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『―異種混合大海戦・2― 』
海原・みなも1252)&瀬名・雫(NPCA003)

 見渡す限り、どこまでも水平線が続く大海原。どちらを向いても同じ景色が見えるだけ。唯一の目標物は、寮艦である互いの船体のみである。
「何で、こんなに空いてるんですか?」
「あれ、聞いてなかった? このα版は、一部の開発関係者にだけしか公開されてないから、ログインしてる人の数もごく少数なんだよ」
 つまり、敵が存在しない代わりに味方も居ない。要するに現段階では、基礎システムの動作確認が目的なので戦闘データなどは一切搭載されていない状態、と云う訳だ。が、此処で彼女――海原みなもは、ふとした疑問に駆られた。
「どうしてあたしが、そのテスト版へのログイン対象になってるんです?」
「みなもちゃんは、開発スポンサーの責任者である海原氏の計らいで枠を用意されたんだよ。で、あたしはそのガイド役。ま、特別ゲストだって考えればいいよ」
 なるほど、父の口利きか……と、みなもは苦笑いを浮かべた。今にして思えば、別枠の超ヒットタイトルへのログイン枠も、同じ経緯で用意されていたのかなと考えれば、色々と開発チームの深部にまで深入りできた理由についても説明がつくからである。
「からくりは分かりましたけど……ヒマですね。マップも開発中だから、海上に目標物は何もありませんし」
「マップどころか、NPCすら開発中だからね。この基幹システムも、例のゲームがアップデートする前に中枢部だけを流用して作られた、ごく試験的なものだから」
 そう。だから専用コントローラーなどのオプションは無いが、『鏡面世界』を通じてVR環境へと取り込まれるシステム等は慣れ親しんだあのゲームと同じもの。差異は幻獣キャラへの変身が無い事ぐらいで、いつの間にやら艦船の活躍時期に合わせた軍隊の軍服に装いが変わっている他は、キャラ登録時に作成したアバターがそのまま立体化して『自分』を象っているのだ。

***

 さて、ただ海洋を漂っているだけではテストにならないぞと、何か思い付いたらしい彼女――瀬奈雫が話し掛けてきた。尚、この通話システムは、選択した時代の技術水準に合わせて再現されているが、リアルタイム通信を妨げぬよう工夫が凝らしてあった。具体的には、雫の『利根』級重巡には本来ならばモールス信号システムしか装備されていないが、代わりに伝声菅を模したマイクに向かって声を出す事で音声通信が可能となるようになっているのである。カメラは装備されていない為、みなもの護衛艦『あたご』型など現代の艦船に通信が届いた際、モニターには『SOUND ONLY』と表示され、声だけがスピーカーから流れると云った具合である。無論、更なるリアリティを追求するユーザーの為に、発光信号やモールス信号による原始的な通信も可能なよう、配慮はされていたが。
「ね、そっちの艦にはデコイがあったよね? それ出して、ちょっと訓練してみようよ」
「いいですよー。わたしも退屈していましたし、火器管制とかは全然分かりませんから、練習したかったんです」
 決まりだね、と浮足立つ雫が、砲塔や魚雷発射管を旋回させながら声を弾ませた。彼女も余程退屈していたと見える。
「火器管制は、ほら。装備一覧から使いたい装備を選ぶと、攻撃対象が表示されるでしょ? それを選択して発射ボタンを押す、これが基本のオートモードだよ。上級者はこれをキャンセルして、兵装だけを選択してマニュアルで照準するんだよ」
「はー、これですね。あ、識別信号によって表示色が変わるんですね。味方にも発砲できちゃうのは怖いですけど」
「あぁ、それね。ほら、エンジンをやられて動けなくなった場合とかを想定してるんだよ。そういう時は早めに艦を処分しないと、敵に鹵獲されたりするから」
 鹵獲――戦場に放棄されたり、乗組員が投降したりして兵器だけがそこにある場合、それを奪って自軍の装備とする事である。実戦に於いては、敵軍の新兵器を奪って研究したり、そのまま相手を攻撃するのに用いたりと、その意義は様々であるが、とにかく敵にそれをやられる事は、自軍にとっては大きな損害となり得る。だから、奪われる前に使用不能の状態にする必要があるのだ。
「えーと、じゃあ出しますよ。間違ってあたしを撃たないでくださいね? っと、識別コードを設定して……よし!」
 まず、みなもが用意したのは対艦用のデコイだ。元来は対魚雷用の防御装備で、追尾式魚雷を回避する為に艦尾から放出して曳航する形式を取る『囮』である。今回はこれを標的と見立てて、射撃訓練を行おうと云う趣向であった。
「オッケ、見えたよ! 九三式酸素魚雷、全弾装填よし……発射!」
 刹那、利根級の後部から3本の魚雷が射出されるのが見えた。旧日本海軍の酸素魚雷は、その特色として『航跡が見えない』事が挙げられる。当時としては画期的な、日本独自の兵装であった。そして数秒の後、『あたご』艦尾方向で3つの水柱が観測された。レーダーからはデコイの反応が消えている。命中したと云う証拠である。
「お見事!」
「マニュアル照準じゃ、こうはいかないけどね。あたしたち素人には、このぐらいで丁度いいよ」
「照準方法は各々で選べるようになってますからね、選んだ人の責任ですよ……では次いきます。標的は上空からパラシュート降下して来ますから、着水する前に撃墜してくださいね。一本は瀬奈さん、もう一本はあたしが狙う感じで行きますよ」
 了解、と舌なめずりをする雫の声が聞こえる。現実の『利根』級が備える対空砲火は全て手動照準、命中率の如何は砲手の腕次第だった。が、疑似戦闘を目的としたこのゲームでは、全ての射撃装備に自動照準が備えられている。無論、それとて命中率100%と云う訳では無く、照準は飽くまで発射時点までのものであり、発射後の回避運動や気流・海流などの干渉で照準が狂う場合もあるのだが。
 ともあれ、みなもの放った疑似標的は空中で展開、パラシュートによってゆっくりと降下してきた。彼女たちの前方、10キロ先の距離である。
 先ず、先鞭を切ったのは雫であった。目標を指向して、主砲の20センチ連装砲が誤差修正を行うのが見える。そして轟音と共に黒煙が舞い上がる!
 同時にみなもも射撃準備に掛かる。彼女は対空ミサイルを選択したようだ。実在のイージス艦にも装備されているその兵装は、恐るべき命中精度を標準で備えている。追尾システムは伊達ではないと云う事だ。
 雫の『利根』から発射された砲弾が、空中で標的を捉える。見事、命中だ。が、その爆風を受けたみなもの標的は、空中でその位置を変えられていた。外したか? と思われた、次の瞬間。白い光が空中で星のように瞬いた。
「あの誤差を瞬時に修正しちゃうなんて、鳥肌ものだね。イージスシステムは敵に回したくないわー」
「瀬奈さんこそ、砲弾であの小さな的を射抜くんですから、凄いですよ」
 ……とか何とか。大半は自動照準装置の恩恵なのであるが、確かに訓練無しであの命中精度は凄いと云える。シューティングゲームでは無い為、その攻撃システムはかなり簡略化されてはいるが、それでも見事である。
「レーダーと火器管制は分かったね? じゃあ次……ん? 何だろ、あれ?」
「識別コード……不明。艦影捕捉、戦闘艦ではありませんね」
 テスト中の今、敵対勢力は無い筈であるが……二人は固唾を呑んでこの不明艦へと接近していった。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
県 裕樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年06月20日

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