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『 東方ちょっとだけ見聞録 』
ジャック・J・グリーヴka1305)&シメオン・E・グリーヴka1285

●祭の夜

 西の空は夕焼けの名残でまだ薄紅色に染まっていた。
 お陰で夜だというのに、足元はそれなりに明るい。
 の、だが。
「……おっと!!」
 ジャック・J・グリーヴはずるりと足を滑らせ、慌てて踏ん張る。
 その足はタイトスカートのように締め付ける布に阻まれ、充分に広がらない。
「大丈夫ですか、ジャック兄様!」
 驚いたシメオン・E・グリーヴが手を差し出した。
「これぐらいどうってことないぜ! ……と言いたいところだが、ユカタってぇのは動き辛ぇな!?」
 ジャックは荒い息で、足を踏ん張っている。
 金髪が映える紺地に明るい灰色の縞が入った浴衣に、薄青色の角帯をきりりと締めた姿はなかなか決まっていたのだが、何と言っても慣れないキモノである。
 布一枚の下で足元はスカスカするし、鼻緒を挟んで歩くのにはなかなか慣れない。
「でもとてもよくお似合いですよ。さすが兄様です」
「おう、さすが俺様! この調子で、当方の祭に殴り込みだ!!」
 ジャックの力強い言葉に、シメオンがにっこり微笑んだ。

 シメオンの浴衣は明るいベージュに蝦茶の格子柄。濃緑色の帯を締めれば、どこかエキゾチックな印象だ。
 東方を旅して回っているせいか、浴衣も着慣れた様子にみえる。
 シメオンは裾を上手く捌いて座り込むと、ジャックの下駄の鼻緒を引っ張って確認した。
「鼻緒も慣れれば快適ですよ。ただ指で挟むようにしてくださいね。股の部分で支えると後で大変な目に遭いますから」
「わかったぜ。ゲタぐらいで引き返す訳にゃいかねえからな!」
 ジャックはビシッと前方を指さす。
「待ってろよ、夏祭!!」
 同じ方角に向かう人々が、振り向いてくすくす笑った。

 ふたりは同じ依頼を受けて、東方に来ている。
 依頼を片付けてすぐに帰ることもできたのだが、シメオンの提案でついでに近くの夏祭を覗いてみることにしたのだ。
「屋台なども珍しいものがあって楽しいですよ。ぜひ兄様にも見ていただきたいんです。行ってみませんか?」
 珍しい物と言われ、ジャックの商人魂に火がついた。
「そりゃ面白そうだな。折角だから見てみるか」
 シメオンが嬉しそうに頷いた。
 その顔を見て、ジャックは少しほっとする。

 素直で、自分を慕ってくれる可愛い弟。
 その素直さがときどきジャックには心配になるのだ。
(シメオンが自分から何かやりたいことを言い出すなんて、珍しいしな……)
 それが自分とふたりだけのときだったことも、ジャックにはなんだか嬉しい。
 ということで、シメオンが借りてきた浴衣まで着こんで繰り出したというわけだ。


●屋台あらし

 空はすっかり暗くなったが、地上には灯篭、軒先には色とりどりの提灯が無数に並び、屋台のひしめき合う参道は昼のように明るかった。
「へえ、こりゃなんだ?」
 一軒の屋台の前で足を止め、ジャックが覗きこむ。
 中では飴細工の職人が、飴を引きのばして鳥や虫や動物を形づくっている。
「飴細工ですね」
「えっ、あれ、飴なのか!?」
 ジャックは身を乗り出して職人の手元を見つめる。
「何か作って欲しいものがあったら頼んでみますか」
「そうだな。飴なら土産にもできるぜ」
 ふたりは暫く考え、蝶を作ってもらう。
 飴は意思を持つかのようにうねり、見る間に美しいアゲハ蝶ができ上がった。
「すげえな!!」
 感心したことは素直に表現し、手放しでほめるジャックには、職人も笑顔を見せる。
 シメオンはこんな風に誰とでも(男相手なら)すぐに打ち解けられるジャックを密かに尊敬していた。
 一見粗野にも見えるが、野生の獣のような美しさと生命力、貪欲な好奇心となにごとも受け入れる懐の深さを持っている兄。
 シメオンが見知らぬ場所で「いつの間にか紛れこんでいる」タイプなら、ジャックは「堂々と乗り込む」タイプと言えるかもしれない。
 そんな違いもまた面白いと思うのだ。

「よし次行くぜ! あの職人を西方に連れて行けたら、ひと儲けできそうなんだがなあ。残念だぜ」
「ああ、そうですね。転移装置はハンターしか使えませんから」
「教わろうと思ったんだがな、作れるようになるには何年もかかるらしい。まあそりゃそうだな!」
 ジャックはすっかり履き慣れた下駄を鳴らし、先を行く。
「兄様、お腹はすきませんか? 珍しいものが色々ありますよ」
 ジャックがピタリと足を止めた。
「串焼きの肉に、海賊焼き。それから焼きトウモロコシも」
「……全部試食するぜ、シメオン!」
 ふたりはいい匂いを漂わせている店を片端から回り、目についた物を買い求める。
「あっ、イカ焼きもおいしいんですよ! その前にこれ、食べてしまわないと」
 シメオンが普段の優しい雰囲気からは想像もできない顔で、トウモロコシにかぶりつく。
 ジャックはあっけに取られたようにシメオンを見る。それから肩を震わせて笑いだした。
「えっと……兄様、何かそんなにおかしかったですか?」
「いや、なんか珍しいモン、見ちまったなって……!」
 ジャックは涙すら浮かべながら親指を差し出し、シメオンの頬についたタレを拭ってやった。
(そうか。こんな顔もするんだな)
 安心したような、ちょっと寂しいような。
 ジャックは顔を赤くしてごしごし顔を拭う弟を、少し不思議な気持で眺めていた。

 が、そんなセンチメンタルも一瞬で吹き飛ぶ事態が待っていた。
「ジャック兄様! ぜひ行って頂きたい場所があるんです」
 真剣な顔でシメオンが指さしたのは、射的の屋台だった。
 おもちゃの銃……とも言えないような、木製の土台に引き金の付いた金属の筒。
 そこにコルクを詰め、標的を狙うのだが。
「なんだこりゃ?」
 ジャックはあきれ顔で簡素なつくりの「銃」をひっくり返す。
 照準もなにもあったものではない。しかも標的はいかにも当てにくい大きさだ。
 台の上でそれを構えてみたジャックの袖を、シメオンが引っ張る。
「兄様、違うんです」
 隣で標的を狙うオッサンを、シメオンが目線で示す。
 身を乗り出し、ほとんど銃口が標的に当たるぐらいの距離で撃っているのだ。
「え。あれ、アリなのかよ!」
 それなら簡単だ。
 舌舐めずりをして、ジャックは銃を構える。
 パン!
 乾いた音と共にコルク玉は飛びだし、不細工な人形に当たった。
 が、僅かにずれただけで、倒れる気配もない。
「何故だ!!!」
 ジャックが吠えると、続いてシメオンが真剣な顔で狙いを定める。
「重心が意外と下にあるんです。ポイントを見定めればきっと……!」
 パン!
 だが人形はあざ笑うかのように、ゆらりと揺れて持ち直す。
「なんか腹立って来たぜ……! ぜってえ手前ぇは落とす!!!」
 ……宣言通り、ジャックは目的の人形を撃ち倒した。
 チャレンジした回数は、聞かないでいただきたい。
「兄様はさすがです。最後は落としたんですから!」
 景品の大きな縫いぐるみのウサギを抱えて、シメオンがニコニコ笑っていた。


●花火を見上げて

 ひと通りの屋台をめぐった頃、シメオンが河原へとジャックを誘った。
「少し早めに行って、座って待ちましょう」
「何があるんだ?」
 ついて歩きながらジャックがたずねると、シメオンがウサギを揺すり上げる。
「花火ですよ! 東方の花火はそれは見事なんです」
 河原にはすでにかなりの人が移動していた。
 どうにか場所を見つけて、ふたりは並んで座る。
「……虫が居るな」
 ぺちんと、ジャックが足を叩いた。
「あっ、そうですね。これを使いましょう」
 シメオンはごそごそと袂や鞄を探り、蚊取り線香を取り出した。
「こんなもんで虫が落ちるのか。すげえな」
 ジャックの目がきらりと鋭く光る。これは売れる。確信したようだ。

 そのとき突然、腹に響くような破裂音。
「わっ!?」
「兄様、ほら!」
 真っ暗だった河原がぱあっと明るく輝く。
 空を見上げると、大輪の花が開き、その花びらが暗い空に散っていくところだった。
 人々から歓声が上がる。
 続いてもうひとつ。またひとつ。
「すげえな……!」
 西方にも花火はあるが、また違った見事さだった。
 兄弟は無言で、光の花を目で追い続ける。

 その光はとても美しかった。
 だがジャックは眺めているうちに、どこかさびしさのようなものも感じていた。
 どれだけ美しい花火も、一瞬の後には暗い空に消えてゆくのだ。
「なあシメオン」
 ジャックは花火を見上げたまま、まるで空に向かって呟いているようだった。
「なんでしょう、ジャック兄様」
 自分で声をかけておきながら、自分が何を言いたかったのかジャックにもわからなかった。
 シメオンはいつもどおり、穏やかに微笑んでいる。
 その全てを受け入れているような、あどけなさの中に不思議な落ちつきを漂わせる表情が、何故かジャックには寂しく思えたのだ。

 ――何か俺に言いたいことはないか。
 ――いい子にして、我慢してないか。少しは俺を頼ってくれていいんだぜ。

 そんなことが言える筈もなく。
 ジャックは自分の中で、言葉を探した。
「いや。あれだ――こういう珍しいモンをな、また俺に教えてくれ」
 ジャックは愛する弟に顔を向け、ニヤリと笑った。
「東方にはまだまだ商売の種が転がってそうだからな! 見過ごす手はねえ」
「はい! もちろんです」
 そのとき、ひと際大きな花火が打ち上げられた。
 シメオンの声に鳴らない言葉が、花火の音に消えていく。
 ――ありがとう、ジャック兄様。
「なんか言ったか?」
「いいえ! すごい花火ですね!」
「そうだな! ……あの職人は連れて行けねえんだろうなあ」

 残念そうなジャックと、横で笑い転げるシメオン。
 ジャックの言う通り、まだまだ東方には面白いものが隠れていそうである。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男 / 21 / 人間(CW)/ 闘狩人】
【ka1285 / シメオン・E・グリーヴ / 男 / 15 / 人間(CW)/ 聖導士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またまたご依頼いただきまして有難うございます。
ジャックさんがご兄弟それぞれに見せる顔の違いが、きちんと描写できていますでしょうか。
お土産は、おうちで待つ方に喜ばれそうかな? という品になっております。
夏のエピソードのひとつとして、お楽しみいただけましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
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2016年08月15日

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