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『Homunculus 』
ニノマエ・−8848
 山はどこまでも、赤かった。
 灰雲を割って顔を出す青空はただただ青く、まぶしい。そんな晩春と初夏の狭間にあるこの時期に、木々の葉が一様に赤いとは……。

“赤”の中心部に位置する製薬会社の研究所。複数の山へ触手を伸ばすがごとくに施設を広げ、そのすべてを使って日々研究を重ねている。
 その、いくつあるのかもわからない出入口のひとつをくぐったエントランスで今、騒ぎが起ころうとしていた。
「……クレームは本社にしてくれませんかね。ここはただの研究所で、押しかけて来られたってどうにもできないんですよ」
 警備員の制服を着込んだ小柄な少年が不機嫌そうな顔をさらにしかめた。
 胸元につけられたネームプレートには【ニノマエ】、ただそれだけが刻みつけられている。
「いや、ここで合っているよ」
 ピクセルカモ迷彩戦闘服を着用、その上に同柄のインターセプターボディアーマーを重ねた完全装備の男が言い。タクティカルマスク越し、自分よりも50センチ近く低い位置にあるニノマエの三白眼を見下ろした。
「どういうことです?」
 ニノマエが隠す様子もなく左手のリモコンのボタンを押したが。
「――って、隔壁が下がんねぇ。細工ずみかよ」
「悪の拠点を潰しに来たんだ。最低限のしかけくらいはするさ」
 この研究所で行われているのは、あらゆる「兵器」の研究だ。その成果は世界各地に供給され、多数の生命を奪い続けている。
「とりあえず通してもらおうか。奥に用があるのでね」
 男が構えたアサルトライフルの引き金を無造作に引いた。ほぼ同時に、彼の後ろにいた同装備の兵5人もまた引き金を引いている。
 スパタダブドギャズイン――サイズの異なる弾丸がでたらめなセッションを繰り広げ、ニノマエの細い体をぎくしゃく踊らせたが。
「……こういうの、ムダだと思うぜ」
 彼の体に穿たれた200余りの穴の縁が速やかに吸いつき合い、塞がって。
「いや、きっちり痛ぇからムダでもねぇか」
 彼がため息をついたときにはもう、跡すらも残されてはいなかった。
 ボロボロになった警備服を脱ぎ捨てる警備員。その体はあいかわらず細く、弱々しいが、しかし。
 その黒眼だけは、異様なまでに暗く燃え立っていた。
「アタッカーはブレードに装備を変更」
 隊長と呼ばれた先頭の男が振り返らずに言い返し、大振りなナイフを抜き放った。かすかな駆動音と、黒刃から漂う熱気。
「ヒートブレード持ち出してきたってことは知ってんだな。俺が兵器だって」
「ここで行われている研究のひとつに疑似生命体があること程度はな。嘆かわしいよ。人ですらない敵と殺し合わなければならんとは」
「話のタネにはなるぜ? 錬金の種と科学の卵から生まれたホムンクルスに殺られましたってよ!」
 ニノマエが、通常ならば警棒を吊しているはずの左腰から抜き打ったのは刃だ。
 太く、厚く、あえて澄ますことなく荒研ぎした刃――それはこの国で刀狩りが実施される以前、農民たちが草木を刈り、野盗から自衛するために携えた野刀だった。
「ぬう!」
 隊長は反射的にこれを受け止めようとブレードを構えるが、ちがう。ニノマエの狙いは、始めから彼ではない。
 彼は抜き打ちのモーションを継続しながら床を蹴った。顎の先をこするほど低く、その細さからは想像もつかない迅さで隊長の足元をすり抜け、隊長のすぐ後ろにいた兵士の臑を刃で打ち据えた。
 めぎり。レガースを越えて襲いかかった衝撃で、あえなく兵士の臑が砕けた。
 ニノマエの刃は鋼の5倍超の密度を持つ新素材で造られている。単純に考えれば、同じ体積の鋼と比べて5倍重い。人外の膂力で振るえば、並のウォーハンマーをはるかに超える打撃力を発揮するのだ。
「っ!」
 ニノマエはバランスを崩した兵士の体をつかんで自分の体を持ち上げ、逆に落ちてきた兵士の喉へ刃を潜り込ませた。
「Holy shit!」
 殺した兵士の体を投げ捨てた警備員へ、ふたりの兵士が連携して襲いかかる。ブレードを振り回すことなく、互いの体や刃をフェイントに使って鋭く斬り込んでくる。
 しかしニノマエは、かるくかがめていた背を伸ばして刃を胸に突き込ませた。
 タンパク質の焦げるなんとも言えない臭いが立ちのぼる。
 勝利を確信した兵士たちは、ニノマエの体からブレードを抜き取ろうとしたが。
「痛ぇから引っぱんな」
「Damn!」
 肉に挟み込まれた刃は、彼らの鍛え抜いた腕力をもってしても、びくとも動かなかった。
「人間相手の戦争じゃねぇんだよ」
 ふたりを仕末したニノマエは、ブレードを引き抜いた傷口から人のものならぬ血と焦げた体組織をぼろぼろと噴きこぼしながら、次の獲物を求めて三白眼を巡らせた。
「そうだな。彼らは君が人外であることを忘れていた」
 隊長が斬り下ろしたブレードを、ニノマエが反射的に跳びすさってかわす。しかしその着地点で、残る兵士ふたりの撃った9mm弾と7・62mm弾に手痛い歓迎を受けた。
「がっ!」
 傷は癒える。それこそがニノマエに与えられた力だ。しかし、その傷口を焼かれれば、それだけ治癒にかかる時間は延びる。
 先ほどの兵士ふたりはニノマエにヒートブレードを突き立ててしまった。人間相手ならそれでいい。しかし、ホムンクルスという人外は、そのブレードを自らの肉で「白刃取り」することで、焼かれる被害を最小限に抑えてみせた。
 ナイフ術の基本から言えば、隊長のように振り回すのは愚だ。そう、相手が人間ならば。
「傷口を焼きながら大きく開けば、君の再生にかかる時間もそれだけ長くなる。気づいていたかい? 銃で撃たれた傷が2秒足らずで治るのに、ブレードに突き刺された傷は10秒近くもかかっていたのを」
 銃弾がニノマエに食らいつく。たとえ致命傷とはならずとも、その衝撃と痛みは確実にニノマエの動作を鈍らせ、結果、隊長に踏み込む時間を与えてしまう。
「ならば、大きく斬り広げたら――治るまでにどれだけかかる?」
 熱っせられた刃がニノマエの胸元を大きく裂いた。
「ちっ!」
 再生が遅い。傷口がくっつく前に激しく動けばさらに時間を取られるから、速度を生かして撹乱することもできない。
 いや、仮にできたとしても、銃を構えた敵がふたり残っている。予測射撃をかけられるだけで動きが制限されるし、当たってしまえば隊長の斬撃に追いつかれる。
 そしてそれよりも、血だ。先ほどから幾度となく斬りつけられ、すでにかなりの血を流してしまっている。もともと血色の悪い顔が、今や透けるほどに青ざめていた。
 じわじわと追い詰められていくのを感じながら、ニノマエは口の端を舌先でなめた。
 やるしかねぇか。
 と。
 ニノマエが刃を思いきり振りかぶった。
 ガギン! ブレードの鍔元でこれを受け止めた隊長が、ニノマエの尋常を超えた膂力に押され、1、2と下がる。しかし。
「刀術はインプットされていないのかね? まさに持ち腐れだな」
 隊長はブレードを押し返す腕から力を微妙に抜き、押し込もうとするニノマエをいなす。
「がああああああああ!」
 体勢を崩される前にニノマエは刃を引き戻し、また振りかぶった。
 ガギン! ガギン! ガギン! それは技のない、ただの力任せの連撃だった。
 滅茶苦茶に攻めかかるニノマエの背中に、腕に、脚に、兵士たちの銃弾が食い込むが、構わない。刃を弾き返されては焼き斬られることにも、構わない。
 そして。
 バギン!
 ニノマエの膂力に耐えきれず、ついに野刀がへし折れた。
「終わりだな」
 隊長のブレードがニノマエの腕に巻きついた。そう思った瞬間、ニノマエはヒジ関節を極められたまま投げ落とされていた。
 からめとられた手首が、上腕骨が、そして肘関節、果ては肩関節までもが完全に破壊され、ブレードにつけられた螺旋状の傷からありえない量の血が噴き出した。
「しょせんは身体能力だけの人もどきか」
「――ああ。俺は、人もどきだよ」
 破壊された腕を抱えてうめいていたニノマエが、唐突にその腕を隊長へ投げつけた。隊長はこれをたやすく腕でブロックしたが。
「!?」
 砕かれた腕は隊長の腕を支点にぐにゃりと曲がり、その首筋を叩く。
「」
 螺旋の傷口から噴き出した血が、隊長の戦闘服に染み入ってその下の肌までも濡らした。
「これが俺の……刀術だ」
 液状のはずの血が、一気に凝縮し、刃と化した。
「な」
 なに。たったふた言を言い切れず、隊長は胸をえぐられ、心臓をみじん切りにされて絶命した。
 ――血刀。血液を刃と化して敵を斬る。技としてはただそれだけのものである。
 が、技を知らないニノマエが普通に血刀を振るっても、野刀と同じく弾かれるだけだ。だから彼は策を弄したのだ。自らの腕を犠牲にし、絶対に相手がかわせない状況を作り出すという。
「……なんでこのへんの木の葉っぱが赤いか、調べてきたか?」
 残るふたりにふらふらと歩み寄りながら、ニノマエが訊く。
「できそこないのホムンクルスの血を吸ってるせいだよ」

 6つの死体を、そこからこぼれ出たものごと“掃除機”が吸い込んでいく。
 死体がゾンビ制作実験に使われるのか、どこかの実験体のエサにでもなるのか、それはわからない。
 ……晩飯に出てくんのだけはやめてほしいとこだけどな。
 胸の内でつぶやいて、ニノマエは増血剤と栄養剤をひとつかみして口に放り込み、噛み砕いた。
 こんな薬が体にいいはずもないが、死んでいるどころかとっくに人間は辞めているからどうでもいい。そんなことより、少しでも早く回復しなければ。早く。早く。早く早く――
「俺は、弱ぇ」
 弱いから、傷を負わなければならない。
 弱いから、策を弄さなければならない。
 弱いから、焦らずにはいられない。
 ――俺はもう二度と負けられねぇんだよ。
 俺は、俺の血と俺の死体の中から這い出してきて、ここにいる。死ねるだけの理由ができるまで、死んでらんねぇ。だから。
 ニノマエは深い場所へ落ちていこうとする意識を引っつかみ、無理矢理引き上げた。
 どうせ他の場所でも同じような連中がやらかしているだろうし、だとすれば応援に呼びつけられるのは時間の問題というやつだ。
 それまでに新しい刀を手に入れて来なければ。武器庫の連中はまたイヤな顔をするだろうが、知ったことか。
 ニノマエは眉間の皺をさらに深め、歩き出した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年06月17日

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