属する者。主と主命を至上とし、主の敵は遍く殲滅し、主が心を痛めるもの一切合切を許容せず断罪する者。そしてそれらに見返りを求めず、主の利の為なら己も切り売りできる者。
 笑んだまま、アルセイドは多くを語らない。ただその瞳はどこまでも澄んでいて、そして微笑んでいる。

 アルセイドの話を聞いて――さぞや、彼は自らのリンカーのことが大切なのだろうとほとんどの者が思ったことだろう。
 だが、正確には違う。
 アルセイドは確かのリンカーを、彼が言う『女王』を愛している。
 アルセイドは――『女王』を、『主』と定義した者を愛しているのであって、それ以上もそれ以下も無い。

「俺は、主の試金石なのです。我が女王には相応しき器となってもらわなければ」

 それはまだ幼い『女王』が知らぬ、真実。
「――その為なら俺は、何だってしますよ」
 狂気と等しい歪愛。酷く澄み切った笑顔の底を見抜けることは出来ないだろう。彼はそれを完璧に隠蔽している。まるで王子様のような佇まいをして……。
「俺の話は以上です。……あまり長くお話できませんでしたが」
 そうして話は締めくくられる。

 かくしてこの場にいる英雄の一通りが話し終わった。
 アルセイドが懐中時計を見やる。
「……もうじき日の出の時間ですね。皆で会話していると、時間などあっという間ですね」
「そうだな……あと小一時間ほどしたら寝てる連中を起こそう」
 答えたのはガルー。すっかり道具点検などは終え、簡易ながらも朝食の準備に取り掛かっている。
「さて。今日こそ任務を終わらせよう」
 焚き火に折った枝をくべつつ、オリヴィエ。「そうだな」と清樹が頷いた。
「いつまでも野宿では此れの体に障る。それに、そろそろ水浴びしたいだの風呂に入りたいだの愚図り始めかねん」
「あー、しゃわー、うん、わたしもしゃわーあびたい。ふかふかのおふとんでねむりたい」
 ハァと溜息を吐き、シキが青みを帯び始めてきた空を仰いでボヤいた。


 まもなく、彼らのエージェントとしての任務が再開する。



『了』



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)/男/歳/ジャックポット
ガルー・A・A(aa0076hero001)/男/31歳/バトルメディック
比蛇 清樹(aa0092hero001)/男/40歳/ソフィスビショップ
アルセイド(aa0784hero001)/男/25歳/ブレイブナイト
シキ(aa0890hero001) /?/7歳/ジャックポット
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2016年06月16日

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