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『〜 渚 と ブルーハワイ 〜 』
平野 渚jb1264)&フラッペ・ブルーハワイja0022

 隣の部屋から微かに聞こえるアイドルソング。
 乾ききっていない自分の髪。
 そして膝にかかる重さと、熱……体温。
 自分の部屋。
 平野 渚(jb1264)は考える。
「恋人、って?」
 自分に問いかける。
 ……信頼し合える相手が欲しかった。
 それは、いた。この学園にはちゃんと存在した。
 学業の中、生活の中、戦いの中……様々な苦難を共に乗り越え、仲間となる。
 時には命を支え合うような仲間たち。彼らは生ぬるい恋愛などとは比べ物にならない信頼と絆で結ばれている。渚もそれを感じたことはある。
 それでも、違うのだ。
「それは恋人では、ないの、よ」
 自分に言う。
 今さら、言ってみる。
 今さらも今さらだ。
 この部屋には不似合いで、ひとり調和を乱している『そいつ』は、もう目の前にいる。自室への侵入を許してしまったのだ。
 というより目標はすでに膝の上にまで到達している。あろうことか膝上への接近を許してしまったのだ。
 何ということ絶体絶命!
 でもストップ、ちがう。呼んだの私だし……許したのも、私。
 そんな果てしなく現実逃避に近い脳内会議を繰り広げる中、議題の主は手を伸ばし、渚の頬に触れた。
「ナギサ」
 膝上のフラッペ・ブルーハワイ(ja0022)の声に、渚は我に返った。
 膝枕……しているのが渚で、されているのがブルーハワイ。これが逆なら、下から伸ばした指先は頬まで届かないだろう。
 互いの目前に顔がある。背けていなかったし、目を閉じていたわけでもない。完全に見つめ合っていた。それでも、渚はようやく、目を合わせていることを意識した。
 ブルーハワイのほうは最初から意識していたし、一瞬たりともその意識に隙はなかったから、そのまま言葉を続けた。
「恋人にならなきゃ出来ないことだって、ある」
「……」
 しまった声に出ていたかそれともアウル的な何かで読み取られたかそんなスキルあったっけかこのジゴロめ……表情は一切変わらずに、顔色だけが次々変化する渚。
 それに気付かなかったか気にしないのか、ブルーハワイは視線も指先も逸らさない。
「だからボクは、ここにいるのだ。I think so」
「……」
 渚は、ブルーハワイの葛藤を知った。瞳から読み取った。頬に触れる指先の熱から感じた。
 けっきょく、彼女も女の子。
 欲しいのは……信頼。
 渚もブルーハワイの頬に触れた。
「……呼び方、なんて」
「うん」
「どう、だって、いいのよ」
「……うん」
 そうよね、好きな人。
 ふと浮かんだ言葉。
「す」
 頑張れもっとしっかり声出せ私! と、いろんな自分に励まされながら、渚は言った。
「好きな人、って、いうのは?」
「……」
 ブルーハワイは目を閉じて、笑った。
「うん、すてきな言葉、すてきな関係なのだ」
 つられたようにではなく、鏡のように、渚も笑った。
 ブルーハワイは寝返りをうつように、顔を渚のお腹に埋めた。いや、もう少し下の方、おへそのした当たり。
「……」
 渚は急に動悸と、息苦しさを感じる。
 愛撫するように渚の頬を撫でていた手は、いつの間にか首筋をなぞり、細い肩から滑り落ちて、背中から、さらに下へ。
 ぺしん。
「いた」
 その手ではなく、頭を叩いた。動きの少ない部位に痛撃を与えて動きそのものを止める。経験から学んだことだ……恋愛要素は欠片もないが。
「変な、こと、しないのっ」
「ナギサといちゃいちゃしたいって思うの、変なのだ?」
「……」
 人のおへそでモゴモゴ言ってる奴の顔を上に向かせて、渚は……向かせておいて自分から目を逸らした。
「変、とは思う……こんなのの、どこが良いのか、って」
「こんなのって」
 ブルーハワイが不満そうなのは、妨害のせいか言葉のせいか。
 答えは、両方。
「ボクの好きな人は、こんなのじゃない」
「……」
「それと、ボクは好きな人としかできないことを、させてもらいたいのだ」
「……」
 顔を背けたまま、渚はジトッとブルーハワイを見下ろした。
「どんな、こと?」
「Well、ん〜まあ……」
 必死に言葉を探すブルーハワイだが、適当な回答は見つからなかった。
 そうなれば、後はもう真心で信頼を勝ち得るしか無い。
「……まあそりゃあ、お尻撫でさせて! とかまでは言えないけどさ」
「言ってる……」
「そうだね」
 真心どころか下心っぽかったが、それでもブルーハワイなりには真剣で、渚にもそれは伝わった。
「……撫でたい、もの?」
「え? うん。YES。Of course」
 直球は速い。
 しばしの沈黙の後、
「……ん、と」
 渚は膝を崩した。
 あ、怒ったかな? ブルーハワイは内心ギクリとしながら頭を浮かせる。
「ナギサ……」
 謝罪の言葉は遮られた。
「どう?」
「……あ、うん……ん?」 
 中途半端な姿勢で固まるブルーハワイに、先ほどより楽な姿勢になった渚が問う。
 どう、とは。
「……ん、えーと」
 恐る恐る、ブルーは四つん這いになって、渚に迫り、「許可してくれたら、触れてもいいんだよね?」
「……」
 言わせるなと言う眼つきで睨まれ、
「……!」
 ブルーハワイは笑顔になった。
 恐る恐るから一転、水が流れ落ちるようななめらかな手つきで渚の細い肢体を撫でる。素早さは彼女の武器であり、アイデンティティだ。
「んくっ」
 渚は声が漏れるのを我慢する。自分から言ったのだ、覚悟はできていた。けれど、心と体の準備ができていない。
 いつもと比べるなら、ブルーハワイの動きは決して早いものではなかった。けれど、それにすら追いつけない。心と体が追いつかない。引きずり込まれてゆく。
 ウエストをなぞる手がおしりに回された時、ついに声が上がってしまった。
 あ、とか、や、とか、そんな声。否定なのか肯定なのか悲鳴なのか喜びなのかよく分からない、女の子特有のあの声は、きっと敗北宣言なのだろう
と渚は思う。その証拠に、ブルーハワイの攻勢が強まる。
 ところがブルーハワイは違う意味を感じていた。
 渚の漏らした小さな可愛らしい悲鳴は、行く手を示す羅針盤だった。「こっちよ」と、聞こえるのだ。
 その証拠に渚の手がしっかりと背中に回される。なんて細い小さな手。並の男性より長身のブルーハワイからすれば、並の女性よりはるかに小柄な渚の手は、かわいい不思議な生き物のように感じられた。
 ボクのものだ。
 身を起こし、手繰り寄せる。
 息が荒くなる。
「ナギサっ」
「やっ……!」
 突き放された。
 細く小さな手の弱い弱い力で、弱々しく胸を突かれた。
「あ」
 ブルーハワイは大打撃を負った。
 息が詰まり、全身の血が凍りつくような一撃。
 どんな強敵からも喰らったことのないほど強烈で、無慈悲な攻撃。
 拒否。
「……」
 なんということ。掌の水を、自ら零してしまった。人魚は泡と消えてしまった。
「……」
 伸ばしかけた手を引くことも出来ず、渚を見つめる。
「……」
 渚は、背けていた顔を戻した。
 ブルーハワイは目を逸らすことも出来ずにいる。
 そんな彼女を上目遣いに睨んで、
「……もう」
 ぷいと体ごと、背ける。
 拗ねた。
「……ん?」
 ブルーハワイは、瞬きする。二度、三度。
 どういうこと? 
 全身でそんな気持ちを表し、そんな感じのアウルが発現しそうな状態で渚を見つめる。
 見つめられる渚は、もじもじと居住まいを正すと、
「優しく」
 とだけ言った。
 ブルーハワイの返答は、
「オッケー」
 ……立ち直りの早さは撃退士として大切な素養だが、ここまであっさりだと不安もある。
 けれど、これだけは信じていた。

「「彼女は自分を信じてくれる」」

 そう信じていた。
 ブルーハワイの手が彼女の肩を抱く。
 渚の手が彼女の腕にかかる。
 唇が触れ合った。
 ……行為としては、たったそれだけの事。
 触れ合うまでも、触れ合ってからも、大した時間はかかっていない。
 どちらからともなく身体が離れ……
「……ん、と」
 渚が立ちあがる。
 何事かと見上げるブルーハワイ。
 その視線は追わせるまま、渚はベッドに潜り込む。
 それから、一言。
「一緒に、寝る?」
「……」
 ブルーハワイは微笑む。「うん」
 ベッドはいい匂い。でも、それを感じられるのはブルーハワイだけ。
 渚は、それでも、いい匂いを感じていた。それはすぐ隣り、吐息のかかる距離にいる彼女の匂い。
「ね」
 囁く声。「優しくならオッケーってことだよね?」
 囁きが応える。
「……優しく、なら……許可しても、いい」

 キスは、囁きのように静かだった。
 肌をなぞる指先も、そこからつづく衣擦れも、波打つシーツの音も囁きのようで。
 水底のように、すべての音は消えていた。
 少なくとも二人には、もう何も聞こえなかった。
 
 ……急に地上にあがった、そんな目覚め。
 ブルーハワイは欠伸をしながら、今が現実であることを確認した。
 夢のなかでも彼女を抱いていたから、どこまでが現実なのか危うい。
「ナギサ」
 彼女を呼んだのは、不安からではない。
 ただそこに彼女がいてくれたから、
「おはよう」
 渚が微笑んでいる。
 ベッドから降りたすぐそこで。そばには小さなテーブル、湯気の立つカップが二つ。
 ショコラコーヒーの甘い香りがただよう。
「おはよう、ナギサ」
 カップを受け取り、ブルーハワイは渚の頬にキスをする。
「うん」
 渚は、ブルーハワイの頬にキスをする。
 そのまま、どちらからともなくおでこをくっつけて、微笑む。
 身支度を済ませて部屋を出るまで、何度視線を合わせ、微笑んだだろう。
 好きな人と一緒にドアを開ける。

 ……そこに今回の被害者がいた。
 玄関先で、ノックすべきかせざるかを悩んでいた隣人が、慌ててドアから見を躱す。隣の部屋の女生徒、同じ寮生だ。
「??」
 不思議そうな二人に、女生徒は「ええと」としばらく言葉を探し、それからビシリと指を突きつけた。
「夜はっ、その、あの、し、静かにっ!」
 真っ赤な顔でそれだけ言って、可哀想な隣人は自宅へと駆け込んでしまった。
「静かにしてたのだ」
 不満そうなブルーハワイに、渚が笑顔を向ける。
「気に、しないで。私から、謝っておく」
「少なくともボクは」
「……」
 渚は真っ赤になって、ブルーハワイのおしりをつねりあげた。


浪漫パーティノベル -
丸山徹 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年07月06日

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