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『豚に真珠 』
黒峰・誠士郎8845

 とある打ち捨てられた山での話。


 稲妻のように一対の光が錯綜する。爆音を轟かせながら、古いアスファルトをタイヤが斬り付けていく。
 峠のうねる山道を、二台の車が容赦なく駆け抜ける。周囲のことなどお構いなしに、これでもかとテクニックを見せつける。
 だってこれはイリーガルなマネーマッチ、今更道交法や条例など気にしている場合ではない。

 先を行くのは素人目にも「おっ、お高いねぇ」と分かるスポーツカー。ゴテゴテと施された改造が持ち主の趣味を如実に表している。
 センスはともかく、パフォーマンスという意味では立派な武器になっていた。

 一方、後塵を拝すのはワンボックス。そこいらで見かけるような、庶民の皆様御用達の軽自動車だ。
 敢えて言おう、「それはない」。引き立て役にも格というものが求められるというのに、そんな貧乏人のジャンクマシンなど、同じレースに参加するだけで相手を侮辱している。
 現にこうして、優劣は始まる前からほぼ確定して、

 ――いや、確定しているはず、なのだが。


 カーブに差し掛かる。ぴったり後ろに付けたまま、軽自動車が左右に揺さぶる。ガードレールの向こうは奈落の底だ。ベットされるドライバーの命。
 明確に日和るスポーツカー。曖昧な態度を取った挙げ句に点灯するブレーキランプ。そうして生まれた隙間に、ワンボックスは大胆不敵に滑り込んだ。

 こうして番狂わせは完了した。
 相手の腕では、このコースではどうやっても挽回できまい。「この程度の」命のレイズに付いてこられないようなら、後は気怠い消化試合だ。金は才能と等価だが、どちらにせよおんぶにだっこでは取れる勝負など存在しない。
「なんて、ちょいと気障すぎるかね」
 シニカルに笑いながら、黒峰誠士郎はワンボックスという名の怪物を自在に駆る。大事に育て上げたモンスターにとって、金しか積んでいないマシンなど鈍くさいカモでしかなかった。



「行儀の悪いボンボンめ」
 レース後のこと。つまらない些事に巻き込まれた鬱憤を、紫煙を燻らせて誤魔化す。
 遠くから聞こえる罵声を無視しながら、誠士郎は別のことに思案を巡らせていた。


 ――おぉん、おぉん。
 レース途中、そんな声なき声を聞いた。
 やたら不安にさせるような、泣き声のような、ぬめっとして鼓膜にへばりつく音だった。

「しかし、またか……」
 収束に入っている喧噪を意識の端にやりながら、誠士郎は二本目の煙草に火を付ける。
 ――誠士郎には幼い頃からこの世ならざるものを感知できる能力があった。要は霊感というやつである。
 昔から難儀させられている力ではあるが、しかしこれのお陰で今の誠士郎があるというのが悩ましいところだ。

 オカルト探偵。
 失せ物やペット探しといった『真っ当な』業務だけでは食っていくのがしんどいこの業界、その二つ名は看板として実に優秀なのである。

「よう黒峰、災難だったな」
 声と共に、目の前に突き出される茶封筒。それなりの分厚さがあるそれを、誠士郎は受け取った。
「そちらこそお疲れ様です」
 サングラスに黒スーツ、明らかにカタギでない出で立ちの男は、しかし親しげに誠士郎の隣に腰掛ける。この辺りの顔役だ。この違法レースも彼のシノギの一つであり、誠士郎のお得意様の一人でもある。
「で、どういう流れに?」
「こちらも商売なんでね。そいつ(掛け金)をキッチリ頂戴して、あとは丁重にお帰り戴いた。いやはや、困った坊ちゃんだ」
 曰くあのスポーツカーの主は、典型的な成金のボンボンらしい。金に飽かせて火遊びはいつものこと。組としてもほとほと手を焼いているが、下手に刺激しない分にはいい金づるだと認識しているらしい。
「今時、あんなコテコテの金持ちボーヤがいるとは思いませんでしたよ。博物館に寄贈するべきじゃあ?」
「保健所でも受け取り拒否だね。まあ、負けて駄々捏ねるのはいつものことだから、扱いは嫌でも慣れるわなあ」

 勝負が付いた後、スポーツカーの主は激昂した様子で車を降り、イカサマだなんだと誠士郎を詰った。
 戯言の内容なんざ覚えちゃいない。顔を真っ赤にして頬肉を振るわせて、じゃらじゃらと宝石類を見せつけながらピィピィ鳴いていた。豚は養豚場へ行け、なんて思った程度である。
 いざ手を上げてくるか、となった段階で仕切りの人間が止めに入ったのが『些事』の内容である。

「――それで黒峰? 眉間に皺寄ってるが、まさかそんなにあの坊ちゃんが気にくわないってか?」
「それこそまさかですよ。――ところで、最近ここいらでヤキ入れとかしました?」
 顔役は露骨に顔をしかめた。
「おっと、『そっち』の話かい。いんや、今んとこ組がらみでの流血沙汰はねえよ」
「左様で。……下手すると『化ける』やもしれません。対処は早い方がいいかと」
 沈黙。
 顔役は胸ポケットから煙草を取り出す。
 そして紫煙を深く吸い込んで、吐いた。
「いいだろう。焦げ付いたりガキの観光スポットになるよかはマシだ」
「ありがとうございます」
 鬼が出るか蛇が出るか。このコースともお別れか、なんてことを誠士郎はちらりと思った。



 翌朝、誠士郎は相棒のワンボックスと共に同じ峠を訪れていた。
 今度は健全な市民としての安全運転……よりもかなり遅めである。探し物をしながらであるし、そもそもここは滅多に人が通らない。
「事故の痕跡は……ないな」
 アスファルトにドリフトの痕跡がいくつも残っているのは除外するとして。ガードレールの破損や行きすぎたタイヤ痕など、致命的な痕跡は一つも見受けられなかった。

 おぉん、おぉん。
 声は聞こえる。夜に比べるとか細いが、まだ聞こえる。
 朝の光の中にあってなお、闇の世界の声は聞こえてくる。

 とすれば。
「足で探すか……」
 愛車を降りて峠を見下ろす。眼下には鬱蒼と茂る雑木林が広がっている。人の手から放棄された世界がそこにある。


 森の中は薄暗かった。高すぎる木々が木漏れ日すら遮っていて、モノトーンの世界になっている。
 空気はぬるく湿っぽい。

 おぉん、おぉん。

 まだ正午だと言うのに、条件は完璧だった。日のある内が逢魔が時。夜になれば、完全に闇に閉ざされるのだろう。

 おぉん。おぉん。おぉん。

 大きくなる声を頼りに湿気った土を踏みしめる。足が地に着かない浮遊感。この世とあの世の境目のような不安定さ。
 ぱきりと枝を踏みつける。不意に、ギャアギャアと鳥の声が響き渡る。
 誠士郎はライトを手にすると、おもむろに声のする方へ灯りを上げた。


 ばさばさと鳥が飛び去っていく。光が注いで、隠れていたものが露わになる。
 果たして、そこにあったものは。

「……見つからないわけだ」

 百舌の早贄だった。国も時代も鳥も間違えた、鳥葬の現行犯である。



 後日談。

 警察署の喫煙室は意外と人がいない。昨今の健康志向と増税はいよいよもって喫煙者を根絶にかかっている。
 そんな中、誠士郎と所轄の刑事は仲良く紫煙を燻らせていた。
「ガイシャはねえ、一ヶ月前に捜索依頼が出されていたお嬢さんですね」
 刑事は何気ない世間話のようにしれっと切り出した。
「へえ」
「直接は頸部圧迫による窒息死。扼殺と見て良いでしょう」
 損傷が激しいので断定は出来ませんがね、と付け加えた。
「それで、ホシの目星は付いてるんです?」
 誠士郎の問いに、刑事は視線を合わさず煙を吐いた。
「ええ、ええ。人間関係を洗ってみたところ、どこぞの坊ちゃんとだいぶ関係がこじれていたようですねえ。よくある話ですよ、キープ君ってやつです」
「そりゃあだいぶ死語ですぜ」
 要するに、金銭目当てのお付き合い。ご飯奢って、あれ買って、車出してー。特に車にはよく乗せてもらっていたそうで、それはもうど派手なスポーツカーだったそうな。
「マル暴にも確認取りましたけどね。あの山でそれはもう火遊びに明け暮れていたそうで?」
「おやまあ」
 それはなんとも怖いお話で。誠士郎は視線を合わさない。刑事もそれ以上は追求してこない。
「凶器……というか手でぎゅーっと、ね? 指輪の痕跡があるとかないとかで。まあ、そこを照合すれば一発でしょう」
 言うことは終わったとばかりに刑事は煙草を灰皿に突っ込んで、喫煙室を去って行く。誠士郎はもう少しだけ、今の一本を楽しむことにした。

 ともあれ、これにて一件落着だろう。すわ迷宮入りしかけた事件に、霊感探偵が待ったをかけた。これはそれだけの話で、誠士郎としては次の仕事へ繋がる大事なアピールだった。
 ただ、まあ、なんというか。
「まったく、無粋なボンボンめ」
 今時あんなコースは貴重だというのに、これでまたしばらく使えない。次からはああいう手合いは締め出してもらわなければと、誠士郎は深く溜息を吐いた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
むらさきぐりこ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年07月11日

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