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『 I hope so. 』
ギィ・ダインスレイフjb2636)&陽向 木綿子jb7926

●6月の情景

 雨あがりの空から、眩しい光がさす。
 ギィ・ダインスレイフはサングラスの下で目を細め、陽炎が立ち昇る地面をけだるげに眺めた。
「あー……ツユだっけ? これが終わったら、もっと暑く……なるんだな……」
 心底うんざりしたその声音に、陽向 木綿子は少し笑ってしまう。
「大丈夫ですかギィ先輩? お腹は空いていらっしゃいませんか? お疲れなら少し休憩しましょうか」
 笑いながらも、木綿子はギィを気遣った。

 とはいえ、別にギィが疲れているように見えるのは特に珍しいことではない。
 年中「めんどい」とか「ダルい」とか呟いているのもあるが、もともと極端に生活能力の低いはぐれ悪魔であり、「食べて栄養を補給する」ということをよく忘れるのだ。
 木綿子と出会ったのも、空腹のあまり生き倒れていたのが切っ掛けである。
 お菓子を作るのが大好きで、誰かに振る舞うのも大好きな木綿子が持っていたお菓子によって、ギィは言葉通りの意味で「命拾いした」のだ。
 それから今日まで、木綿子はギィを放っておけなくて何かと世話を焼いている。
 ギィのほうも木綿子の親切を有難いと思っているのは確かだが、「何故親切にしてくれるのか」については、今のところあまり分かっていないようだ。
 もっとも、右も左もわからないことだらけの人間の世界で過ごすギィである。彼に人の心まですぐに理解しろというのも、無茶な話だろう。
 木綿子はそれを理解している。
 だから自分のほのかな想いを悟られないように、さりげなくギィの傍にいるのだ。
 時に少しの寂しさを感じたとしても……。

 そして今日は、ギィの服を買うためにショッピングセンターにつれだってやって来た。
 ギィは放っておくと擦り切れるまで同じ服を着ているので、木綿子は様子を見て補充のために連れ出している。
(私って、ギィ先輩のお母さんがわりなのかな……)
 誰もその役割をできないと思えば、ちょっとだけ誇らしいようにも思うけれど。
 乙女心が「世話やき母さん」では満足できないのも仕方ない。
 ギィに悟られないように、小さな溜息を漏らしかけた木綿子だったが、突然の賑やかな音楽とアナウンスにふと前を見る。
「え? あらっ……!」
 大きな『ウェディングフェア』の看板の前で、司会の女性がショーの開始を告げていた。
 しばらくその説明に耳を傾けていた木綿子だったが、そっとギィの袖を引っ張る。
「先輩、ちょっとだけ。見て行っていいですか?」
「……あ? ああ、いいけど……」
 ギィは縋るように見つめる緑の瞳に、思わず頷いていた。
「ありがとうございます!」
 木綿子がぱっと顔を輝かせた。
 その笑顔は暗い雲が晴れた空のように、ギィの心を照らすのだ。


●特別な儀式

 ショーはショッピングセンターの中にある、結婚式場の案内所が主催しているらしかった。宣伝を兼ねて、抽選で選ばれたカップルが実際に結婚式を挙げるという。
 広場の真ん中に一段高くなった舞台があり、電気のキャンドルと豪華な花で美しく飾られた祭壇が設けられていた。
 そこに向かって赤いじゅうたんがまっすぐに敷かれ、挙式するカップルが観客の間を通り抜けていくようになっている。
 ギィと木綿子は、開いていた席に運良く並んで座ることができた。
 舞台は少し遠いが、カップルが間近を通っていく席だ。

 やがて荘厳なオルガンの音が流れ、ショーが始まった。
 観客の後方で、純白のドレスに身を包んだ若い女性が、フロックコート姿の男性と腕を組んでライトを浴びていた。
 ふたりとも緊張の滲む笑顔だ。照明の光をうけてビーズが宝石のようにキラキラ輝く。
「素敵……」
 ほう、と木綿子が溜息を漏らした。
 やがてさらさらと衣擦れの音をさせて、ドレスが間近を通る。手を伸ばせば、柔らかなシルクのヴェールに手が届きそうな距離だ。
 木綿子はうっとりとした目で見送る。
 ギィは物珍しそうに式の進行を見ていたが、僅かに上半身を屈めて小声で木綿子に尋ねる。
「これはファッションショー……というやつか?」
 学園の依頼などでもよく見かけるので、ギィもそういったものの存在は知っている。依頼の人気は高いので、モデルになるのは楽しいことのようだ。
 だからギィは、軽い気持ちで言ったのだ。
「ユーコも、あの白いドレスが着たいなら、着てみるといい。……きっと似合う」

 舞台の上で進行する式をうっとりと眺めていた木綿子がゆっくりと振り向いた。
 ギィを見る緑の瞳はいつものように輝いているが、今は何故か、じっと見つめられるとざわざわと心にさざ波が立つのが不思議だった。
 その理由がわからないまま、ギィは木綿子の言葉を待つ。
「これは普通のファッションショーじゃないですよ。結婚式といって、特別な人とする儀式なんです」
 そう言う木綿子の声音には、ギィを落ちつかない気分にさせる何かが混じっていた。


●願うことは

 木綿子は自分の心を落ち着けるように瞼を閉じる。
 だがすぐに目を開き、いつもの笑顔を見せた。
「ギィ先輩。これは愛を誓う儀式なんですよ。生涯、身も心もその『特別』なたった一人と共にある、という誓いを立てるんです」
 木綿子は特別、に少しだけ力を籠めた。

 純白のドレスにあこがれの溜息を漏らす自分を、気に掛けてくれたギィ。
 着てみるといい、似合う、と言ってくれたことは、例えようもなく嬉しかった。
 けれどやはり、ギィにとってはウェディングドレスも単なる珍しい衣装に過ぎないのではないかとも思う。
 だからあんなにさらりと言えてしまうのではないか?
 ……木綿子にはそれを確かめることができない。
 ウェディングドレスに袖を通す意味、それを説明して、自分の心があふれ出してしまうことを恐れるからだ。

 だが木綿子は結局、結婚式の『特別』な意味について語った。
 ギィがどういうつもりで、似合う、着てみればいいと言ってくれたのかはわからない。
 いや、言葉通りの意味だろう、と確信している。
 けれど人間の世界で生きることを決めたギィには、それが『特別』であることを知ってほしいのだ。
 その相手がたとえ……自分でなくても。
 ギィには本当の愛を知って、幸せになってほしい。

 木綿子は自分の心を確かめ、涙が溢れそうになるのを堪えた。
 今なら涙ぐんでも、感動の涙だと誤魔化せるから大丈夫。
(嘘つき、なんかじゃないよね)
 ――お母さんがわりでもいいの。先輩の傍にいたい。役に立ちたい。
 そう、この気持ちは嘘じゃない。
 相手を想う気持ちこそ『特別』なのだと、木綿子は知っているのだから。


●特別の意味

 ギィは黙って前を向く。
 いつだったか、木綿子は以前にも『特別』という言葉を口にした。
(そうだ。……あのときだ)
 あれは確か、去年の冬の終わり。
 空腹を満たそうと、もらった菓子を無造作に口に放り込んだギィに、木綿子は言った。
 ――今日はバレンタインデーといって、ちょっとだけ特別な日なんです。

 今日もまた、木綿子は『特別』という言葉を使った。
(ユーコの言う『特別』とは何だろう……)
 今のギィには少しだけならわかる。
 いつもくれる菓子と、あの日くれた菓子は違うのだ。
 特別という言葉の意味も調べた。
 いつもと違うこと、他のモノより大事なモノという意味らしい。
 大事なモノ。大事な儀式。
 特別、が余人に抱く感情と別格である事は理解できる。それが愛というものを根底にするという事も、なんとなく。
 だが言葉の意味を理解するのと、腑に落ちるのとは全く違う。

(ユーコには、あのドレスが……よく似合うと思う)
 だが、白いドレスを着た木綿子が、あの男と腕を組んで微笑んでいたら……。
 そう考えると、ギィの心が少しざわついた。
(俺は、どうしたんだ……?)
 あの見知らぬ女は大丈夫。だが木綿子はダメだ。

 それから考える。
 自分にとって恐らく、一番『特別』だったのはかつての主だった。
 主があの白いドレスを身に付けたところを想像する。
(うん、ユーコとは違う)
 ……誰かがこの思考を知れば「当たり前じゃ!」と突っ込んだかもしれない。
 だがギィは大真面目だ。
 つまり自分は、純白のドレスを着た『木綿子が』微笑んでくれたら嬉しい。
 木綿子も喜ぶなら、そこには何も問題がないはずだ。

 拍手の音に我に返る。
 式は終わり、涙ぐむ花嫁が舞台の上でお辞儀していた。
「……嬉しいときにも、人間は泣くんだな」
 ぼそりと呟いたギィに、木綿子が微笑みかけた。
「そうですね。考えてみれば、ちょっと不思議かも」
 泣いている花嫁が悲しんでいるわけではないと理解しているギィに、木綿子は嬉しくなる。
 ギィが改めて木綿子に向き直った。
「ユーコは……あの白い『特別』なドレスを着てみたいのか?」
 木綿子が何か言おうと口を開きかけた。
 だが答えを待たずに、ギィは言葉を続ける。
「……ユーコが本当にあれを着たいというのなら、いつか俺が着せてやるさ」
「えっ?」
 そうだ。
 特別なドレスなら、俺が――。


 リンゴーン。
 リンゴーン。

 挙式を終えたふたりが、鐘を鳴らす。
 互いを『特別』な相手だと、この場所にいる人々皆に告げるように。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2636 / ギィ・ダインスレイフ / 男 / 18 / 阿修羅 / 望みがあるなら】
【jb7926 / 陽向 木綿子 / 女 / 16 / アストラルヴァンガード / 抱く望みは】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またのご依頼、有難うございます。
以前と呼び名が変わっておられることにちょっと「おっ」と思ったりしつつ。
お互いに対する想いが少しずつ近づいていく過程を、楽しく執筆させていただきました。
ご依頼のイメージに沿っていましたら幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました!
白銀のパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年08月01日

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