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『それが彼らの── 』
真壁 久朗aa0032)&セラフィナaa0032hero001)&秋津 隼人aa0034)&aa0034hero001)&小鉄aa0213)&稲穂aa0213hero001)&佐倉 樹aa0340)&シルミルテaa0340hero001)&笹山平介aa0342)&柳京香aa0342hero001)&今宮 真琴aa0573)&奈良 ハルaa0573hero001)&御代 つくしaa0657)&メグルaa0657hero001)&齶田 米衛門aa1482)&スノー ヴェイツaa1482hero001

●……と、いう訳で
「本当にここへ宿泊していいのか?」
 真壁 久朗(aa0032)が、その旅館を見て思わずそう漏らす。
「いんじゃねッスかね?」
「記載されてる旅館に間違いないしね」
 齶田 米衛門(aa1482)のあっけらかんとした言葉に佐倉 樹(aa0340)が続く。
 香港での大きな戦いの後、H.O.P.E.は生駒山での戦いの後同様に協力企業に打診をし、慰安旅行を企画していた。
 彼らがその企画のひとつに申し込み、やって来たのは、箱根にある旅館だ。
 大型連休後は閑散期、平日……こうした条件が重なり、この旅館は本日自分達しか宿泊しないと聞いていたので、幾ら何でも大丈夫な旅館なのかと思ったら──とんでもなかった、香港での戦いの意味を重んじていたH.O.P.E.はその逆、グレードの高い旅館を用意していたのだ。
 勿論、人数を絞ってのコースであり、抽選に受かったのは運がいいとしか言えないのだが。
「モルディヴのリゾートも良いものであった。海も綺麗であったし、食事も見事なものであった……今回も期待していいと思うのじゃ」
 生駒山での戦いの後、やはり人数を絞ったモルディヴの高級リゾートを堪能した奈良 ハル(aa0573hero001)は満足そうに尻尾を揺らす。
 まぁ、ハルが満足したのは高級リゾート以外の要素もあり、察した今宮 真琴(aa0573)が頬を赤く染めた。
「そうなんです? 海は僕達も行きましたが……」
「ソこト違ウノー?」
「うん。あそことはちょっと違う感じかな。カジノとかもなかったし。ホテルには色々あってね──」
 セラフィナ(aa0032hero001)とシルミルテ(aa0340hero001)がW&H諸島の食事を提供する気がないカジノと釣りを思い出し、あれはあれで楽しかったと思うものの、ハルのモルディヴ感想とは違うと首を傾げる。
 すると、真琴がモルディヴの慰安旅行の話をし出す。
 この中では、彼女とハルはモルディヴ、W&H諸島の慰安旅行どちらも参加申し込みをし、足を運んでいたのだ。慰安旅行複数申し込み可能だったのには驚いたが、それだけ生駒山の戦いが人類にとって重要なものであったのだろう。
「……オールインクルーシブで最高級リゾート……随分豪勢ですね」
「私も参加申し込みすれば良かったですね♪」
「俺もですね。勿体ないことをしました」
 秋津 隼人(aa0034)がそういう機会でもなければ堪能出来ないようなサービスの数々に感嘆の息を漏らすと、笹山平介(aa0342)が茶目っ気に笑う。
 ここで、椋(aa0034hero001)と柳京香(aa0342hero001)が互いの溜息の気配に気づいて顔を見合わせる。
「思ったことは同じようじゃの」
「言うまでもなくね」
 それだけで双方十分な会話だ。
 ……人数がそれ程絞られた慰安旅行なら、彼らは会話程執着せず、自分の仲間に楽しんで欲しいと譲る。
 2人は、そこから来る自分の感情を共有したのだ。
「皆、これ館内案内と諸注意ね。一応非常口は確認しておくといいわよ」
 久朗が代表で手続きを続行させている間、稲穂(aa0213hero001)が先んじて皆に旅館のパンフレットを配っていく。
「これは……迷いそうでござる」
「都内の大きな駅でもありませんし、順路辿れば迷わない気もしますが」
「忍たる者、安易な道は取らないでござる」
 小鉄(aa0213)の呟きに メグル(aa0657hero001)がそう返したが、小鉄はキリッと真顔……してたら、稲穂が小鉄に呆れた。
「こーちゃん、近道は見つけなくていいのよ。ここは山じゃないから」
 そうこうしていると、久朗が手続きを終えた。
 女将が離れまで案内してくれるとのことで、皆女将の先導に従う。
 途中、この旅館の売りだという庭園が見え、紫陽花の色彩が目に飛び込んでくる。
「今の季節は薔薇と紫陽花ですが、夏ですと、夏休み向けの企画で向日葵の迷路などもやっているんですよ」
「向日葵の迷路! わぁ、楽しそうですねっ」
 女将の説明に顔を輝かせたのは御代 つくし(aa0657)だ。
 向日葵と言うと、太陽に向かって咲く背の高い花、輝いているような大きな花というイメージが強いが、なるほど、植え方を考慮すれば自然の迷路が出来上がるという訳か。
「なるほどなぁ。夏らしい上にチビ達が喜びそうな企画だな」
「ええ。夏休みは小さなお子様がとても喜んでくださいますよ」
 スノー ヴェイツ(aa1482hero001)がその様に思いを馳せると、女将はそう微笑んだ。
 やがて、宿泊する離れに到着する。
 男女それぞれの離れになるが、合流する場所にはエントランスがあり、そこでのんびり話すことも出来るようだ。
 飲酒をして温泉は危険であることより、先に温泉に入ろうという話になり、皆準備に取り掛かる。
 準備整ったら、温泉へ行こう。

●癒しのひと時
「洋風の格好してるって新鮮……」
「拙者も面妖な気分でござる」
 樹が競泳用の水着姿の小鉄を見ると、こんな時でも覆面を外さない小鉄が重々しく頷いた。
(水着って洋風の格好なんだろうか)
 久朗はセラフィナの、レモン色のパーカーのフード部分を直してやりながら素朴な疑問。
「褌はどうかと思ったのよ……」
「大変ダッタのネー」
 裾が2段のフリルの赤いワンピース水着姿も新鮮な稲穂がはぁと溜息を吐くと、シルミルテがピンクの水泳帽から伸びるうさ耳をぴこぴこさせて訳知り顔で頷いた。
「温泉が水着OKで一緒に入れるというのはい……?」
 平介は途中で視線を感じて周囲を見回すと、真琴と視線が合った。
 よく解らなかったが、平介は笑って真琴の頭をぽんぽん撫でて、京香の元へ歩いていく。
「見すぎじゃ。気持ちは解るが……」
「だって……」
 その原因たる真琴へハルがぽそりと嗜めた。
 平介は黒から青へのグラデーションのサーフパンツで上に何も羽織っていない。
 バランスの良い筋肉がしっかりついている。
 今回上半身裸、という水着の男性は黒に赤いラインが入るサーフパンツの隼人、夜空色のシンプルなサーフパンツの椋、黒の競泳用水着の小鉄という面々だ。
 そして、真琴は重度の腐女子である。
(男の人の身体見る機会なんてそうないし……)
 水色水玉が浮かぶ可愛いタンキニ、育ち始めているお胸の中には妄想をしまっておく場所には困らないので、現在目まぐるしく掛け算再構成中。
「真琴ちゃんの水着可愛いね!」
 そんな掛け算再構成なんて知らないつくしが笑顔で真琴を見る。
 イエローの北欧の大きな花のような柄のタンキニの上に薄い黄色のパーカーといった出で立ち以上にぴゅあな輝きだ!
「おぬしの負けじゃ」
「……?」
 自身のスタイル(お胸は大きいに越したことがないそうだ)をよく理解した赤のモノキニ姿のハルが真琴を諭すが、つくしはハルのスタイルの良さは理解出来ても、真琴に向けられた言葉はよく理解出来なかった。
 ちなみに、この男も理解出来てない。
「楽しむのに勝ち負けねッスよ!」
 黒の半袖のラッシュガード、ダークグリーンのハーフパンツ姿の米衛門である。
 彼は判り易い右足、右肘の先はともかく、左胸周辺や内臓の一部の機械化について語っている訳ではない為、上半身だけであっても完全な裸はちょっとという事情がある為のチョイスだ。
 が、事情を知らないのもあるが、真琴は魔琴の為、米衛門の水着姿は惜しかった。
「まぁ、色々あるみたいだし、折角の温泉だ、楽しもうゼ」
「普通の温泉以外にも見たこともないものが沢山あるでござるなぁ!」
 スノーが動き易さ重視の競泳用水着で悠然と歩き出すと、小鉄が周囲をきょろきょろ見回しながら続く。
「コーヒー風呂に緑茶風呂……?」
「ドッチも本格的みタい」
「飲めちゃったりするのかなぁ!」
「飲まないでくださいね」
 セラフィナがシルミルテの隣で首を傾げていると、会話に加わったつくしが楽しそうに目を輝かせる。
 その背後からツッコミを入れたのはメグルで、後から更衣室に入ったのだが、合流したようだ。
 背を見せられない事情を持つつくしと同様メグルも夜空色のパーカーにハーフパンツといった姿で上半身は隠している為、その性別は湯煙に隠されたままである。
「飲んではいけないでござるか!」
「当たり前でしょ」
 赤に白の水玉が浮かぶ浮き輪を準備完了させた稲穂は小鉄へ呆れ顔。
「それより早く楽しむのじゃ。まずはノーマルな温泉を楽しむのはどうじゃろうか」
「その前に──」
 椋が隼人を急かすように見上げると、隼人は平介と顔を見合わせ、提案をした。
「背中を流してからにしましょうか」
 が、水着の関係で難しい人もいるから、という話になり、背中を流せる水着着用で参加OKの面々はそちらから先に。
(私は乗り遅れてるわね……)
 京香ははしゃぐ面々を見て、困惑に眉を寄せていた。
 黒のビキニ姿の彼女は長い髪も纏め上げ、ハルやスノーとは違う大人の魅力を漂わせていたが、周囲と違ってはしゃいでみたくとも照れて出来ない状態だ。
「ゆったりでいいと思いますよ」
 成人しているが胸へ栄養は回した様子がない樹は温泉の湯も恙無いこともあり、のんびりするようだ。
 彼女の視線は、セラフィナとシルミルテが楽しそうな様に注がれている。
 シルミルテのうささんビキニの色はダークピンクと樹のセパレートの水着の色とお揃いだ。きっと、色のお揃いを考えた結果、シルミルテが選んだのだろうと京香は樹の横顔を見て思う。
「くろー、どうかしたの?」
 樹は少し複雑そうに米衛門を見ていた久朗に声を掛ける。
 何故複雑そうなのかは気づいていた。
 久朗も黒に紺のラインが入ったラッシュガードと米衛門と同じで上半身を見せていない──上半身をしっかり見せないのは彼だけの話ではないが、近いデザインであり、それ故に意識し、天空塔に纏わる戦いのこと、彼の言葉を思い出してしまったのだろう。
 それについて樹は自分のことではない分客観的に分析は出来たが、客観的な分析である分口にしていいものではないとも知っている為、これだけ言った。
「ヨネさんなら大丈夫。ヨネさんは作ることが出来る人だから」
「……そうか」
 久朗が口元を歪ませる。
 笑おうとして失敗したのだろうが、触れない方がいいと判断した。
「私達ものんびり浸かり──」
 京香が促そうとした瞬間、つくしのはしゃいだ声が響いた。
「ワインのお風呂もあるんだー酔ったりしないのかなっ」
「つくし解ってると思いますが飲まないでくださいね」
「酔った方がワタシは都合いいのぅ」
「都合良くないっ」
「何か問題あるッスか?」
 メグルが呆れたように釘を刺すと、ハルがニヤリと笑っており、真琴が頬を赤らめる。
 が、稲穂基準によると節度あるはしゃぎ方をしていた米衛門が首を傾げたことで、場の時間が停止した。
「どうかそのままでいてくださいね」
「?」
 隼人が諭すように米衛門の肩を叩くが、米衛門は解ってない。
 セラフィナとシルミルテがちらっとスノーを見たが、長風呂好きのスノーが動じずに堪能していたので、色々理解して、自分達も温泉を楽しむことにした。
「水着だと皆さんで楽しめていいですよね」
「ウン。日本以外ダト水着が当タり前みタいダけドネー」
「所違えばというものじゃのぅ」
 セラフィナがパーカーの下のベージュのハーフパンツを指し示しつつそう言うと、シルミルテがうさ耳ぴこぴこさせて頷く。
 途中で加わった椋が面白そうに耳を傾ける。
「長風呂ではないメグルさんに続いて齶田さんも上がられてしまいましたね」
「オレと違ってのぼせ易いらしい」
「俺もそろそろ上がりますね」
 平介とスノーの会話に加わるように隼人がやってきた。
 彼も日本人故風呂好きで色々巡っていたのだが。
「牛乳を用意する人手がいると思いますしね」
「それなら、私も上がりますね♪」
 隼人の言葉で察した平介が共に上がる。
 見送っていたスノーの所へ椋がやってきた。
「皆に言って回っておるのじゃが……」
 タイミングの問題でスノーがラストになったと付け加え、椋は頭を下げた。
「これからも、隼人を頼む」
「応」
 スノーが空気の変化を受け入れて笑うと、椋はその荘厳な雰囲気から再び温泉を楽しむ空気に戻した。

 温泉から出れば、先に上がっていた皆が牛乳を用意していて、それを手にゆっくりした後は──お待ちかね、食事の時間だ。

●共にいるから出来ること
 食事の席は途中移動可能としながらも、能力者と英雄に分かれて腰を下ろすことになった。
 というのも、温泉の話題の共有は能力者同士、英雄同士の方がこの世界でもあまり馴染みがないものへの理解度に関する理解が違うからだ。
「どれも美味いですね♪ 地元食材を厳選したとのことですが、料理される方の腕がいいのでしょう♪」
 平介が隼人と共にビールやジュースを手分けして注いで笑う。
「そうでござるなぁ。稲穂は家で再現出来るものがないか気になっているようでござるが」
 小鉄の視線の先には、食事のレシピが気になって少しそわそわしている稲穂が目に入っている。
「拙者としてはこの茶碗蒸しが美味でござる故、家庭での再現を──」
「もう動じない」
 久朗が小さく呟いた。
 どう過ごしたらいいのか判らない程度にこういう場所は不慣れだが、小鉄がどんな時も覆面を外さず、けれど、いつの間にか料理を食べている件に関してはある種達観の域に入っていた。
 それは樹も同じなのか、黙々と食べている。不思議には違いないが、小鉄はそこまで個性だと認識したようだ。
(夕食にはやはり納豆がない……命拾いしたか)
 樹の関心はそちらだったりする。
 と、向かいに座るつくしが嬉々として天ぷらを指し示した。
「いつきちゃん、これ美味しいよ!」
「本当?」
 樹が勧められるままに口に運ぶと、旬の山菜だったらしく、口の中にその味が広がっていく。
「海の幸も美味しい♪」
「近くは相模湾、駿河湾でしたよね」
 真琴がハルの様子を気にしながらも平介同様関心高い刺身を口に運んで顔を輝かせれば、隼人がジュースのお替りを注ぎつつ箱根近くの海に思いを馳せる。
「やっぱ日本食ッスね。米も日本のが1番美味ぇッスよ!」
「エージェントとして色んな所に飛ぶと思うよね。どこのお料理も美味しいけど」
 米衛門が食べる手を止めて笑うと、つくしも笑って同意する。
 色んな所に、飛ぶ。
 この前までは香港に身を置くことが多かった──
「香港の料理、皆にはどうだった?」
 久朗はその会話をきっかけに香港での戦いの話を振った。

 そうして能力者達が香港の戦いの話を始める少し前、温泉話も十分に楽しんだ稲穂は料理を堪能しながら、家で再現出来るものはないかうんうん唸っていた。
「ひとつひとつ手間がかかってると思うのよね……」
「相変わらず研究熱心だな」
 スノーが稲穂の向かいで流石と笑う。
 椋同様海の幸山の幸に感謝しながら味わうスノーは何でも美味い族であるが、貧乏舌ではなく、料理人の手間には気づいている。
「手間……例えバ出汁の割合トか?」
「あ、そういうのがあるかもしれないわね。これは研鑽の余地があるわ。ありがとう、道が拓けたわ」
 茶碗蒸しを食べるシルミルテがそう口を出すと、稲穂はシルミルテへ笑顔を向ける。
(平介も味を覚えて帰らないかしら)
 宝石箱のような茶碗蒸しを口にした京香は先程こちらへも皆にお酌しに来た平介をちらりと見て思う。
 その平介は今は腰を下ろして、刺身を食べつつ能力者同士で話をしているようだが。
「刺身などは鮮度の問題もありそうじゃがのぅ」
「海から直送でしたね。熟成させると、新鮮なものとは異なる味わいのものもあるそうですが」
 ハルが温泉でも濡れぼそり知らずの尻尾を揺らしながら刺身を堪能していると、この世界に降り立って長い部類のメグルも同様に刺身を口にしてここにはない刺身もあると言う。
 すると、セラフィナと椋が目を瞬かせた。
「そんなお刺身あるんです?」
「傷んだりしておらんのか?」 
「今色々あルよネ」
 シルミルテもこの世界に来て長い為に知っていたらしく、耳をぴこぴこさせ、熟成させる刺身について軽く話す。
 と、ここで米衛門の日本食最高発言が飛び出した。
「食べ慣れたものがやはり馴染みがあるしの」
「それはあるでしょうね。毎日食べるものだし」
 椋が同意を示すと、京香が食べる手を止めて米衛門の意見に同意するように料理を見渡す。
 この日本食も高級な部類に属する為、毎日と言われると飽きてしまうかもしれない。
「だから家庭料理ってのは重要なんだろうな。オレとしても美味しいものは沢山あんだし、毎日これ食べるより、違うもん食べたいゼ」
「家庭料理……。私の場合だと、ご飯にお味噌汁、煮物にお魚、お漬物ってなるかしらね」
 スノーに応じる稲穂は毎日の献立を思い浮かべ、名前を挙げてみる。
「稲穂チャン漬物漬けるの上手ソう」
「美味しいお野菜をいただけるようになったもの」
「それだけ手を込ませているのでしょうね」
 稲穂がシルミルテへ微笑を向けると、メグルも彼と酌み交わした時間を頭に過ぎらせつつ、続いた。
「僕はクロさんのホットケーキは飽きが来ないですね」
「ワタシは……真琴が飽きないかの」
 セラフィナがこくりと頷くと、だいぶ呑んでいるハルが真琴を見てにやりと笑う。
 ……が、幸いなことにピュア層にはあんまり通じない定番である。
「それに、誰かと楽しく食べるから料理は美味しいと思うわね」
「わしもそう思うかの。今この時も誰かが欠けては得られぬものじゃ」
 京香へ同意した椋は能力者同士で話す隼人がそうして心を動かせばいいと願うように彼を見た。

 話を戻して能力者達──
 彼らは香港での戦いを軽く振り返っていた。
「色々あったよね」
 実感を篭った一言を漏らしたのがつくしだ。
 つくしは香港の戦いでは重い怪我を負うことも多かったが、自分を貫いた結果、成し得たものも大きかった。
 が、久朗の手がテーブルの下で硬直する。
「突き詰めればそうなるね」
「広州では、まさかあの高さから飛び降りることになるとは思わなかったしね」
「後から聞きましたよ。無茶し過ぎです」
 樹と真琴がつくしの言葉に続くと、隼人が嗜める。
 が、物理的御挨拶タイムという不幸な事故(棒読み)で死に掛けた隼人に発言権はない。
「タワー程度の高さから飛び降りるのは無茶ではないでござるが──」
「……ありがとうは生きていないと届かないですからね」
「あそこで行かねば廃るッス。それに、来てくれると思ったッスから」
 飛び降りる高さの無茶基準がおかしい小鉄が米衛門を見ると、隼人も続く。
 椋が聞いてれば人のこと言えるのかと呟かれている所だ。
 対するスノーは何も言わない。
 言えないのではなく、その必要を感じないといった様子だ。
 その沈黙こそが、彼らの信頼であり、誓いのようなものなのだろう。
 だが──
(……)
 久朗の手がテーブルの下で更に強く握り締められた。
 話題を振ったのは自分だが、その話題は──
 派生した広州ではなく、その根本たる香港の戦いへ話題を変えようと久朗が口を開こうとした、その時だ。
「あ、そろそろデザートが来るみたいですよ♪」
「デザート! 確か水菓子……!」
 平介が流れを打ち消すかのように一言言うと、真琴がぱっと顔を輝かせた。
 それを機に英雄側の席へ料理の感想を聞きに行くなど、席が動く。
「……」
 久朗が言葉ではなく、喉に詰まっていた空気を吐き出す。
 それを見ていた平介が「またダイエットに失敗しちゃいそうです♪」と久朗へ声を掛けた。
 天空塔の戦いに身を置いていた彼は、あの戦いが終わった直後の久朗を知っていたからこそその変化に気づき、空気を変えたのである。
「ダイエット、必要なのか?」
「お馬さんが潰れちゃわないようにしないといけなくて」
「……そうか」
 平介の気遣いには気づいたが礼を言ってはいけない気がした久朗がその話題に応じると、平介はそう言って笑うと、久朗は少し不器用に口元を綻ばせた。

 食事が終われば──楽しい戦争の時間、所謂全員参加の枕投げの時間である。

●儀式らしい戦い
「──という訳で、枕投げは友好の儀式なんだよ」
 布団の中央で枕投げについて力説するのは、つくしである。
 女性陣の方が荷物が多い為、枕投げは男性陣の離れでの開催である。
「チーム分けなどはするのでしょうか」
「しなくていいんじゃないかしら? 楽しむこと重視なのだし」
 メグルが以前自身が行った枕投げを思い浮かべて尋ねれば、京香が口元を和らげる。
 チーム戦になったら、手加減出来ない状態になり易い。
 本気で投げられない者(特に平介)もいることを考えての提案だ。
「楽しむこと重視でも皆浴衣……」
「真琴」
 真琴が何かに気づいて頭の中に世界を構築し出すが、ハルが駄々漏れを指摘した。
 指摘だけなのは、ハルも結局軽く腐っているので、つまりはそういうことである。

「離れの備品が壊れないように注意しないとね」
「僕は襖の方見てますね」
 端に寄せられた灯り近くに稲穂が陣取ると、メグルが反対方向の襖へと歩いていく。
「誰が相手でも負けぬのじゃ」
「その心意気気に入ったゼ! よーし、始めるか!」
 椋に笑うスノーがお手本とばかりにその椋に向かって枕を投げる。
 割と全力で投げた枕だが、椋が咄嗟に身を屈めた為、枕は後ろにいた隼人にクリーンヒット☆
「お、避けたな!」
「わしに簡単に当てられると思わないことじゃ」
 スノーと椋は楽しそうだが、クリーンヒットの隼人、地味に痛かった。
 でも、隼人は女性相手には当てられない……当てられないから、米衛門へ。
「遠慮は要らねが」
「俺も遠慮はしませんよ」
 そう、あの日のように。
 かっこよく決めてるが、あの日何が起こったか正確に記されている報告書の現実は残酷である。
「拙者も遠慮はしないでござるよ!」
 ここで小鉄が参戦。
 後ろの方で稲穂が「こーちゃん、程ほどにね」と注意の声を飛ばしているが、今の小鉄にどれ程効力があるか。
「私達は楽しくやり……!?」
「たのもー!!」
 京香が言葉の途中で止まったのは、つくしかこの男性陣に決闘を申し込んだからだ。
 女性を攻撃出来ない隼人、固まってる!?
(まー、悪い人じゃないんだろうなぁ)
 樹がその様を見ていると、枕がぼとっと目の前で落ちた。
 久朗が投げた枕が樹を捉えようとしたので、シルミルテが別の枕を投げて落としたらしい。
「くろー……いい度胸してるね」
「後ろ向きだと思っていただけだ。背中なら平気だろうと」
 愚神にタワーより綺麗な縦直線と言われようと、別の従魔に励ましの笑顔でサムズアップされようと、どうでもいい連中から言われるのは気にしない。
 ただし、親愛なる腐れ縁となれば、話は別である。

 ゴッ

 まるでタワーから飛び降りるかのような剛速球が飛び、久朗は咄嗟に本気で避けた。
「朴念仁」
 樹の為の枕をせっせと拾うシルミルテがぽそりと呟いた。
 そのシルミルテにぽすっと枕が当たった。
「そうそう、そういう感じ」
「い、痛かったりしました?」
 どうやら京香から枕投げをレクチャーされたセラフィナが投げたものらしい。
 耳をぴこぴこさせたシルミルテは久朗と己が半身の枕の応戦を見、それからまたセラフィナと京香を見た。
「補充ノ時ダけ抜けチャうケド」
「楽しむことが重視だもの、ルールなんてないからいいのよ」
「……クロさん、大丈夫でしょうか」
 シルミルテの頭を撫でて京香が笑う隣で、久朗を心配そうに見るセラフィナ。
「大丈夫ですよ。枕はぽふぽふしてますからね♪」
 誰に対しても手加減するつもりでいる平介が枕をぽんぽん叩いて見せると、セラフィナが投げた枕を改めてぽふぽふ叩いてみる。あ、本当だ。
 温泉の時同様枕投げは話を聞いているだけでワクワクしていたものの、痛かったらどうしようと思ってたセラフィナもほっとしたようだ。

「あちらも凄まじいの」
 ハルが久朗と樹をちらと見た後、小鉄へ投げる。
「左、回り込むね!」
「右は……任せてっ!」
 小鉄が忍者的に避けるのを見越し、真琴とつくしが枕クロスファイア。
「わわわ集中攻撃でござる!」
 真琴から足、つくしから上半身を狙われた小鉄が部位を分散しての攻撃に対処出来ないでいると、米衛門の枕が顔へ吸い込まれた。
「おー、景気良く当てたなー。これはオレからのご祝儀だゼッ!」
「おわっ!?」
 今度はスノーが米衛門を狙い、枕を投げると、必死に避けた米衛門、続く椋の枕は避けきれず、ぼっすり当たった。
 スノーが外した枕をキャッチしたメグルはやっぱり襖の前にいてよかったと安堵。
 だって、彼らが近い位置にいるのは稲穂の方で、自分は反対側、結構距離がある所にいる。
 全力で投げた枕がここまで飛んでくるのだ、襖ぶち抜いたら恐ろし過ぎる。
「皆楽しんでいるの」
「それより浴衣直してください」
 ハルはこの集団で特に誰かを狙わず、平等に狙っている。
 高い命中はこんな所にまで発揮されていたのだが、しっかり着込んだ浴衣も今は着乱れていて、隼人は大変やり難そうだ。
 顔も微妙に逸れているので魔琴モードの真琴やハルにじっくり見られていることにも気づかない。
「メグルも受け取ってばかりいないでやろうよ」
「いえ、僕は……」
「来てくれないなら、こっちから行くよ!」
 つくしがメグルを誘うべく、メグルへ枕を投げる。
 しかも、回転を加えられた奴で、どう考えてもこの前教わってきたガチの投げ方だ。
 メグルは無言で何となく手にした枕をビュッと投げる。
「そこまで言うなら受けて立ちますが、これで襖などに穴を開けたら、どうなるか判っていますね?」
 メグル、参戦。
 その間も小鉄は正々堂々勝負していたが、多勢に無勢の状況となっていた、
「こーちゃん……それは忍者じゃないわよ……」
 稲穂がたまに流れ枕を投げ返すなど程ほどの応戦をしながら見守っていると、小鉄が「稲穂、援軍頼むでござるよ!」と話を振ってきた。
 やれやれ。
 稲穂は立ち上がり、彼らの輪の中へ飛び込んでいく。

 さて、平和な投げあいっこを他所に久朗と樹も壮絶な死闘を繰り広げていた。
「ところで……枕投げは、こんな死闘なのか?」
「くろー……エージェントの枕投げが一般的なものだといつから思ったの……」
 決着がつくようには見えなかったが、椋が眠くなってきてしまった為、枕投げはお開きとなった。

「楽しかったでしょ? 見てるよりもずっと」
「そうですね」
 メグルはつくしに声を掛けられ、微笑んだ。
 2人で沢山見て、話して、経験するなら──これでいいのだろう。
「いつもありがとう。大好きだよっ!」
「『これからも』よろしくお願いしますね」
 枕投げの終わりの束の間の会話。
 その会話の向こうには互いの誓いが見える。
 と、小鉄と稲穂の会話が聞こえてきた。
「流石稲穂! 絶妙の援軍でござった! いつも助かるでござるよ!」
「そう思うなら、もうちょっとしっかりして欲しいかしら」
 稲穂の言葉には「……なんてね」と付け足される余韻がある。
 日常を紡ぐ彼らにとって当たり前を続けることが自分達にとっての約束なのだろう。

「枕元に置いてやってくれ」
 うつらうつらしている椋を見たスノーが隼人の手に飴をぽんと乗せた。
 隼人が見ると、セラフィナ、シルミルテ、稲穂が飴を舐めている。
「イチゴミルクですね」
「何カ別の味シなイ?」
「林檎かしら。爽やかな余韻よね」
 3人がそうして味の感想をシェアしあっている。
 稲穂はいつも小鉄のお母さんしているが、この時は年頃の少女のようで、皆それが微笑ましく見えた。

●弾む内緒
 枕投げも終わり、夜が更けた今、男性陣と女性陣は布団敷き詰められたそれぞれの離れで飽きることのないお喋りに興じていた。
 早く寝なければいけないのは判っているが、楽しいものは楽しい。
「ふふ♪ なんだか、こういうの楽しいわ♪」
 笑う京香は普段平介と行動することが多い為、女の子同士の会話に心が弾んでいた。
 最初の話題は、稲穂がたまたま職員達の会話、子供に持たせるキャラ弁の絵心事情を耳に拾ったという話からだ。
「キャラ弁……食べルの勿体なイけド可愛イよネ」
「こーちゃんはその辺の情緒はなかったわ。美味しくて沢山が重要だったから……」
 シルミルテがうんうん頷くと、稲穂がふっと遠い目。
 すると、シルミルテは「今度皆デお披露目会も楽しソウ」と笑う。
 月と星を見上げるひよことうさぎのお弁当になりそう、というのは皆思ったことである。
(それより、小鉄さんはいつから覆面してるんだろう。今日も外してなかったし)
 樹は違う方向の疑問を抱いたが、本人のいない所でネタバレも何なので聞かないでおく。
「美味しいのが大事ってのは賛成っ!」
「だなぁ。命を頂戴してるしな」
 つくしの賛成にスノーがうんうん頷く。
「それに、料理は好いた者を篭絡する手段になりえるからの、出来るに越したことはない」
 真琴との関係を隠していないハルは真琴を背後から抱きしめつつ、艶麗に笑う。
 その真琴はハルのハグに顔を赤らめつつも、レイヴン女性陣の恋愛事情は興味津々……だって、コイバナの気配もないこのレイヴン、どうなんだろうと思ったって罰は当たらない。
「ロウラク……私はまだそういうのよく解らないかなぁ。いつきちゃんは?」
「内緒」
 つくしが樹を見ると、樹は如何にも勿体つけて笑う。
 まだ、口にしなくていいかな、と思うことは胸に。
 だから、他のことが仕舞えない。ハル位のスペースがあったとしてもだ。
「今振舞う奴がいなくても、料理は日常だし、簡単なのでも作る習慣はあった方がいいと思うゼ」
「でも、独りだとつい作らないかなー……」
 スノーがそう笑うと、独りで食事が苦手なつくしは頬をかいて苦笑した。
 つくしのその心情がどのような事情から来るかはメグルなら解るだろうが、ここにはメグルがいない。
 けれど、スノーはその心情に踏み込まずに肯定した。
「あー……それはあるかもな。ガキが出来ると、腹減ったって言われるから作ろうって気になるし」
「自分だけだと簡単に済ませようと思っても、振舞う相手が食べ盛りの子供なら勝手が違うもの」
「やっぱそうだよな」
 汲み取ったかのように稲穂がスノーの意見に同意すると、スノーもそれに気づいて笑う。
「いたような、口振りね」
「戦争で一緒にいられなくなったのは憶えてるゼ」
 京香が尋ねてみると、スノーは明るく笑った。
 もしかしたら、その隣にはスノーの夫がいたかもしれないが、この世界へ降り立った際に多くの記憶を欠落させる為、スノーが受け入れていたとしても聞く話題でもない。
(そういう意味じゃ、私と同じかしら)
 京香は夢の向こうに思いを馳せる。
 と、話題はいつの間にか食生活の一致について飛んでいた。
「好きな人と食べ物が合わないのは大変だよ! チョコレートを奪われたら、ボクはその時点で破局だもん!」
「ワタシがそうでなくて良かったな」
 チョコレート大好きっこの真琴が熱弁を振るう背後で、ハルがぽそりと呟く。
 囁く、ではないのは、真琴の貯蓄お菓子で幻想蝶の内部が時には大変なことになっているからで、この件に関しては悪戯より優先したいらしい。
 ふと、樹は窓から見える月に気づいた。
 箱根の空に浮かぶ月は優しくそこに在る。
「樹」
 名を呼ばれ、樹は己の半身に顔を向けた。
「今夜ノ月はキレい?」
「そうだね、きっととびっきり綺麗」
 答えは知っていたシルミルテはただ、笑う。
 にんまりと。ニッコリと。
 樹は話題に盛り上がる彼女達を見、月を見た。
 あぁ、愛おしき『箱庭』よ。
 故に、私は抗い続ける。

●楽しいからこそ
 女性陣の離れが賑やかになっている頃、男性陣の離れも話が弾んでいた。
「朝に納豆はあるのだろうか……」
「割と定番でござるなぁ」
 久朗は樹の関心に気づいていなかったが、それでも朝の定番納豆が出てきた場合の樹の表情への想像は可能であった。
「朝食、バイキング形式みたいですよ♪」
「この人数なのにバイキングなんて贅沢ですね」
 平介がパンフレットのレストランを読み込んで情報提供すると、セラフィナがいつもの規模ではないにしても独占と久朗を見る。
 久朗の空気は明らかに安堵していた。
 彼の中における納豆嫌い指数がどのようなものか窺える。
「温泉卵もあるでござるなぁ! 流石箱根でござる」
「スーパーで売られていたり、家で作るようなものとはやっぱり趣が違いますよね♪」
 小鉄がメニューを見て顔を輝かせると、平介が今は便利な世の中としながらも温泉地で食べるならではの趣を語り出す。
 すると、隼人がぽん、と手を打った。
「あ、それで思い出しましたけど、温泉饅頭はお土産に買っておかないと。東京海上支部の職員の皆さんだけでなく、香港九龍支部の職員の皆さんへ差し入れ位は」
「オイ達だけで戦った訳でもねッスしね」
 隼人の提案に米衛門も激戦に身を置いたからこそ判る感謝があると同意する。
「あと、そういえば、メグルさんの離れは女子の方だったんです?」
「今夜は読みたい本溜めてるから、幻想蝶で読むらしッスよ」
 隼人が椋に掛かりきりであったと姿が見えないメグルの姿を探すが、米衛門がメグルの現在の所在を笑って教える。
「宿泊名簿には記載する必要があるから、そこには御代と同じ女子の離れという形にして貰ったが」
 久朗も手続きの際にメグルからその旨は聞いていたらしく、米衛門の説明を補足した。
 英雄の事情は能力者の事情以上に多岐に渡ることより、隼人も「では次にお会いするのは朝食ですね」と事情の詮索は行わない。
 それを当然とするこの空間が、平介は好きだ。
(だから、私もここが好きなんだな)
 あるがまま受け入れてくれる──平介にとって大切な場所は、大好きな人達がいるこの場所である。
「そういえば、夕食の山菜は美味でござった」
「オイも知らね料理方法あったッスよ」
 小鉄が思い出したように語り出すと、米衛門も思い出す。
 彼らは山奥の出身で山菜料理も詳しいが、詳しい分逆にない発想がある料理があったようだ。
「故郷の山では──」
 そこから始まる小鉄の山菜採りの歴史。
 故郷と違う、今の住まいの近所の山菜スポットの話だが、わざと困難な道を行っている気がするツッコミ所満載の話だ。
 故郷の断崖絶壁を下るというのも、米衛門が「岩茸のは命綱あった方が」と乗ったので、実在が証明されたことより、ノーコメント。
 まぁ、忍ばぬ忍小鉄の話は純粋に面白いと思うセラフィナが聞き入り、平介もわくわくし出したので、場としてはかなり和んだ。
 話がひと段落した、その時だ。
「隼人……」
 椋の声が響いた。
 ほぼ夢の世界の住人と化している椋の寝言はほぼ隼人の心配である。
 普通なら微笑ましいの一言だが、隼人の皆を優先し過ぎる心から来る立ち居振る舞いを見れば、その心配は心の底からのものであると判断していい。
 今日は皆と沢山遊んだ椋は、大勢で過ごせるのが楽しくて仕方ないと常に言っているかのようだったが──
「一緒じゃぞ、どちらかの命の尽き果てるまではの」
 それは隼人も一緒だったからだろう。
 椋は隼人に変化を望むからこそ、隼人を変えてくれるかもしれない、そして隼人が友人として全幅の信頼を寄せる皆と楽しんでいたのだ。
(椋がいるから……今日、ありがとうもこれからよろしくも言えた……)
 椋でなかったら、今ここにいなかったかもしれない。
 きっと、という予感ではない、確信で、隼人はそう思った。
 浴衣の裾を掴む椋の布団を掛け直した隼人が、椋へ普段なら言わないことを口にする。
「ここまで引っ張ってきてくれて、ありがとうな」
 それを見ていたセラフィナは、久朗を見る。
 久朗は、かつて自分からは何処にも行こうとしなかった。
 セラフィナに対してもいい態度とは言えない時期もあったし、別の誰かをそこに見ているとも判ったが、セラフィナは星が旅するように時を待った。
 やがて、星の光が到着するかのように時は来て──今は沢山の人と外出するようになっている。
 セラフィナは、それがとても嬉しい。
(2人でいた時も楽しかったですけど、今はもっと楽しいですから)
 だから、セラフィナも気づいている。
 久朗が気づいた『恐怖』を。
 それは最終的に久朗が乗り越えなければならないものであるが、言葉を伝えることは出来る。
 そうして、彼の母娘の胸に希望を灯したように。
「クロさん、僕も今日は楽しかったです」
 椋を起こさないよう消灯しようかという話になり、準備し出す中、セラフィナは声を掛けた。
 久朗が何をきっかけにそれを認識しているかも判るから、その時間が持てるよう彼の背を押す。
「……僕へこんなに楽しい想いをさせてくれるのは他の誰でもないあなたのお陰です」
 ありがとうございます。
 セラフィナの最後の言葉を聞き、久朗は「礼を言うのは俺の方だと思うんだが」と呟く。
「いいえ。クロさんはクロさんが思う以上に僕を救っていますよ。だから……夜は長いですからね、と言っておきます」
 セラフィナは微笑し、おやすみなさいと布団へ潜り込む。
 取り残された形の久朗はややあって、寝ようと掛け布団を上げた米衛門へ「ヨネ」と小さく声を掛けた。
「ちょっと話さないか」

 メグルは、ふと顔を上げた。
 一面の本棚といった景色の幻想蝶の内部で口にした通り読んでいた本を開いたまま、コルクボードを見る。
 つくしと自分の写真があるコルクボードの隣には皆で撮った写真が幾つもある。
 幻想蝶から会話は聞いていた。
 それを聞きながら、メグルは本を読み、時折、自分の言葉を生じさせていた。
「好きな人はいました」
 メグルはその言葉を声に出す。
「……でも、今は、帰りたいと思わなくなりました」
 呟くメグルの表情を知る者は、天まで聳え立つ本棚だけである。

●長い夜
 ハルは月と庭園が良く見えるソファに身を沈めると、売店で購入した果実酒に口をつけた。
(誰かを誘っても良かったんじゃが)
 樹とシルミルテ、つくしの3人仲良く寝息を立てていたし、真琴もだいぶ眠そうだったし、稲穂とスノーも寝る準備が万端であった。
「京香もいつの間にかおらんかったしの」
「あの」
 ハルが顔を向けると、セラフィナが立っていた。
「どうしたのじゃ」
「……聞きたいことが、あります」
 ハルがセラフィナのスペースを作ると、セラフィナは腰を下ろした。
「……今までと、これから。僕達はどこまで、いつまで相方の側にいられるのでしょうか」
 世界蝕あってこそ異世界から来ることが出来た自分達。
 誓約でこの身を得た自分達は今ここにいるが、実はあやふやな存在である。
 セラフィナは、皆そんな想いに駆られたことはないのか知りたかった。
「ワタシは明日の今頃どうしているか正確には解らん、が……」
 ハルは、腕に目を落とす。
 月光を浴びて煌くのは揃いのブレスレットだ。
 真琴が、くれた……。
「そんな日が、来なければいいと思っているのじゃ。……まだ15の真琴が戦う道を歩き始めたのは、ワタシと誓約を交わしたからというのに」
 エゴだというハルの笑みには周囲を巻き込む程の賑やかさはない。
 けれど、セラフィナは首を振る。
「少し、気が楽になりました」
「そうかの」
 お礼を言ったセラフィナが離れへ戻っていくのを見、ハルも腰を上げる。
 真琴の顔が、何だか無性に見たくなったのだ。

 ハルが離れに向かって歩いていく。
 平介と京香は少し離れた別のソファから見ていた。
「京香……」
 平介が十分に離れたと判断して口を開く。
(いつか。いつか君に、もっとちゃんとしたパートナーが見つかって。幸せになればいいと思ってる)
 それは口に出せない言葉。
 口に出したら、京香は自分の為に怒るだろうから。
 だから、別のことを口にする。
「いつもありがとう」
「どうしたの、急に」
「隼人さん達見てたら、ついね」
 明日からもよろしく頼むよ。
 平介の改まった言葉を聞いた京香は瞳を細めた。
「当たり前でしょ。私はあんたの英雄なんだから」
 本当は、平介が言葉とは違うことを考えていたことに気づいている。
 けれど、確信が持てない。・
「そろそろいい時間だけど、どうする? ここで眠るの?」
 平介が独りでないと眠れないのは知っている。
 正確に言うなら、一緒に寝て、起きた時に誰かがいないのが怖いのだが、絶対に見せたくないと思っているのは、知っていた。
「離れに戻るよ」
「そう」
 京香は無理強いせず、離れの分岐点で平介と別れた。
 彼女が確信を持てなかった言葉を平介は心の中で小さく呟く。
(その日まで、私はちゃんと生き続けるから……)

 旅館の庭園は夜になれば閉鎖される為、そこに近いベンチへ彼らは腰を下ろしていた。
 長い長い沈黙が下りている。
(言わなきゃ、いけないのに)
 口にしようとすると、上手く言葉にならない。
 広州での天空塔の戦い以後、ほんの少しだけ感じる気まずさに近い思い。
 何か、言った方がという思いは、やがて何かを言わなければという思いに変化したが、何を言う、となった所で、それが形にならない。
 自分でも上手く言えない思いがずっと胸の中にあるのに。
(ヨネはいつも通り、だけど……)
 だから、余計に言えないでいる。
 米衛門が自分を待っているのは解っている、のに。
「久朗」
 米衛門の声が響く。
「夜明け」
 そう言われ、久朗は顔を上げた。
 そもそも寝ようかとなった時間自体早くなかったが、途中、自分が寝ていたのではないかと思う位、時間は経過していたのだ。
 箱根の山の向こうの空の色が夜から朝に変わっていく。
「……怖かった」
 それは、するりと口から出た。
「何も考えられなかった。あの時、ヨネが死んだらどうしようと。このまま目を覚まさなかったらどうしようと。なのに、ヨネが笑うから……」
 来てくれると思った。
 あんな笑顔で言われたら、言うことなんて、ひとつしかなくて。
「だから、ワシは農家の鴉なんじゃろうな」
 そこで自分を仕方のない者と思わなかった、大儀がどうとかそんなこと思わなかった、怖いと思ってくれる……だから、米衛門は何度でも命を張る。
 自分が戻るべき導が、あるからだ。
(ヨネの目には、何が見えているのだろう)
 それが見えるだけの何を見てきたのだろう。
 今まで、久朗は気づかない自分に気づかなかった。
 どんな景色が見えてるか、気になったこともなかった。
 知ったからどうにかなるようなものでもないだろうが、それでも──何が見えているのだろうと、そう思った。
 そこで、彼らは朝の散歩に出てきた皆と合流する。
 彼らだけの会話はここで終わったが、近い未来、米衛門は久朗へ自分の景色がどう見えているか、その軌跡を語るだろう。
 その時、世界は変わりゆく。
 世界は、日々、自らの意思で変わってゆくもの──久朗が何が見えているのだろうと思えるようになったのも、米衛門が久朗になら話してもいいと思えるようになったのも彼らにとっては確かな変化である。
 壁がその変化を阻んだとしても──その意志で壊せばいいのだから。

 長い夜は明け、慰安旅行の終わりが近づいてくる。

●綴られていく絆の日
 朝の散歩も終え、皆で朝食を迎えた。
 納豆を回避した久朗の向かいで樹が納豆を食べ出したり、セラフィナの取った温泉卵の中が双子で、思わず皆写真撮影したり、賑やかなものだ。
「今日は何かいいことがありそうですね」
「今日モ!」
 セラフィナが零すと、シルミルテが耳をぴこぴこさせつつ反論。
 目を瞬かせたセラフィナも「そうですね」とすぐに笑みを浮かべた。
「また皆でこういう旅行に来たいね! 修学旅行みたいで楽しかった」
「……そうだな」
 つくしの言葉に答えた久朗は米衛門と夜明けを待ったが、あのまま寝たとしてもちゃんと寝られただろうかと思った。
 皆と近くなればなる程……激化する戦いの中でのああいうことが怖くなる。離れれば、怖くなくなるかもしれないと思ったが、つくしの笑顔を見て、自分と同じ怖さを知っているのかもしれないと漠然と思う。
「修学旅行! 旅行だと普段言えないことからの一線を……」
「一線?」
「ヨネチャン、ぴゅア……」
 真琴の目が朝から輝くが、米衛門はよく解ってなかった。
 しっかり理解しているシルミルテがぽそりと呟くと、ハルが「朝からすまんの」と笑う。が、真琴はメガネをキラーンとさせ、夜会話や早く起きた者だけが見られる無防備な寝顔の重要性について説き出す。
「皆さん、よくお休みでしたよ♪」
「平介、多分趣旨が違うわ」
 結局寝なかった平介がそうとは見せない色合いで笑う。
 が、平介の知らない真琴の一面からの発言と察した京香が地味に止めた。
「線……よく解んねッスけど、空の色が変わるのは綺麗だったッスよ」
「箱根だと地平線や水平線から太陽って訳じゃないけど、私は山の合間から顔を出す太陽も好きね」
 米衛門が話す夜明けに便乗した稲穂がかつて暮らした小鉄の故郷を思い出して笑う。
「それなら、帰りは少し寄り道しませんか?」
 ここで隼人が地図を広げた。
「今日も休日ですし、すぐに帰宅するのは味気ないです。俺としては、箱根から足を伸ばせる場所、小田原や江ノ島に立ち寄ってはどうかと思いますが」
「山の次は海楽しむってのも悪くないな。海開きの季節じゃないが」
「修行は出来るでござるよ!」
 スノーが海を楽しみに思う者もいるだろうと口を緩ませると、小鉄が違う方向に楽しみにしだして稲穂が頭を抱える。
「そう離れた地でもないですし、僕も賛成です。海岸をゆっくり歩くだけでも楽しいですし」
「せっかくの慰安旅行だもんね。のんびりも楽しそう」
 つくしが笑うと、メグルも口元を綻ばせた。
 そこから、皆で途中下車しながら色々遊んで帰ろうという話になり、ああでもないこうでもないと計画が飛び交う。
「……真壁殿……感謝する」
「いや、俺の方こそ」
 少し輪の外にいた久朗にハルが声を掛けると、久朗は緩く首を振った。
「小田原に納豆パスタの店あるよ」
 樹がここでランチの提案をし出し、久朗が阻止すべく輪の中へ戻る。
「朝から賑やかじゃの。楽しそうで何よりじゃ」
「……ハルちゃんだって、夕食の時賑やかだったよ……」
 ハルが口元を綻ばせていると、真琴がやってきた。
 隣に、気持ち距離を詰めて座ると、甘えるように寄りかかる。
「楽しかったね! また皆で行きたいね。……そう思えるのは、ハルちゃんが傍にいるからだよ?」
 だから、ハルは真琴を願う。
 セラフィナに漏らした言葉を誓いとして、真琴とその日を約束し続ける。

 朝食が終わり、まずは小田原への移動となった。
「旅行は帰りまで旅行なのじゃから、寄り道を楽しんでも良いのじゃろう?」
「そのまま旅行が終わりになんて勿体ないだろう?」
 椋が隼人を見上げると、隼人はそう微笑んだ。
「なら、おぬしにして貰いたいことがあるんじゃが」
「? 何か不足があった?」
 昨日は皆が楽しめるようにと裏方に回りがちな久朗やその彼のフォローをする平介と共に慰安旅行でトラブルがないようにしてきたつもりだが、何かあっただろうか。
 すると、椋は事も無げに言った。
「今日1日楽しむことじゃ。異論は認めぬ」
 隼人が周囲を優先して慰安旅行を過ごしてきたことなど、はしゃいでいても椋は気づいていた。
 強固に形成されている隼人の世界の変革を願うからこそ椋はその世界に向かって手を伸ばす。
「今日も絶対楽しいから、大丈夫」
 隼人は笑って、電車を待つ皆を見た。
 ここが、今の彼の世界。

 まもなく、電車がやってくる。
 帰るまでの間、彼らの旅行は続く。
 旅行が終わっても、彼らが交わし続ける約束は何も変わらない。
 それこそが、彼らの愛しき場所──鴉の世界<レイヴン>。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【真壁 久朗(aa0032)/男/24/世界を変えゆく者】
【セラフィナ(aa0032hero001)/?/14/輝石の星河】
【秋津 隼人(aa0034)/男/19/排自的守護騎士】
【椋(aa0034hero001)/男/11/守護騎士の守護者】
【小鉄(aa0213)/男/24/口元は隠密成功】
【稲穂(aa0213hero001)/女/14/豊穣の母】
【佐倉 樹(aa0340)/女/19/箱庭の森の魔女】
【シルミルテ(aa0340hero001)/?/9/月の森の魔女】
【笹山平介(aa0342)/男/24/自ら吊るされる男】
【柳京香(aa0342hero001)/女/23/解放願う女】
【今宮 真琴(aa0573)/女/15/想翼逞しき百合の花】
【奈良 ハル(aa0573hero001)/女/23/妖艶なる百合の花】
【御代 つくし(aa0657)/女/16/『時』を恐れる太陽の花の娘】
【メグル(aa0657hero001)/?/22/『シン』を踏み出せぬ告解者】
【齶田 米衛門(aa1482)/男/21/揺るぎなき大地のような『バカ』】
【スノー ヴェイツ(aa1482hero001)/女/20/豪放の母】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
真名木です。
この度はご指名ありがとうございます。
東嵐大規模のレイヴンメンバーによる後日的慰安旅行、その中でこれからを能力者と英雄が約束し合うとのことでしたので、楽しさの
中にもそこで感じたことを描写出来るよう文字数が厳しいなりに力を尽くさせていただきました。
これからも前に進み続ける一助になれたら幸いです。
白銀のパーティノベル -
真名木風由 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2016年06月30日

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