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『そばえ 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192)&和紗・S・ルフトハイトjb6970

 夕焼け、下校のチャイムが鳴る。
 今日も久遠ヶ原学園の一日が終わり、下校生徒の賑やかさが校舎の周りを包んでいる。
 樒 和紗(jb6970)もそんな下校生徒の一人。
 今日も良いお天気だった――沈みゆく赤い斜光に和紗は目を細める。久遠ヶ原島の彼方、西の水平線に落ちていく茜色の太陽。赤い海。夏の香りの潮風。まだ蝉は鳴いていないけれど、来月にはここにひぐらしの声も加わるだろうか。
 そんな情緒に思いを馳せつつ。鞄を担ぎなおして、和紗は歩き出そうとした。

 が。
 その歩みが止まる。

「……」
 さっきまで綺麗な夕焼けに細められていた和紗の目が、一気に冷ややかになった。眉間にはシワまで寄せられている始末。
 というのも、

「和紗〜〜♪ お疲れ、今帰り? 今日も学校楽しかった? 鞄持とうか? 疲れてない? 今日も暑かったね、そこの自販機で何か買ってあげようか?」

 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が目の前に現れたからだ。
「……結構です」
 往来のビラ配りを断るような素っ気無さで竜胆の横をすり抜けようとする和紗。和紗にとって彼は兄のような存在であるはとこである、が、先ほどの言葉から察せられる通り竜胆は些か過保護の傾向があるのだ。ので、和紗としては正直「ウザイ」。
「まぁまぁ、待ってよ和紗、こうして偶然会えたことだし」
 そんな素っ気無い和紗を竜胆は笑顔で呼び止める。溜息交じりに和紗が返事をする。
「偶然? 待ち伏せでしょう竜胆兄」
「うん、まあ、そうとも言うよね?」
 否定しない竜胆。どれだけ素っ気無い態度をされても彼の笑顔は崩れない。小さい頃から可愛がってきたはとこだ。目に入れても痛くないむしろ入れたい。それに、和紗の素っ気無い態度はそれだけ彼女が心を許してくれていることだと彼は知っているから。
「それで、」
 和紗は横目に竜胆を見やり。
「何の用ですか?」
「なんだと思う?」
「質問しているのはこちらですが」
「ふふ、それはね〜、和紗と一緒に帰ろうと思って」
「マンションには帰りませんし、店は開店前です」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
 竜胆は苦笑を浮かべた。
「ママに用事があるの」
 故に、和紗のバイト先であるバーに共に向かってもいいか、と。
 それを聞いて、和紗は……
「……仕方ないですね」
 断る理由もなく。まあ、良いか。渋々それを許可するのだった。「やった〜〜〜」という竜胆の大袈裟なぐらい嬉しそうな声に何度目かの溜息を零しながら。


 というわけで、並んで歩き出す和紗と竜胆。
 夕日、二人の陰が長く伸びる。
「本当に今日はいいお天気だったね」
 先ほどの和紗のように、竜胆が赤い空を仰ぐ。
「この調子だと明日も晴れそう――」
 そこまで言ったところで、ポツリ。竜胆の鼻にひとしずく。
「……ん?」
 ぽつり。ぽつり。気のせいではなかった。

「「雨……?」」

 和紗と竜胆の声が重なる。
 しとしと。雨雫だった。
 空は相変わらず真っ赤に晴れているというのに。
「あちゃあ、しまった……」
 竜胆は困った笑みを浮かべた。まさかこんな天気で雨が来るとは思わなくて、傘を持っていなかったからだ。
 一方の和紗は冷静に鞄から折り畳み傘を取り出して、ばさりと広げて。
「竜胆兄」
 その傘に半分、はとこを入れてやる。
「か、……和紗〜〜〜っ!」
 感無量と言わんばかりに語彙が溶ける竜胆。俺のはとこがこんなにもイケメン。ありがたく傘に入れて貰う。約20センチばかしの身長差、それでも竜胆が傘に入れるように和紗が手を上に上げてくれているところが愛おしい、いっそ尊い。合掌。
「店を水浸しにされては困りますので」
 まぁ、和紗は変わらぬ反応なのではあるが。

 周囲は突然の雨ににわかに慌しさが流れていた。
 和紗のように傘を持っていた下校生徒は稀で、誰もが鞄を傘代わりに頭上に持ち上げ、雨宿りへと駆けている。天魔生徒は翼を具現化させたり、そうでない生徒も移動系スキルを用いて一目散、あるいは召喚獣に跨って――まぁ、久遠ヶ原の風物詩だ。

「狐の嫁入りって言うんだっけ?」
 そんな光景を見やりつつ、竜胆が言う。日差しと雨粒が同時に降り注いでいる。茜色の空、アスファルトの雨溜まりが夕焼け空を映している。神秘的な光景。
「晴れているのに雨が降っている……不思議なものですね」
「ふふ、どこかで狐さんが結婚式してるのかな?」
 風景を見渡す和紗に、竜胆がクスリと微笑む。

 結婚式――自分で口にして、竜胆はふと。
 今は六月、ジューンブライド。そんなことを連想して。なんとはなしに、和紗へと問いかけてみる。

「和紗もやっぱりジューンブライドとか憧れる?」
「……、」
 返事はなかった。
 無視された? と竜胆は思ったが、どうもそうでもないらしい。じゃあどうしたのだろう? 竜胆は和紗の顔を見やり――ギョッとした。彼女の表情が暗く沈んでいたからである。
「え、ちょっ、か、和紗!? ごめん、その」
 焦る竜胆。これでも気配りはできる方だと自負していた、が、傷つけるつもりではなかった。予想外の出来事に流石の竜胆も言葉を詰まらせる。
「いえ」
 そんな竜胆に、和紗は緩く首を振る。傷ついたのではない、と。けれどその唇から零れるのは重い溜息だ。
「依頼でドレスは何度か着ましたが、それを本来の目的で着る俺を……想像出来ません……」

 和紗は――『跡継ぎの男子が生まれるまで長子が男として育てられる家』で生まれ、育った。そして彼女は長子だった。彼女は中学入学まで男子として育てられた。

 今でこそ自分は女であると和紗は自覚しており、その意識に基づいて振舞っているが。和紗は人生の三分の二を男として生きてきたのだ。未だ女として生きることに、どこか『女装めいた』奇妙な感覚を禁じえない。
 そんな違和感もあるし、なにより男として生きてきた自分が、『女である自分』に自身が持てないのだ。戸惑うのだ。女らしくあろうとするけれど。これで正解なのだろうか。これで女らしいのだろうか。その不安はいつも、和紗に付き纏う。

「……それに、」
 もう一度、溜息。
「結婚、そういう単語を聞くと、奇妙に胸もざわつくようで……。不整脈でしょうか。一度精密検査を受けるべきでしょうか」
 珍しく気弱な表情で竜胆を見上げる和紗。
「そうだねぇ……」
 彼女の言葉を静かに聴いていた竜胆は、視線を前に戻す。夕焼け色を吸って赤い雨。傘をパラパラ叩く無数の音。きゃーっ、と初等部の生徒が二人、傘も持たずに濡れながら、和紗と竜胆の横を笑いながら走り抜けていった。それをなんとはなしに目で追っていた竜胆の表情に、先ほどのような焦りはもうない。
(そうかぁ、だから和紗はこんなにも女子力にこだわり過ぎてるのかなぁ)
 そんな内心。
 ああだこうだ、竜胆がお節介に口を開くことはなかった。
 彼はただ静かに和紗の話を聞いていた。
 徐に、竜胆は口を開く。
「そうだねぇ、うん、とりあえず、和紗は不整脈ではないかな」
「!? どうしてそう言い切れるのですか?」
「どうしても。言い切れるから、言い切れるの」
「それはどういう理屈ですか……理解できません」
 煙に巻くような竜胆の言葉に、む、とむくれてみせる和紗。竜胆と同じく、視線を前に。

 和紗が不整脈と表する不整脈や胸のざわめき――その原因は恋だ。竜胆は気付いている。尤も、当の和紗は無自覚だが。

(いつかちゃんと気付けて、向き合えるといいねぇ)
 竜胆はただ、和紗の幸せを願う。

 男時代は弟のように、今は妹分として。
 和紗は決して表情が読み易い子ではないけれど、その感情が、その心が、虹のように鮮やかで豊かであることを竜胆は誰よりも知っている。

(この子は、いい子だ。とてもいい子だ。優しい子だ)

 今でも昨日のことのように思い出せる。竜胆が苦しかった時、差し伸べてくれた小さな掌を。その温もりを。
 だからこそ――竜胆にとって、和紗はかけがえの無い唯一無二の存在。

 くす。竜胆は口角に小さく笑みをかたどって。
「大丈夫、和紗は絶対ステキなお嫁さんになれるって! もし嫁き遅れたら、僕が貰ってあげるよ」
 笑い飛ばす。それへの和紗の返事は、
「お断りです」
 即答だった。けんもほろろ。
「全くもう――」
 やれやれと呆れ返る和紗。彼女は気付いていないが、竜胆に胸の内を語ったことでその眉間からはシワが取れていた。少しだけ心が軽くなったようだ。
 と。傘から聞こえる雨雫の音が止んでいたことに和紗は気付く。
「……おや」
 傘をのけて空を見る。狐の嫁入り雨は止んでいた。先ほどのような夕焼け空がそこにある。
「雨、止んだようですね」
「そうだね。和紗、傘ありがとう」
「お構いなく」
 答えながら和紗は傘を閉じる。払う雨雫、視線を落とせばふと、水溜りに映る自分自身。そこに花嫁姿を思い描き――いやいや、これから仕事なんだから。和紗は表情を引き締めた。
 視線を上げればいつもの店のドア。住込バイトをしているバーだ。
 ドアノブに手をかけて、

「「ただいま」」

 二人の声が重なった。
「……竜胆兄は『ただいま』じゃないでしょう」
「てへぺろ」

 そんなやりとり――他愛もない日常。
 ドアが閉まる。ドアベルがカランと鳴った。バーの看板から雨雫が滴り落ちて、夕焼けを映す水溜りに波紋を作る。ドアの向こうでは賑やかな話し声が続いていた……。




『了』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)/男/23歳/アーティスト
樒 和紗(jb6970) /女/19歳/インフィルトレイター
白銀のパーティノベル -
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年06月23日

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