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『浮雲 』
鴻池柊ja1082


 どしゃぶりの雨。
 ごろごろの雷。

 でも、それはやがて、雲ひとつない晴れた青空へ表情を変えるから。

 空の心も、
 人の心も、

 ――雷雨のち晴れ。




 本日の物語は、そんな心模様。



「……広いのね。人もたくさん、いる」
「ショッピングモールだからな。休日な分、家族連れも多いだろうし。凛月、迷子になるなよ?」
「し、失礼ね! 私は柊に誘ってもらった身なんだから、そ……傍に、いてあげてもいいけど」
「素直じゃないな。俺は只、凛月に買い物を楽しんでもらいたいだけだぞ?」
「……買い物?」
「ああ。普通のカップルがするような買い物。――と、そうなると、今日の俺達はデートって言った方がいいのか?」
「Σッ!!?」

 ぱしぃぃぃんっ!!!

 流石、バスケットボールを得意とする逞しい肩。
 良い音頂戴しました。

 そんな痴話喧嘩もどきをショッピングモールの入口でやっていれば、道行く人に、くすくす、笑われるわけで。
 御子神 凛月(jz0373)は切れ長の目許を過剰な朱で染めて、鴻池 柊(ja1082)の腕を、ぐぃ、と引っ張り、自らにとって未知の領域へとずんずん進んでいった。





 Spot――数百を超える専門店が集う大型ショッピングモール。
 ファッション、グッズ、アミューズメント、レストラン――品揃え豊富なきらきら空間に、足並み揃えて柊と凛月。

 二人はファッションフロアに差し掛かった。
 今季おすすめの洋服やコーディネートがずらりと揃っている。どの店舗のショーウィンドウ越しでも、マネキンが身につける衣服は煌びやかに映えていたが――無地のVカットTシャツにカーキ色のリネンシャツ、長い脚には黒のパンツという身拵えの柊も、道行く女性の目を引いていた。
 鎖骨の位置で揺れるシルバータグのペンダントや、男性の骨ばった手首を飾るチタンリングブレスレットが、柊の十二分な色気を醸し出している。

 当人の無自覚とは恐ろしい。
 自分と然程変わらぬ年頃の女性が柊を見る目――。
 別に不思議なことでもないのだろうが、なんだか。なんだろう。

 もやっとする。

 そんな、凛月自身も理解を得ていない胸の内を柊が知る由もなく。
 奇妙さを宿したまま、彼女の上目な目線に気が付いた柊が、口許に微笑を灯して首を傾げる。だが、瞬の間もなく「そういえば」と呟いて、何やら心嬉しそうに白い歯を零した。

「凛月。今日は洋服か」
「んぅ? ん……何時も、着物だから。……偶には」
「一緒にショッピングへ行った時に選んだ服だろう? やっぱり似合ってる。可愛いぞ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。本当に可愛いから心配するな。――そうだ。あれだったら今日、夏服見繕うか? 一緒に」
「……!! んっ!! Σ――ッ、べ、別に、私は、」
「今、素直な返事が聞こえたような気がしたんだが……俺の思い違いか」
「Σ!? んん、んー、……いっ、一緒に選んであげてもいいわ!!」
「よしよし」

 まるで、逆立った猫を宥めるように――大きな掌が凛月の髪をふんわり撫でると、柊は珍しく声で笑った。またしても聞こえる、くすくす。その周囲の音が凛月の気恥かしさを煽っていたが、

「(柊の……いじわる)」

 彼が楽しそうだったから、赦してあげよう。





 のち、色彩と素材に虹溢れたフロアをひと通り眺めて。
 ――ふと。
 二人の視線と意識が、とある店舗で交わる。
 だが、その時刻。外は既に雲行きが怪しくなっていたようで、二人が互いの服を見定め終わった時には――ザアザアピカゴロゴロピシャーン。

 客の賑やかなざわめきに、天からの劈きが重なる。

 柊は店先で、スマホのアドレス帳をスクロールしていた。
 下へ、下へと――“彼”の名前を見つける。
 そして、番号へ発信。

「――あ、柊です。すみません、今お忙しいですか? ……ああ、それなら良かった。先生しか頼めなくて……いえ、凛月の事ではないんです。“あいつ”の事で。ええ、今、アトリエでデッサンの途中だと思うんですけど……ええ、一人で――はい。この“天気”ですからね。どうしていいか分からなくなっていると思うので、様子を見てきていただければと。はい、お手数おかけしますが宜しくお願いします」

 安堵な吐息を零して通話終了の文字を見送った直後、凛月が二つの買い物袋を腕にぶら提げながら柊の傍らへ、ぱたぱた、小走りでやって来た。

「商品、受け取ってきたー……。ん、柊……電話? 何か用事、あった?」
「いや、それは俺がお願いした。この天気の機、頼みの綱の出番だと思ってな」
「?」
「凛月は気にするな。それより、荷物重いだろう。貸せ」
「あ、ありがとう。……その、良かったの?」
「何がだ?」
「洋服……私のも買ってくれたから。素敵な、服。選んでくれたし」
「何だ、そんなことか。当たり前だろう。今日は俺が誘ったんだし、凛月が気に入ってくれたのなら良かった」

 ――薫風に揺られて。
 柊が凛月にと選んだ夏服は、パステルグリーンの刺繍アートワンピースだった。
 蔓と花柄の刺繍と、袖と裾の透け感が上品で――大人可愛い。

 彼が自分に選んでくれたのだから、凛月も「(私も)」――と。
 だが、

「(私、男の人の服……知らない。流架様のセンスとは、また……違う感じなのよね。柊は)」

 むむぅ、と。
 だが、やはり選びたい。乏しいファッション知識を駆使しつつ、凛月なりに手に取ってみた服は、七分袖のコットンシャツだった。柄はシンプルなストライプ。スタイリングは自由自在で、柊なら幅広く着こなしそうであったから。
 色は紺――ではなく、葡萄色。

「そういえば、凛月が選んでくれた色合いはあまり持ってないな。凛月の好きな色なのか?」
「ん……赤とか、紫の色合いは好き。柊には紺がいいかな、って思ったんだけど……紺を着た柊を以前に見たことがあったから、違う色に……した。……気に入らなかった?」
「まさか。ちゃんと俺の事を考えて選んでくれたんだな。ありがとう、凛月」

 柊の掌が凛月の頭で弾む。
 ……。
 ……なんだろう。この“妹扱い”感。

「そろそろ喉が渇かないか? 三階に凛月が好みそうなカフェがあったぞ」

 ――ほら、と、差し出された掌。
 ……。
 ……なんだろう。柊の骨身に刻み込まれた“女尊男卑”が憎い。

 俯き加減に、凛月は柊の温もりに細い指先を重ねた。





 フロア内の喧噪からは少し離れた、落ち着きのある空間。
 まるで、誰かの自宅にお邪魔しているかのような。そんな北欧の雰囲気が楽しめるカフェで、一息つく。
 メニューを眺める凛月の瞳は、玩具を与えられた子供のようにきらきらと輝いていた。
 その純粋さが、自分の幼馴染とはまた違った色を帯びていて。
 新鮮で、あった。
 凛月が注文する様子を「(きっとまた、美味しそうに食べるんだろうな)」と、穏やかな目笑で眺めてから、柊もアイスコーヒーをオーダーする。

「本当に、甘い物好きだよな。幸せそうで何よりだ」

 案の定。
 凛月は生クリームと三種のベリーソースが添えられたリコッタパンケーキをもっふもっふと頬張り、満悦至極な御様子。典型的だな、と思いつつ――ん? と。凛月の口の端を生クリームが彩っていたので、柊は「――ほら、こっち向け」と、腕を伸ばした。そして、彼女の余計な白を親指で拭って、ぺろり、舐める。

「……甘いな」

 相変わらず、甘味が苦手な彼。
 渋い表情をしながらアイスコーヒーのストローに口を付けた。一口飲んで、何の気なしに凛月へ視界を映すと――。

 拗ねているのか怒っているのか照れているのか。

 とりあえず、ベリーの赤に負けないくらいの色を面に宿して黙々。
 一心不乱にパンケーキへ齧り付いていた。





 ♪♪♪……。
 ♪♪♪……。

 カフェを出て、アクセサリーショップに差し掛かった時であった。
 柊のスマホが着信のメロディを奏でる。
 電話だ。
 柊は、表示名に視線を落とす。――、一瞬、彼の眦が厳しく引き攣ったように見えて。窺う眼差しを向ける凛月に、柊は決まり悪げな苦笑いで「悪い、少し待っててくれ」と、告げて、受話する。

「――はい。ああ、いや……別に久しぶり言う程でもないやろ。は? ――姉貴、今、人と会っとるさかい、後で、





 ……またそん話か。大概にしいや」

 柊の弁で、電話口の人物が彼の気安い相手――姉であることが窺えた。だが、柊の語尾が急に強くなったので、壁に飾られていた映画のポスターを何の気なしに眺めていた凛月は、眦のきつくなった彼の横顔に視線を移す。

 ――盗み聞きをするつもりはなかった。

 そして、

「確かに巻き込みたくない言うたけど……だから……学生中はお見合いしはるつもりはない。そう、約束したやろ。――分かってる、ほな、また近いうちに戻るさかい。





 ――……はあ……頭痛いな」





 聞かなければ良かった、と。

「――待たせて悪かったな、凛月。……凛月?」

 振り向いた柊の視界に、凛月の姿はなかった。




 凛月の足は、只、当てもなく歩み続けていた。
 面を上げる気もないので、此処が何階で、今、どの辺りにいるのか把握すらしていない。

 柊に言わせれば、恐らく“迷子”――なのだろう。

 だが、自分は子供ではない。
 いざとなれば柊に電話をすればいいだけの話。……今は到底、する気など起きないが。

 なんだろう。
 胸がムカムカ――ではない。

 もやもや、する?

 まるで、澄んだ群青色な夜空に、白い靄が邪魔をするような――。
 なんだろう。

 どうでもいいのに、と。

「(……そうよ。柊の家の事情なんて、私にとってはどうでもいいことじゃない。何を苛ついて――、……私、なんで……)」

 ――苛々しているのだろう。

 ……。

 なんだかもう、どうでもいい――










 ……ような気がしないでもないようなそうでもないような。

 ――。

 ふと、前方の気配が翳った。

「カーノジョ。可愛いねぇ〜、オレ達と一緒に遊ばない?」

 軽薄な口調。
 三人のねぶるような視線が凛月の身体に纏わりついてくる。

 細い顎を、くぃ、と上げた凛月の面は、彼らに存分な不快を見せつけていた。





 ある意味安定した人混み具合の中、柊の歩は足早であった。
 その表情には珍しく、微かな焦心が浮いている。木蘭色な視線が、長髪の黒髪女性に移っては逸れ、移っては――落胆の吐息を漏らす。

「(着信は……ないか)」

 先程から何度も電話をかけているのだが、彼女は一向に出なかった。
 勿論、凛月からの連絡も。

「(凛月に限って、ナンパに巻き込まれる事はない……よな)」

 敢えて飛び込むような真似はしないだろうが、世間知らずの彼女のことだ。万が一、ということもある。

「凛月……!」

 妙に鼓動付く首筋を片手で押さえて、柊が溜息をひとつ落とすと――周囲のざわめきに異質なものを感じた。まさか、と。柊は眼前で火花が閃いたかの如く表情を変え、騒ぎの中心へと駆ける。

 其処には――、





「下賎な者が――、身の程を弁えなさい!!」





 ――――……………殿?

 凛月の、凛とした叱咤(?)が響き渡っていた。
 彼女の眼下には、凛月の威圧に圧倒されたのだろうか。三人の若い男が床でへこたれている。柊が状況を眺める限り、虫の居所が悪い御家人の令嬢に軟派な心を剥き出しにしてしまった末路――と、云ったところだろうか。

 些か、力加減が逆転しているようだが、ここは念のひと押し。

「彼女に何か、御用ですか?」

 凛月の右肩を、ぐぃ、と引き寄せ、自身の懐に宛がいながら、柊が彼らに鋭く問うた。
 ――覿面。
 腰を浮かして逃げ去る彼らの後ろ姿が、実に気の毒であった。





「――凛月」
「……」
「心配したんだぞ」
「……私、……く、ないもん……」
「……」
「……ん、……ぅ……ご、めん、な……さい……」
「謝らなくていい。凛月を一人にした俺が悪かった。――よしよし」

 彼の掌が、優しさが、凛月の頭に温んで。
 ――泣きそうになった。
 凛月は必死に下唇を噛み締めて堪えるが、視界が滲んでゆく。自分はなんて愚かで、幼稚だったのだろう。柊に非などなかったではないか。結局、彼の懐の広さに甘えているだけなのだ。

「柊……わ、たし――」
「ああ……お見合いの話。大した事ないから気にするな」
「え……?」
「そうだ。確か二階でジューンブライドの催し物がやっていたな。凛月、興味あるんじゃないか?」
「で、でも……」
「ウエディングドレスの試着……してみるか? 気軽にして良いみたいだしな。ほら――」

 彼女の胸の澱みを祓うかのように、
 ――すぃ。
 凛月の指先を、柊の指先が強かに攫っていった。




 何時か訪れるかもしれない、大切な日の為に。
 何時かのとっておきを――。





 まるで、スクリーンを彩るミューズであった。

 凛月が選んだ、真白。
 それはシンプルなラインのドレスであったが、豪華な花のモチーフと繊細なレース素材のスリーブが美しいバランスを生み出していた。
 
 後ろ姿にもアクセントを。
 背中が大きく空いた玉の肌へは、アクセサリーを合わせてキュートに。

 瑞々しい白薔薇のブーケを持たせてもらい、清楚な雰囲気で彩りを添える。
 喜びの花に誓い――は捧げないが、

「(……ぅ)」

 凛月の睫毛は細波のように揺れ、頬には紅が咲いていた。
 ――恥ずかしい。
 だけれど、それに負けじと沸き起こり、気になる感情は、彼の――柊の反応。

 凛月が俯き加減な面のまま、上目に彼の表情を窺う。
 ――。
 桃染な瞳は、既に彼に捉えられていた。
 傍らに佇む柊は、双眸を眩しそうに細めて此方を正視していたのだ。

「綺麗だぞ、凛月」
「……ん、んん……このドレス……素敵、よね。私には勿体ないわ」
「何言ってるんだ。主役はドレスじゃない、凛月なんだぞ。凛月はもう少し自分に自信を持て。……綺麗だ、本当に」

 その揺るぎない言葉に取り込まれるような気がして。
 きゅぅ、
 彼女の心音が甘い声を鳴らした。

 柊の指がそっと凛月の前髪に触れ、耳に髪をかける。緩く頬を傾ける凛月に、柊は片眉を下げて微笑んだ。

「凛月との時間は楽しい。だから……心配するな」
「――、」
「いいな?」
「……ええ。……ありがとう、柊。私も、貴方との時間は……楽しいわ」















 天井の窓から晴れ間が覗いた。
 光は、差す。

「――そろそろ、雨も止むか」

 未来の心模様は、果たして――……?


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1082 / 鴻池 柊 / 男 / 24 / 紫星花に願いを】
【jz0373 / 御子神 凛月 / 女 / 19 / 青星花に願いを】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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平素よりお世話になっております。
愁水です。

今回は柊様の抱えていらっしゃる事情をお見せしつつ、六月のイベントを楽しむほのぼの系のご依頼ということで……!
ほの、ぼの。
……迷子になったり、軟派されたのに力位置が逆になっていたり、……と、ウチの娘が申し訳ありません。手のかかる子ですが、いつもお優しいお心遣いに感謝しております。
少々アレンジをさせて頂きましたので、お気に召して頂ければ良いのですが。

此度も素敵なご発注、誠にありがとうございました!
白銀のパーティノベル -
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年07月11日

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