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『睡歌 』
常塚咲月ja0156


 しとしとの涙雨。
 ぴかぴかの鬼光。

 でも、それはやがて、水彩絵の具の世界へ弱く掠れていくから。

 瞳の景色も、
 心の景色も、

 ――夜のち咲く。




 本日の物語は、そんな花模様。



 佇まいは、ひっそりと。
 古民家は独特の空気と香りで。
 此の時期の花々――向日葵、梔子、百日紅などが客を迎える。

「雨の音……匂いもする……。デート楽しんでるかな……凛月さん……いじめられてないかな……」

 馳せる双眸。
 その情景に、ふっ、と、目許を弛ませて。

「でも、きっと……二人にとってぽかぽかする時間になってる……はず……」

 下には紺のショートパンツ。
 上にはフレンチスリーブのパーカー。彼女の情に呼応するかのように、フードがふわりと揺れた。

 家主の一人――常塚 咲月(ja0156)は、一度、緩慢な瞬きをすると、小首を傾げるように左側面を向いた。その先には、ぽっかり、趣ある坪庭な空間が。

 しとしとしと、と雨粒。
 ぴちゃんぴちゃん、と土花弾き。
 ふわりふわり、と揺れる香。

 そんな風情を幾度か眺め、ふぅ、と息をつく。

「ん……とりあえず……デッサンと下塗り、終わった……。やっぱり……此処からの景色見ながらだと、進む……。晴れでも、雨でも、雪でも……空の表情が違うだけで……絵の表情も少し、変わる……? 楽しい……」

 ――。

 彼女は“あの日”。
 旅行先で天魔の戦闘に巻き込まれた“あの時”。
 幼馴染が盾となって自分を護ってくれた“あの瞬間”から――咲月の世界は変わった。

 だから、
 心と並行するほど大好きな絵よりも、撃退士になる道を選んだ。

 だが、絵を描くこと自体が絶たれてしまったわけではない。



「今回のメインは……やっぱり、睡蓮と月……かな……。完成したら、先生にも見てもらおう……」



 咲月は、大きな真白のキャンバスを用意した。
 壁の一面を利用して立て掛け、脳裏に練っていた構想をそのまま、筆にのせて――デッサンと下塗りで淡い色彩を生んだ。

 淡い青で水。
 柔らかな夜。
 光粒に星。
 微笑む三日月。
 ――穏やかに在る、夜咲睡蓮。

「ん……下塗りも乾いたし……。そろそろ色、つけてこ……」

 愛用の筆を手に、乗板に足を預けた。
 咲月の細い腕が緩やかに奏で、“一枚の世界”を描いてゆく。

 一途に塗って。
 時には重ねて。
 濃く、淡く、心を色彩に委ねて――。





 その時、

「――?」

 ピカッ、

「っ……!」

 ドオオォォォンッ!!!

 一瞬の稲光を視認した時には、既に雷鳴が轟いていた。
 その音で、咲月は漸く気付く。
 外は土砂降りで、坪庭の眺めは酷く濁っていた。
 彼女の周囲を把握する反応が極端に鈍る理由――それは、キャンバスへの過度な集中なのだが、昔からの癖を今更直せるはずもなく。

 再び雷鳴。

「ひ……っ、でんわ……っ」

 わたわたっ。

 咲月は乗板から滑るように降りると、傍のテーブルに置いてあったスマホを震える指先で攫い、一目散――押入れの中へ隠れた。

 暗闇。
 だが、静寂は訪れなかった。

「ひぅ……!」

 苦手、嫌い、怖い――。

 その無情な音は咲月の耳を衝き、心臓を乱暴に掴む。
 手のひらから逃げ出しそうになるスマホを慌てて受け止め、通話の履歴をタップした。案の定、幼馴染の彼の名前は一番上に表示されていた。彼の名が、今にも泣き出しそうになる深い緑の瞳に微かな安堵を差すが、

「(駄目……邪魔、したくない……)」

 彼はきっと、“今”を“彼女”と楽しんでいるだろうから。
 睫毛と指先が細波に揺れる。

 ――。

 きゅっ。

 唇を引き結んで。
 咲月の人差し指が、彼を呼ぶことはなかった。

 雨の音。
 雷の音。
 ――鼓動。

 誰か、誰か、誰か――。

 声にならない叫びが、心の中でぐるぐると反復する。

 だが、

 ドオオォォォンッ!!!





 ――天の嘶きに半瞬遅れて、咲月は“気配”を感じたような気がした。





「(……誰か、いる……? う……でも、彼が帰って来るには……早い、よね……?)」

 しかし、本能が告げている。

 穏やかで、
 あたたかくて、
 身を委ねられる空気と温もり――。

 雷鳴が思考の糸を固く絡ませようとするが、咲月の耳には微かに、だが、確かに聞こえた。



「――つき……く……?」



 頭で考えるよりも早く、身体が応えていた。
 襖を開けた咲月は、低い目線をそのまま、確認もせずに目の前に佇んでいた“彼”へ抱きついた。一瞬、彼は驚いたように「おっと」と、小さく声を上げたが、咲月の両肩を優しく包みながら膝をつく。

「大丈夫だよ、咲月君」
「なんで……」
「彼から連絡をもらってね。君のことが心配だから、様子を見てきてほしいって」
「……っ、大丈夫……怖く、ないから……っ」
「何を意地張っているんだい。一人で不安だったんだろう?」
「ん、んん……へいき、だもん……」
「……。分かった。君がそう言うのなら仕様が無い、か」
「え……?」
「俺は御暇するよ。彼にも、君は“平気だった”と伝えておく。お口に合うか分からないが、昼に作ったお惣菜を持ってきたから後で食べなさいね。御勝手に置いておく――」
「や……い、行かないで……やだっ……!」

 言い置いて腰を浮かそうとする彼の手首を、ぐぃ――。
 彼女のその様は、まるで駄々をこねる幼子のようで。引っ張った腕を、ひし、と、咲月は自身の胸元へ寄せた。

「……ごめんよ、冗談が過ぎた。大丈夫だ、君が怖くなくなるまでちゃんと傍にいるから」
「う……せん、せ……の……意地悪……」

 咲月は、僅かに責めるような視線で彼を見上げる。だが、彼――藤宮 流架(jz0111)は、平素と変わらぬ柔和な眼差しと微笑みで咲月を見つめていた。










「(狡い……)」

 その――“安堵”が。




 こぽこぽこぽ。

 湯呑み二口。
 黒塗りの急須から湯気と香りが昇る。

 雨は只、静かに降り注いでいた。
 時折、稲光が雨雲を走るが、雷鳴は遠退き始めている。

 蝶柄の湯呑みを咲月に手渡しながら、流架は穏やかな声音で問うた。

「少しは落ち着いたかい?」
「ん……。先生……ありがと……。凄く嬉しいけど……断って良かったよ……? 用事あったでしょ……? 一人でも大丈夫にならないと……」
「今日の用事は既に済ませてあったから平気だよ。それに、君のことは心配したが……所詮、俺は彼の代わりにしかなれない」
「……?」
「彼の体温の方が安心するだろう?」
「んー……そんなこと、ないよ……? 甲乙つけがたい……」

 くすり。
 目線を伏せた流架が、呼気で笑んだ。

 温かい緑茶で喉と心を潤して、息をつく。鼻腔に、微かな柚子が香った。
 咲月は茶の水面に視線を落とし、ぼんやりと呟く。

「何時も、幼馴染や先生が傍にいるわけじゃないから……私も……頑張らないと……」
「頑張る?」
「ん……少しずつ、慣れていかないと……」
「ふむ。努力することは素晴らしいが、無理なことに一人で向き合わなくてもいいんじゃないかな?」
「う……?」

 咲月の千歳緑が、彼の翠玉へ移る。
 同色の緑――。
 だが、窺い知れるココロは互いに“違う”のだろう。

「周りに甘えながら、助けてもらいながら、少しずつ――咲月君のペースで、ね」

 彼は、ふっ、と、目笑すると、咲月が言を次ぐ前に視線を横へ滑らせ、それとなく尋ねてきた。

「あれは、君の作品かい?」

 流架の瞳は、夜咲睡蓮と三日月の絵画へ留まっている。
 湯呑みをテーブルへ置き、咲月は、すす、と、彼の傍らへさり気なく添った。そして、短く顎を引く。

「ん……今、描いてる絵……。久しぶりに大きい作品……良い構想が浮かんだから……完成したら、もう一度見に来てくれる……?」
「ああ、勿論」
「良かった……嬉しい……」
「その時の天気は雷じゃなければいいね?」
「う……!? うー……どうしてそういうこと……むぅ……」
「ふふ。――おや、これは……睡蓮かい?」
「あ……うん……。モチーフにしたのは、初めて……だったかな……」

 清しくも艶めき、夜の間に開花する白花。
 まるで、最も美しいその時間に相俟っているかのように、此の花にはもう一つ“別の顔”が存在する。

「先生、知ってる……? 夜咲睡蓮は媚薬の材料でもあったんだって……」
「媚薬?」
「ん……。もし、本当に媚薬があったら……先生は使ってみたい……?」
「――俺が?」

 流架が意想外な顔をして、首を傾げるように咲月を見た。
 同じくらい、たった今、自分の口を衝いた言葉に咲月自身も驚いていた。繊細な指先が、無意識に唇へ触れる。何とはなしに気まずくなり、咲月は、やや、目線を伏せながら右耳に髪をかけた。

 流架がひとつ、深い溜息を零す。

 咲月は、はっ、と、固唾を呑み、彼の横顔を見上げた。流架の目線は睡蓮に――だが、心は何処か遠くを見据えているようで。

「……その愛は、ひと時の“願い”なのだろうね。僅かな密を愛し合えたとしても、夢の記憶になるのなら……俺は、俺の“大切な人”には、“俺”を愛してもらいたい」

 言に乗せた想いを口ずさむように。

 瞳に、
 胸に、
 心に、
 切に――。

 色が染み渡るように、咲月の“絵画”へ手形を残した。

「そっか……流架先生の特別になれる人は、きっと幸せ……だね……」
「うん?」
「先生の温もりも、感情も……本当に優しいから……そんな先生の“一番”になれる人は……幸せになれる……羨ましい、よ……?」
「……ふふ、そうかな。ありがとう、君に言われると心強いよ」
「ん……」

 ――。

 願うほど、つらくなるのは何故だろう。
 隠した本音はない。

 ないはずなのに、

 どうして。
 この胸の内はこんなにも――、





「(…………いた、い…………)」





 手のひらを重ねて、心に寄せる。

 私の感情。
 私の色。
 私の世界。















「(大切で貴いのは……輝いているのは……)」

 雨は耳に、
 彼の心は――。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0156 / 常塚 咲月 / 女 / 21 / 遠く、月は光る】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 遠く、巡るまで】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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平素よりお世話になっております。
愁水です。

冒頭は幼馴染様のノベルと対にさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
今回も趣あるご依頼をありがとうございました。二人の心の度合いやラストなど、お気に召して頂ければ幸いです。

此度のご縁に感謝を籠めて。
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エリュシオン
2016年07月28日

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