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『今はそれで良く── 』
不知火 轍aa1641)&クレア・マクミランaa1631

 ドアを開けると、広くもなく照明が落ちた店内はそれぞれ酒を楽しむ人々の姿が見える。
 ピアノの生演奏やジャズを流すバーも多いが、ここは敢えて一切の音楽を流さず、酒に集中して欲しいというコンセプトがあるらしい。
 高級過ぎない雰囲気は、寧ろ望む所だ。
「最近また騒がしくなってきましたからね。日本でゆっくり呑むのは、今夜でしばらくお預けになりそうです」
「……しばらく、ゆっくり寝れると思った、のに……」
 クレア・マクミラン(aa1631)の隣で不知火 轍(aa164)が毒づいた。
 香港を舞台にした大規模な作戦が終わり、そう日を置かずして今度は中東がきな臭い。恐らく今度の戦場は中東になるだろう。明日、彼らもアレクサンドリア支部へ飛ぶ。
 その前日に呑みに行くのかと轍の『オカン』は呆れたし、呑み過ぎないようにとクレアが勝てない『ドクター』は釘を刺したものの、送り出してくれたなら、彼らの前ではその言葉は非常にささやかなものである。
 バーのカウンターに腰を掛け、2人はまず何を呑もうかと思案し──
「おや、12年物があるのですね」
 クレアが僅かに眉を動かす。
 轍が顔を向けると、クレアが『その銘柄』を指し示し微笑んだ。
「大体置いてあるのは16年物なんです。少々飲み手を選ぶ銘柄と思いますが、アイラモルトらしい個性で、私は嫌いじゃないですよ」
「……なら、頼んでみよう、か」
 そうして、2人の前にはピンポン玉程度の小さな氷が浮かんだチューリップグラスが置かれる。

 まず、鼻腔を擽るのは力強さを感じるビート、ヨードの香り。
 口にすれば、潮を感じさせる味わいが柔らかく広がるが、それは本当に僅かな時間。
 すぐさま広がるのは、パワーを感じさせるフレーバー。
 ドライで、スモーキー。口当たりはオイリーといったところか。

「……確かに、飲み手を選びそう、だな……」
「色々な意味で記憶に残りますからね」
 轍は嫌いではないと納得しながら楽しんでいると、クレアは病み付きになるか疎遠になるかはその人の感性によるだろうと返す。
 人の感性。
 その中には、その人が歩んできた道、いわば歴史も存在するだろう。
 ウイスキーのように熟成を重ね、そこに在るから。
 人としての熟成には、他人との関わりも存在するだろう。
(……唯一信頼していると言っても良いかもしれない、な……)
 轍は気安い仲だとはっきり言えるクレアを心の中でこのように評した。
 が、その仲の詳細について考えたことはなかったし、誰かに説明する必要も感じない。どうでもいい。大事なのは、今ここが居心地いいと感じていることだし。
(……記憶、か……)
 このスコッチウイスキーの個性が自身の心を刺激したのだろうか。
 クレアの脳裏にも今の自分を在らせる過去が蘇っている。
 沈黙が舞い降りているが、空気の変化はない。
 それは、轍だからだろう。
 クレアは轍との距離感を好んでいる。
 酒の友、戦友──言葉にすればこうした間柄だろうが、轍は自分を詮索してこない。腹の探り合いはなく、こうして酒を共にする時間は誇り高き祖国を離れたクレアにとって1番安らぐ時間である。
「……このウイスキーは……」
 轍が、クレアにしか聞こえない程度の声の大きさで呟く。
「……共鳴しないと、本来の色じゃない……が、あいつ、うるさい、からな……」
 轍は、共鳴をしなければ『赤』を認識出来ない。
 このウイスキーの本来の色を楽しむのであれば共鳴する必要がある。
 しかし、共鳴をした場合この場に『オカン』がいることになり、その内でお小言を言い出すので、楽しんで呑めなくなってしまうだろう。
「……『赤』を、認識させない……のは、正直、余計なお世話、としか」
 轍がそう切り出したのは、自分のルーツである過去を話してもいいと思ったからだ。
 個性豊かなウイスキーの色を正確に認識出来ない、というきっかけはあったが、轍は隠している訳ではない。看板ぶら提げて歩いている訳でないだけだ。クレアなら同情もしないと解っている。
「……僕は……興味ない奴の顔も、認識出来ない。興味ないから、どうでもいい、けど……」
 淡々と話すのは、自分が軽度の相貌失認であるということ。
 興味があれば、顔の認識は出来るが、そうではない場合は認識出来ない。
「……昔……ちゃんと覚えていられた人物を、殺めたことがある」
 その人物を殺めた瞬間、感触……轍はそれを憶えている。
 理由は──
「……恋、というものでもなかった、が……振り返ると、あれは、そうだったかもしれない、とは」
 初恋の人物。
 どのような経緯で出会い、どのような事情で殺めたか。
 それらの真実は全て轍の中にある。
 どうでもいい奴なら、良くてその他大勢の中、悪ければあったっけそんなことというレベルの彼からすれば、その人物が轍にとってきちんと存在していたということだろう。
 クレアは踏み込む訳でもなく、轍の話をありのまま受け入れた。
 肯定も否定もない沈黙が、轍にとっては居心地がいい。
「かつて、私は子供を殺めたことがあります」
 クレアの声が、するりと響く。
 揺らぐことのない表情は変わらず、その視線は琥珀の水面に向けられたままだ。
「子供は武装勢力によって自爆要員に仕立てられていました。仲間はまだそれに気づいていない──接近されれば自爆テロを行われる。それをさせる訳にはいかなかった」
 仲間を守る為。
 テロを防ぐ為。
 クレアはその引き金を引いた。
 撃たれた瞬間の子供が何を思ったのか、クレアは知ることはない。
 これを話そうと思ったのは、ごく単純なものだ。
 轍は、意味のない同情など飛ばさない。何も飛ばさずあるがままを受け入れる。
(私の行動の肯定もあの子供の行動の否定も何になる)
 それらを行っても子供は戻ってこない。
 射殺した現実は何も変わらない。
「……戦いに身を投じた彼の英雄達に憧れたこともあります。ですが、現実は絵物語のようなものなど何もなかった」
 激戦であればある程誇り高い理想は存在しなかった。
 戦場において存在するのは、生と死……それだけ。他にはない。
 故に、クレアはその精神を病ませたこともある。
 長期的に理想と現実に板挟みされ続けた結果のこと──そう語るクレアの声は淡々としており、揺らがぬ表情と合わせてどのような感情を横たわらせて言葉を紡いでいるか、何人も知りえることはない。
「……それでも、立ったんだろ」
「ええ」
 予想通り、轍は肯定も否定も変な同情もせず、クレアへその事実を確認してきたので、クレアは静かに認めた。
 責めるでもなく労わるでもなく。
 だが、それが昔を思い出させる。
 かつて所属していた部隊の、気の置けない連中と呑んでいる時を思い出す。
 連中はがなるように喋ったり、大笑いしたり、時には怒号を飛ばしたりと静かに吞むとは程遠かったが、クレアへ肯定も否定もせずありのまま受け入れる。その距離感を思い出し、彼らと共に在るのと同じ位居心地がいい。
(空気が吸えているとも言うべきか)
 呼吸が出来ているという意味ではなく。
 胸襟寛げるような、居心地の良さ。
 それは自分だけの話ではないと確信している。
 自分だけの話ならば、この居心地の良さはないからだ。
 と、轍がそのボトルのラベルへ視線を移したことに気づいた。
 クレアも視線を移し、そのボトルのラベルに書かれてあるそれを口にする。
「『歳月は情熱の炎を消し去り、ぬくもりに変える』」
 図らずも声が重なり、思わず顔を見合わせる。
「この銘柄らしい言葉ではありますね」
 言いながら、クレアは隣に置いてある16年物、21年物を見る。
 時を重ねていけば、このウイスキーのように変化していくものなのだろうか。
 その疑問は、迎えてもいない遙か向こうの時間をあれこれ言っても仕方ない、思い描いた所でその通りに現実がやってくる訳ではないという共通認識で終わる。
 今だけがいいという発想ではないが、今を見ずに時の彼方を想像しても意味がない。
 せいぜい──
「日本へ帰ってきたら、21年物でも吞んでみましょうか。産地毎に違いますし、別の産地を楽しむのもいいですけど」
「……吞み比べも、面白そう、だな」
 醸造所巡りを好むだけあり、クレアがアイラモルト以外、ハイランドやスペイサイド等々異なる産地の魅力に想いを馳せると、かつてクレアに希少価値が高いウイスキーを入荷したバーを耳打ちして香港の病院で結託した(後に怒られた)轍は酒を好むだけある答えを返す。
 このウイスキーが熟成する程の時間に想いを馳せる意味合いは感じないが、この居心地のいい相手と酒を吞むという近い未来を楽しみにすることには意味合いを感じる。
 その約束の日なら、想像していい。
「……今日はゆっくり吞みますか」
「だな」
 言葉を交わし、グラスを傾ける。
 この間柄を説明しろと言われても意味がないし、聞いてくるような奴がどうでも良くて答える必要を感じないが、今ここで居心地いいと感じて共に酒が吞める、それが全てだろう。

 傾けて味わうアイラモルトからは、情熱が温もりに変わって尚海辺に立ち続ける松の姿が見えるような気がした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【不知火 轍(aa164)/男/21/私意不羈】
【クレア・マクミラン(aa1631)/女/27/Comrades in arms of my heart forever】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご指名ありがとうございます。
完全お任せということでしたので、スコッチウイスキーを調べつつ、彼ららしく書けるよう心掛けました。
彼らにとって好き日でありますように。また2人でグラスを交わせますように。
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2016年06月20日

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