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『死神、邂逅 』
ニノマエ・−8848)&青霧・カナエ(8406)


「体調はいいみたいだね……機嫌は、悪そうだけど」
 A7研究室の主任が、そんな事を言っている。
 警備員の制服を着直しながら、ニノマエは何も答えなかった。
 礼くらい言うべきだろう、とは思う。B級ホムンクルスである自分をメンテナンスするために、この男はわざわざ来てくれたのだ。A7研から見れば僻地とも言うべき、このB8研究室まで。
 何種類か、薬品を投与された。
 メンテナンスと言うより、何かの実験台にされているだけかも知れない。
「ニノマエ君は、あれか。もう16歳になったんだっけ?」
「……15ッスよ、まだ」
 生まれてから、あるいは造り出されてから15年間、この研究施設で生きてきた。生かされてきた。
 今は、警備員という仕事を与えられている。
 痩せていて血色の良くない、とてつもなく弱そうな警備員である。
「15か……身体がぐちゃぐちゃに崩れてくるなら、そろそろかなと思ってたんだけど。その時期は、何とか乗り切ったみたいだね。いやあ何より何より」
 ホムンクルスの寿命は、長くても20年と言われている。ニノマエが幼い頃は、10年と言われていた。
 人工生命を長生きさせる技術は、確実に向上しているという事だ。
 ニノマエの知り合いに、25歳と23歳のホムンクルスがいる。両名とも、元気である。
「メンテナンス、ありがとうございました……じゃ俺、仕事ありますんで」
 壁に立てかけてあったものを、ニノマエは手に取った。
 鞘を被った、大型の日本刀。収納された刀身の長さは、1メートル近くに達する。
「相変わらず、その身体でそんなものを振り回してるのかい」
 A7研の主任が、呆れている。
「何と言うか、Bナンバーの方が元気な子、多いよねえ……あ、そうそう。お仕事のついででいいんだけど」
 金属製の小さな鞄、と言うかトランクを、主任が差し出して来た。押し付けて来た。
「これ、ちょっとA2研に届けてくれないかなあ。大事なサンプルなんだ」
「……A7研からの方が近いじゃないっすか。何でわざわざ、こんなとこまで来て」
「自分で行こうかとも思ったけど俺、A2の主任さんには嫌われてるから」
「めんどくさい人だって話は、聞いてますけど」
 言いつつニノマエは、小型トランクを受け取った。
「ニノマエ君なら、たぶん気に入られると思うよ」
 A7主任が、にこりと笑った。
「あの人、優秀なホムンクルスが大好きだから。AもBも関係なしに、ね」


 Aナンバーの研究室とBナンバーの研究室は、当然と言うべきか別棟である。
 A棟は、山林の開けた見晴らしの良い場所に建っている。
 B棟が建っているのは、山中の特に鬱蒼とした辺りで、ニノマエの兄貴分であるホムンクルスが時折、棟の周りで熊や猪を仕留めて来る。それをB8研究室の主任が捌いて料理して振舞ってくれる。熊は、肉はともかく内臓は意外に美味だとニノマエは思う。
 ともかくB棟関係者は、研究者もホムンクルスも、A棟からは蛮族か原始人のようなものとして蔑まれていた。
 居住区を分けるべきであるとは、ニノマエも思う。AB両ナンバーのホムンクルスを同じ棟で生活させたら、こんな事が毎日、起こるようになる。
「警備員が、こんな所で何をしている」
 地面が舗装された区域へと足を踏み入れた途端、ニノマエは取り囲まれた。
 4人。
 全員、ニノマエと同年代の少年である。研究者の白衣を着ているが、ホムンクルスである事は間違いない。
 容姿も体格もニノマエよりはずっと立派な、Aナンバーのホムンクルスたちだ。
「ここから先は僕たちAナンバーの居住区だ。B棟の薄汚い獣人どもが、土足で踏み入る事は許されない!」
「とっとと番犬の仕事に戻りやがれ……黒焦げの生ゴミに、変わっちまう前になあ」
 1人が片手をかざした。その五指が、バリバリと電光を帯びる。
 自分の電撃と比べ、少なくとも射程距離はありそうだ、と思いながらニノマエは言った。
「俺だって、こんな所に長居したくねえ。言われなくたって帰りますよ。用事、済ませてからね」
 腰に結わえ付けてある小型トランクを、ニノマエは軽く叩いた。
「こいつを、A2研まで届けなきゃいけないんすよ。だからそこ、どいてくれませんかねえ」
「ふん。警備の番犬が、運び屋の真似事か」
 1人が、得物をくるくると弄んでいる。いくらか大型のナイフ。
 ニノマエが携えて来た大太刀よりも、使い勝手は良さそうだ。
「見たところ、サンプルの類だな。A2の変人ではなく、我らA4研が役立ててやろう。よこせ」
「……俺ね、同じ事2回言わされんの大っ嫌いなんスよ」
 言いつつニノマエは、大太刀を地面に突き込んだ。鞘を被せたままだ。
 鞘の先端部が、アスファルトを穿った。
「けどまあ、Aナンバーの人たち相手に面倒事は起こしたくねえから……もう1回だけ、言ってあげます。そこ、どいてくれませんかねえ」
「……クソ犬があっ、ムカつく吠え方してんじゃねえええええ!」
 少年の1人が、帯電する片手を向けてくる。
 電光が、激しく迸ってニノマエを襲う。
「どいてくれねえんなら……どかしますよ。それこそ、物みてえに」
 ニノマエの左手が、同じように雷鳴を発しながら輝いた。電光だった。
 放電現象を引き起こしまとわりつかせる左手で、ニノマエは襲い来る電光をバチッ! と受け止めた。
 電光と電光が、ぶつかり合い、相殺し、消え失せた。
「物に、なっちまう覚悟……あるんでしょうね?」
 右手で、ニノマエは大太刀を掴み、引き抜いた。
 鞘だけが、アスファルトに突き刺さったまま、その場に残る。
「ねえとか言われても困るんスけどね……俺、抜いちまったし」
 長大な反り身の刃が、ギラリと輝いて少年4名を威圧する。
 いや。1人は威圧されず、左右それぞれの手でナイフを構え、踏み込んで来る。
「そんな見かけ倒しの道具で、僕たちと戦うつもりか!」
 高速の踏み込みだった。2本のナイフが、ニノマエの首筋と心臓を狙っている。
「物になるのは貴様の方だ、死ね! 細切れの屍に変われ!」
 懐に飛び込まれる前に、剣を振るう。ニノマエがするべき事は、それだけだ。
 枯れ枝のような左右の細腕が、量の少ない貧弱な筋肉を躍動させる。
 見た目は、貧弱な筋肉である。
 だが大太刀は、剛力の武者が振り回したかの如く、超高速で一閃していた。
 巨大な切っ先が、音速を超えながら2本のナイフを打ち払う。
 打ち払われたナイフが2本とも、粉々に砕け散った。
 得物を失ったA級ホムンクルスの少年が、青ざめて尻餅をつきながら小便の飛沫を散らす。失禁していた。
「俺、こう見えても鍛えてるんで……アニキと一緒にね」
 同じく青ざめ、硬直している少年3名の間を、ニノマエはすたすたと歩いて通り抜けた。抜き身の大太刀を、担ぎながらだ。
「アニキみたいに筋肉は付かねえ体質なんで、見た目こんなモヤシなんスけどね……あんた方と比べて、まあ弱くはないっすよ。それだけ、わかってくれませんかねえ」
 アスファルトに突き刺さったままの鞘は、後で回収するしかなさそうだった。


 客が来るから出迎えてやれ、とA2研究室の主任に命ぜられた。
 だから青霧カナエは、ここにいる。A棟入り口付近で壁にもたれ、少女のような細腕を組み、見据えている。
 主任の言う、客の姿をだ。
 カナエは、青い両眼を少しだけ見開いた。
 死神が来た。一瞬、そんな事を思った。
 A棟に歩み寄って来る細身の人影が、まるで大鎌を担いだ骸骨のように見えたのだ。
 大鎌ではなく、抜き身の日本刀であった。
 カナエでは、持ち上げる事すら困難であろう巨大な太刀を、カナエよりも非力と思われる細腕で軽々と担ぎ上げ、ゆらゆらと歩を進めて来る1人の少年。
 骸骨のような細身に、警備員の制服をまとっている。
 警備員や清掃員といった仕事を押し付けられている、B級ホムンクルスであろう。
「ここまで辿り着いたか……それなら、後は僕の出番だな」
 カナエは呟いた。
 Bナンバーが1人、あの男からサンプルを託されてA2研に向かっている。
 それを聞いた時、カナエは思ったものだ。
(貴方なりの嫌がらせか……それとも、この研究施設そのものを内紛で滅ぼすつもりなのか?)
 同じ棟内のA7研からA2研まで自分で運べば良い物品を、わざわざB棟まで持って行ってホムンクルスに運ばせる。
 誰かに嫌がらせをするためならば、その程度の労を惜しまない男ではある。
 案の定、と言うべきか。
 大太刀を担いだ細身の少年に、懸命に追いすがろうとしている者たちがいる。
 白衣を着た、3人のA級ホムンクルス。
 死神を、A棟に近付けまいとしているのだろう。
 1人は帯電する両手を振りかざし、稲妻を発射しようとしている。
 1人は両眼を激しく発光させ、念動力を発動させんとしている。
 1人は左右それぞれの手で、微かな光を揺らめかせている。五指に取り付けられた、斬撃用の糸。
 Aナンバーが3人がかりで、Bナンバー1人を背後から殺そうとしているのだ。
 カナエは舌打ちをした。
 BナンバーをA棟に近付ければ、必ずこういう事になる。それは、あの男にもわかっているはずなのだ。
 わかっていながら、こうしてAナンバーとBナンバーの対立を煽り立てるような事をする。
(一体、何を考えているのか……1度、貴方の頭を叩き割って調べる必要がありそうだな)
 この場にいない男に、心の中で語りかけつつ、カナエは来客を迎えた。
「優秀なBナンバーは敵が多いな……A2研所属、青霧カナエだ。君は?」
「B8研、ニノマエっす……あの、青霧さんからも言ってやってくれませんかね」
 右腕で大太刀を担いだまま死神が、左手の親指を背後に向ける。
 この少年は、事を荒立てまいとしているのだ。
 Aナンバーが、Bナンバーに気を遣われている、という事である。
「やめろ」
 カナエは命じた。
 電撃を、念動力を、斬撃の糸を繰り出そうとしていたAナンバー3名が、ビクッ! と動きを止めてしまう。
 カナエは、なおも言った。
「この死神のような男が、振り向いて大太刀を振るう……それだけで、お前たちは攻撃する暇もなく真っ二つになる。それすらわからない輩に、Aナンバーを代表するような顔をされては困るな」
「何だぁ? A7とA2、変態オヤジ2人に楽しく遊ばれちゃってるお人形ちゃんがよォ、何か偉そうなコト言ってんぞオイ!」
 両手で電光をくすぶらせていた少年が、叫びながら倒れた。と言うより、下半身から上半身が滑り落ちていた。様々なものが、路面にぶちまけられる。
 ニノマエが、大太刀を一閃させていた。
「ってなワケで、まあ……こいつ1人で勘弁してやりましょうよ」
 言われて、カナエはようやく気付いた。
 自分が、残る2名のAナンバーを睨み据えている事に。
 青い瞳が激しく輝くのを、止められない。
 その眼光と共に、超局地的な重力が発生し、A級ホムンクルス2名を押し潰しにかかっている。
 白衣を着た少年2人が、轢死したカエルの如く路上にへばりつき、潰れた悲鳴を垂れ流していた。
 まるで、巨大な透明人間にでも踏み潰されているかのようだ。
 その様を眺めつつ、ニノマエが言う。
「許してやりましょう。AだのBだの、序列? っつぅんですか。そんなのにこだわるしかねえ、かわいそうな連中なんすよ。Aナンバーってのは」
「……言ってくれる」
 苦笑しつつカナエはどうにか自制し、重力を解除した。
 潰れかけていたAナンバー2名が、白目を剥き、涙を流し、鼻水とよだれを流し、小便をも垂れ流しながら痙攣し、起き上がれずにいる。
 冷ややかに、カナエは言葉を投げた。
「ニノマエ君に感謝するんだな。彼が手を汚してくれなかったら、お前たちは今頃……原形を、とどめていない」
「えぐいッスね、あんたの能力」
 ニノマエが、不敵に笑った。
「重力かあ。殺り合うとしたら、不意打ちしかねえな」
「……そんな事よりも君は、届け物があって来たのだろう」
「おお、いけねえ。忘れるとこだった」
 腰の小型トランクを、ニノマエは軽く叩いた。
「こいつをね、あんたんとこの主任さんに渡さねえと……えっと、助けてくれたって事は会わせてくれるって事っすよね? A2の主任さんに」
「別に君を助けたつもりはないが……いいだろう。ついて来たまえ」
 カナエがここでサンプルを受け取っても良いのだが、このニノマエという少年は直接、主任に渡さなければ仕事を終えた気になれないのだろう。
 それにしても。わからないのは、この少年を使いによこした、A7研主任の思惑である。
 ニノマエ君を、よろしく。
 あの男の、そんな声を聞いたような気がした。
 カナエは、舌打ちをした。
 A7研の空気が、自分の中から抜けていないのかも知れない。
 ニノマエが、にやにやと笑っている。
「青霧さん、今……舌打ち、しましたよね。やっぱ俺の事、気に入らないっしょ」
「気に入らないのは、僕自身の心さ……いいから黙ってついて来い」
 A2研の主任は、このニノマエという少年を気に入ってしまうだろう。
 合わせたくない、などと一瞬でも思ってしまった自分を、カナエは恥じた。
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2016年07月04日

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