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『 ■ 侵蝕 ■ 』
ka3319


 後ろ手に扉を閉めて鵤はその家を後にした。日の暮れた町に吹く風が木の葉を揺らし草花をざわつかせ鵤の頬を撫でていく。
 何とも言い難い倦怠感に彼は小さく息を吐いた。
 その身にはまだ負のマテリアルの残滓が染みているようだ。
 歪虚病に感染した軍人を救出するため強力な汚染地域であるブラストエッジ鉱山近くまで赴き、エルハイムの浄化術をベースにした新型スペルデバイスによって、浄化術を施してきたのはつい先刻の事。
 浄化術。文字通り負のマテリアルによる汚染を浄化する術だが、その実体は人体に汚染を吸収するというものだった。汚染された他人からその汚染を自分へ移し替える術。
 ならば。
 他人から他人へ意図的に移す事も……と考えてしまうのは、これはもう性分なのだろう。
 とにもかくにも身を持って集めたデータを一仕事終えたその足で“己の持ち主”に提出してきたところである。錬金術師組合は試作段階のデバイスを今後更に改良していく事だろう、一方で、この引きこもりの研究オタクエルフがそのデータをどんな風に昇華させるのか楽しみでもあった。
 自然こぼれる笑みを自嘲のそれで飲み込んで、彼は重い体を引き擦るようにして歩き出した。
 正直、こういうのは嫌いではない。自分の体でありながらどこか他人事のような感覚がある。
 ただ、1杯と言わずひっかけたい気分でもあったが。
 自らの体でその限界を知る。これは純然たる探求心によるものだ。自分が受け入れられる負のマテリアルの上限然り。重い体はその結果である。
(まぁ、アルコールの限界値に関しては残念ながら今もって知れずなんだよねぇ……)
 内心、独りごちて彼は日の落ちた町に出た。昼間のそれとは違う活気を帯びた雑踏を人を縫うようにするすると歩く。
 ふと、彼は小さく息を吐いた。やれやれとでもいう風に。
 彼の後を付けてくる二つの人影。
 心当たりは山ほどあるような。問題はそのどれかわからないという事だ。いや、そんな事すら些末であったか。たとえ彼らがどういう意図をもっていたとしても彼がすべき事は1つしかない。
 降りかかった火の粉は払うのみ。
 彼は白衣のポケットに両手を突っ込むと、鼻歌交じりに路地を曲がった。
 明るい通りから薄暗い通りに入って彼の体は青白くぼやけている。覚醒による薄紫の発光を、白衣に使われている漂白剤がもつ蛍光成分に纏わせたのだ。覚醒状態を悟らせないための処置、というわけではない。悟られようが警戒されようが関係はなかった。
 ただ“奴ら”の目に淡い光を焼き付けられれば良かったのだ。夜の闇に淡くぼやける“ターゲット”はさぞかし目立った事だろう。だからこそ意味を持つ。
 奴らを釣り出すためには。
 彼は心持ちゆっくりと歩いて裏通りに入った。
 奴らは少し足を早めて裏通りに繋がる曲がり角に身を伏せ彼を奇襲するタイミングを窺うだろう。その時、彼らは淡くぼやける人影をターゲットと認識し無意識にそれを探すはずだ。
 そして光を纏っているものなど存在せず、更に闇を濃くした静かな裏通りにターゲットをあっさり見失う。
 だがいないわけなどなかった。彼は奴らの目の前にいたのだから。ただ彼は覚醒状態のままその光を抑制しただけである。
 闇に目が慣れるまでのタイムラグ。滑稽にも慌てふためき右往左往とターゲットを探す奴らの背後に立ち、彼は無造作にサイレント銃を構え、おもむろに引き金を引いた。
 放たれた弾丸はわずかに空を切る音を残して奴らの内の1人の後頭部から入ると脳を突き破り眉間から抜けた。
 断末魔の声をあげる事なく男は即死だった。
 ゆっくり傾ぐ仲間の体にもう1人が気配を察して振り返る。その男が最期に見たのは、星明かりの中、人を喰ったような笑みを浮かべるターゲットの顔だったろうか。
 2つの体が地面に血を吐いて折り重なるように倒れるのとほぼ同時、彼は後方に飛び退いた。彼のいた場所を一条の光が駆け抜ける。
「やれやれ、モテる男は辛いねぇ……」
 彼は肩を竦め小さく嘯くと闇に解けた。もちろん最初から“奴ら”が2人だなどとは思っていない。
 斜角から狙撃主の位置を割り出す事は容易く逃走経路を割り出すのも簡単だ。
 彼はマテリアルをその両足に込めた。


 ▽


 決着はあっさりとついた。ただ、奴らが彼を襲おうとした理由はやはりと言うべきか聞き損ねてしまったが。
 人を殺すことに躊躇いはなく。殺してくれと懇願したくなるほどの苦痛を与え続けて殺すことも、死んだと気づかぬほどの一瞬で仕留める術も心得ている。
 そうやって生きてきた。
 足下に転がる死体に何一つ感慨が沸くでもなく、路傍の小石にも等しいそれに一瞥をくれる事もなく彼は赤く塗れた景色に背を向けた。
 ポケットから煙草を取り出し火を点ける。
 覚醒を解いた。
 刹那。
 指の間から煙草がするりと転げ落ちた。
 視界が突然ぐにゃりと歪んで回り始める。失われた平衡感覚に立っていることもままならず反射的に壁に手を付き身を支えた。世界が回る。
 奴らにはまだ仲間がいて幻術でも使われたのかと一瞬身構えたが、どうやらそういう事でもないらしい。浄化術で体力を消耗しきった後に連続して力を使い過ぎたか。
 どちらが上でどちらが下かもわからなくなり耳の奥は血が流れる音で満たされる。
 ただ頭の片隅では落ちた煙草にもったいないな、などと他人事のような感慨をぶつけていた。
 胃の腑から何かがこみ上げてくるような気持ち悪さに口元を手で押さえる。喉の奥に絡みつく何かを吐き出したくて軽く咳き込むと手の平を赤いものが染めた。
 それは狂気と驚喜に見開かれる。
「……ようやくか」
 吐き出された言葉はそれだけだ。
 目眩は程なく遠ざかっていく。
 薄い嗤いが漏れた。
 違うのだ。違ったのだ。
 これは力の使いすぎでも負のマテリアルによる残滓でもない。それは単なるトリガーでしかないのだろう。
 これは毒だ。この体を蝕む己自身という名の毒だ。
 どんな状況でも身体が『動く』ようにと流し続けていた薬。耐性が付くほどに薬を強くし続けた自虐にも等しい肉体改造。薬と毒は紙一重だ。それは遅効性の毒となってやがてこの体をただの肉塊に変えるだろう。計算によれば初老を迎える頃にはそうなる……はずだった。
 しかし、この体は骸と化す事を拒んでいるのか新たな毒を……抗体を作りだした。覚醒者という名の抗体だ。
 たとえば。
 ぼたんを掛け違えるような安易さで、時計の針を動かす歯車は小さな破片1つに時を刻むのを止めてしまう。だがモルモットの死が2割程度伸びようとも末路は変わり得ない。
 覚醒という破片によって止まっていた時の歯車がようやく動き出したという事だ。
 首を横に振るとパキポキと音が鳴る。
 大きく一つ伸びをして。
 久方ぶりに薬を服用しよう。動きが悪くなったこの身体のために。さても、どれほどの強さが必要だろうか……などと頭の中で計算を始めながら彼は落ちた煙草を踏みつぶした。
 何事もなかったのかのように歩き去る彼の背中を闇だけが見つめていた。





■■END■■




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ka3319 / 鵤 / 男 / 43歳 / 機導師(アルケミスト)



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
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ファナティックブラッド
2016年07月07日

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