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『戯宴準備 』
セルフィナ・モルゲン8581


 夕方から夜にかけての時間、会社帰りや学校帰りの人々で、電車の中はいっぱいになる。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた社内で許されるのは、ほんのちょっぴり動くことと、息をすることくらいだ。
 むわっとする空気の中で無心になり、目的の駅に到着するのをただただ待つ。痴漢に間違われぬよう、両手を上にあげるか鞄や新聞を持つ。
 誰もがそうする中、ごく、と生唾を飲み込む一角がその電車内にはあった。中心にいるのは、セルフィナ・モルゲン。豊満すぎるバストとヒップは、痴漢冤罪を免れようとする努力を簡単に打ち壊す。
 何せ、むちむちの体と柔らかな胸と尻が、何もしなくても体に触れてくるのだ。
 頬を赤らめて下を向く男子高生、へらへらと口元を緩ませる中年男性、見ようとすまいと思いつつもつい目線を向けてしまう若い男性。皆、セルフィナの体と接触するたび、顔が明らかに赤くなる。
 ガタン、と電車が大きく揺れた。同時に、ぎゅう、とセルフィナの体に周りの人々が体を押し付ける。それに対し、セルフィナは怒るどころか、ほんのり頬を赤らめ、形の良い唇で微笑んだ。
(ハァアン……! この押し付けられる感触、本当に素敵)
 んふふ、とセルフィナは笑う。本当ならば、この満員電車に乗る必要はどこにもない。乗る目的は、移動でも何でもない。
 むちむちの体と柔らかい胸が押し付けられる感触が、最高に気持ちいいのだ。
(それに)
 セルフィナは、ちらちらと自分の周りにいる人間たちを観察する。柔らかな体に接触し感触を反芻する男子高生、豊満さを目の当たりにして呆然とするOL、明らかにいやらしい目つきでセルフィナを見てくるサラリーマン。どの人間の反応も、セルフィナにとって面白くて仕方がない。
(これだから、やめられないのよねぇ)
 体の気持ちよさと、心の気持ちよさ。どちらもが満たされる満員電車は、セルフィナにとってどのゲームよりも面白い。
「あっ」
 心身共に満喫する快楽を感じつつ、ふと、窓の外を見る。赤い夕陽がビルの隙間から差し込み、目の奥へと注がれる。そうして、そこに移る影を見て、セルフィナは眉間に皺を寄せる。
(いやぁね)
 楽しみに水を差したのは、天界の使徒の姿であった。使徒たちはゆっくりと地上に舞い降り、異次元からやってきたサキュバスたちを探している。
 敵対勢力である天界は、こうしてちょこちょことセルフィナの周りをうろついている。そこに、セルフィナの都合は存在しない。
 いつだって、天界はセルフィナの邪魔をしてくるのだ。
(せっかく、気持ちいいところなのに)
 ムッとし、セルフィナは形の良い青い唇を歪ませる。
(最悪なモノ、見てしまったわ)
 不愉快そうな表情は、だがしかし、一変する。
 ゆっくりと口角を上げ、冷酷な笑みを浮かび上がらせる。
(んふ。……んふふ。この代償は、高くつくわよ)
 プシュ、と音がし、電車が駅に到着する。セルフィナは体を捻じって扉から出る。その際、一人でも多くの人に体を押し付けることは忘れない。
 嬉しそうにする人、頬を赤らめる人、名残惜しそうな人、幸せそうな人、忌々しそうな人、悔しそうな人。
 そういった人間たちの表情を最後に楽しんだのち、セルフィナはカツカツとハイヒールで地面を蹴り、やがて走り始める。
 その瞬間、セルフィナの姿を見失った人々がきょろきょろとあたりを見回していたのが見えた。
「また今度、可愛がってあげるわ」
 小さくセルフィナは呟く。一瞬のうちに気配を消したのだ。
 目的の場所は、電車から見えたビルの隙間。位置は見失っていない。天使たちの気配も、徐々に色濃くなっていく。
 そうしてあっという間に駆けつけた先は、高層ビルの立ち並ぶ路上であった。
 天使たちはセルフィナの姿を見つけ、一斉に各々の武器を構える。
 剣、弓、槍。どれもセルフィナ達サキュバスを討伐せしめんとするものだ。
 それらを忌々しくセルフィナは見、ふぅ、と息を吐き出す。
「よくも、邪魔してくれたわねぇ」
 セルフィナはそう言い、ゆっくりと天使たちに向かって歩き始める。最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げて走り出す。
 巨大な爆乳が上下に揺れる。背後からでもわかる二つの球体は、激しく揺れながら少しずつ膨らんでゆく。ただでさえ巨大なそれらは、更に風船を膨らませるように大きくなってゆく。
 それに合わせるように、むちむちとした臀部も膨らんでゆく。はじけ飛んでしまうのでは、と心配になるほどに。
 女性にしては高かった身長も、徐々に伸びてゆく。胸と尻が膨らむごとに、身長も伸びてゆく。
 縦に、横に、丸く丸く膨らんでゆく。
 さらりと風になびいていた長い髪は、緩やかなウェーブを帯び、頭からは毒々しい角が二本生えてきた。
 胸を支えるために鍛え抜かれていた美しい背からは、巨大な漆黒の羽が生えてゆく。
 かくして、身長が倍に、胸は巨大な双球に、尻は三倍に膨らんでいた。人と違うのはそれだけではなく、頭には二本の角、背には悪魔の羽、尻からは長い尻尾が生えている。
「ンフフ!!! さぁ、来なさい」
 嗜虐的にセルフィナは笑う。巨大化したセルフィナの姿に、天使たちはざわつきながらも武器を握り締めている。微かに切っ先が震えている。
「あらぁ、怖くなんてないのよぉ? だって、だって、だって!!」
 セルフィナは、満面の笑みを浮かべ、天使たちに向かって叫ぶ。
「最高に素敵な、快楽の宴のハジマリよぉ!!!!」
 天使たちに向かって、セルフィナは一歩を踏み出した。
 んふ、と心から嬉しそうに笑いながら。


<宴の準備を完了し・終>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年07月08日

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