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『夜を歩く 』
ダリア・ヴァルバートjc1811


 ――ふと、目が覚めた。

 胡乱な頭で夢の残滓を振り払う。
 多分、嫌な夢だったのだろう。胸の奥にわらわらと澱のようなものが降り積もる。理由もなく苛立って、ダリア・ヴァルバートは枕を思い切り殴りつけた。


 外はまだ真っ暗だ。見れば時計はまだ一時過ぎで、まったく眠れた気がしない。
 丑三つ時にはまだ早く、草木だってまだ起きている。
 遠くから喧噪の音がする。まだ起きている人達がいる。実に元気だ。なるほど久遠ヶ原は――というより現代人は、緩やかに夜行性にシフトしているらしい。
 眠気はない。嫌気が差した。光も音もない自分の部屋で、浮かない感情がループする。
 なんて不毛。
 ダリアは部屋の灯りを付けると、適当に着替えて外へ繰り出すことにした。



 適当な乱痴気騒ぎに乗り込むというのは、なんだか気が進まなかった。
 気が沈んでいる。疲れている。人に会ったら吐きそうだ、なんて思考は少しはしたないか。ともかく、今のダリアが「普段のダリア」を演じるには、ちょっと辛いものがあった。

 人の気配を避けていく。夜の学園をそぞろ歩く。十年以上も魔改造され続けている人工島は、まだまだ知らない場所に溢れている。
 都心部から離れる。
 夜の喧噪は遠くなって、ざわざわと葉擦れの音がする。
 虫の声。
 夜空にぽっかりと浮かぶ下弦の三日月。
 なんということはない。「自然はこの島にも息づいているのです」だとか、そういうどうでもいい話である。
 そのどうでもよさが心地よかった。
 乱反射する感情を、夜の帳に溶け込ませる。目的も無くたゆたう。
 不意に、月明かりを照り返す太陽が視界に入った。月の光は日光の反射だと言うが、だとすればとんだ合わせ鏡もあったものである。

 一面の向日葵畑だった。
 ダリアはなんとなく、本当になんともなしに、高く伸びる茎の隙間に身体を滑り込ませた。



 満天の星空だった。

 一体どこの趣味人が持ち込んだものやら、見事なまでの向日葵畑である。そうしてくぐり抜けた先には小さく開けた草原があって、ダリアはぽふりと草の布団に横たわる。
 ぐるりと囲むような向日葵が、さながらシェルターのようだった。
 喧噪は聞こえない。視界に映るのは夜空だけ。鼻腔を擽る土の臭いに、ほうと安堵の息を吐く。


 ――不意に、見ていた夢を思い出してしまった。
 繋がらない電話。届かないメール。崩落する足下。伸ばした手は空を切って、声は出ず、あの人の顔が思い出せない。
 大切な恩人との決定的な断絶を突きつけられたような気がして、ずきずきと胸の奥が痛みを訴える。

 掌を夜空にかざす。指の間から、絵の具のように滲んでいく星々を見上げる。唐突に加工されるプラネタリウム。雨でも降ってきたのかしらん。
 胸につかえた澱が、夜空に滲んで溶けていくようだった。



 一段落はしたが、違う意味で人前に出るわけにはいかなくなった。
 丑三つ時はとっくに回ったろう、草木も多分眠りに就いている。夜更かしも程々に。明日の都合もあるにはあるんだから。
 人目を忍んで家路を歩く。とりあえず髪に付いた泥を落として、それから寝直さないと。

 そうして最後の曲がり道。ふと視線を横に逸らすと、おかしなものが目に入った。
 「拾ってください」と書かれた段ボール。実に時代錯誤だ。色々と厳しくなってきているこのご時世に、ちょっとした骨董品である。
 ダリアはふらふらとそちらに寄ると、緩く閉じられた段ボールを開いた。

 にぃ。

 か細い声が耳朶に届く。暗くてよく見えないが、確かにそこには小さな子猫が蹲っていた。
 なんてお粗末な。
 変わり者の多いこの学園のこと、保健所に持っていくよりは安全なのかもしれないが、こんなランダムなやり方ではマッドでサイエンスな末路を迎える危険性だって十二分に孕んでいるというのに。
 命を粗末にするのは実にぞっとしない。
 通りかかったのが私で良かったね、と独りごちながら、ダリアは箱ごと子猫を抱え上げた。


 子猫に薄めたミルクを与える。適当に食べられそうなものを見繕ってやると、手の甲に爪を立てられた。
 こんにゃろ。
 悪戦苦闘しながら身体の汚れをタオルで拭いて、ああだこうだと格闘する。うにゃうにゃと落ち着く頃には、すっかり腕が傷だらけになっていた。

 乙女の柔肌に痕が残ってはたまらないので、とにかく応急処置をする。
 泥が付いてしまったのでシャワーを浴びる。色々流れてさっぱりした。ふうと一息吐きながら身体を拭いていると、にぃにぃと子猫が寄ってきた。
 現金というか、慣れるのが早いというか。
 頬が緩むのを感じる。
 ふむ。

 電気を消して横になる。気持ちの整理は済んだようで、ようやくまどろみがやってくる。
 すると、もぞもぞと何かが布団に潜り込んできた。サイズ的に子猫である。
 カイロじみた小さな温もり。その分だけ心が軽くなる気がする。
 意識が落ちる直前に、窓の外の三日月が視界に入った。そしてこの子猫も、三日月状の模様が入った黒猫である。

 クレセント。

 そんな名前を付けてあげようと思いながら、ダリアはすうと寝息を立て始めた。


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【jc1811 / ダリア・ヴァルバート / 女 / 16 / アストラルヴァンガード】
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エリュシオン
2016年07月05日

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