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『●カレーと忍者と六月の花嫁 』
小鉄aa0213)&エミナ・トライアルフォーaa1379hero001

「――梅雨どきは、雲がちな空模様になると聞いていましたが、本当にこのところ毎日ですね」

 ともすれば小雨に変わりそうな曇り空の下、依頼を受けたエミナは一人で街を歩いていた。
 普段は身に着ける事の無い華美なヒール靴が、多湿にしっとりとした路面を踏む。

「……? おや、あれは……」

 ふと道端を見ると、街角で犬のように姿勢を低くし、鼻を利かせてぶつぶつ何か呟いている黒ずくめの男の姿が。あまりにも怪しいので、道行く誰もが彼の事を避けて遠巻きに歩いている。
 エミナは少し考えた。

(なるほど、温かくなると変質者が増えるそうですし、あれもその類ですか。ここは無視が得策でしょう)

 そう思ったエミナは変質者の横をスーっと通り過ぎようとする。

「匂う……匂うでござる。拙者を誘うこの香りはッ――」

 が、通りすがりに耳に聞こえた声はよく見知った知り合いのもので。

「……小鉄?」

 思わず口をついて出た名前に、黒ずくめ――もとい、忍者装束の青年が振り返った。やはり、小鉄である。

「トライアルフォー殿?! そ、その恰好は一体……」

 彼はエミナの顔を見て驚いた顔をした。それから彼女の装いを見て、もっと目をぱちくりさせる。

「……ご結婚おめでとうございまs」「違います」

 無表情が繰り出す鋭いツッコミに「で、ござるよな〜ハハハ」と取り繕う小鉄。
 エミナは自身の身に着けている鮮やかなオレンジ色のドレスの豊かなティアードを少し指先で弄んだ。顔には表れないが、着慣れなくて煩わしいのかもしれない。二次会用のカラードレスであろう、左脇に寄せられた共布の花とリボンが華やかな印象である。

「……とあるブライダルコンサルタント会社からの依頼で、ドレスのモデルを頼まれまして」

 是非! という強い語気を断り切れず、能力者の興味本位から白羽の矢が立ってしまった訳だ。
 小鉄もその依頼には聞き覚えがある。

「ああ、英雄をたーげっとにした依頼でござるな。拙者も募集を見たでござるよ」
「……稲穂の、ドレスですか」

 少し見たい、と思ったのだろうか。エミナの左目で歯車模様が光った気がした。
 小鉄は頷く。

「うむ。しかしドレス姿は見た事がある故、やはり次は白無垢姿が見たいでござると言ったところ、何故か平手を食らってしまい……」
「……どうしてですか?」
「分からないでござるよ。そのうえ照れ顔で『こーちゃん何言ってんのよ!』と怒られる始末……拙者、何か失礼な事を言ってしまったのでござろうか? ドレスも綺麗でござったが、と褒めただけなのでござるが、」
「……そうですか。ちょっと分かった気がします」

 エミナは鈍感な忍者に音も無く息を吐く。彼は、それで一人きりなのだろうか。

「しかしトライアルフォー殿、何故ドレスを着ているのかは分かったでござるが、会場はあちらの教会ではなかったでござるか?」
「ああ、はい。会場の設営などに大分時間が掛かるそうで、暇つぶしに少々散策を。
 小鉄こそ、こんな所で、何か探し物ですか? 失礼ですが、少し変質者に……いえ、変質者にしか見えませんでしたが」
「おお! そう、そう、匂いでござる!」
「……匂い?」

 エミナが首を傾げると、小鉄は覆面を少し持ち上げ、すんすんと鼻を鳴らす。

「左様、トライアルフォー殿も感じるであろう……この芳しい香りを!」

 瞳だけに訝しみを滲ませつつ、エミナもそれに倣う。すると――

「……本当ですね。良い匂いです、カレーでしょうか」
「うむ、うむ……しかし、このあたりにカレー屋などあったでござろうか……ムム?!」

 嗅覚を頼りに路地へ入って行った小鉄が声を上げるので、エミナもその通りを覗き込んだ。

「……おや、こんな場所に。よく気が付きましたね、小鉄」
「新しいカレー屋さん、発見でござる! 拙者、丁度昼飯時で空腹だった故……」

 二人が見つけたのは、まだオープン祝いの小さな花飾りの飾られたカレー店。こじんまりとして、インテリア等が本場の味を連想させる店構えだった。外壁に所狭しと張られたメニュー類が大いに食欲をそそる。
 ――時刻は、12時を少し回った頃。エミナも小腹がすいてきた頃合いではあっただろうが、それよりも、彼女はきっと。

「良かったら……一緒に入りましょうか」
「! 本当でござるか、トライアルフォー殿!」

 嬉しそうな小鉄を見ても、エミナの表情は変わらない。けれど手の甲のディスプレイには、柔和な笑顔が表示されている――小鉄はそれを見逃さなかった。彼も手の甲と顔を両方同時に見る事に随分慣れてきたものだ。

(――最初見た時は、無感情な人物だと思っていたでござるが……実際は、感情豊かなのでござろうなぁ)

 そう知ったのも、思えば最近の事だ。彼女とは、何かと行動を共にすることが多い。
 ……カラリ。ドアベルを鳴らすと、アジア系の色の黒い店員が二人を席に案内してくれる。

「トライアルフォー殿……! あれを見るでござる!」
「小鉄。言われなくても、真っ先に目に飛び込んできましたよ」

 席に着くなり興奮気味の小鉄が指さしているのは、壁にデカデカと張り付けられた『激辛カレー全て食べたら金一封』のチラシ。

「店員殿!」

 早速、小鉄が意気揚々と声をあげた。

「この激辛カレーに挑戦するでござる!!」
「……本気ですか? 痛いだけですよ? 折角食事をするのに……」

 そう声を掛けたエミナだが、小鉄の眼光を見て言うのをやめた。
 黄色い強調フキダシで『挑戦者求ム!』と書かれれば、この忍者が黙って居られない事は彼女もよく承知している。
 ……しかし、激辛は伊達では無かった。

「うっ?!」
「これは……」

 テーブルに激辛カレーが出てくるやいなや、二人は眼球に痛みを感じた。
 皿の上には煮えたぎる深紅。大量の香辛料の塊は、匂いたつ湯気ですら人間に強烈な痛覚を齎すのである。それでも、小鉄は勇気を振り絞るようにしてスプーンを握る。
 エミナは覆面をしたままの小鉄を、どうやって食べるのだろうとじっと見つめていたが、瞬きを終えたときにはもうスプーンの上からカレーは消えていた。……一体どうやって食べているのだろう。
 が、一口食べたらしい忍者は戦慄を極めた。

「……こ、この辛さを、全てでござるか……!?」

 信じられない、これが人間の食べ物だろうか? たったスプーン一杯を口内に含んだだけで、彼の顔面にはおびただしい脂汗が噴き出していた。味覚などと言う生易しいものではない。これは痛み、ただひたすらの痛みである。

「トライアルフォー殿……」

 小鉄がエミナの方を見ると、彼女は普通のカレーを無表情でむぐむぐ頬張っている。

「が ん ば っ て ー」

 更に、ゆっくりはっきり、ありがたい応援のお言葉が。
 棒読みと辞書で引いたらこれ以上相応しい例は無いというくらい感情の籠っていない棒読みで。

「ウッウッ……トライアルフォー殿なんてドレス汚して困ってしまえばいいでござる」
「子供ですか。そんな下手は打ちません」

 と言いつつカレーを食べ進めるドレスの少女。傍らには半泣きの忍者。
 店員も何も言わないが、非常にシュールである。無音に耐えきれなくなった小鉄が、もう一度友人の名を呼ぶ。

「トライアルフォー殿……」
「はい」
「このカレー、助けて欲しいでござる……」
「……だから本気ですかと聞いたのです」

 スプーンを持つエミナの手には、ジト目の顔文字が表示されていた。

(まあ、いざとなったら助けないでもないと、思ってはいましたが)

 エミナが腰を上げると、彼女の胸元で贅沢なフリルがはり、と揺れた。そのまま、小鉄の隣に座ろうとする。
 狭い席ではそうもいかず、半分彼の膝に座るような体勢になってしまった。が、それを気にするほど二人は気心知れない間柄でもなく。

「か、かたじけないでござる……」
「小鉄は頼りになりますが、お調子者だと認識しています」
「ぐっ……善処致す」
「いいえ」

 小鉄とは時々遊びに行ったりする仲だが、エミナは最近よく、こう思っていた。

「小鉄と話していると、色々新鮮で楽しいのです。
 うまく言えませんが……小鉄は、小鉄のままで良いと思います」

 思いがけない台詞を耳にして、小鉄は痛覚に浮かされた頭が少しだけ冴えるのを感じる。でも、気の利いた事が言えるわけでもなくて。

「……左様でござるか」
「はい」

 エミナは激辛カレーを口にしても表情も変えず、汗一つかいていない。
 しかし、手の甲のディスプレイに表示された顔文字を見ると、小鉄は少し噴き出してしまうのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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・小鉄(aa0213)
  自称・サイバーニンジャ。脳みそ筋肉で出来てるんじゃないかという噂がある。
・エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)
  医療マシンの英雄。実は食いしん坊なのでカレー二杯くらい余裕である。

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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清水です。ご依頼に感謝を、そして、長らくお待たせした非礼をお詫び申し上げます。
伺った時からお二人の仲睦まじさを感じさせる作品にしたいと意気込んでおりまして、イラストから感じる事も多々ございましたので、そちらも盛り込んだ仕上げとなりました。各所、蛇足にならなかった事を祈るばかりです。
この度は清水澄良にご縁を賜り、誠にありがとうございました。
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2016年07月22日

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