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『【My Heartache】 』
パトリシア=K=ポラリスka5996


●めぐり、めぐる。

 ――ナンだ、これは。
 ああ、本当に……ナンなんだよ、これは……!

 低く雲が垂れ込めた灰色の街は、至る所に死の匂いが充満していた。
 飛来したヘルメットワームの攻撃を受け、林立するビルは崩壊し。
 猛獣をベースに作られたキメラは、まだ生きている『獲物』を求めて徘徊する。
 地獄絵図のような惨状にギリと口唇を噛み、比較的原形を留めている建物へアンドレアス・ラーセン(ga6523)は迷わず走った。
 中は薄暗い上に埃っぽく、見通しは悪い。
「おい、誰か! 生きているなら、返事をしやがれ!」
 祈るような思いで、崩れた天井の下に出来た空間へ呼びかける。
 だが返ってくるのは、冷たい沈黙のみ。
 時計に目をやれば作戦終了時間は迫り、残された時間の限り生存者を探して歩く。
 その時、高い場所から微かに子供の声が聞こえた。
 相手が生きているかどうかわからないが、“誰か”に呼びかける泣き声。
 だが声は、人でないモノも呼び寄せる。
 目的の場所、半壊したビルを跳ぶように駆け昇る影が、視界の隅をよぎった。
「お前の獲物じゃあねぇんだよ!」
 抜いたエネルギーガンのトリガーを引き、虎のようなキメラの先行を阻止する。
 足を撃たれたキメラは、瓦礫と共にもんどりをうって転げ落ちた。
 その間にアンドレアスは崩れかけた階段を、泣き声のする階まで駆け上がる。
「今、助けて、やるからなっ」
 切れた息を整える間も惜しんで辺りを見回し、愕然とした。
 子供用の遊戯施設らしきフロアは壁が抜け、床の一部が折れて傾いている。
 正常な床との境界で、泣いている子供が一人。
 そこから数メートル先の傾いた床に、意識を失った子供が倒れていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんがぁ……っ!」
「大丈夫、俺が助けてやる」
 べそをかく子の頭を撫でて笑いかけ、注意深く傾いた床へ足を置く。
 踏み出した足にゆっくり体重を移動させ、残る足を持ち上げた。
 一歩、また一歩。
 パラパラと石つぶての落ちる音が、床下から聞こえる。
 焦りを抑えつつ慎重に倒れた子供に近付き、息があるのを確かめ。
「よかったな、姉ちゃんは無事だ!」
 大きな怪我は見当たらず、弟を安心させてやろうと大声を出した途端。
 がくん! と、傾いた床が振動した。

 ――あの、馬鹿!

 一気に冷汗が吹き出し、床に手をついたまま様子を窺う。
「そんなに、重くねぇ……だろ」
 小声で愚痴り、出来るだけ身体を動かさず、そっと手を伸ばして子供を小脇に抱え。
 戻ろうと振り返った瞬間、今度こそ血が凍った。
 見守る子供の後方、アンドレアスの使った階段から虎キメラが姿を見せた。
「くそっ、俺は体力系じゃあねぇんだぞ!」
 迷う暇なく意を決し、床を蹴る。
 その反動で、傾いた床が崩壊し始めた。
 不安定な足場を懸命に駆け、足らない空間は不十分な踏み切りで飛び越える。
 ダンッ!
 ギリギリで着地……した瞬間、足元が崩れた。
「な……ッ」
 咄嗟に空いた手を伸ばし、床の縁を掴む。
 落下は止まったが、同時に抜けそうな痛みが肩に走った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんっ」
 背後の脅威に気付かず、泣いていた子供が落ちそうなアンドレアスへ駆け寄る。
「お前、逃げろよ!」
「え……ヒッ」
 だが逃げる前に、音もなく近付いた虎キメラが少年の背に前足をかけ。
 どんっと、床へ抑えつけた。
「あ、あ……」
 青ざめた子供の後ろに見える、勝ち誇ったような虎キメラの顔。
 片手で床にぶら下がり、もう片方の手には子供を抱えた状態のアンドレアスに、反撃の機会はない。

 ――助かるには抱えた少女を離すか、泣く少年を見捨てるか……。

「そんなの、選べるかよ! 腹が減ってるんなら俺から喰え!」
 半ばやけくそ気味で、声の限りに訴える。
 いずれにしても、虎キメラは口を開いて牙を剥き。
 ギャァンッ!
 悲鳴が、あがった。
 予期せぬ一刀、天の御剣――青の大剣が下から上へ弧を描き、切っ先が獣を宙に跳ね上げる。
 打ち上げられたキメラはアンドレアスたちの頭上を越え、苦悶の咆哮と鮮血をまき散らしながら瓦礫の中へ落ちていった。
「アスッ!」
 名を呼ばれ、痺れかかった手をしっかりと掴まれる。
 だが、彼は長い金髪を左右に振った。
「子供が、先だっ」
 抱えていた子供を出来るだけ持ち上げ、精一杯まで伸ばした友人の手に委ねる。
 子供たちの安全を確保してから、ようやく彼は床の上に這い上がった。
「はーっ、危なかったねっ」
 二人して安全な場所に座り込んで、ひと息つき。
「まったくだ、遅ぇよ」
「でも間に合ったんだから、結果おーらいでっ。あ、お礼ならビールでいいよ」
「支給品の、マズいヤツをくれてやる」
「えーっ」
 空閑 ハバキ(ga5172)はくつくつ笑い、憮然としたアンドレアスは子供たちへ『練成治療』を施した。
「けど、助かった。ありがとな、ハバキ」
 親友の礼に、少年を背中へ負ぶったハバキが頭を振る。
「避難艇の出発まで、時間がないよ」
「キメラも、あれで死んだとは限らないしな。ガキども、もう少しの辛抱だ」
 アンドレアスも少女を背負い、不安顔の子供たちへ声をかけた。
「それにしても、あんな危なっかしい場所で大剣振り回すとか、ハバキまで落ちたらどーすんだよ?」
「大丈夫だって。俺には、幸運の女神がついているから!」
「はいはい」
 呆れたような返事をし、疲弊した身体を引きずるように崩れかけた階段を先に降りる。
 当たり前のように後方警戒へまわったハバキは、そんな親友の後ろ姿に小さく笑んで、呟いた。
「……でも。アスはやっぱり、アスだね」

 来た道を急いで戻り、避難艇に辿り着くと乗員に子供たちを預け。
 アンドレアスとハバキは休む間もなく、それぞれのナイトフォーゲルに乗り込んだ。
 歩行形態からの加速を利用した跳躍から、瞬時に飛行形態へ可変し。
 曇天の下で舞う鋼鉄の翼は、生き残った人々を乗せた避難艇の護衛に移る。

 飛び立った空では、赤い月が彼らを見下ろし――。


   ●


 裸眼で見る星空には、青白い月がひとつ、薄ぼんやりと浮かんでいる。
 赤い月、異星人が作った遊星なんて、存在しない。
 それを確かめたトルステン=L=ユピテル(ka3946)はカーテンを閉め、ベッドへ戻った。
 今夜も夢見は、最悪だ。
「その上やってることがアレとか、救われなさ過ぎ」
 環境が変われば、もしかして……と思った時期もあったが、クリムゾンウェストに転移してからも、相変わらず『例の夢』は続いている。
 同じような夢を見る天文部の友人たちは安堵し、喜んでいるようだが、正直言って彼はあまり嬉しくない。
 いや、正しくは嬉しくないかどうかも不明だ。
「本当に……馬鹿かよ、あいつ」
 眠い頭で文句をつける相手は友人か、はたまた夢に出てくる誰かか。
 トルステン自身もよく分からないまま、再び目を閉じた。


「ハァ、よかったヨ〜」
 自分がベッドの中にいることを確かめ、ほぅっとパトリシア=K=ポラリス(ka5996)は大きく息を吐いた。
「でも、怖かった……」
 いつもの夢に出てくる風景は、大抵が戦場だ。
 エイリアンが攻めてきた、映画のような戦争の世界。
 いつもパトリシアの視点となる金髪くせっ毛の青年は、親友の身を案じながらも大丈夫だと信頼しているようだけど。
 声も手も出せず、ただハラハラしながら見ているしかない彼女からすると、心配この上ない。
 しかも金髪長髪長身の彼は、トルステンが夢で見ている青年で……そう思うと、なおさら気にかかるというか、格別に目が離せないというか。
「……アレ? ステンだから、パティは親友さんが気になってる? それとも親友さんだから、ステンが心配になるの……カナ……?」
 再びやってくる眠気に負けているせいか、思考はぼんやりと止めどなく。
 ただ眠りに落ちる直前、最後に考えたのは。
(夢に出てくるロボットより、リアルブルーのCAMよりも、クリムゾンウェストのリーリーさんの方が、絶対に可愛い……ヨネ……)
 そんな、女の子らしい評価だった。


   ○


 バターンッ!!
「おっはよーダヨー!」
 まだ陽も高くないうちから、パトリシアは友人たちの住む古い屋敷を訪れた。
 リゼリオの街から少し離れた小高い丘の上に建つ屋敷はボロいが、夜になると星がよく見える。
 それ故、天文部の部長がほぼ一存で借り、部員でもある友人たちとシェアしていた。
 ……のだけれど、今日はやけに静かだ。
「みんなでお出かけ、カナ?」
 そう思うと、ちょっと寂しい。
 パトリシアも同じ天文部ながら、ここには住んでいないし、クリムゾンウェストに転移してからも、ひとり迷子になっていた。
 別に、転移直前に転校してきたのが原因じゃなく、単なる偶然だろうけど。
 それでも独りぼっちは、やっぱり寂しい。
「でも、目指せ『友達100人』、なんダヨ!」
 ぷるぷる癖の強い金髪を振って、弱気の虫を振り落とす。
 その時、ギシと階段の方から床の軋む音がして。
「……なんだ、お前か」
 朝っぱらから不機嫌そうな顔で、トルステンが現れた。
「あっ、ステンだ、おはよー! みんなは?」
「依頼だろ。たぶん」
「ステンはお休み?」
「……」
 何故か、即答するのがはばかれるといった表情が返ってきた。
「お前は?」
「え、パティ? パティもお仕事ないから、遊びに来たんだヨ。お土産持って!」
 えへんと胸を張った手には、何やら詰め込んだ大きめの鞄。
「……ふぅん?」
 得意げな様子にも、何の感慨もみせず。
 ただ妙な間のある生返事を残し、彼はリビングに続くドアを開ける。
「お邪魔、してもイイ、のカナ〜?」
 特に招き入れられた訳でもなく、胸に鞄を抱えたパトリシアは少し遠慮がちに開けっ放しのドアから中を窺った。
 広めのリビングにトルステンの姿はなく、続くキッチンのドアがやっぱり開いたままになっている。
「お邪魔する、ネ?」
 一応は断ってから、爪先立つようにしてパトリシアはリビングへ入り。
 適当なソファへ、ぽすんと腰かけた。
 そのまま膝の上の鞄を抱き、「はぁ」と大きく息を吐く。
 再会してからこっち、この頃は天文部のみんなと一緒の時間が多くて。
 一緒の時間が多かったからこそ、不意に独りきりになると、また迷子になった気分になる。
 それに加え、昨夜の『いつもの夢』が怖かったのもあった。
 だからトルステンの顔を見て、少しほっとしたけれど。
「……朝は」
「ほへ?」
 突然の質問に、気の抜けた返事をする。
 キッチンの方を見ると、エプロンをつけたトルステンがむっすりとした顔をしていて。
「だから、朝メシ。喰ってきたのか」
「えと、ステンがまだなら一緒に食べるヨ!」
「わかった」
 それだけ聞くと、再び彼はキッチンへ引っ込んだ。
 ……つまり、それは、彼が彼女のために朝御飯を用意してくれるって、コト?
「それなら、パティも手伝うヨ!」
「座っとけっての。お前がやると、後片付けに時間がかかる」
 しゅたゅとキッチンの入り口に移動するが、即座にキッチンの主からお断りされる。
 名残惜しく見回したキッチンでは、やかんがコンロで湯気をあげていた。
 その隣には、小ぶりのフライパンが待機し。
 調理用テーブルには野菜や卵の籠、そしてまな板にハムの塊と包丁が置いてある。
 別のテーブルでは、2セット分の皿とカップが出番を待ち。
「いいから、座ってろ。気が散る」
 ひらひらと手を振って追いやられ、再びパトリシアはリビングのソファへ身を埋めた。
 漂ってくる美味しそうな匂いに、わくわくと待つこと十数分。
「ほら、出来たぞ」
「うわぁ……!」
 紅茶やミルクと一緒に並んだのは、軽くトーストしたパンにスクランブルエッグとハム、それからサラダ。
 質素だけれど、十分な朝食だ。
「いっただっきマース!」
 満面の笑みからパクパクと食べ始め、何やら声にならない喜びに手足をパタパタさせ。
「おいしーい!!」
「当たり前だ、俺が作ったんだから」
 食べる時も賑やかな少女へ呆れた風に苦笑しながら、トルステンも遅い朝食を口にした。

「ステンって、楽器、やってたんだよね?」
 お腹が満たされると気分も落ち着いたのか、ミルクのグラスを手にパトリシアが小首を傾げる。
「それがどうした?」
「演奏家の人って、指とかすっごく大事でしょ。でもステンは、ほんと料理上手だよネ」
「火傷とか指を切ったりするような、鈍臭いのじゃないからな」
 今さら聞くことでもないとトルステンは紅茶を口へ運び、それに「へぇ〜」と感心するパトリシアはニコニコ笑顔だ。
 なにか話題を変えようと、彼は視線を彷徨わせ。
「そういや、あのでっかい鞄。なに持ってきたんだ?」
「あれネ! えーっと……」
 目についたモノに興味を示すと、パトリシアはおもむろにグラスを置き、脇へ置いた鞄を引っ張り寄せる。
 それから、中身をがさがさ探り。
「まずは、ポテトチップス!」
 最初にアルミの袋に入ったお菓子を取り出し、更に鞄をあさる。
「それからナッツと、クッキーと……炭酸飲料ダヨ!」
「ぶふっ」
 1リットル入りペットボトルがドドンとテーブルに置かれ、思わずトルステンが吹きかける。
「それも、2本!」
「……重いのを、わざわざ……」
 よくも、持ってくる気になったもんだ。
 得意げな顔でVサインをする少女に、出かかった言葉を濁す。
「だってパティたち、まだ缶ビールとか飲めないから、こっちなんだヨ」
「……ナンで、缶ビール?」
「ん〜と、なんとなく。缶ビールな気分だったカラ?」
 まったくもって、意味が分からない。
 朝からいきなり遊びに来たかと思えば、持ってきた物がお菓子に炭酸飲料というジャンクっぷりなのも、そこに至る理由も。
「夜通し、映画やバラエティ番組でも見るつもりかよ。けどコロニーと違って、テレビとかねぇぞ、ここは」
「パティはクッキー食べながら、天体観測でもいいケド?」
「夜まで居座る気かよ。というか、泊まっていくつもりか?」
「えへへ〜。ステンちゃん、独りでお留守番は寂しいよネ」
「下心、透けてんのを通り越して、丸見えだぞ。むしろ、隠す気ねぇな」
「え、バレてた?」
「完全にバレっバレだ。すぐ顔に出んだよ、お前は」
 呆れながら指摘してもパトリシアは表情を崩さず、にこにこと笑顔でミルクを飲む。
(あれ? ナンか、俺……こいつのペースに巻き込まれてね?)
 機嫌よさげな様子に、そんな考えが頭を過った。
 天文部の部長という名のトラブルメーカー1号にしても、幼馴染ことトラブルメーカー2号にしても。
 大抵はトルステンが振り回され、彼女らの望むところに収められている、ような。
 このまま、パトリシアはトラブルメーカー3号になるのか。
 いや、そもそも転移の直前、俺はこいつと喧嘩して……。
 でも気まずい記憶もお構いなく、目の前のパトリシアはご機嫌だ。
 餌付け。という言葉が不意に脳裏へ浮かび、そして消えた。
「……ステン?」
 少年の葛藤を知ってか知らずか、沈黙にパトリシアが不思議そうな顔をする。
「天体観測でもなんでも、やりたけりゃ独りでやればいい」
 食べ終わった食器を重ね、立ち上がった。
「洗い物ならパティがやるヨ。朝御飯、作ってもらったカラ」
「いいから、お前はそこに座ってろ。片づけたら、俺は読みたい本があるんだ」
 そっけない言葉でトルステンは手伝いを断り、パトリシアの分の食器も併せてキッチンに持って行く。
 リビングに残された少女は追いすがることも出来ず、しょぼんとソファの上で小さくなった。

(どーしたら、ステンともっと、仲良くなれるのカナ?)
 他愛もない話をしている時には、なんだか意識せず、調子が合っているような気がしたのに。
 急に拒絶され、取り残されたような気がして、にわかにパトリシアは寂しさを覚えた。
 昨日の夢は、とても怖くて。
 でも怖かったのに、まだ誰にも打ち明けられなくて。
 みんなに夢の話をしたら、少しは怖くなくなるかな……と。
 そんな思いで、遊びに来たのだけれど。
(……ステンの作ってくれたご飯、美味しかったネ……)
 お腹がいっぱいになったせいか、朝早くから張り切って、屋敷まで遊びに来たせいか。
 ゆるやかな睡魔に、目蓋が重くなる。
(そういえばパティ、ちゃんと「ごちそうサマ」を言ってなかった、カモ……それで、怒ったの、カナ……?)
 そんなことを考えながら、こっくりこっくりと、頭が揺れて。

「……おい?」
 妙に静かなリビングの様子に気付き、キッチンを片付けたトルステンが声をかける。
 返事がないので顔を覗かせれば、三人掛けのソファでパトリシアがころんと横になっていた。
 テーブルの上には、お菓子と炭酸飲料が出しっぱなしだ。
「しょうがねぇな」
 近付いて様子を窺うと、何やら眉根を寄せ、口をへの字にして「むーむー」唸っている。
「何の夢を見てんだ、こいつ」
 なにげなく眉間に出来たシワをつつくと、むゆんとしかめっ面が和らいだ。
「……変な奴」
 憮然と呟いて、リビングを後にする。
 そして自分の部屋に戻り、読みかけの本を手に取った。


   ●


「おにーちゃんたち、ありがとー!」
「ありがとー!」
 子供たちが小さい身体で、力いっぱい大きく手を振る。
「元気でね」
「弟でも、お前は男だからな。ねーちゃん、守ってやれよ」
 答えるハバキとアンドレアスも笑顔で手を振り、他の避難民たちと一緒に空港を去る姉弟を見送った。
 この後、生きているなら親を探し、見つからなければ頼る先を探し、幼い身ながら前途多難だろうが。
「そこまで、俺らは手出しできねぇんだよなぁ」
 駐機場の片隅に座り込んだアンドレアスが、項垂れる。
「その代わり、俺たちにしか出来ないことがあるし」
 煙草に火を点けたハバキが、中身の残った紙ケースを友人へ向けた。
「ま、少しでも早く、平和にしてやることが一番だってのは、わかってんだけどさ」
 一本引き抜いて咥え、友人がかざすライターの火に先端を近付ける。
 仕事の後の、一服。
 厳密にいえば『ラストホープ』に帰るまでが依頼、ではあるが。
「いつになるのかな」
「進む限り、回り道はあっても後退はしてねぇさ」
 してない筈だと、自分に言い聞かせて。
「今日はハバキがいてくれて、助かったよ」
「じゃあ、ビール一本追加で」
「まだ言ってんのかよっ。わーったよ、好きなだけ奢ってやるから!」

 ……ああ、部屋に帰ったら、親友と冷えたビールで一杯やろう。

 青くさい感傷めいた感情と、それを許さない現実。
 広げた両手で守れる範囲には、確かに限りはあるけれど。
 手を広げ、広げ続けるかどうかの選択肢くらい、ビールを飲むか否かを決める程度には――親友にも、自分にも――許されているよね?


   ●


「むにゃ……」
 夢から醒めて、くしくしと目をこする。
(……あれ?)
 自分の部屋じゃないことに、まずパトリシアは気が付いた。
 寝ていた姿勢のままで視線を動かすと、片付いたテーブルの上にも鞄からも、持ってきたお菓子とペットボトルが消えている。
 そして一人がけのソファで、トルステンが本を読んでいた。
 それがなんだか嬉しくて、へにゃりと顔が緩む。
「なんだ、起きてたのか」
 視線に気付いたのか、開いていた本から彼が視線を上げた。
「朝から、喰って早々に寝るとか、どういう神経してんだ」
「お腹いっぱいになったら、眠くなるモノなんダヨ〜」
 ソファに寝ころんだままで、「えへ〜」と彼女は笑う。
「……夕方」
「んん?」
 再び、本に視線を戻したままのトルステンの言葉に、なんだろうと小首を傾げるパトリシア。
「それぐらいに、あいつら帰ってくる予定だから。食べてくなら、増えた一人分くらい手伝えよ」
「……うん! 働く者、食うべからずダネ!」
「働かざる者、だろ」
「アレ?」
 まだ寝ぼけた頭で、首を捻る。
 とにかく、声をかけてくれたことが嬉しくて。

「冷えたビールで、一杯やりたいネ〜」
「それを言うならジュースか、炭酸飲料だ。馬鹿」

 夢の中の二人みたいに、距離はなかなか縮まらないけれど。
 まだまだ、彼女の願う「大親友」からは程遠い、片想い状態だけど。

 ……さてはて。それじゃあ二人で、何を作ろうか。
 依頼から疲れて帰ってくる、友人たちのために――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ka5996/パトリシア=K=ポラリス/女/16歳/人間(リアルブルー)/符術師(カードマスター)】
【ka3946/トルステン=L=ユピテル/男/16歳/人間(リアルブルー)/聖導士(クルセイダー)】
【ga5172/空閑 ハバキ/男/25歳/―/ハーモナー】
【ga6523/アンドレアス・ラーセン/男/28歳/―/エレクトロリンカー】
■イベントシチュエーションノベル■ -
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2016年08月01日

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