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『お花見鬼さん 』
ka5673)&万歳丸ka5665)&帳 金哉ka5666)&センダンka5722)&紅 石蒜ka5732


 鬼さんの一家は五人家族です。
 ほんとうは腐れ縁だったり友達だったり初対面だったりと色々ですが、みんなで集まれば家族も同然の仲良しさんでした。

 その仲良し鬼さんたちが、お花見をすることになったのです。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「ぶえぇっくし!」
 大きな桜の木の下で、万歳丸(ka5665)が豪快なくしゃみを一発。
 花の季節とは言え、花冷えという言葉もある。ましてや陽が暮れてから外で過ごすには、まだまだ無理のある季節だった。
 しかし、万歳丸はここを一歩たりとも動くわけにはいかないのだ。
 白み始めた東の空に向かって吠える。
「このオレの両肩に皆の期待がかかってンだ、この場所は何があっても死守するぜ!」
 たかが花見、されど花見。
 そして是非にと場所取りの大役を仰せつかったからには、半端なことは出来ないのである。
「見ろ、この見事な枝振りを! これだけの見事な桜は我らが故郷でさえ珍しかろう!」
 土手の上に並んで競うように咲き誇る中でも、とりわけ大きく枝を伸ばした大樹。これを見付け出した幸運を、誰にともなく自慢したくなった。
 両腕を広げ、どうだとばかりに天を仰ぐ。
 だがもちろん、それに応える者は誰もいなかった。なにしろ早起きな鳥さえもまだ寝ぼけているような時分である。
 夜明け前の透き通るような寒さが足下から這い上がってきた。
「ぶえぇっくし!」
 喉元まで達した寒気を吹き飛ばすように、豪快なくしゃみをもう一発。
 犬のようにぶるぶると身を震わせ、両腕をさすりながら足踏みを始める。
「くっそさみーなチクショウ、鼻水まで出てきやがったぜ」
 こんな時は、身体を動かすに限る。
 もうガタガタぶるぶるノシノシと動き回っているけれど、そうした動きではなく。
「覇亜亜亜亜ッ! 勢ッ!!」
 両足を肩幅に開き、腰を落として膝を曲げ、力瘤を作るように両腕を曲げて、限界まで力を溜め込んだら天に向かって――伸ばす!
 その瞬間、万歳丸の全身から弾けるようなオーラが迸り、逆巻く風となって花を散らした。 ※イメージです
 幾千、幾万もの飛沫となった花びらが万歳丸の周囲を舞い、朝一番の光を浴びてキラキラと輝く。 ※イメージです
「憤ッ! 覇ッ! 憤ッ! 覇ッ!」
 その大きな身体を曲げては伸ばし、曲げては伸ばし。


「……あの子はいったい何をしているのでしょうかね……?」
 すっかり朝日も昇りきった頃、ゆったりとした足取りでやって来た閏(ka5673)は、満開の桜の下に咲いた珍妙な花を見て、かくりと首を傾げた。
 バンザイ付きの屈伸運動なのか、バンザイ付きのウサギ跳びなのか、それとも花が開く様子をバンザイで模しているのか……いずれにしても、その名の通りではある。
「おお、閏のおっさん! 早かったじゃねぇか!」
 万歳丸はバンザイの格好のまま、静かに歩み寄る閏に笑顔を向けた。
 今やそこから迸っているのはオーラではなく、玉の汗。
 天気が良いとは言え、まだ地表の空気は冷たく冷えている。なのにそこまで汗をかくとは、いったいどれほどの間そうしてバンザイを続けていたのだろう。
 しかし、よほど集中していたのか、本人にとってはあっという間だったらしい。
「丸さんは本当に、身体を鍛えることがお好きなのですね」
 くすりと笑みを漏らし、閏は持って来た手ぬぐいを差し出した。
「おお、すまんな!」
「それから、朝ご飯もご用意しましたよ。はい、場所取りご苦労様でした」
「おお、握り飯か! いつもアリガトな!」
 竹の皮で包んだズッシリと重たいそれを奪い取るように受け取り、万歳丸は桜の根元にどっかりと腰を下ろした。
 なお遠慮という文字はない。
 万歳丸の体格に合わせて大きめに握られたオニギリを両手にひとつずつ持って、豪快にかぶりつく。
「んッ、美味いッ!」
「そうですか、それはよかった」
 いつもながらの見事な食べっぷりを閏はにこにこと見守る。

 と、その背後からひょこりと顔を出す者があった。
「コレが閏が言ってた万歳丸ネ!」
「シーちゃん、人をつかまえてコレとか言うものではありませんよ?」
 閏は保護者としての努めを果たすべく、その子――紅 石蒜(ka5732)を窘めるが、その声は頭の上を通り過ぎて春の空気に溶けてゆく。
「会うのは初めてアルけど、閏からいつも話は聞いてるアル!」
 石蒜は弾む足取りで万歳丸に歩み寄った。
「我は紅石蒜(ホン シースゥァン)、幽鬼の一族の一人娘ヨ! 閏がいつもお世話になってるネ、我ともよろしくお願いするアル!」
 臆する様子もなく手を差しのべる――が。
「んごおぉぉぉ……」
 何か地響きのような音が聞こえる。
 発生源は目の前の万歳丸だ。
 何事かと思ってひょいと目の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んでみる。
「んごおぉぉぉ……」
 寝ていた。
 鼻から提灯をぶら下げる勢いで。
 あの地響きはイビキの音だったのか。
「おやおや、お腹が一杯になったら早速ですか」
 胡座をかいたまま桜の幹に背を預けた万歳丸に、閏は持って来た毛布をかけてやる。
「仕方がありませんね、昨夜からずっと場所取りをしてくれていたのですから」
 一晩中見張っていてほしいと言った覚えはないのけれど、彼の性分ならこうなることは予想できた。
「そのうちにまた、お腹が空いたら目を覚ますでしょう。さ、シーちゃん、手伝ってくださいな」
 石蒜に声をかけ、背に負っていた荷物を下ろす。
 丸めた茣蓙に、大きな背嚢、両手には四角い風呂敷包み。中身はすべて、昨日からせっせと拵えていた弁当だ。
 残りの荷物はセンダン(ka5722)に運ばせているのだが。
「まだ姿が見えませんね」
 途中でバテて座り込んでいるのか、それとも追って来た睡魔に取り込まれたのか。
 だが、いずれにしても帳 金哉(ka5666)が連れて来てくれるだろう――たとえ引きずってでも。


 その少し前。
「セン、起きてくださいな、セン」
 ゆさ。
 ゆさゆさ。
 閏は布団の上からセンダンの肩を揺さぶってみる。
 彼の寝起きが悪いことは知っていた。いつもなら仕方がないと諦めて、もう暫く寝かせておくところだけれど。
「ほら、今日は良い天気ですよ?」
 窓の鎧戸を開け放ち、布団を勢いよく捲り上げる。
「てめ何しやがる返せ!」
 引っぱがされた布団を素早く奪い返し、頭から引っ被ったセンダンは再び寝る体勢に入った。
「ったく、まだ朝じゃねぇか」
 しかし頭隠して何とやら、閏は突き出た足の裏をこしょこしょとくすぐってみる。
「朝だから起きるんですよ、まったくこの人は」
「ぎゃっ!?」
 さすかの鬼も、そこは弱い。じたばた暴れて眠気は吹き飛んだ――が、もう意地でも起きてやるものかという気になった。
 頑ななその様子を見て、閏は悲しげにひとつ溜息を吐く。
「たまには朝の新鮮な空気を吸い込んでみたらどうですか? それに前から約束していたでしょう、今日は皆でお花見に行こうって」
「……あぁ? 聞いてねぇぞ」
「言いましたよ、はい」
 どん、と置かれたのは丹精込めて作った弁当を詰めた重箱。
「俺ひとりでは持ちきれませんから、お手伝いをお願いしますね」
「けっ、なんで俺がそんな……」
 言いかけて、言葉を切る。
 このパターンは、もしかして。
 そっと閏の顔色を伺うと――ああ、やっぱり。
「いい大人がメソメソ泣いてんじゃねぇ」
「泣いてませんよ、まだ」
 多分あと5秒くらいは保つ。
「わかった、わかったって! 行きゃァ良いんだろ、荷物も持ってやるし、これで文句ねぇだろ!」
「はい、ありがとうございます」
 今泣いたカラスが、もう笑った。


「これは本当に見事な桜ですね……ね、そう思いませんか、セン?」
 青い空を背景に広がる桜色を見上げ、閏はようやく追いついて来たセンダンに笑いかける。
「べつに、花は花だろうが」
 重箱をどさりと下に降ろしたセンダンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「閏、この男に風流を解せと言うほうが無理というものじゃ」
 しかしこれさえあれば機嫌は直ると、金哉は手土産に担いで来た酒樽を肩から下ろす。
 酒豪で知られる鬼達にとって、一升瓶など徳利にも等しいサイズだ。
「酔うほどまでに楽しむなら、やはり樽酒でなくてはの」
 ちなみに銘柄は「鬼殺し」、いつの時代かは知らないが蒼の世界からもたらされたものだという。
「おやおや、これはまた物騒な名前ですねえ」
 閏が僅かに眉をひそめるが、鬼を殺すために作られた毒入りの酒――というわけでは、もちろんない。
「なんでも鬼さえ簡単に酔っ払うほど強い酒じゃとか、鬼でも顔をしかめるほど辛口なんじゃとか、噂はいろいろとあるらしいがの」
 まあ試しに飲んでみるのも一興というわけで。
「その重箱には、肴もぎっしり詰まっておるのじゃろう?」
「ええ、もちろん。金哉くんの好物も入れておきましたので、うんと食べてくださいね」
 閏は幼い頃からセンダンと共に金哉の面倒を見てくれていた、母のような存在だ。
 そのせいか、すっかり大人になった今でも金哉を子供扱いするのが、どうにもこそばゆい。
 と言って、それは決して不快な思いではなく、寧ろ居心地の良さを感じさせてくれるものだった。
 ただひとつだけ不満があるとすれば、泣き虫であるところだが……どうにからならいものかと思っても、こればかりはどうにもならないようだ。
「閏、我はお腹空いたでアルよ、早くお弁当にするでアル!」
「はいはい、花より団子ですね」
 石蒜にせがまれ、閏はいそいそと重箱の蓋を開ける。

 鶏の照り焼きに、豚の角煮、ジャコの佃煮、だし巻き卵、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し、飾り切りをした根菜がゴロゴロ入った煮付け、山菜の天ぷら、煮魚に焼き魚、カラフルな手まり寿司、桜の塩漬けでほんのり染めた桜ごはん――
「おにぎりもたくさんありますよ」
 中の具は鮭に梅干し、おかか、昆布の佃煮、それにもちろん、得意の塩おにぎりも大量に。
 種類ごとに形や海苔の巻き方などを変えてあるから、間違えることもないだろう。
「さすが、気配りが行き届いておるの」
 金哉がさっそくおにぎりに手を伸ばす。
「俺はやはり塩握りじゃな」
「それなら、ほら、てっぺんにごま塩がかかっている……ええ、それですね」
 言われた通りのおにぎりを手に取って、金哉は思い切りよくガブリとかぶりつく――が。
「閏、これは……俺の知っておる塩握りではないようじゃ」
 僅かに涙目になりながら、金哉は口をすぼめる。
 どうやらそれは梅干し入りだったらしい。
「ごめんなさい、どうしましょう……待ってくださいね、今お茶を……」
 閏は慌てて水筒を取り出したが、慌てたものだから蓋が上手く開けられない。
「あっ」
 ころころ、ころりん、手が滑って飛んでった蓋は、土手の斜面を転がり落ちていく。
「閏はドジっ子さんアルね! 大丈夫、我が取って来るヨ!」
 転がった蓋を石蒜が追いかけていった。
「元気の良い蓋アル、我と競走アルね!」
 だーっと走って行って転がる蓋を追い越し、くるりと振り向いて待ち構える。
「捕まえたアル!」
 顔を上げると、そこからは土手の上にずらりと並んだ桜の木が一望に見渡せた。
 斜面のあちこちには菜の花らしき黄色い花が群れ咲いている。
 同じように花見をしている者達の姿もちらほらと見受けられた。
「他の皆も桜が大好きアルね!」
 自分が好きなものを他の誰かも好きだとわかると、なぜだかとても嬉しくなる――それが名前も知らない赤の他人でも。
 家族なら、もっと嬉しい。
「閏、捕まえたアルよ!」
 手にした蓋をぶんぶん振りながら、石蒜は家族の待つところへ駆け上がって行った。

「ごめんなさいね、シーちゃんもありがとう」
 くすんと鼻を鳴らす閏に、金哉は困ったように頭を掻く。
「ああ、いい、大丈夫じゃ。俺ももう子供ではないし、梅干しくらいは食える……だからそう泣くでない」
「金哉くん、本当に大人になりましたね……」
 ついこの間まで小さな子供だと思っていたのにと、今度は嬉しさに涙腺が緩む。
「お前はいちいちメソついてんじゃねぇよ面倒くせぇ」
 とっくに酒樽の栓を抜き、さっさと勝手に手酌で飲んでいたセンダンが言った。
 まだそれほど進んではいないはずだが、もうすっかり出来上がっている。
「飲め、そして食え、そうすりゃ泣いてる暇なんざねぇ」
「ええ、それもそうですね……では、いただきます」
 閏はセンダンが差し出した杯を受け取り、一口。
「これは、なかなか……」
 きりっと締まった辛口の、それでいてほんのりと甘い口当たり。
「美味しいですねえ」
「そうだろ」
 センダンはさも自分の手柄であるかのように、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「おい、それは俺の手土産じゃろう」
 当然のように金哉から抗議の声が上がった。
「細かいな、お前は」
「事実を言うたまでじゃ。それより俺がまだ一口も飲んでおらぬのに、先に出来上がっておるとはどういう了見じゃ」
「なんだ金哉、お前も飲みてぇのか、そうならそうとハッキリ言いやがれ」
「だからそれは俺の酒じゃと」
「よし、飲め! それともなにか、俺の酒は飲めねぇってのか?」
 いや、だからそんな凄んで絡まれてもね?
 もういい、酔っ払いを相手にしても不毛なだけだ。
 金哉は目の前に差し出された杯をひったくるように受け取り、一気に飲み干した。
 ほう、と一息吐いて、鼻に抜ける香りを楽しむ。
「これは、良い酒じゃの」
「そうだろ」
「だからこれは――」
 再び抗議しかけるが、センダンの興味は既に他へ移っていた。
「おい、そこの小せぇの、お前も飲め!」
「え、我のことアル?」
 大人げない大人達のことは放置して弁当を独り占めしていた石蒜は、ごはんつぶをくっつけた顔を上げる。
「おや、シーちゃんはこんなところにもお弁当をくっつけて」
 閏は石蒜のほっぺからそれを摘み取りながら、いたずらっ子を窘めるような視線をセンダンに向けた。
「いけませんよセン、シーちゃんはまだ子供なんですから」
 石蒜もまた、保護者をそっくり真似するような眼差しでセンダンを見る。
「我はそこの小せぇのではないアル、我は紅石蒜、さっきも言ったのにもう忘れたアルか?」
「覚えてねぇな、いつのことだ」
「今朝アルね、センが起きて来た時にちゃんと言ったアル」
「そうか、よしわかった飲め!」
 いや全然わかってない。
 それに石蒜はまだ子供だと何度言ったら――

 ぐらり、センダンの上半身が揺らぐ。
 突き出されたた腕がふっと力をなくし、その手に持った杯が滑り落ちる。
「潰れてしまいましたか」
 すとんと落ちた杯を片手で受け止めた閏は、空いた手でセンダンの身体を支えた。
 スイッチが切れたようにいきなり動かなくなった身体を支え、その頭をそっと自分の膝に乗せる。
「今朝は早起きさせてしまいましたから、暫く寝かせておいてあげましょうね」
 静かに、と人差し指を立て、閏は膝に乗せたセンダンの楝色の髪を撫でた。
 どうやらこうなる事も、最初から予想していたようだ。
「じゃあ、我はちょっと遊んで来るネ! 金哉、一緒に来るアル!」
「仕方ないのう、ここは夫婦水入らずとさせてやるか」
 ニヤリと笑い、金哉も立ち上がる。
「その表現はどうかと思いますが……ええ、どうぞ、いってらっしゃい」
 閏は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「でも他の皆さんにご迷惑をおかけしないように……それから、桜の枝は折れやすいですからね、木登りは――おや?」
 いない。
 二人とも、とっくに駆け出して行ってしまったようだ。

「桜の花はいつ見ても美しい物アル! 金哉は桜、好きアルか?」
「そうさな。桜は美しい、実に雅じゃ」
「じゃあ好きアルね!」
「そういうことに、なるかの」
「金哉は素直じゃないアルね、そういう時はちゃんと好きって言うアルよ!」
 そう言うと、石蒜は舞い散る花弁と共にくるくると舞い始めた。
 風に乗って旅に出ようとする一枚を追いかけ、捕まえては更に遠くへと吹き飛ばし、何が可笑しいのか声を上げて笑う。
 それを見守る金哉は少し眩しそうに目を細めた。
 自分はあんなふうに、身体全体で喜びを表現したことはあっただろうか。
 素直に気持ちを伝えたことはあっただろうか。
「金哉はもっとバカになったほうが良いアルね!」
 その心中を察したように、石蒜が笑いかけてきた。
「考えるより先に口に出したほうが良いこともあるヨ、大好きとか、アリガトウとかネ!」
 その声が届くうちに。
 喜ぶ顔が見られるうちに。

 暫くして戻ってみると、万歳丸はまだイビキをかいていた。
「万歳丸、いつまで寝ておるのだ、もう陽が暮れるぞ」
 花見に来たなら少しはそれらしく花を見ろと、金哉がその肩を掴んで揺さぶってみる。
「んごおぉぉぉ……」
 起きない。
「いいかげん起きるアルよ!」
 こしょこしょこしょ、石蒜がそこらに生えていた草の葉先で鼻の穴をくすぐってみる。
「ぶえぇっくし!」
 起きた。
「うおぉぉぉっ、よく寝たぞ!!」
 吠えた。
「おはようでアルな、我のことは覚えてるでアルか?」
「む?」
 万歳丸は首を捻る。
 はて、誰だったか……?
「仕方ないネ、我は紅石蒜、幽鬼の一族の一人娘ヨ!」
 本日、四度目の自己紹介。
「おお、閏のおっさんトコの! 俺は万歳ま……」
 ぐうぅぅぎゅるるー。
 腹が鳴った。
「はいはい、丸さんの分はちゃんと残してありますよ」
 再び差し出される、おにぎりの包み。
「おう、アリガトよ!」
「お弁当のおかずもとっておいたアル、遠慮なく食べていいアルよ!」
 え、残り物じゃないよ?
 持って帰りたくないから腹の中に片付けてほしいなんて、そんなこと考えてないよ?
「うん、美味い! 閏のメシは美味いな! いくらでも食えるぞ!」
 寧ろ日頃の感謝も込めて、おおいに食べる。
 ご飯粒のひとつも残さずに食べる。
 花を見る余裕など、ない。
「相変わらず良い食べっぷりですね、私も腕によりを掛けて頑張った甲斐があるというものです」
 ほくほく、閏はその様子を嬉しそうに眺めていた。


 そして本当に陽が暮れかかる頃。
「食った食った、さてまた一眠りするか!」
「だから何しに来たのじゃ」
 ぺしん。
 大きく伸びをした万歳丸の後ろ頭を金哉が軽くはたいた。
「食べてすぐに寝ると牛になってしまいますよ?」
 閏がくすりと笑い、パンパンと手を叩いた。
「さあ、皆で片付けましょう、来た時よりも美しく、家に帰るまでがお花見ですよ」
「そういうことじゃな。おい石蒜、きちんと片付けせんか」
「してるアル、金哉こそきりきり働くアルヨ! 重い荷物は男のお仕事ネ!」
 すっかり空になった重箱を片付けて風呂敷に包み、ゴミをまとめて、茣蓙を巻いて。
 空いた酒樽も持ち帰って何かに使おう。
「そういえば樽に花を植えているお宅もありましたね」
 あれはウィスキーの樽だった気もするけれど。

 綺麗に片付けを終えたら荷物を持って。
「おう、重たいもんは俺に任せろ!」
 燃料を補給してパワー満タンの万歳丸が申し出る。
「そうですか、ではお言葉に甘えて……一番重たいモノをお願いしてもいいでしょうか」
 どさり。
 その背に乗せられたのは、泥酔したままピクリとも動かないセンダンの巨体だった。
 巨体と言っても万歳丸よりは幾分かコンパクトだからバランス的には問題ないだろうが……
「酔っ払いって重たいんですよねえ」
 がんばれ万歳丸。
「それでは皆さん、桜の木にお礼を言って帰りましょうか」
「ん?」
 そこで初めて気付いたように、万歳丸が顔を上げた。
「オレはまだ花を見てねェぞ!」
 ああ、うん、寝てるか食べてるか、変な筋トレしてるかだったもんね。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 綺麗な花をありがとう
 来年もまた、目と心を楽しませてくださいね

「また皆で来ましょうね」

 鬼のお母さんが、楽しそうにふわりと笑いました。

 おしまい。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5673/閏/男性/外見年齢34歳/みんなのお母さん】
【ka5665/万歳丸/男性/外見年齢16歳/やんちゃな次男】
【ka5666/帳 金哉/男性/外見年齢21歳/しっかり長男】
【ka5722/センダン/男性/外見年齢34歳/ねぼすけお父さん】
【ka5732/紅 石蒜/女性/外見年齢12歳/おてんば長女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
ご依頼ありがとうございました。

花見っていつの行事だったっけ、という季節になってしまいました。
相変わらず手が遅くて申し訳ありません。

口調等の齟齬やイメージの違いなどありましたら、ご遠慮なくリテイクをお願いします。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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2016年07月01日

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