▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『音と香りと 』
世良 霧人aa3803)&世良 杏奈aa3447

プロローグ 現代〜輝かしい朝に〜

 置き去りにした記憶がありませんか。
 夕暮れの歩道橋で。宵闇の中にある揚げ物屋さんの前で。それが蘇ることはありませんか?
 朝露の伝う窓の縁に。行き交うあわだたしい人ごみの中で、そしてくたびれた公園の端っこに。
「あの、旦那様」
「なに?」
 ただ、記憶とは、光景よりも香りや音によみがえることが多いそうで。
『世良 霧人(aa3803)』もこの時、唐突に蘇った思い出に、思わず足をとられて振り返ったのだ。
「いかがされましたか?」
 傍らのよき従者はくりっとした瞳で霧人を見あげる。
「ん? ああ。ちょっとね。懐かしくて」
「この公園に思いでがおありで?」
「いや、この公園にはないけど、なんでかな。ふとそこに杏奈がいる気がしたんだ」
 彼女とはこんな公園で出会った……
「そう言えば奥様とのなれそめをきいたことはありませんでした」
 傍らの従者は落ち着きなくそう言った。
「よければ、きかせてはいただけませんか?」
「話したことはなかったっけ?」
 そう霧人は懐の中の懐中時計に触れる。
「移動時間中ならいいよ。教師が遅刻をしたら、生徒に示しがつかないからね」
 そういたずらっぽく笑うと、霧人はポツリポツリと語り始めた。
「詳しく話すには、僕の身の上から離さないといけないね」

「ボクは孤児だったんだ。母親の顔はもう、思い出せないよ」


第一章 過去〜暗闇の縁から〜

 
 霧人は物心つく前に孤児院に預けられた。母と唯一自分を繋ぐのはこの懐中時計と「この子を頼みます」と書かれた手紙だけ。
 捨てられた理由は、すぐにわかった。
 この目のせいだ。
「院長先生、あいつ悪魔付きなんだよ」
「いや、ちげーよ。あいつ人殺しなんだよ、人をさした時に血が目にかかって真っ赤になったんだよ」
 霧人の右目は真っ赤だったのだ。左目は純日本人の黒色、しかし右目だけが、血で染まったような赤い色をしていた。
 それは何かの病でもなく、視力に問題があるわけでもない。だがその容姿は目立ち、霧人は院内でいわれのない罵倒を受けた。
 大人たちは助けてくれなかった。積極的にかかわろうとも、かばおうともしてくれなかった。
 しかし霧人はそれを、理不尽だとも、ひどいことだとも思わなかった。
 だって、彼にとってはそれが当然だったのだから。
 愛してくれていると思っていた母にすら捨てられたのだ。
 この世に愛なんてものはないし、自分に優しくしてくれる人もいない。
 それが普通のことで。
「あいされなくてもいい」
 そうつぶやいた彼の言葉に答えてくれる人は誰もいなかった。
 
   *   *

 霧人は一人でいることを好む子供だった。本が一番の友達で、学校ではずっと一人で過ごしていた。
 人に話しかけるのも、話しかけられるのも嫌いだった。
 人に話しかければ、その目は霧人の顔に向けられる。その視線の動きが毎回赤い目をみて止まり、次いで相手が浮かべる表情は嫌悪か同情。
 そんな風にみられるのはもう、真っ平御免だった。
 そして話しかけられるのはもっと嫌いだった。なぜなら話しかけられるときは決まってトラブルが発生する時だったから。
「おい、悪魔付き!」
「何してんだよ!」
 そう本を奪われる霧人。
「かえしてよ!」
「嫌だね、どうせろくでもない本なんだろ!」
 そうクラス内の体の大きい奴に毎日決まって絡まれる。だけど誰も助けてくれない、それが普通。
「図書館の本だ」
「どうだか!」
 そうあざ笑ういじめっ子たち、その数三人。
 ひどい時はとなりのクラスの、彼らの友人六人に囲まれることもある。いい加減うんざりしていた。
「お前、親も殺したって本当か?」
 霧人は目を見開いた。
「悪魔付きだから親も殺して、孤児院に入ったんだろ? そこでも殺すのかよ、ひでぇやつ」
「僕は、僕は殺してなんかない!」
「そうかい」
 そう霧人が本を取り返そうと席から立った瞬間、一番体の大きい生徒が、霧人の本を開き、そしてページを破り割いた。
「おお、いいことした、いいことした」
 凍りつく霧人、そんな彼を嗤って満足げに歩き去る生徒。
「お前なんかいなくなっちまえ」
 そう霧人に注がれるいわれのない悪意。
「学校来んな」
 子供とは残酷で、その言葉の鋭さを知らない故に心を殺しかねない言葉を平気で投げる。
 その言葉たちは、愛されることを、幸せに生きることをあきらめていた霧人に深く突き刺さった。
「なんで……」
 霧人は破かれたページをかき集めながらつぶやいた。
「なんで、僕だけがこんな……」 


第二章 現代〜放課後の公園で〜

 霧人は中学教師である。彼らは基本的に放課後も職員室にこもって仕事をしているが、今日は用事があって早く帰らせてもらった。
 彼は手に買い物袋を提げている。
 そんなこまごまとした用事が終わり、帰り道。
 話が途中だったと従者と二人でブランコに腰掛け、空を見つめていた。
「そんなことがあったなんて……」
 従者は初めて乗るブランコに苦戦しつつも言葉を返す。
「今思えば、相当ひどかったと思う、だけどあの経験があったからこそ、僕は教師をやっていられるとも思う……」
 そう霧人は懐中時計を取り出し表面を撫でる。
「この時計がまだ僕の手元にあるのは杏奈のおかげなんだ」
 そう紅に染まる空を見つめながら、霧人は昔話を再開した。

第三章 過去〜黄金色の出会い〜
 霧人は学校に居場所がなかった。
 学校にいればすぐにいじめの標的にされるし、誰もかばってはくれないからだ。
 ただ、孤児院に戻っても居場所はなかった。
 あからさまな暴力はなかったが、全員が恐怖を抱いていて、全く近寄ってこない。
 だから霧人はいつも暗くなるまで近所の公園で時間をつぶしていた。
 公園と言っても立地が悪く、電車が走る鉄橋がすぐ近くにあるので、常時埃っぽい、夜は学校の不良なんて目にならない暗い怖いお兄さんたちが徘徊するといわれている場所だから、子供たちも誰も来ない。
 だからここは、霧人にとって唯一心安らげる場所。本当の孤独がある場所だった。
 だからいつも霧人はここで本を読んでいたり、無為に時間をつぶしていたりする。
 だけど。今日はそううまくいかなかった。
 霧人がブランコの上で、時間が立つのを待っているとその公園に六人の男子生徒が入ってきたのだ。
 昼間霧人の本を引き裂いた奴らがいる。
 そしてその目が霧人を捉えると霧人へ言った。
「よう、お化け野郎」
 悪魔付きではなかったのか。そう霧人は握っていた懐中時計をポケットにしまう。
 そしてそのまま立ち去ろうとしたが、男子生徒たちは霧人を取り囲んで逃げ道をふさいでしまった。
「お前、今何隠したんだよ」
「べつに……」
「答えろよ!」
「よし、なぐれ!」
 その瞬間、一番体が大きな生徒が霧人に殴り掛かってきた。
 それを避けることは霧人にとって難しく。頭に強い衝撃を受けて地面を転がる。
 反射的に体をかばうが、それでも全身を擦ったような熱い痛みに身悶えた。
「押さえろ!」
 四人の男子生徒が霧人の四肢を掴み、そして抑えた。リーダー格の少年が霧人のポケットをまさぐる。そしてそこにあったのは小学生が持つには不釣り合いな懐中時計。
 豪奢な作り、金細工の骨董品があった。
「返してよ!」
 霧人は必死になって叫ぶ。
 だって、それがなくなれば。母との絆は、もう。
「いいもんもってんじゃん、俺がもらってやるよ! ありがたくおもえよ!」
 そう笑いながら少年は懐中時計をポケットにしまう。それを見た周りの生徒たちは霧人の拘束を解いて、今度は蹴り始めた。
 体のあちこちに鈍い痛みが広がっていく。
「つまんね、帰ろうぜ!」
「お願いだ! 大切な物なんだよ!」
「うっせえな!」

「待ちなさいよ!」

 その時だった、公園に一つ、可憐な少女の声が響く。
「誰だ?」
 霧人は黒いほうの目だけあけてその声の方を向くと、公園の入り口に小さな影下がある。
 太陽を背負っているせいで顔は見えないが。背は霧人より小さい。
 さらにスカートが翻るのが見える。
(女の子?)
「可哀そうでしょ!」
「なんだお前、女だからって容赦しねぇぞ」
 そう駆け寄っていく少年A。
 霧人は反射的に危ないよ、そう伝えようとしたが、その言葉を霧人は飲み込むことになる。次の瞬間には少年Aを投げ飛ばしていたからだ。
「えええええ!」
 その場にいる全員が絶句する。
「あの女どこかで……」
 そうリーダーの少年が記憶を手繰るのと同時に、残った四人が少女に殴り掛かっていった。
 しかし少女はそれに臆することもなく。構えを作り真っ向からいじめっ子たちを見据える。
「きなさい!」
 下っ足らずなその言葉が、開戦の号令。しかし戦いは一方的な展開になってしまった。
 一人へ懐に入って腹部へ正拳付き。二人目は膝を抑えバランスを崩したところにアッパー。そして腹を押さえてうずくまる少年を踏み台にして、三人目には上段回し蹴り。
 一番体の大きな少年は着地した少女の隙を狙うも、肘鉄を受けすれ違いざまに足を払われ。倒れたところに踵落としを食らっていた。
 その流麗な動きに魅入られた霧人、そして口をあんぐりとあけて少女の名を思い出したリーダー格の少年。
「思い出した! お前! 『赤い旋風』だな」
 なんだ、その名前。
 反射的に霧人は思うが。まぁ小学生がつけるあだ名だ仕方ない。
「その恥ずかしい名前やめて!」
 少女も恥ずかしがっていた、まぁ当然だろう。
「くそ! おぼえてろよ!」
 そう仲間を見捨てて走り去ろうとする少年。
 その後ろ髪を少女は引いた。足がめちゃくちゃはやい。
「いててててて」
「その子に取ったもの返しなさいよ」
「わかったよ! くそ! 覚えてろ!」 
 そう少年は懐中時計を投げ捨てると一目散に逃げて行った。
 それをあわてて拾う霧人。
「よかった、よかった」
 霧人は涙を浮かべて懐中時計を握りしめる。
 そんな霧人の肩を少女は叩いた。
「あ、怪我してる、大丈夫?」
 少女が霧人に歩み寄り、その額を観ようと顔を近づけた。
「やめて!」
 しかし霧人はそれを拒絶してしまう。
 その反応に少女は驚き、目を見開いていた。そして霧人から手を離し首をかしげる。
 気遣っただけでここまで拒絶されると思わなかったのだろう。
 だがこの反応は当然なのだ。
 悲しいことに霧人は『優しさ』を知らない。
 少女がしてくれようとしたことが、自分へ害成すもの以外の何なのか。想像もできなかったのだ。
「助けてくれたことにはお礼を言うけど、もう僕にかかわらないで」
 霧人は人から悪意を向けられたことしかないのだ。
 だからこの少女が自分に対して何らかの悪意があって、打算があって助けた。
 そう思うのは自然なことだった。悲しいことに。
 けど、それは違う。この少女にそんな感情はない。
「おでこきれてるよ? あ、杏奈ね、ばんそうこうもってるんだ。待っててね」
「あんな?」
 それが彼女の名前なのだと、霧人は初めて知った。
 思わず霧人はあんなの顔を見る、そして杏奈は絆創膏を手に取ると再び霧人の髪をかき上げた。
 この時、二人の目が合う。視線が交わり、そして霧人の心臓が跳ね踊る。
(また、また嫌われる)
 そう思ったが。意外なことに杏奈は霧人の目になんの興味も示さなかった。
「あれ?」
「大丈夫? ほかに痛いところない?」
 そう微笑みかける杏奈の表情を霧人は今でも忘れないという。
 金色から茜色に染まっていく、その一日の終わりの時間の中で。

 彼女だけが、霧人を見つめてくれた。

 
 


エピローグ 現代〜おかえりなさい〜
「そのようなことがあったのですか」
 そう従者は霧人の物語を反芻しながら感慨深げに頷いた。
「その時は夕陽の光で目が反射して赤いことに気が付かなかったと思ってたんだけど」
「はい」
「最初から左右の目の色が違うことに気づいていたんだって」
「ほう、それはそれは」
 そんな話をしながら霧人は自宅の扉の前に立つ。ピンポーンとチャイムを押すと。
「はーい」
 という声と共にパタパタと足音が聞こえた。
 霧人は微笑む。両手にぶら下げている物を見て彼女はなんというだろうかと想像して楽しくなる。
「あら、お帰りなさい。今日は早かったのね」  
 そう『世良 杏奈(aa3447) 』は扉を開いた。それと同時に霧人は花束を差し出す。
「誕生日おめでとう」
 霧人はもう片手の荷物も差し出す。ケーキとプレゼント。
 それを見て杏奈は霧人の想像していた通りに笑った。
 あれから十七年の時が過ぎた。
 その間、霧人は一度も誕生日プレゼントを忘れたことはない。
「うれしい! いつもありがとう」
 霧人はあの日、金色に染まる公園で彼女と会えたこと。それに感謝しながら。
 家に満ちる夕飯の香りを嗅いだ。
 こうやって幸せな思い出を積み重ねていこう。
「愛してるわ霧人」
「愛してるよ杏奈」
 そう心に誓って。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
『世良 霧人(aa3803)』
『世良 杏奈(aa3447) 』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 この度はOMCご注文ありがとうございます。鳴海です。
 お二人の出会いの物語を担当させていただいて、とてもうれしく思っています。
 これもある種のビギニングノベルなんですかね。気合を入れて書かせていただきました。
 普段から遊び心が強いお二人でしたので、作中で飛び交っているお二人の別名は遠慮がないというか、はっちゃけたものになっております。
 この呼び名であったり、描写についてイメージと違うものがあれば、お手数ですがリテイクの申請を頂ければと思います。すぐに直せますので。
 それでは本編が長くなってしまったのでこの辺で。
 ありがとうございました、鳴海でした。

WTツインノベル この商品を注文する
鳴海 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年06月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.