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『「運び屋の気まぐれカーチェイス 前編」 』
飯野雄二aa0477)&淡島時雨aa0477hero001
「さて、そろそろ都内に入るな。まったく、時間をくったもんだな」
 正面に見える都内を示す看板に、飯野雄二は片方の口角を上げた。タバコを吸おうとライターに手を伸ばすが、バックミラーに映った幼女を見て止める。咥えたタバコも即座に灰皿にぶち込んだ。
 それでも、隣に腰掛ける淡島時雨は「あーっ!」と声を上げて抗議する。
「子供の前でタバコはいけないんだー」
「だから、やめたろ。もうすぐ、都内だ。何が起こっても、おかしくないんだから、備えてろよ?」
「いいね。そろそろ、退屈してたんだよね」
 時雨の目が輝き、雄二は苦笑を浮かべた。すぐにでも得物に手をかけそうな時雨に、雄二は視線を向ける。
「時雨こそ、子供の前だからな?」
「わかってるよ」
 雄二の視線を躱し、時雨は後ろを向く。そこには、質の良いふりっとした服を纏った黒髪の幼女がいた。お世辞にも雄二の車には似つかわしくない幼女だ。そして、なぜか知恵の輪を必死に遊んでいる。
「さて、この子を護るためにもう一踏ん張りだね!」
 時雨の張り切りに応じるように、雄二はアクセルを踏み込む。速度を上げる中、車は東京都区内へと吸い込まれていく。ちらりと見たバックミラーには、パトカーが再び群がっていた。

 遡ること、45分前。
 雄二たちは一つの仕事を終え、コンビニで一服していた。雄二はタバコを吸い、時雨はコンビニで買ったドーナッツを味わっていた。ほころんだ顔でドーナッツを頬張る時雨を横目に、雄二はこの後の予定を考える。
「しばらく仕事は入ってなかったっけ……」
 詰まっていた予定がようやく落ち着き、午後からは「休み」となる。何か映画でも見るか、と空をみあげていた折、
「ねぇ、雄二」
 時雨が呼びかけてきた。今に引き戻された雄二が時雨を向くと、彼女は「あの子」と言いながら一方向を指さしていた。
 彼女の指し示す方向を見れば、郊外のコンビニ前には似つかわしくない幼女がいた。辺りをキョロキョロと見渡しながら、あからさまに迷っている感じだ。おまけに着ている服は、ブランド物の子供服ではなかったか。こないだテレビで紹介されていたのを、あまりの値段の高さに雄二は覚えていた。
「何か妙な子供だな。まぁ、触らぬ神に祟りな……時雨ぇ!?」
 そっぽを向こうとした雄二をよそに、時雨は幼女へ無警戒に近づいていく。タバコを灰皿に押し付けて、やれやれと雄二も時雨の後に続いた。
「聞いて、雄二。この子、誘拐された子らしいよ」
 近づいて開口一番、時雨はそんなことを言い出した。訝しげな表情を見せた雄二に、幼女は時雨にしたのと同じ説明をする。つまり、悪い人に連れられて、なんとか逃げ出して、ここにきたけど帰り方がわからない……とかなんとか。
 要領を得ない説明だったが、幼女が嘘をついていないことはわかった。嘘やドッキリにしては、この子は自然過ぎる。
「とりあえず、お嬢ちゃん。名前を教えてもらおうか?」
「大厳寺まい」と幼女は答えた。大仰そうな名字と、逆にかわいらしい名前のギャップがすごかった。重ねてお父さんの職業を聞くと、「えらいひと」とざっくりした答えが帰ってきた。
「ねぇ、雄二。この子を家に帰してあげよう」
「待て、時雨。先に調べるから……」
 父親の名前も聞き出して調べてみれば、誰しもが知っている国際的な大企業のサイトが出てきた。その人物は重役として企業理念を語っていた。掲載された写真を見せれば、間違いなくパパだという。
「パパね」と呼称に苦笑を浮かべながら、雄二ははたと思い出す。
「あぁ、そういえば……誘拐騒動があるっていってたか」
 終えたばかりの仕事相手が、ニュースなのか裏情報なのか……重役の娘が攫われたと口走っていた。単なる噂かと思っていたが、どうやら事実らしい。事実を物語る幼女まいは、今にも泣きそうだった。
「ねぇ、この子を家に帰してあげようよ」
 重ねてなされた時雨の提案に、雄二は聞こえるように嘆息した。
「いいか、時雨。こういうのは、警察とかに任せて……」
「おじちゃんたちが、家まで連れてってくれるの?」
 一番はっきりした声で、まいは二人に訴えかけた。雄二は「あー」と何て返そうか考えてから、目線を合わせるべくしゃがんだ。
「あのな、お嬢ちゃん。俺たちは運び屋っていって運ぶのが仕事だ。仕事である以上、報酬……つまりお嬢ちゃんから何かをもらわないといけない。お嬢ちゃんにそれが払えるかい?」
「払うもん! 絶対、ぜーったいに払うもん!」
 語気を強めてまいはいう。雄二はニッと笑みを浮かべ、まいの頭を優しくなでてやった。
 払うとはっきり言われては、やるしかないな。雄二は立ち上がると時雨を振り返った。
「時雨、もう一仕事だ」
「それでこそ、雄二だよ」
 
 十分後、早くも雄二は激しく後悔していた。
「……もうルートがねぇぞ」
 検問によって東京近郊の道路は封鎖されまくっていた。警察に見つかったら、確実にレースが始まってしまう。どうしたものか、と唸る横で時雨がしれっと言ってのけた。
「あんまり時間かけちゃダメだよ。知恵の輪とけちゃう」
 バックミラーに映るまいは、知恵の輪を弄っていた。雄二が、これがとけるころには家に着いていると言って買い与えたのだ。もって一時間半といったところだろうか。
 やるしかないか、と覚悟を決めて検問の中へ突っ込んでいく。警察に止められ、後ろの子供について聞かれた雄二は「この子と姉妹で、親戚の子なんですよ〜」と茶目っ気たっぷりに言ってみた。ダメだった。
「はい、失礼!」
 疑われたとわかった瞬間、雄二はおもいっきりアクセルを踏み込んだ。エンジンが唸り、愛車は急発進をきめた。後ろではパトカーが検問から追跡のため動き出そうとして、団子になっている。
 けたたましいサイレンを耳にしながら、時雨は笑みを浮かべた。
「あーあ、やっちゃったね」
「こうなったらやるしかない。しっかり捕まってろよ」
 スピードメーターが壊れるんじゃないかという勢いで速度を上げていく。幸い広い道路に信号はずっと青。人気も少ない道だから、車は疾走する。ちょっとした段差だけでも、激しく車内が揺れ動く。
「あぶっ! まいちゃん頭を抱えて丸くなって!」
 舌を噛みそうになりながら、時雨が後部座席へと叫ぶ。舞は知恵の輪を片手に、すぐに丸くなった。視線を前に戻すと同時に、時雨はさらに声を張り上げた。
「雄二、この先って確か川だよ!?」
「わかってるって、なぁ!」
 ちらっとバックミラーに映るパトカーの群れを見る。テレビのサバンナ特番で見たバッファローの群れに似ている。さすがにフロントガラスの奥までは見えないが、必死なんだろうな。10分も経たないうちに水の匂いが濃くなった。
「時雨もちったぁ、頭押さえてろよ!」
「え……ちょっと、何を……」
 時雨の顔色がにわかに悪くなる。かつて多くの妖魔と戦ってきた表情はそこにはなく、一人の少女として雄二がやろうとしていることに不安しかなかった。さらに雄二は速度を上げるべく、アクセルを踏み込んだ。
「いぃぃぃぃぃぃぃ!?」
 川がぐんと迫ってくる。土手に前輪がかかった瞬間、絶妙のタイミングで雄二はハンドルを振り切った。急ドリブルで雄二たちの身体に強い斥力がかかる。サイドミラーを除けば、派手なジャンプをかましたり、横転したり、回転したり……幾つものパトカーがもみくちゃになりながら、積み重なっていく。
「あーあ、やっちまったな……っと」
 悪戯な笑みを浮かべていた顔つきが、バックミラーに映った一台の車を見た瞬間に冷めた。あきらかにパトカーではない、大型のワゴン車が雄二たちを追っていた。縦横無尽に跳ねまわるパトカーの間を抜けて、黒のワゴン車が踊り出る。
「んー、まいちゃんはどんな車に乗せられたか覚えているかい?」
 ガタガタ揺れる土手から舗装された道路へ舞い戻り、問いかける。
 んー、と唸るような声が聞こえた後、
「黒くてしかくいの!」
 精一杯の声でまいは答えを告げた。まいの答えイコールあの黒ワゴン車であることは、明白だ。誘拐犯が警察に姿を晒してまで、姿を現したらしい。
「向こうは向こうで、必死みたいだな」
 先頭を走るのは雄二たちの車、ついで黒のワゴン車。そして、ワゴン車が引き連れるようにしてパトカーが追いかけてくる。次の一手をどうしようかと雄二が考えている間に、ワゴン車は加速に加速を重ねて迫ってきた。
 慌てて軽くハンドルを捻って、黒いワゴン車をいなす。並走状態になったかと思えば、すぐさま追い抜いていく。
「何やってんだ、ありゃあ」

「あぁあああああああ! 止まんねぇええ!?」

「……あーあ」
 誘拐犯らしき男たちの悲痛な大合唱が、雄二たちにまで届いていた。派手な水音が続いて聞こえ、水柱があがるのが見えた。二の舞いを演じるわけにはいかないと、カーブを一回、二回と曲がって橋へと差し掛かる。
 ここにも検問が用意されていたらしく、道を塞ぐようにパトカーやバリケードが用意されていた。
「さて」と接続詞を枕詞に、雄二は再び時雨とまいへ頭を抱えるように宣言した。再び上がるスピードに重力を感じながら、ちらりと開けた薄目で時雨はしかと見た。
「うわあ」
 車がバリケードの一つを台にして、まっすぐに飛んだのだ。そして、強い衝撃が尻から突き上げた。車はなんともなくそのまま右往左往する警察の中を走り抜けていく。その先には、都内へと続く道が開けていた。 
 乗用車の間をすり抜けながら、雄二たちは田舎道をひた走る。次第に多くなる建物に、都会の風が感じられた。都内を示す看板の向こうには、トンネルが見える。あの中を突っ切れば、いよいよビルが立ち並ぶ場所に出ることだろう。
 そこからが、正念場だ。
「さて、そろそろ都内に入るな」
 雄二はそう語りながら、タバコに手を伸ばすのだった……。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【飯野雄二 (aa0477)/男/22/種族:人間/クラス:生命適正】
【淡島時雨(aa0477hero001)/女/18/クラス:ドレッドノート】
【大厳寺まい/女/?/誘拐された幼女NPC】

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2016年07月12日

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