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『車の恩返し 』
黒峰・誠士郎8845)&阿翔玲・−(8849)

 助手席に女を侍らせてハイウェイを駆け抜ける。それは男なら誰もが夢見るロマンである。
 何のために免許を取るのか。何のために多少無理してでもイカした高級車を我が物とするのか。それは偏に麗しの乙女を掌中に収めるための手段に他ならぬ。
 故に世の男共は青春をひたすら空費しながら金策に走るのだ。全ては薔薇色の人生のために、もっと言えば桃色展開のために、愛車に乗って己の人生を成功という名のハイウェイへ乗り上げるのだ。


 まあ、世の中そんな上手く行かないからロマンと言うのであり。
 ついでに言うとその発想は四半世紀くらい時代を逆行しており。
 そして大抵そういう幸運は、求めていない者へと訪れるのが世の常である。

 要するに。


 突然謎の美少女が助手席に現れた。
 色恋よりも仕事重視のスタンスであり、ギリギリ骨董品と言えなくもない中古のワンボックスを乗りこなし、バブル景気なんざ日本史の授業で知る世代である黒峰誠士郎は、さながらギャグ漫画のように運転席から転がり落ちた。



 使い古したコーヒーマシンが芳しい香りを立てる。
 吹き出る湯気を眺めながら、誠士郎は状況を整理することにした。


 黒峰誠士郎は探偵であり、ストリートレーサーである。遵法精神はある方だが、趣味が昂じて賭博レースに足を突っ込んだのはご愛敬。こればかりは法改正を待つよりあるまい。
 もとい、しがない車好きである。目的地のないドライブこそ至高。足は第二の脳と言うが、誠士郎にとってはアクセルとブレーキがそれに当たる。
 今朝もそんな調子で愛車に乗り込んだ。さて地道がいいか、首都高に乗り上げて適当なところで降りるか、そんなことを考えながら鍵を回してエンジンを、

 ぼわん。
 見知らぬ美少女が助手席に現れた。
 透き通るような白い肌と銀の髪を持ち、どこか神秘的な美しさを纏った少女が隣にいきなり出現した。
 そして、
「――初めまして、ご主人様♪」
 蠱惑的な笑みを浮かべながら、少女は誠士郎の腕にすがりついてきた。

 ……頭が痛い。どちらの意味でも。ギャグ漫画のように、実際に後頭部を打ち付けた。
 それにこんな状況をすぐに飲み込める程、軟派な性格をしていないのだ。軟派硬派の問題ではない気もする。よしんばすぐさま対応できるようなヤツがいるとすれば、それはなんかもう性犯罪者予備軍ではあるまいか。

 もとい。
 ともあれ、超常現象には違いない。一つ息を吐いて、誠士郎は少女を観察した。
 幼い頃より色んな「もの」を見てきたから、すぐに現象自体は理解した。
 物の怪の類――付喪神だろう。「なんとなく」――そう、なんとなくとしか言えない、出所を辿ってみれば、それはどうも我が愛車のワンボックスに憑いているらしかった。
「ご主人様、そんなに呆けてどうしたのじゃ?」
 少女は身を乗り出してくる。陶磁器のような肌に、さらさらと絹のような銀髪が流れる。転げ落ちた誠士郎を覗き込んでくる姿は、さながら夜這いのような雰囲気を醸していたのではある、が。
「とりあえずアレだ。ちゃんと服を着よう」
 まだ朝っぱらである。この状況をご近所さんに見られたら言い訳出来ない。
「むお、何をするじゃあー!」
 探偵にとって、信用とは命と同義である。猫のように首根っこひっ捕まえて全力で自宅へダッシュ。こうして今日の予定は白紙へと化した。



「あとれー、じゃ」
 二人分のコーヒーを用意して対面に腰掛けた誠士郎に、少女はそんな風に名乗った。
「阿修羅の阿に、『翔ぶが如く』の翔に、金玉の音という意味の玲で、阿翔玲じゃ」
 ……口で言われてもピンと来ない自己紹介だった。ともあれ突っ込んでいてもキリがないので「分かった」と次に進める。
「俺の名前は黒峰誠士郎だ」
「うむ、知っておる。ご主人様だからの」
 当然、とばかりにウィンクをいただいた。なんだろう、この疲れる感じ。最初から好感度高いのは悪いことではないはずなのに。
「……それで阿翔玲、また急にどうして現れた?」
 それを問うと、突然少女はすっと居住まいを正した。表情に真剣みが帯びる。
「――一言で言えば、恩返しじゃ」
「恩返し?」
 しかつめらしい口調で覚えの無いことを言われて、誠士郎はきょとんとする。
「うむ。廃車寸前の所を拾ってくれたばかりか、大切に扱ってくれた上に、走る喜びまで教えてもらったのじゃ。身に余る幸福とはこのことじゃよ。なんとかしてこの恩を返したいと強く願ったら、ほれ、この通りじゃ」
 阿翔玲は自分の身体を見せびらかすように腕を広げた。そこには確かに『一人の少女』としての実体がある。なるほど、これはなかなか強烈な思念体と言えるだろう。相当の念が籠もらないと、ここまで強固な存在にはなり得ない。

 余談だが、阿翔玲の衣服も含めて『実体化した』ものらしい。ぱっと見ではどこぞのコスプレ衣装と言われても納得出来るような出来である。
 ただその、なんというか。
 ばばんと腹部まで見えるような着物のようなものに、実にきわどい下着のようなもの。
 ……全力でサキュバスとかそっち方面の趣向じゃねーかなと思った誠士郎であった。

 それはともかく。
「この大恩を返すためならなんでも尽くそうぞ。生身の女ではなしえぬような無茶な注文でもなんでもござれじゃ」
 妙に『生身の女』という部分に圧が籠もっていた気がしたが、とりあえずスルーするとして。
「……そうか。で、具体的には何が出来る?」
 誠士郎の問いに、阿翔玲は表情を崩して考えるような仕草をした。
「……そーじゃのう。霊体じゃからそっち方面は割と応用が利くし、元がご主人様の鍛え上げた車じゃ、ドライビングテクニックは引けを取らぬぞ」
 夢のリモート走行というヤツじゃ、と悪戯っぽく笑った。
「それに、家事一般は心得ておるつもりじゃ。きっと『男の役に立ちたい』という願いがそういう方向に作用したんじゃろうな」
 ぐっ、と力こぶを作る阿翔玲である。
 ――実際にやらせてみるまではなんとも言えないが、それが本当なら確かに誠士郎にとってありがたい申し出である。
 いかんせん、男の一人暮らしだ。稼ぎはともかく、自宅のメンテナンスは……あまり胸を張れるものではない。
「分かった」
 と、誠士郎は頷いた。
「それじゃあ、探偵助手として雇ってやる。業務内容は調査の手伝い、及び家事手伝い。それでいいか?」
「願ってもないのう!」
 ぱあ、と少女の顔が無邪気に明るくなり、そのままはしゃぐように立ち上がる。実に純粋だ。まだ賃金の話やらもしていないというのに、まさに誠士郎に仕えることそのものが生きがい、みたいな。いや、相手は付喪神か。
 それに、まあ。
 大切に育て上げた愛車がこんな形で恩を返しに来るのなら、心霊現象というのも捨てたものではない。第一、その純粋な思いを無碍にするのも人としてどうかと思う。きちんと養えるかどうかは正直自信が無いが、そこは心霊現象ということで融通が利くと思いたい。
「決まりだな」
 丁度、助手が欲しいとも思っていたところだ。それが愛車なら無二の相棒と言えるだろう。
 誠士郎はコーヒーをおもむろに口に含んだ。

「そうそう。男の役に立つと言えば、子も作れるようじゃ。というわけで、今晩からよろしくのう?」
 いつの間にか背後に回られていた。囁く声は、なんというか蛇とか蜘蛛とかの類のように思えた。
 誠士郎はさながらギャグ漫画のように、コーヒーを口から吹き出した。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2016年08月05日

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