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『吸血鬼を生贄に望む悪魔 』
弥生・ハスロ8556)&ヴィルヘルム・ハスロ(8555)&世河・晶(8850)


 タロットカードも、水晶球もホロスコープも必要ない。
 そもそも占う必要すらなかった。
「貴方……死ぬわよ」
 その男を顔を見た瞬間、弥生はまず言った。
「それも殺されるわ。とびっきり残酷なやり方でね」
「ま、またぁ」
 男は、引きつった笑みを浮かべた。
「あんたの占い、まあ当たるっちゃ当たるってえ評判ですけど……そんな、いきなり殺されるなんて」
 若い男である。と言っても、数年前まで高校生であった弥生よりは年上だが。
 進学も就職もせず、女子高生気分を延長しながら日々を過ごしていた弥生が、この街へやって来たのは、とある目的を果たすためである。
 何年もかかる。弥生は、そう意気込んでいた。
 その目的を、あっさりと果たしてしまった。運良く、と言うべきであろうか。
 この街に居続ける理由は、なくなった。
 だが弥生は、まだこの街にいる。立ち去る理由も、見つからないからだ。
 日本国内とは思えぬほど治安に問題のある街の、それも路地裏に、こうしてテーブルを置いて占い師を営んでいる。
 占い師らしくと言うべきか、身に付けているのは肌の露わな黒のワンピースドレスで、神秘性のようなものを弥生なりに追求してはみた。結果、風俗関係者に見えなくもない格好になってしまい、最初の頃は良からぬ目的の男性客が寄ってたかって来たものである。
 この若い男は、しかしその手合いとは異なるようだ。
 もはや占いに頼るしかないほど追い詰められているのは、見ればわかる。
 それ以前に、弥生はこの男の顔と名前を知っていた。
 手配書が出回っているのだ。官憲の手配書、ではない。
「手癖が悪いみたいね、貴方。有名よ?」
 複数の指輪で彩られた左右の繊手を、弥生はテーブル上で組み合わせた。
「いけないお薬やら、パチ物ブランド品やらを売りさばいて……売上ごまかして、お金持ち逃げして、命狙われてるんでしょう。占いで助けてあげる事なんて、出来ないわよ」
「そ、そう言わずに。あんたの占いで助かったって人、大勢いるって話じゃねえですか」
「殺される理由のない人なら、まあ助けてあげられる事もある……けど貴方、殺される理由を自分で作っちゃってるじゃない。どうしてもって言うなら占ってあげてもいいけど、殺される未来しか見えないわよ。きっと」
 言いつつ弥生は、男をじっと見据えた。
「助かる道は、ただ1つ……持ち逃げしたお金を、組織に返しなさい。法外な利子も取られると思うけど、死ぬよりマシでしょ」
 この街で数日前、1つの組織が滅んだ。主だった者たちが、皆殺しにされた。
 生き残った末端構成員を糾合・統率し、新たな組織を立ち上げた男がいる。この街の不良少年たちに兄貴分として慕われている、1人の若者。
 彼の手腕によって新組織は今や、旧組織を上回る規模に成長しつつある。
 あの気の良い若者が、悪の才覚を着実に開花させ、大悪党へと成長してゆく様を、弥生は目の当たりにしてきたのだ。
 今の彼は、裏切り者を決して許さない。持ち逃げした金を返したところで、この男が助かる保証はなかった。
 だが、この男が己の命を助けるためにすべき事など、他には何もないのだ。
「あんな金……もう残ってるワケねーだろうがあああああ!」
 弥生が思った通りの事を叫びながら男が激昂し、懐からナイフを取り出してバチッ! と開く。
「俺と一緒に来てもらうぜええ占い師の姐ちゃん。おめえの身柄おさえときゃ、あの野郎だって俺にそんな無茶な事ぁ出来ねえからよお!」
「どうかしらねえ、それは」
 言いつつ弥生は、ナイフを突き付けてくる男の手首を、掴んで捻った。
 占い用のテーブルが倒れ、水晶球やカードが路面にぶちまけられる。
 男も、悲鳴を上げながら倒れていた。
 捻り上げたその手からナイフを奪いながら、弥生はなおも言う。
「彼は今、私の事なんて構ってられないくらい忙しいから……私を人質にしたって、役に立たないわよ」
「わかってないのね、弥生」
 弥生の傍。まるで背後霊か何かの如く存在感を消して佇んでいた女性が、ようやく言葉を発した。
「彼ね、ここを弥生が幸せに暮らせる街にするんだって張り切ってるのよ? そのために、俺が街のトップに立つんだって」
 茶色の瞳に、金色の髪。
 一見すると欧米人だが、すっきりとした顔立ちは東洋人めいている。人種不明の、若い娘だ。
 世河晶という日本人名を持ってはいるが、それが本名であるかどうかもわからない。
 とある診療所で見習いナースをしており、暇な時はこうして弥生の占い師ぶりを見物に来たりする。
 今も身に付けているのは女性用の医療白衣、と言うかナース服で、こちらも風俗関係者に見えない事もない。
 そんな晶が、にこりと笑う。
「弥生は、女としてどう? 応えてあげられる? それとも無視する? 鬱陶しいものね、男の一方的な思い込みなんて」
「……診療所、忙しいんじゃないの」
 言いつつ弥生はテーブルを起こし、路面にぶちまけられた各種占い道具を拾い集めにかかった。
 男が、何やら捨て台詞を垂れ流しながら逃げ去って行く。そちらは、もう見なかった。
「怪我人が大勢、運び込まれたって聞いたけど。港の方で、ちょっとした大立ち回りがあったとか」
「1対5の喧嘩でね。血の気の多い連中が、5人がかりで袋にしようとして、逆に叩きのめされちゃったわけ」
 説明しながら晶が、タロットカードを拾い集める手伝いをしてくれた。
「大した怪我じゃなかったし、5人とも薬つけて包帯巻いて、後はうちの先生がお説教たれて終わりよ」
「その5人を叩きのめしちゃった1人っていうのは、何。プロレスラーか何か?」
「それがね、スマートでかっこいい男の人なわけよ。それも外人さん……まあ、私の好みからは少し外れるけど。今はね、この人が先生にお説教されてるとこ。男同士で話をするからって私、追い出されちゃった」
 晶の話を聞き流しながら、弥生は硬直した。
 大変な事に、気付いたのだ。
 タロットカードは、晶が1枚残らず拾い集めてくれた。その他の占い道具も、全て揃っている。紛失したものはない。
 だが。占い道具ではないものが1つ、いくら路面を這いずり回っても見つからない。
「キャッシュボックス……」
 呆然と、弥生は呟いた。
「売上金の入った、キャッシュボックス……ねえ晶、その辺に落ちてない?」
「見当たらないけど……ははん、やられちゃったわね」
「あいつ……!」
 単なるチンピラだと思って、甘く見ていた。
 手癖の悪さだけは、あの組織でも評価されていた男なのである。


 ブカレストの裏町でストリートチルドレンを束ねていた頃の自分が、こんな感じだったのではないか。
 ヴィルヘルム・ハスロは、そんな事を思った。
 若い男である。ヴィルよりも、いくつか年下であろう。
 知恵のある獣。そんな油断ならない目をした若者である。
「うちのバカどもが、ご迷惑かけちまったみたいですね」
 ニヤリと牙を剥くように微笑みながら、彼は言った。
「感謝しますよ。喧嘩売る相手を間違えると、どういう目に遭うかって事……こいつらに教えてくれて」
 とある診療所の、待合室。
 こいつら、と呼ばれた5人の少年が、一列に並べられたまま俯いて小さくなっている。
 血の気の多い少年たちだった。先程は本当に元気良く、ヴィルに喧嘩を売ってきたものだ。
 今では5人とも、ミイラ男のような様を晒している。この診療所の見習い看護師が、少し大げさに包帯を巻き付けたのだ。
 見た目ほどの重傷ではない。充分に、手加減をした。
「5人とも、大した怪我がなくて良かった」
 ヴィルも、とりあえずは微笑んだ。
「ですが……私を許してしまって、本当に良いのですか? 貴方たちの商売は、言ってしまえば『舐められたら終わり』ではないのですか」
「そうなんですよ。この業界、つまんねえ面子ってもんが意外に大事でしてねえ」
 若者が一瞬だけ、考え込んだ。
「……ヴィルヘルム・ハスロさん、でしたよね。本当に申し訳ねえんですけど、あの……一言だけでいいんで、謝っちゃあくれませんか」
「貴方たちに、ひどい事をしてしまった。ごめんなさい」
 ミイラ男のような少年5名に、ヴィルは頭を下げた。ひどい事をした、のは間違いないのだ。
「聞いたな。てめえらが5人どころか10人束でも絶対にかなわねえお人が、こうやって頭下げて下さる」
 若者が、少年たちを脅しつけている。
「これ以上の誠意はねえ……水に、流すよな?」
「は、はい……」
 俯いたまま、少年たちが弱々しく同意する。
 全員、ヴィルではなく、この若者を恐れているのは間違いない。
「見ての通りです、先生。これで手打ちって事で」
「……見届けた」
 この診療所の主が、重々しく頷いている。
 白人の大男だ。熊のような巨体に、医療白衣を引っ掛けている。
 単なる町医者にしか見えない男だが、裏町の住人たちにそこそこ顔の利く人物ではあるらしい。こうして、トラブル解決の立会人を依頼されるほどに。
「しかしまあ……あのハナたれ小僧が、立派な悪党になったもんだ」
 ロシア人、であるという町医者が言った。
「お前さんのおかげで、悪ガキどもの殴り合い殺し合いが随分と減ったのは確かだ。新しい組織……きっちりと、まとめ上げてるようじゃないか」
「まだまだ先生のお力添えは必要です。これからも、よろしく」
 頭を下げる若者を、町医者がいくらか厳しく、気遣わしげに見据えた。
「……お前をな、心配してる人がいる。わかってんだろうな?」
「俺は……あいつには、もう見放されてますよ」
 若者が、ふっ……と微笑んだ。
「だけど俺、あいつには幸せになって欲しいし、この街で安心して暮らして欲しいから……なんて、口で言う事じゃあねえよな。どうも、お邪魔さんでした。また何かあったらお願いしますよ先生」
「お前……」
 町医者がなおも何か言葉をかけようとするが聞かず、若者は少年5人を引き連れ、出て行ってしまう。
「……この街の、いささか恥ずかしい所を見せてしまったかな」
「いえ、立派な若者だと思いますよ」
 昔の自分よりも、ずっと立派な若者だとヴィルは思う。
 自分は、事を穏便に収めるため大人に頭を下げる、などという事は絶対にしなかった。ひたすら突っ張っていただけだ。
 そんなヴィルを見かねて、面倒を見てくれた大人ならいる。今はもう、この世にいない。
 ヴィルが、命を奪ったのだ。
「この街は今、少しばかり大きなゴタゴタがあったばかりでね。ゴタゴタの中あいつは、まあよくやってくれている」
「存じ上げていますよ。組織が1つ、なくなったのでしょう?」
 その組織を潰したのは、ヴィルの勤めている会社である。
 一社員として、ヴィルも手を汚した。組織の大幹部を1人、射殺したのだ。
 車椅子に乗った、初老の男だった。
 死に顔が、ヴィルの脳裏に焼き付いている。
 歓喜の表情だった。
 この世を去る事が出来る。その狂おしいほどの悦びの中で、あの男は死んでいった。
 自分は本当に人を殺してばかりだ、とヴィルは思ってしまう。
 そんな自分を、この日本という平和な国が果たして受け入れてくれるのか、という不安はあった。
 杞憂だった。
 ここは本当に日本なのか、と時折、首を傾げたくなるようなこの街は、血まみれの過去を持つルーマニア人の若造を違和感なく受け入れてくれた。
 今日のようなトラブルが日常茶飯事ではあるが、戦場よりは遥かにましだ。
「あんた……随分と、人を殺しているね」
 ロシア人の町医者が、遠慮のない事を言う。
「よくまあ、あいつらをブチ殺さねえでいてくれた。おかげで丸く収まったよ」
「収めていただいて、ありがとうございます」
 ヴィルは頭を下げた。
「貴方には1度、会っておけと、ある人から言われていました。会えて、本当に良かったと思いますよ」
「俺も、その人にお世話になった口でね」
 懐かしそうに、町医者は言った。
「ここでのんびり医者を開業していられるのも、あの人のおかげさ」
「そうなのですか……」
 あの人物の息女が、この街で暮らしているという。
 この町医者が、彼とどれほど親しい間柄であったのかはわからない。家族ぐるみの親交でもあったのなら、息女に関しても何か知っているのではないか。
 ヴィルはそう思い、訊いてみようとして口をつぐみ、苦笑でごまかした。
(会って……どうしようと言うんだ、私は……)


 診療所を出た瞬間、声をかけられた。
「おお相棒! 頼むぜ!」
 相棒、とは誰の事か。
 自分は、この街で暮らし始めて日が浅い。相棒と呼べるほどの知り合いなど、作った覚えはない。
 そんな事を考えているヴィルに、その男は何かを投げてよこした。
 爆発物、の類ではない。単なる、金属の箱である。
 だからヴィルは、普通に受け取ってしまった。
 キャッシュボックスだった。
 男はすでに、人込みの中へと走り去って姿も見えない。
 してやられた、とヴィルは思った。ストリートチルドレンが、よく使う手である。
 思った時には、すでに遅い。
「待ちなさい、この泥棒猫! いやそんな可愛いもんじゃないわね。待ちなさい泥棒猿! 泥棒アナグマ! 泥棒ドブネズミ! とっ捕まえて黒魔術儀式の生け贄にしてやる! ああ、でもコソ泥野郎のはらわたと魂じゃあ下級使い魔くらいしか召喚出来ないわねぇえええ!」
 怒りの叫びを張り上げながら、黒い人影が、近くの塀を軽やかに飛び越えて来た。
 悪魔が、コウモリの翼をはためかせている。ヴィルは一瞬、そんな事を思った。
 悪魔の翼に見えたのは、黒いワンピースドレスであった。綺麗な脚が、裾をはしたなく蹴り上げて躍動している。
 恥じらいよりも大切なものを、彼女は今、追いかけているのだ。
 黒く着飾った、不吉なほどに優美な姿が、ふわりと路上に着地する。
 ヴィルと、目が合った。
 黒い瞳のなかで、激しい怒りが渦巻き燃え盛っている。
 その目が、ヴィルの手にしているキャッシュボックスに向けられた。
「……お仲間さんが、いらっしゃったのねえ」
 たおやかな美貌が、にっこりと歪む。
 その禍々しい笑顔がヴィルに、遠い昔に失われてしまった面影を思い出させた。
(シスター……? いや、貴女よりも禍々しい女性が……この世に、存在するなんて……)
「証明する手段はないけれど、それ私のなの。返して下さる?」
「もちろん……お返しは、しますが……」
 ヴィルから受け取ったキャッシュボックスを開き、中身を一瞥しながら、その黒衣の女性はさらに眼光を燃やした。激しく、険しく、獰猛な、怒りの炎。
「ねえキミ……私の事、バカにしてる?」
 案の定、キャッシュボックスは空っぽである。あの男が、中身だけを持ち去ったのだ。
 曲がり角から、もう1人、若い女性が姿を現した。追いかけて来たようだ。
 医療白衣に身を包んだ、人種不明の娘。診療院の、見習いナースである。
 確か世河晶と名乗っていた彼女が、ヴィルを見て声を上げた。
「あれっ……弥生、その人は」
 聞く耳を持たず、どうやら弥生という名前らしい女性が怒り狂っている。
「ここに入っていたもの、今すぐ利子つけて返しなさい。黒魔術の生け贄にされたくなかったらねえ……キミ、外見はそこそこだから男好きの中級女悪魔くらいなら釣れるかも。試すわよ? ねえちょっと」
 恐ろしい女悪魔なら目の前にいる、とヴィルは思った。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2016年07月06日

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