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『夜明けを求める鴉 』
メグルaa0657hero001)&真壁 久朗aa0032

 メグル(aa0657hero001)は、窓の外に視線を移した。
 香港の戦いも終わり、数日が経つ。
 今はエージェントも事後処理に携わり、奔走している段階──メグルも事後処理に携わっており、今日も香港で一夜を過ごす。
(でも、僕は何をしているのか)
 今日したことを並べてみても、そんなのエージェントでなくても出来るだろうとしか思えないものばかりだ。
 自分にしか出来ないこと。
 メグルはそう思い至らせ、手を握り締める。
 そんなことを思ったから、広州の天空塔において──
(それで、あの様)
 自分の驕りの結果、『無傷』の自分が見たのは、共鳴が解除され、深い傷を負う落ち度のない能力者の姿。
 何か出来ることがあるだろうと思い、彼女から主導権を得た。会話で時間を稼ぎ、同時にまだH.O.P.E.も掴み切れていない能力を引き出せればと言葉を向けたが、水晶塔での戦いと違い配下の愚神を引き連れていた上自分達の背後では従魔討伐及び一般人救助に動いている。配下の愚神も倒すべく動いている。……そうした状況で、彼の愚神、幻月だけ会話で気を引くというのは無理があった。
 会話誘導を考えていたエージェントは軒並み重い傷を負っており、幻月が面白いと思う会話でもなかったのだろうと思うが、全ては終わったことで、結果を見るだけなら『誰でも出来る』
(僕は──)
 メグルが握り締める手の力を強めた、その時だ。
 視線の端に、誰かがふらりと姿を現したことに気づく。
 メグルが思わず視線を動かすと、真壁 久朗(aa0032)の姿があった。
「どうかされました?」
「水でも買おうかと」
 今の時刻は深夜といっていい時間帯……久朗もメグルと同じく事後処理に携わるエージェントで随分動いていた。
 急に目が覚めたのか眠れないのかメグルには判断つきかねるが、久朗は自動販売機から買った水のペットボトルを取り出している。
(水)
 メグルは、あの時の能力者の言葉を思い出す。
 心からの叫び、吼えたと言ってもいいだろう。
 あの時の能力者の窮地を最終的に救ったのは、最後にその場へやってきた久朗だった。
 自分は、何をした?
「どうか、したか?」
 久朗の声でメグルは我に返る。
 知らない間に久朗を食い入るように見ていた。
 今いる休憩室に灯りはつけておらず、香港の夜景のお裾分けが全てである為久朗の表情はよく見えない。
「何でも、ないです」
「そうか」
 メグルがそう答えると、久朗はそれだけ言う。
 沈黙が舞い降りるが、メグルは少し違和感を覚えて久朗をまた見た。
 夜景を見ながら水を飲む久朗の横顔は、やはりよく見えないが、何となく、『見ていない』気がする。
 そして、実際その通りであった。

 久朗は、購入したばかりの水のペットボトルに口をつけながら窓の外をぼんやりと見ていた。
 香港の夜景は、変わらない。
 九龍のスラム街の水に狂化薬を投入しようとしたヴィラン、アシッドを阻止したあの日見た夜景と同じだ。
(本当に、同じでいられるのだろうか)
 久朗の脳裏に、天空塔での戦いが蘇る。
 屋上での戦いにおいて、重い傷を負う者は少なくなかった。
 その中でも、理由は異なるが、レイヴンのメンバーは4人と多く、総合的に見て9人であったことも踏まえれば、半数近い。
 あの時、何をしていた。
 撤退を助けようとして撃たれた、散々玩ばれた、突き落とす為にリンクバーストを選択して率先して追い詰めた末のバーストクラッシュ、全て引き継いで、幻月と共に屋上から飛び降り、そして──
『来て、くれると思ったッスよ……』
 笑顔と言葉が蘇る。
 それは、生きていたから聞けた言葉だ。
 もし、あの時、そうではなかったら。
 誰が欠けても、レイヴンは本当の意味でのレイヴンではない。過去の自分を支えたのが、あの幼馴染なら、今の自分を形成するのはレイヴンだ。
 同じではなく、足元から崩壊する。
 その時、どうすればいいのだろう。立っていられるのだろうか。
 想像するだけで、自分の目の前が真っ暗になる。
(俺は、何もやってない)
 過ぎる数々の中には、重い傷を負う皆がいる。
 どうして俺は何もしていないんだという思い、何もしていなくてすまないという思い、そして。

 ドウシテオレデハナインダ

 自分の中で何ひとつ答えが出てこない。
 形容出来ない気持ちを表現することも出来ない。
 無心で身体を動かしても答えは出ず、眠れない夜は長い。

「真壁さん──」

 メグルの声が不意に漏れた。
 久朗に向けられているものだが、自問自答を繰り返す久朗には少し遠い。

「水を見ると、アシッドの件を思い出しますね」
「ああ」
「あの時、日本で簡単に水が飲めるのが凄いというのを知った気がします」
「そうだな」
「海外では水は購入するものだったんですね」
「ああ」
「水は高いそうで……。九龍のスラムで水を購入しなければいけなくなったら、それだけで彼らの生活は圧迫されていたかもしれません」
「ああ」
「久朗さんがIDカードを預けると言わなかったら、あそこまでの結果はなかったと思います」
「ああ」

 メグルは何処か上の空の久朗へ言葉を投げながら、自分の心の中で育っていた言葉が止まらなくなってきていると解っているが、止められず、それは口に上った。

「僕は、何も出来なかったのに」

 久朗は、その言葉でやっと自問自答の世界から抜け出した。
 メグルに対して上の空であった自分を自覚したのだ。
 そして、メグルの言葉の響きは──

「俺は、何もしてない。出来なかった」

 メグルもその言葉の響きで、止まった。
 久朗は謙遜でそれを言っているのではなく、本心からそれを言い、自責すらしている。
 1歩、窓に向かって久朗が歩いたので、やっと久朗の表情が見えた。
 その表情は憔悴の色が強い。

 何故?

 メグルは、久朗をとても強い人だと思い、信頼と尊敬を持って接していた。
 が、今は折れそうな危うさの色合いを濃くしている。
(あ……)
 久朗が見ている方角が広州であることに気づく。
 具体的にこの方角だと思って向いている訳ではないだろうが、それでも、メグルにはそれだけで解った。

 どうして、誰も僕を責めないんですか。

 自分の無力を責める気持ち。
 責めない周囲に苛立つ気持ち。
 ……それは、この人も同じなのだろう。
 今、彼にも余裕がないのだ。
 彼は、自分と同じ気持ちを抱いている。
「僕は、どこかで真壁さんに叱られるか赦されるかしたいと思っていたかもしれません。僕が驕らなければ、きっと重い傷など負わなかった」
 久朗は、今まで自分はメグルの何を見ていたのだろうと思った。
 メグルはいつも理性的で、自分の感情ひとつ解らない自分とは違って、自分を客観視し、切り替えも出来る自立した大人だと、思っていた。
 けれど、今はそうではないように見える。
 メグルは、自分を責めている。赦していない。
「俺は……俺が、もっとしっかりしていればと、いつも思っている。誰かを叱ったり、赦したり出来る程、偉くない」
 メグルは、叱られたり赦されたりした訳ではない。
 答えが出るように導かれた訳でもないし、何かを諭された訳でもない。
 ごく単純に久朗が自分にはそんなことは出来ないという理由説明をされただけなのに、少し心が軽くなった気がした。
 それは、『同じ』思いを抱えていると解ったからだろう。
 彼が強いと感じたのは、彼が痛みに鈍いから。
 その彼は、弱くなっているのだろう。
 レイヴンを束ねる以上、時として誰の意見にも流されず前を向いて決断して、皆の先頭を歩かなければならない時もある。
 けれど、彼を弱くさせているのが自分達への想いであるなら、そこまで想ってくれるなら……後ろは任せていいと言えるようにはなりたい。
 頼って、いいのだと。
「本質的に似ているのは『あちら』だと思いますが、今は僕の方が似ていますね」
「……?」
 メグルが声に出すと、久朗は不思議そうな顔をした。
「僕も、真壁さんと同じことを考えていました。だから、今の僕には真壁さんにそんなことないとかそういうことは言えません。僕は僕で手一杯で、そんな状態で真壁さんに偉そうなことは言えません。でも──」
 同じ人がいることだけ、知っていて貰えませんか。
 久朗は、メグルの顔を見た。
 やはりその表情は香港の灯りのお裾分けで見える範囲になるが、明るいものではない。
 責めることも赦すことも出来ないのは、優しさではなく、自分も同じで、自分も今手一杯だ。
 答えが出ている訳ではないのに、メグルの言葉は今の久朗にとっては受け入れられた。

「ああ」

 それは、先程とは違う響きだった。
 上の空ではなく、きちんと聞いたからこそのもの。

「向き合えばいいと、解ってはいるのですが」
「……そうだな」

 何か話をすれば。
 そう思っていても、何を言えばいいのだろうとも思う。
 自分がどうしたいかの答えが出ないのは、結局、向こうと向き合っていないから。
 そのことだけは、同じ思いを抱える目の前の存在と話したことで、解った気がする。

「お互い手一杯ですね」
「……少なくとも、メグルは俺より解ってる分いいと思うが」
「こう見えて、僕も朴念仁の可能性がありますよ?」
「朴念仁と思っていたのか」

 答えなど出ていないのに、久朗とメグルはどちらからともなく、口元を綻ばせた。

 夜明けはまだ遠く、答えはまだない。
 けれど、孤独ではない。
 同じ思いを抱く存在が、同じように足掻いている。
 助ける余裕などない。
 ただ、同じように足掻いているという事実を知っているだけ、それだけだ。

 それでも──その事実が、彼らを答えに向かわせる。

 夜明けは、いつになるだろうか。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【メグル(aa0657hero001)/?/22/言葉語れぬ深き夜の鴉】
【真壁 久朗(aa0032)/男/24/言葉象れぬ深き夜の鴉】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木です。
この度はご指名ありがとうございます。
「【東嵐】希望玩ぶ天空塔」以後想定とのことでしたので、【東嵐】大規模作戦後、事後連動日程位の夜を想定しています。
彼らが答えを見つけるきっかけとなるよう心情中心に描写を行わせていただきました。
見つけた答えで夜明けを迎えられますように。
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真名木風由 クリエイターズルームへ
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2016年07月19日

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