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『彼はこうして作られた 』
長田・E・勇太jb9116


 それはまだ、長田・E・勇太(jb9116)が何者でもなかった頃。
 退役軍人ステラ・ハーミットの元に引き取られてから半月ほどが経った、とある安息日のことだった。

 その頃、勇太はまだ五歳。
 それなりに辛いことも経験したけれど、それでもまだ世の中や大人というものに希望を持つことが出来た、無邪気な子供時代。

「今日はあたしの古い友達を呼んで、茶会を開くのさ。あんたもそろそろ、あいつらに挨拶が必要な頃合いだからね――ジュニア」
 彼女が何故自分のことをジュニアと呼ぶのか、勇太にはわからなかった。
 ジュニアとは普通、誰か――名前や顔を知る者の息子であることを示す、或いは父親と同名である場合に親子を区別するために使われる呼び名だ。
 彼女は自分を人間界に置き去りにした父親と、何らかの関わりがあるのだろうか。
 それとも勇太の名前など興味も覚える気もなく、単に「ちびすけ」という程度の意味で使っていたのかもしれない。

 ステラは勇太に何も話さなかった。
 既に老境に入った独り身の退役軍人が、何故まだまだ子育てに手のかかる五歳児を引き取ることになったのか。
 育ててどうしようというのか、何か目的があったのか、或いはただの気まぐれか。
 そもそもステラ・ハーミットとは何者なのか。

 けれどそれは、その頃の勇太にとってはどうでもいいことだった。
 ステラが何者だろうと、何を企んでいようと、温かい食事と乾いた寝床を与えてくれるなら、他に何を気にする必要があるだろう。
 保護者が保護者としての役目をきちんと果たしている限り、その首の上に乗った頭など何であろうと構わない。

 そう思っていた。
 あの日、彼女たちの洗礼を受けるまでは。



「へぇ、コレが例の? なかなか可愛いコじゃないか、育ててコレにしようってのかい?」
「あはは、そいつはイイね! 若いコのエキスを吸って若返ろうってかい!」
「ステラ、しっかり調教したらあたしにも貸しとくれよ!」
 いずれ劣らぬ迫力の、皺に埋もれた三つの顔が勇太を覗き込む。
 彼等はいずれも退役軍人で、かつてはステラと共に戦場を駆けた仲間だったらしい。
「ま、あたしは途中で抜ける羽目になったんだけどね」
 黒い革手袋をした五十年前の乙女が肩を竦める。
「これかい?」
 勇太の視線を感じ、アンジェラと名乗ったその老婆はニヤリと笑った。
「落とすんじゃないよ坊主」
 言うなり、アンジェラは革手袋を脱いで勇太に投げて寄越す。
 その、中身ごと。
「きゃあぁぁぁっ!!?」
 勇太の目には彼女の手首がすっぽりと抜けてしまったように見えた。
「ほらほら、落とすなって言ってンだろ」
 ずっしりと重い手首は、勇太の両手でお手玉のように跳ねる。
「あっはは、そうそう、そんな調子でジャグリングしてたのさ……パイナップルでね」
 そう聞いても勇太にはピンと来ない。
「知らないのかい?」
 そう訊かれて、挑むような目つきで首を振った。
 パイナップルくらい知っている。
 黄色いドーナツみたいな、甘酸っぱい果物だ。
 パイナップルもドーナツも、滅多に口に出来ない珍しい食べ物だったけれど。
 だがアンジェラは前にも増して大きな口を開け、豪快に笑い声を上げた。
「食い物の話じゃないよ、投げてドカンのほうさ」
 そう言いながら、アンジェラはバッグから手の中に収まるほどの小さくて丸い物を取り出した。
「こいつだよ、似てるだろ?」
 それは本物なのか、何故そんな物を持ち歩いているのか、今なら色々な疑問とツコミが頭に浮かぶ。
 だが当時の勇太はただ不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「坊主、あんたもしかして……」
 アンジェラは「ははーん」と頷くと、ステラを振り返った。
「あんたパイナップルくらい買ってやんなよ、切り身か缶詰しか見たことないって顔じゃないか」
 それを聞いて、ステラはじろりと睨みを利かせる――何故か、勇太に向かって。
「つーかステラ、あんたこの子にちゃんとメシ作ってんのかい?」
 元は軍人だったとは思えないほど横に膨れ上がったヴィオレッタが、グローブのような手で勇太の頭を撫でた。
「まさか期限切れのレーションと缶切り渡して『勝手に食べな』とかやってんじゃないだろうね?」
 ステラがまたしても勇太を睨む。
 ここは自分が答えるべき場面であることを悟った勇太は懸命に首を振った。
「なんだい、ちゃんと人間らしいメシが出て来るってかい?」
 こくこく。
 人間らしさの基準は不明だし、メシと言うよりエサに近い気はしたが、ここで首を横に振る愚は犯さない。
「どうだかねぇ」
 アンジェラが混ぜっ返し、話を戻した。
「で、楽しい余興の最中にそいつがドカン――ってワケさ」
 勇太の手から黒い塊を取り戻し、アンジェラは左の手首に嵌めた。
「左はこの通り、右は指を三本持ってかれてね……おかげでそれ以来、退屈な後方勤務ってわけさ」
「現役時代のこいつの渾名、知りたいかい?」
 黒光りする肌を惜しげもなく晒したフレデリカが訊いてくる。
 もちろん、イエスと答えるのが正解だ。
「魔界の天使さ」
 アンジェラはその名の通り、若い頃はまるで宗教画に描かれた天使のように美しく、物腰の柔らかな女性だったらしい。
「慈悲深い笑みを湛えながら容赦なくぶっ放すんだ、アサルトライフルをハンドガンみたいに軽々とさ。そうそう、二挺持ちでヒャッハーしたこともあったね」
 昔話の常として、その話には多分の誇張が含まれていたのだろう。
 しかし五歳の子供にそんなことがわかる筈もない。
「でもまあ、こん中で誰が一番怖いかって言ったら……」
「そりゃあ、ねえ」
 皆の視線がステラに集まった。
「なんたって隊長さんだし?」
 ステラはある時期、四人が所属していた小隊の隊長を務めていたという。
「どこの国だか忘れたけど、ゲリラの掃討作戦に突っ込まれたことがあってさ」
「あたしらが女だからって、そいつら舐めやがってね」
「そこらの村娘にでもするように、のしかかって来やがったのさ」
「その時、ステラがどうしたと思う?」
 ふるふるふる。
「相手の野郎をあっさり組み伏せて、クチん中に45口径を突っ込んだのさ。ありゃスイカよりも見事なハジけ具合だったね!」
「股間にブチ込んだあんたよりは慈悲深いだろうさ」
 ステラはニヤリと笑って、彼女たちが「お茶」と称する液体を喉に流し込んだ。
「アレは吹っ飛ばされてもまだ暫くは生きてるし、意識もあるだろ。下手すりゃそのまま生き延びることもあるさね」
 途端に弾けるような笑いが起きるが、勇太にはその話の何が面白いのかさっぱりわからない。
 わからないのに、血の気が引いてくる。
 それは多分、本能で危険を感じているのだろう。



 彼女たちはそれを「お茶会」と称していた。
 しかし、それは勇太が話に聞いたり、テレビや絵本でちらりと見たことがあるそれとは、だいぶ趣が違う。
 勇太が知っているのは一般的な五歳児らしく、ドレスを着た貴婦人や可愛い動物達が、真っ白なクロスのかかった席にお行儀良く座り、優雅にお茶とお喋りを楽しむようなものだ。
 けれど彼女たちは服装こそ年相応に落ち着いたものではあるけれど、その足は大股に開かれ、口も大きく開けられて、そこから飛び出す声は「赤ずきん」のおばあさんよりはオオカミのほうに近い。
 ステラに至っては軍用のショートブーツを履いた足をどっかりとテーブルに載せ、ソファにふんぞり返っていた。
 手にしたカップには酒をお茶で割った琥珀色の液体が注がれていたが、比率で言えばそれは「お茶の酒割り」と言ったほうが正しいだろう。
 甘いお菓子はどこにもなく、代わりにジャーキーとナッツが盛られた皿が置かれている。
 会話の合間に動かす手は、編み物やパッチワークを生み出す代わりに銃を弄っていた。
 分解してはまた組み立てる一連の作業は目を瞑っていても出来るようで、まるで自動制御のプログラムで動いているように見える。
 そして口から出るのは酒臭い息と染みついた口臭、それにやたらと多い四文字言葉。
 新兵時代の訓練のこと、武勇談に失敗談、普通なら子供には聞かせない配慮がされて然るべき内容が、次から次へと垂れ流される。
 寧ろ彼女たちは勇太の反応を見て面白がっているフシがあった。
(「ババアコワイ……」)
 聞いているだけで身の毛もよだつような話の数々に、勇太の身体を支える骨や間接や筋肉が――表情筋から括約筋まで、一斉にその仕事を放棄しかかっている。
(「ヤラレル……逆らったら……ヤラレル!」)

 それは彼が齢五歳にして、世の中には死よりも怖ろしいことがあると知った瞬間だった。



 そして後日。
 アンジェラ、ヴィオレッタ、フレデリカの連名で、ずっしりと重たい包みが届けられた。
「お前にプレゼントだとさ、開けてみな」
 ステラに顎で促され、勇太はおずおずとリボンを解いてみる。
 プレゼント用に綺麗にラッピングされた箱の中から現れたのは、一挺のハンドガン。

『デザートイーグル Mark XIX .50AE』

 今度こそ、勇太の骨も間接も筋肉も、一切の仕事を放棄した――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb9116/長田・E・勇太/男性/外見年齢5歳/生贄の子羊】

未登録NPC
【ステラ・ハーミット/BBA/外見年齢?歳/破滅の隠者】
【アンジェラ/BBA/外見年齢?歳/魔界の天使】
【ヴィオレッタ/BBA/外見年齢?歳/毒スミレ】
【フレデリカ/BBA/外見年齢?歳/黒き恐慌】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

蔵倫の仕様上、あまり生々しく書くことは避け……結果、こんな形になりました。

PC様のルーツに触れる一編、お楽しみいただければ幸いです。
何か問題がありましたら、リテイクはご遠慮なくどうぞ。
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エリュシオン
2016年08月10日

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