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『「私がタバコを吸う理由は――」 』
結城 藤乃ka1904

 緑々とした草原の中に、小高い丘が見える。その手前には、太陽に照らされる白壁の教会がこじんまりと建っていた。結城藤乃は、丘の上にある灰色の石碑を見上げた。太陽の光が石碑に反射して眩しく見えた。
「さて……と」
 誰にでもなく小さく頷いて、藤乃は丘を登る道へと足を運ぶ。今日の日差しは肌に刺さるようで、あの日を思い出させる。
「あぁ、そういえば……」
 私があの人と出会ったのも、時期にしては暑い日だった。
 一通りの訓練が終わった後、ただ一人、軍のグランドに呼び出された日を思い出しながら額に浮かぶ汗を藤乃は拭う。


 逆光のため、そのとき見せた彼の顔は影に隠れていた。訓練の後だったから、たぶん、厳しいものであったと思う。藤乃の上官は、軍務にあたっては厳しい人だった。
「何故、俺がお前をここに残したかわかるか?」
「わかりません、サー」
「今日の訓練、お前は優秀な成績を残していた」
「ありがとうございます、サー」
 抑揚のない藤乃の声に、上官はしばし沈黙した。額にうっすらと汗が滲んだが、上官の前では拭うことも叶わない。着いて来いという上官に連れられ、影のある場所まで移動する。風が吹けばいくばくか、涼しく感じられた。
「さっきの場所をお前は暑いと感じたか?」
「わかりません、サー」
「正直に話せ」
 躊躇うように口を紡いだ後、藤乃はきっぱりと告げた。
「暑いと感じました、サー」
「それでいい。何かを感じ、素直に受け止めること……これは非常に重要だ」
「わかりました、サー」
 そして、と上官は前置きをして振り返る。強めの風が藤乃たちの熱を冷ます。上官の目元はやはり影になって見えないが、口元は厳しく一文字に結ばれていた。
 風が枝葉を揺する音が止むのを待って、上官は続きを述べた。
「今日の訓練の内容を述べてみよ」
「二班に分かれての実践的な対人戦闘のシミュレーションです、サー」
「そうだ。今日の訓練は対人戦であり、訓練用の弾を使用していた」
 訓練用とはいえ、防弾装備を着込んでいても強い衝撃が与えられる。本日の訓練では二名が負傷し、医務室へと連れて行かれた。
「お前は今日の訓練、ためらいなく引き金を引いたな」
「イエス、サー」
「これが実弾だとしても、躊躇はないか?」
「イエス、サー」
 迷う間のない即答に、上官は声のトーンを落とした。
「何故だ?」
「そう、教えられてきました。私は……銃を撃つためにいます」
「お前は……機械に殺されて納得出来んのか?」
「質問の意図がわかりかねます、サー」
 上官はまっすぐに藤乃を見下ろし、感情なく銃を撃つものは機械だと告げた。機械には感情がない、覚悟がない、相手を撃って倒すという決意がない。
「機械に殺されて納得なんて、俺は出来ない。あぁ、出来ないね。部下にも、そんな無意味な死に方はさせん……お前もな」
「……どうすればいいのかが、わかりません……サー」
「だから背負え、良い事も悪い事も……心配すんな、一人じゃ背負わせねーよ」
 ここで初めて上官が笑うのを見た。頭をわしゃわしゃ撫でる上官の言葉は、今も耳に残っている……そして、藤乃の記憶は一気に飛ぶ。


 鉄と血の臭いが鼻孔をくすぐり、怒号と銃撃の音が耳を衝く。視界に映るのは、あの上官だった。あの訓練から何度となく、死線をかいくぐってきた。少しずつ、彼とともに、引き金を引くことの重さを知った。
 感情をぶつけるたび、上官はくったくのない笑みを浮かべてくれた。今はその顔が歪みによって冒されていた。身体が激しく崩れ、いびつな物体が背中や肩、脚から生えては彼を包み込む。
「撃てぇ、藤乃!」
 無様にも、藤乃は呆けていた。
 歪虚の大襲来、その最中に起こった出来事を前にして藤乃は混乱していた。上官が狂気の歪虚に飲まれ、変貌していく。肉体が蠢きながら変異していくさまを、藤乃は見せつけられていた。
 キモチガワルイ。
 頭のなかがそんな言葉で埋め尽くされた。上官を助ける方法を必死に考えるが、思考が追いつく前に上官の意識が薄れていくのがわかる。だが、間に合わないと悟っても、動けないでいた。
「どうした、早ク、撃て!」
 上官の声に従って銃を構えるが、視界が乱れていた。熱い雫が目から頬を滑り、顎から落ちていく。引き金に指をかけるときに、ここまで心が揺さぶられたのは初めての経験だった。狙いを定めることができず、銃口が見当違いの場所へ向く。
 手の震えを制御しようと力を入れれば入れるほど、ブレは大きくなっていった。藤乃、と再び上官の声が、耳に届いた。叫びは暖かな声色で、最後の言葉を告げる。
「“今”のお前に殺されるなら本望だ」
「あ……」
 もし、機械のままだったなら……感情を捨てた弾丸なら彼を貫けただろう。
 だが、機械は心を知り、銃を撃つことの意味を知ってしまった。
「あ、あぁあああああ!」
 背負わなければいけなかった、想い人を想うなら、あの時に……。


 闇の中へ消えていった上官は、藤乃の知っている姿とは程遠かった。激しくなる戦場で、銃を取りこぼし、藤乃は泣きじゃくった。自分の感情に溺れるのは初めての経験だったかもしれない。
 狂気の歪虚に飲まれる上官の姿は脳裏に焼き付き、藤乃の思考に影響を与えた。それ以降、人型に対して銃を向けると藤乃は強い吐き気を催すようになってしまった。さらに狂気の歪虚は侵食された人の成れの果て……という考えが振り払えなくなった。
 前線で銃を握ることすらままならない。クリムゾンウェストに来る少し前には、そんな状態にまで陥っていた。軍を去り、かの上官が愛した酒と煙草を好むようになっていった……。
「……ふー」
 彼のにおいを思い出すように、吐き出した煙草の煙を嗅ぐ。手に下げていた花束を石碑に供えながら、教会を見下ろした。目をつむりながら思うのは、いうまでもなく彼のことだった。
 黙祷。
 備えた花束に交じる一輪のスミレの花――花言葉の密かな恋を未だに引きずっている。目を開いた藤乃は自嘲するように、口を開いた。
 あれから、いろいろな事があった。
「ここは面白いよ……あんたみたいな青年にも出会ったしさ。領民のことを大切に思って行動する少女とも話した。そうそう、種族の殻を破って、未知に邁進する主導者もいたっけ」
 もう一度、タバコを吹かして空に溶け込む煙を眺める。
「あぁ、同じような境遇でさ。私と違って心に炎を灯し続けてる……そんな軍人とも一緒に戦ったよ。どいつもこいつも、目前の課題を背負いながら、選択肢を必死に選び続けてる」
 三度目の煙を吐いた時、タバコに限界がきた。吸い殻を灰皿に収めて、もう一度短めに目を瞑る。上官の言葉が、また耳に蘇ってきた。
「……いい加減、貴方におんぶに抱っこも無いわよね」
 無意識に漏れでた言葉が、上官の声にだぶる。
 今度こそ、自分で選び、背負っていかなければならない。ふにゃっと笑みを浮かべて、それじゃあ、と別れの言葉を告げた。また来るからね、と手をひらひらと振る。
 うんと伸びをしてみれば、強い風が丘を下っていく。背中を押す風に心地よさを感じながら、藤乃は次のタバコに手をのばすのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【結城 藤乃(ka1904)/ 女 / 23 / 人間 / 猟撃士】
【上官(NPC)/ 男 / ? / 人間 / 軍人】
白銀のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年07月12日

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