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『 明日に繋ぐ一日 』
月居 愁也ja6837)&加倉 一臣ja5823)&夜来野 遥久ja6843)&小野友真ja6901

●とある教室にて

 久遠ヶ原学園は撃退士養成機関である。
 とともに、名前の通り、学校としての顔も持つ。
 義務教育にはじまり一般の高校や大学、専門学校で身につけるべき教養や資格も、ほとんどをこの学園で学べるのだ。
 もちろん、撃退士として身につけるべき座学はかなりの分量になる。
 そんなもの知らんと実技にのみ励む学生は多いが、ときには知識の思わぬ欠落に足を引っ張られたりするのもまた事実だ。

「というのは、以前から言っている通りだね。勝ちたいために実技の力を極めるのも一つの方法だろう。だが負けないためには、知識も必要だよ」
 大学部のとある大教室では、准教授であるジュリアン・白川のよく通る声が響いていた。
 教官用のマイクもあるのだが、白川は使わない。聞きとれなければ聞こえる場所まで近付くべきという、大学の教官らしい方針だ。
「どんな敵が現れるか行ってみなければわからない以上、ときには惨敗する前に撤退せねばならないこともあるだろう。その判断基準を学ぶのも、講義の重要な目的だよ」
 白川はホワイトボードに、様々な図形や、少し尖った印象を与える文字を、慣れた調子で書き連ねて行く。今日は「射程とダメージの関連について」がテーマだった。

 月居 愁也はそれを見ているうちに、徐々に半眼になっていく。
 阿修羅にとって射程はだいたい「1」だから、というのもあったかもしれない。
 一列前に座る親友の夜来野 遥久の後頭部がだんだんぼやけていく。
(定位置は相変わらず、だなあ……)
 一般的には、涼しい顔で何事もそつなくこなす遥久は「天才型」と思われているだろう。
 だが愁也は、良く知っている。
 地の頭が優秀なのはもちろんだが、遥久は常に努力を惜しまず自分に厳しい、どちらかといえば「秀才型」なのだ。
 今日も大教室の、中列よりやや後方のど真ん中で教卓を見据えている。
 そのたたずまいに、教卓にいる指導教官のほうが気圧されることも珍しいことではない。
(ま、今日は特に気合入ってる感じだけどな……)
 寝過ごした愁也は叩き起こす時間も無駄とばかり、遥久に置いていかれそうになったのだ。何とか起きて教室に辿りついたが、頭がまだしゃんとしていない。
 小さく笑みを浮かべた愁也の口元が、だんだん高度を下げて行く。
 遥久の銀髪で教卓は見えなくなり、最後には見慣れた背中だけが愁也の視界いっぱいに広がっていく。
 ……要するに、机の上に崩れ落ちたのだ。

 愁也の隣に座る小野友真が、肘で軽くつつく。
「ちょ、さすがにいきなり寝るんは、まずいと思うんやけど……!」
 周りに聞こえないような小声で、愁也を起こそうと頑張る。
 愁也は床から10センチほど顔を起こし、目をごしごしこすった。
「あー……ちゃんと聞く意思はあるんだぜ? おもしれーし。でも睡魔ちゃんが俺を優しく包み込んで、離してくr……むにゃむにゃ」
 最後のほうは自分でも何を言っているのかわからない状態で、愁也はそのまま机に突っ伏してしまった。

 遥久の隣に座る加倉 一臣が、机に置いた腕時計をちらりと見る。
(……開始5分。熟睡なら記録更新かね?)
 だが起こすことはなく、前を見た。
 白川の講義は「良までは比較的簡単だが、優が滅多に出ない」という評判である。
 背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見る遥久は当然としても、一臣もどうせなら一度は狙ってみようかとは思う。
 何より、「負けないための知識」と言われると、色々と思うところはあるのだ。
 知っているつもりだったことも実戦を経験してから改めて聞かされると、なるほどと腑に落ちることがある。
 一臣は熱心にペンを走らせ、板書をノートに書きうつしていた。

 友真はそうっと一臣の手元を覗きこんだ。
(うわあ……なんかすごい書いてる……!)
 大学部も2年目、高校までとは全く違う講義形式にも随分慣れた。
 こうして学年が違う者とも、同じ講義に出席できる。単位履修を目的にしなければ、どの授業に顔を出すのも自由だ。
 それが面白くて、友真は結構欲張って講義を詰めている。
 それでも一臣のノートは、同じ授業をこういう風に受けるのかと、改めて感心する内容だった。
 ……尚、遥久のノートは有難すぎて目が潰れるので見られない、らしい。

 それにしても大学の講義は長い。
 小学校から分単位で伸びた授業が、ここでいきなり高校のほぼ倍である。
 出入りをうるさく言われたりはしないが、途中退室するのでなければ座っている時間がとても長い。
 頑張るつもりはある。
 あるが、どうしても集中力が途切れる瞬間があるのは仕方がない……と、思う。
「理論は……あれや。こう、そのうち覚えようという気はな、あるんや……ほんm……むにゃむにゃ」
 最後のほうは自分でも何を言っているのか以下略。

「……というわけで。不足する射程を補うには、高さを利用するという方法も可能ではある。ただし、命中精度との関係を考えると……」
 白川は胡散臭い笑顔のまま、マーカーを一本振って見せる。
 次の瞬間、マーカーはまるで迎撃ミサイルのように斜め上方に飛び出した。
 ぐんぐん天井付近まで高度を上げたマーカーは、不意にくるりと方向を変える。
 速度をつけて落ちた先は……
「でっ!?」
「うげっ!?」
 愁也と友真がほぼ同時に、妙な声を上げる。
 愁也は頭を抱えて、友真はこめかみを押さえて、それぞれ白目を剥いていた。

 しん、と教室が静まり返る。
 白川は何事もなかったように講義を再開した。
「このように高さを利用すれば、手前の障害物を避けて目的の場所に着弾させることもできる。もちろん視認できていない場合は、どうしても精度は落ちるわけだがね」
 つまり、見えているぞ、と。
 一臣は笑いを必死でかみ殺しつつ、スキルを使ったかを後で白川に確認しようと思うのだった。


●チャイムの後で

 チャイムが鳴り、講義の時間は終わった。
 一臣と遥久が質問するために教卓に向かい、愁也と友真はその背中を座ったままで見送る。
 昼前とあって、用のない学生は次々と教室を出て行った。
「さっすが高レベル本職インフィの精密狙撃は痛い。マジ痛い。マーカーが突き刺さるかと思ったぜ」
 愁也がまだズキズキと痛む脳天をさする。
 他のことなら親友がすぐに癒してくれるだろうか、多分今回は微笑みながら放置されるだろう。
「跳弾を利用して、一発でふたり仕留めるんやで。びっくりするわ……!」
 友真はこめかみを押さえて唸る。
「でもあれたぶん、インフィと関係ないで。センセ、自分で開発した技やと思う……!」
「ずりいな! そーゆーのは実技では教えてくれねえんだろうなあ! この俺がこんなに真面目に授業に出席してるのなんて、小学校以来だと思うぜ?」
「あー……わかる、俺もやし」
 中学生辺りから学校に意味を見いだせなかった。
 今はそれと冗談めかして語れるぐらいにはなったのだ。
 改めて教卓を見る。白川を囲む学生の中に大事な人間の姿がある。
 自分を理解し、導いてくれた背中を、眩しいような思いでふたりは見つめる。

 ひと通りの質問を終え、他の学生が途切れた。
「ところでミスター、この後に何かご予定はありますか」
 遥久の言葉に、白川は教卓を片付けながら答えた。
「予定? ……夕方に会議がある位で、特に急ぎの用はないが」
 遥久がちらりと一臣を見る。一臣も目で頷く。
「では、昼食をご一緒にいかがですか? ……もちろんご都合が良ければ、ですが」
 どうやらその言葉が届いたらしい。
 白川がふと目を上げると、愁也と友真が目をキラキラさせてこちらを見ていた。
「ああ、そうだね。この後そのつもりだったから、行こうか」
 いそいそと鞄を抱えて前に出てくるふたりに、授業のときもそれぐらい意識を保ってくれていれば……と思う白川であった。


●隠れた名店?

 連れだって教室を出て、建物の外に出る。
 初夏の日差しがまぶしくコンクリートの建物を照らしていた。
「で、何を食べるかね?」
 白川が尋ねると、おもむろに一臣が挙手した。
「今日は無性にカツカレーの気分です。今日こそカツを確保したいと思います!」
 白川が拍子抜けしたような顔で一臣を見る。
「え? そんなもので良かったのか?」
 普段の扱いが扱いなので、何か覚悟を決めていたらしい。
 遥久がふと思いついたように呟いた。
「そういえば、ミスターが普段余り学食を利用されている姿は見ないような……。外の喫茶店等がお気に入りでしょうか?」
「外に用事がない限り、学食を使っているよ。この学園は広いからね、外に出るのも時間がかかるだろう」
「えっ」
 友真が真剣な顔で考え込む。
「先生、学食とか……何食べるん……? ケミカルな味する学食ラーメンとか食うん……?」
「君は私をどういう人間だと思っているんだね」
 苦笑いを浮かべる白川だったが、何かを思いついたような表情になる。
「ああ、そうか!」
「?」
 一同が疑問の視線を投げると、白川ひとり納得の様子。
「たぶん、君達はあの食堂を知らないんだな」

 あの食堂。
 白川がそう言った食堂は、大学部の少し奥まった所にあった。
 恐らくは学園島が整備された頃に建ったのだろう、少し古びて見える。
 他の建物が建つに従い、存在が目立たなくなっていったようだ。
「こんなところに食堂があったんですね」
 一臣が興味深そうに中を見渡す。
 システムやメニューは、学園内の一般的な食堂と大きな違いはない。
 ただ昼時になると戦争状態の学食が多い中、ここは不思議な静寂が漂っていた。
「私が学生の頃には既にあった食堂でね。目新しものがないせいか学生が余り来なくて、ゆっくりできるんだよ」
 言われてみれば、周囲には教職員とおぼしき年代が多いようだ。
 白川は食券販売機の前で、皆の注文を仕切った。

 それぞれが好みのメニューを運び、席につく。
 驚くほど美味いという程ではないが、学食のレベルの中ではまずまずの味である。
「こんな穴場があったなんて知らなかったな」
 一臣が揚げ立てのカツを頬張りながら満足そうに言った。
 ラーメンをすする手を止めて、友真が小声で呟く。
「……大学部も7年生やのにな」
「……ええ、はい、7年生ですね。遥久ともども!!」
「俺だって6年生だよ……」
 愁也が溜息をついた。
「ここって大学院とかないのかなあ」
「あるとも」
 白川がやや真面目な顔で説明する。
「履修単位さえクリアしていれば、大学5年生は一般の大学院1年生だよ。久遠ヶ原独自のシステムなので、名称がなかなか難しいみたいだがね」
 そもそも高校や大学も入試がない学校である。その辺りは色々と都合があるのだろう。
「ま、単位はちゃんととっておきたまえ。大学は自分の得意なもので固めて構わないのだからね」
 苦笑する白川に、友真と愁也がせき込む。
「すいません、声が凄く魅力的なもんで……つい」
「やる気はあります、嘘じゃないです」
 平伏するふたり。

 だが白川は特に問題にはしていないようだ。
「高校までは、段階に応じた知識を全て知っていなければならないという前提でカリキュラムが組まれているからね。だが大学は何を学ぶかも自分次第だ。私は自分の講義を受けた学生には成績をつけなければならないが、そもそも私の講義に意味を見いだせない学生に強制するつもりはないよ。……さっきのはまあ、半分ネタのようなものだ」
 どうやら嫌みでもないらしい。
 友真はそれでもこめかみに手をやりながら、考えこむ。
「なんか、学園の授業はうけんと命に関わる……てのもあるけど、単純に面白いんよな、ほんまは好きなんです。何より、学年の上の人と一緒に講義受けられるって、めっちゃ不思議な感じやし!」
 嬉しそうに、熱心に話す友真の顔を、一臣は微笑んで眺めている。
 自身、家庭の事情で高校は奨学金を受けて卒業し、それも完済した上で改めて大学で学んでおり、「学び」に特別な思いもある。
 楽しむ学問。それもまた大事で、素晴らしいことだと思うのだ。
 だから、友真と愁也をフォローするように水を向ける。
「ところで座学もいいですけど、実技も是非お願いしたいですね」
「実技! 模擬戦、超希望! 俺もやりたいです!」
 愁也が目を輝かせて身を乗り出した。

「模擬戦か。最近は実戦のほうで大変な状況が続いているからね、なかなか機会が作れなくてね……要望は覚えておこう」
 頷く白川に、遥久が少し遠慮がちに尋ねた。
「以前、お見受けしましたが。ミスターは元々、弓を使われていたのですね」
「ああ!」
 白川が笑った。
「学園に来る前に学んでいてね。銃を使うようになったのは単なる好みの問題だ」
「えっ」
 一臣が身を乗り出した。
 元々弓道の心得があって銃に移行したため、一度その辺りは白川に聞いてみたいと思っていたのだが……まさかそんな軽い理由だとは。
「だから私の弓は、ちゃんと修めた人から見ればあまり褒められた構えではないと思うよ」
 白川がアウルに目覚めた頃には、まだ久遠ヶ原学園がなかった。
 その為天魔と戦う方法は、いわゆる退魔文化――まじないやお祓いのような――の修行で身につけるものだったのだ。
 白川もまた、そうして修験道の霊山吉野山に預けられたという。
「今の学園のようなカリキュラムもなかったからね。私の場合は、専攻も後付けなんだよ」
 遥久は興味深そうに頷きながら、そんな話を聞いていた。
 白川の学生時代を知る人が、周りにいるわけでもない。
 ……彼が共に学んだ学生達は、大惨事で三分の一が死亡しているのだ。

「ミスターは……もしアウルが発現しなければ、何をしていたと思われますか」
 遥久が尋ねると、白川のほうが尋ね返してきた。
「……夜来野君はどうしていたかね?」
「そうですね……流れで医者か弁護士にでもなっていたかもしれませんね。特に目標は無かったですし」
「それも立派な選択だったと思うよ」
 白川が目を細める。
「アウルが発現しなければ、私は多分死んでいた。アウルが必要でない世界であれば、普通の学生生活を送って、普通の社会人になっていただろうと思う」
 そして最後に付けくわえて、席を立つ。
「普通とはどういうものか、今となっては誰にもわからないだろうけれどね」


●今日の続きは

 食堂を出ると、白川は手を軽く振って、足早に立ち去って行った。
「なあ、もしかして」
 友真は白川の背中が見えなくなってから、改めて古びた食堂を振り返る。
「ここで先生と一緒にご飯食べた人で、もうおらん人も、結構……」
 泣き出しそうに顔を歪めた友真の明るい色の髪を、一臣が元気づけるように、少し乱暴に撫でた。
「もしかしたらそうかもな」
 全員が薄々感づいてはいたのだ。
 ひっそりと佇む食堂は、白川にとって、あるいは静かに食事をとる他の人々にとって、懐かしい思い出の場所なのかもしれない。
「なんか、悪かったかなあ」
 愁也がぼそりと呟く。
 昔のことを語る白川の心中はどのようなものであったのか――。
「それでも」
 遥久が軽く目を伏せた。
「ミスターはここに俺達を案内してくれた。過去の話も、これからの話も含めて、何かを伝えたいと考えられたのではないかと思う」
「何かって?」
 愁也の問いに、遥久は白川が立ち去った方角を見やる。
「さあ。ただ、明日のためにも、今日を頑張れと言われたような気はするな」

 そう言ってから遥久は、それはそれはいい笑顔で振り向いた。
「ところで愁也。それから友真殿も。今からさっきの講義のおさらいをしようと思うのですが……如何です?」
「え……あ、ハイ」
 硬直する愁也と友真。反論の余地はない。
 一臣が思わず噴き出す。
「ははっ、頑張れよ! あ、もしノートが必要なら時価ということで!」
「「ひーどーいー!!」」

 それも、未来に続く明日のために。
 今日の平穏を、仲間といっしょに明日も過ごせるように。
 そして他の多くの人々にも平穏を届けるために――。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 24 / 阿修羅 / 大学部6年】
【ja5823 / 加倉 一臣 / 男 / 29 / インフィルトレイター / 大学部7年】
【ja6843 / 夜来野 遥久 / 男 / 27 / アストラルヴァンガード / 大学部7年】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 20 / インフィルトレイター / 大学部2年】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 30 / インフィルトレイター / 大学部准教授】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。
大学部の講義光景と、学食での雑談、というご依頼でしたが。
過去の話を出すと、どうしてもワイワイだけで済まなくなってしまうようです。
ご期待に添えているかちょっとドキドキしつつ。
学生生活のワンシーンとしてお読みいただけましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!

※尚、この内容は現時点でのワールドガイドに沿ったものです。
 後日公式設定に変更点が出てきましたら、IFとしてお考え頂けますようお願い致します。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年06月27日

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