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『 よいしらず、同行二人。 』
喬栄ka4565)&ka3319

●つづく宴、酒の縁

 遅い時間にもかかわらず、通りは喧騒に満ちていた。
 祭の夜の歓楽街は、いつも以上の人出でごった返している。
 昼間から飲んだくれた上に尚も杯を重ね、あっちもこっちも千鳥足。
 肩がぶつかり喧嘩になれば、それもまた誰かの酒の肴になるという始末。

 鵤が半ば閉じた眠そうな目をあげて、ひゃっひゃと笑う。
「おやー、皆サンまだまだ元気だねぇ?」
「運動したら酒が抜けて、また飲めるって寸法だ。いやはや、上手くできてるよねえ」
 鵤と肩を組み、感心したように首を振るのは喬栄。
 よれた白衣姿にスリッパをひっかけた四十男と、有髪で袈裟を纏った五十男が肩を抱き合い、ふらふら彷徨う有様は、どう贔屓目に見てもお近づきになりたいとは思えない。

 勿論、当人たちもそんなことはどこ吹く風。
「鵤くん、あのお店どうよ? 程良く小汚い感じがそそるんだけどぉ。俺の勘って割と当たるのよ?」
 実は喬栄、いつ鵤の名前を聞いたのかよく覚えていない。
 たぶん一件目で同席したときに、自己紹介をした……んだっけ?
 とにかく知った顔を見つけて話をして、気がついたら一緒に飲んでいたのだ。
 その飲みっぷりにか、カッコつけを放棄したおじさんぶりにか、どこか興味を引かれ、気がつけば一緒に店を出て、次の止まり木を探している次第である。
 もっとも、たった一夜の意気投合。
 酔いの切れ目が縁の切れ目となるやもしれず。
 揺蕩う微睡にて紡がれるその糸は、幾重にも絡む綱か、それとも酔夢の細糸か。
 つまりは翌朝、互いの名前を覚えているかどうかすら心もとないふたりではあった。

「あー、店はいい感じよねぇ? キレイどころがいりゃもっといいんだが」
 鵤はそう嘯き、ずり落ちそうな眼鏡をなおす。
「綺麗なお嬢さんたちはねぇ、お金の匂いがしないおじさんには優しくないから。ああいうお店のお姉さんがたは、おじさんにも親切よぉ」
「それでも金は要ると思うけどなぁ?」
 鵤はまたうひゃひゃと笑う。

 アクセサリーだとでも思っているのだろうか、クリムゾンウェストでは珍しい赤提灯が揺れる店先に辿りつき、払いのけ損ねて顔を打つ垢じみた暖簾をよろよろくぐり抜け、二人は店の中に入っていった。


●飛んで火にいる夏の虫

 灯りに集い、尚も酔いを重ねる酔漢たちの群れ。
 誘蛾灯に誘われ身を焦がす虫のようだ、と喬栄は思う。
 と、まるで他人事だが、もちろん自分もそんな虫の一匹で。
 常連客が並ぶカウンターを避けて、卓を挟んで鵤と差し向かいに座る。
「なんかこう、懐かしいような店だねぇ」
 見回せば張り出したメニューも、軋む椅子も、この世界には珍しい店である。
 ひょっとしたら店の主も、リアルブルーから転移してきたのかもしれない。
「はい何にしましょ!」
 そんな声と共に、突き出しなどが出てくるのも面白い。
 鵤はとろんとした目を店員に向け、僅かに目を開いて口笛を吹いた。
「お嬢さん、可愛いねぇー」
 特別美人という訳ではないが、健康そうな肢体の若い娘だった。
 喬栄は数珠を取り出し片手で扱き、大仰に目を伏せる。
「いやはや地獄に仏とはまさにこのこと。いや女神さまか。眼福眼福」
「お客さーん、お父ちゃんに刺身にされたくなかったら、サクッと注文お願いねー」
 娘はニコニコ笑いながら、オッサンふたりを軽くいなした。こちらのほうが何枚も上手なのは間違いない。

 暫くして、酒やつまみが運ばれてくる。
 支払いだけはこちらの習慣どおり、都度払いだ。
 鵤がポケットに手を突っ込み、卓にコインを出して並べる。
 喬栄は全くそれを意に解する風もなく、酒瓶を取り上げて杯に注ぐ。
「で? 鵤ちゃんって、なーんか苦労人ぽいけど? よかったら話ぐらいは聞くよぉ」
 どうやら話を聞く代わりの酒代というわけらしい。いや、本人にとっては順序が逆か。
 鵤も先の店でのやり取りで、この喬栄という生臭坊主が素寒貧なのはわかっていたが、何となく面白くて一緒に出てきてしまったのだ。
(ま、壁に向かって話しているよりはましだろうよ)
 愛嬌と毒を絶妙な具合で混ぜ合わせたような喬栄の顔を、目を細めて眺める。
「苦労が顔に出ちゃってるのわかるぅ? そうよー、オッサンこれでも苦労人なのよ?」
 鵤は自分の手元の瓶を取り上げ、中身を喬栄の杯に注ぐ。
 最近では結構試作品が出回っている米の酒だ。水のように透明な液体は、それでいて独特の香気を漂わせる。
 鵤も自分の杯を取り上げ、口をつける。まだ粗削りだが、爽やかな辛みが心地よく喉を湿す。
 ……だがそれだけ。
 鵤は酔わない。酔えないのだ。
 ただ誰かと一緒に飲んでいると、空気に酔える。
 酔った振りで、胸の内を少し吐き出すこともできる。
 だから飲み友達は貴重なのだ。

「それがねぇ。おっさんの雇い主がぁ、マジ人使い荒くてぇ」
 鵤がぼやくと、喬栄はうんうんと頷く。頷きながら、タコの唐揚げに手を伸ばした。
「鵤ちゃんてば雇われなんだ、そりゃ大変そうだねぇ。俺だったら1日ももたないとおもうよぉ」
「そう。おっさんこれでも、結構我慢強いのよぉ」
 手を上げ、追加の酒を頼みながら、鵤はだらりと机に伏せて、指先でのの字を描く。
「最初はねぇ、研究しながらたまに資金稼げばいいって話だったワケ。それならまぁ、何とかなるかなって思うじゃなぁい?」
「おもふねぇ、もごもご」
 喬栄は小魚の揚げものを頬張りながら深く頷く。
「なのに気付けば、ガッツリ稼いで、その上で研究も同ペースで進行しろとか言うのよーひどくなぁい?」
「またそれができちゃう人だった訳ね、鵤ちゃんが。それは辛いねぇ」
 喬栄は運ばれてきた酒をすぐに取り上げ、鵤の杯になみなみと注いだ。
 本人の言はやや誇張気味だが、喬栄は確かになかなかの聞き上手だ。
 鵤はとろんとした目で杯を眺め、それから喬栄を見た。
 ――まあ金が戻ってこないだろうということは、はっきりしているが。
「ん? 何か俺、変なこと言ったっけ?」
「いーやー?」
 うひゃひゃと笑い、鵤は杯を煽る。
 それでもひとりで冷たい壁に向かって愚痴っているよりは、遥かに「人間らしい」だろう。


●宴は終わらず

 もう何度目かわからないが、鵤はポケットをさぐり、コインを卓に置く。
「思うんだけどぉ、雇われだからダメってことかねぇ」
「お客さん、間違ってる間違ってる」
「え? ああ、ごめんねぇ」
 へらへら笑いながら、鵤は別のコインを取り出した。
 店員は小さく溜息をつく。
「あのさー、アタシが言うのもなんだけど。そろそろやめておいた方がいいんじゃない? 飲み過ぎはさすがに身体に悪いよ」
「ご親切にどうも〜」
 鵤がへらりと笑い、軽く手を振った。
 確かに、二人でかなりの量を飲んだはずだ。

「怒られちゃったねー」
 喬栄が何故か嬉しそうに笑う。笑いながらも、杯を煽る。
「雇われじゃなくなったらどうするの? 次のあてとかある訳?」
 その日暮らしを地で行く喬栄に、将来の心配をされるというのはなかなかに奇妙なものがあるが。
 それも「その日暮らしをしていく」才能があればこそ。
 死なない程度に小金を手に入れ、あるいは死なない程度に面倒を見てくれる(と本人が勝手に認識している)知り合いを離さないのも一種の才能だろう。
 鵤は喬栄の普段の行状を知っている訳ではないが、世の中にはそういう人間もいる、ということは知っている。
「あてねぇ……。あーあー、トトカルチョで一発大当たりでもしないかしらぁ」

 喬栄は笑いながら、鵤のへらへら笑う顔に、時折よぎる妙な影のような物を認めていた。
(気のせいかねぇ? お疲れみたいなのは確かだと思うけど)
 様々な人の悩みを聞くうちに、喬栄はそういう「勘」のような物が働くようになっていた。
 他人の悩みを自分のものにしているうちは、喬栄のような仕事はできない。
 悩んでいる人は解決策を求めていない。ただ話をして、自分の中にすでにある解決策を確認するだけだ。
 相手の話を促し、吐き出させ、喬栄はすぐに忘れてしまう。それも才能の一つかもしれない。
 そしてこんな風に思ったことも、翌朝には忘れているだろう。


●そしてよいをしらず

「ありがとーございましたー」

 看板だと言われては仕方ない。元気な声に送られて、ふたりそろって店を出る。
 またも肩を組み、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
 だがさっきより減ったとはいえ、御同輩はあちらこちらに。
 鵤はへらへら笑いつつ、すれ違う見知らぬ連中にむかって手を振った。
「あー、どーせこれじゃ二日酔いよねぇ。だったら帰ってもおなじよねぇ?」
「あ、三件目行く? 行っちゃうー?」
 喬栄が目ざとく、前を行く酔漢が吸い込まれて行った店を見つけた。
「あそこ良さそうねぇ。俺の勘って割と当たるのよ?」
「それはさっきも聞いたねぇ」

 こうして宴は続く。
 まだまだ宵の口と嘯きつつ、酔いなど知らぬが如く。
 夜明けの光がさす頃、二人がどこにどうしているかは、それこそ誰も知らないのだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4565 / 喬栄 / 男性 / 51歳 / 人間(RB)/ 聖導士 / 金はないけど口はある】
【ka3319 / 鵤 / 男性 / 44歳 / 人間(RB)/ 機導師 / 酔い知らずの酔漢】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ジューンブライドのご依頼有難うございます!
……って思わず書きたくなるような、おっさんふたりの酒場紀行でした。
依頼でPC様のご縁が繋がっていくのは、MSとしては本当に嬉しいことで。
その意味でも大変楽しく執筆いたしました。お気に召しましたら幸いです。
この度はご依頼いただき、まことに有難うございました!
白銀のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年06月30日

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