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『悪夢 』
北里芽衣aa1416

 山の中のとある孤児院を『北里芽衣(aa1416)』はよく訪れるようになっていた。
その孤児院はH.O.P.E.直下にある、愚神や従魔被害にあった子供が多く入寮する孤児院で、約百人の子供たちがそこで日々を過ごしている。
 そんなことも立ちの遊び相手になってくれる人たちは現在進行形で不足しており、この前孤児院訪問のボランティアをしてからというもの、芽衣は孤児院によく招かれるようになっていた。
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃーん」
 多目的スペースに子供たちの声がこだまする。
 おねーちゃんと芽衣を呼ぶ声は連なり、カエルの大合唱のように騒がしい。
「はーい。待っててくださいね」
 真っ白な髪を一本に束ねて活動的な格好に着替え。子供たちの世話を焼く。
 芽衣の中ではそんな光景が日常と化してしまった。
「どうしたんですか?」 
 芽衣は少女に歩み寄る。視線の高さを合わせて頭を撫でてあげた。
「あのね、お兄ちゃんがカードとったの」
 芽衣はすぐにぴんときた、そのお兄ちゃんという単語で、だれが何をしたか。
「ああ! 健吾君またとったんですか」
 そう芽衣は声を張り上げて『小鳥遊 健吾(NPC)』という子供を探す。
 歳は芽衣と同じくらい、しかし同い年とは思えないほど大人びた彼は盗みの天才であった。
 そんな彼が盗ったものを取り返すのはもはや芽衣の役割であり、健吾も彼女の怒られると物をすんなり返すようになっている。
 前回孤児院を初めて訪れた日から、変わったことと言えばこれくらいなものだった。
「健吾君!!」
 芽衣はやっと健吾を発見する。彼は壁に背を預け片手で少女から巻き上げたものと思われる、駄菓子のおまけカードをもてあそんでいる。
「なんだよ、すぐ芽衣に泣きつきやがって。お前ら」
「なんでいつも、物をとっちゃうんですか?」
 芽衣は健吾のカードをもてあそぶ手に、自分の手を重ねて言う。
「返してあげましょう?」
「嫌だね、そんなに大切なら奪い返して見せればいい」
「そうじゃないです、それじゃだめです」
 健吾は首をひねった。
「お願いします、悲しむ人を作らないために」
 そう芽衣は健吾の目をじっと見て、両手に力を込めた、するとその手の中で健吾の拳の力が解けていくのがわかったのだ。
「ありがとう……」
 そう、芽衣は微笑むとその手からカードを受け取り、子供に返す。
 すると子供はありがとうと叫ぶように告げ、芽衣に背を向けて走り去っていく。
「あの、健吾君。どうしても物を盗りたくなったら。その、私の……」
 そう芽衣は背後を振り返る、そこに健吾がいることを期待して。
 しかし。そこに健吾はいない。いないどころか何もない。
 そこにはフローリングや白い壁や掲示物なんかが消えて真っ黒な空間がただ広がっているのだ。
 こんなのおかしい。そう芽衣は混乱の真っただ中に突き落とされる。
「どう、して?」
 さらに芽衣は振り返る、走り去っていった少女の背中がそこにあることを期待して。
 しかしだ。そんなものはなかった。やはり闇が広がっている。
 気が付けば足を支える地面、フローリングすらなく。360°闇が広がっている。
「なんで、どうしてですか?」
 そうつぶやき、芽衣はその場に座り込んでしまった。
 誰もいない闇の中に一人、それがこんなに恐ろしいことだとは思わなくて。
「いったい誰が、こんなことを。愚神ですか?」
 その時だった、闇の奥から声が響いてきた。

「一緒にご飯食べましょう……楽しいわよ」

 芽衣は息をのむ、その言葉、その声音。
 芽衣には覚えがあった。
 それは哀れな家族を求める亡霊。あの愚神の声。
「あなたはあの時、消えたはずです……」
 そうつぶやいてみても声はどんどん大きくなる、どこから響いてくるのかもわからないその声。
 その声が突如、耳元で聞こえた。
「消えてなんかない。私はずっとあなたを見ていた」
 その時、髪の毛が足に絡まり、そして芽衣は体制を崩して転んだ。
 見れば深い水たまりのようなものから少女が上半身だけ出してこちらを見ている。
「家族を奪ったあなたが、私の家族になってくれる? 代わりに、代わりに」
 芽衣は必死に髪の毛を引きちぎろうとした、しかしその髪は予想以上に頑丈で手が痛くなるばかり。
 やがて引きずられて少女に近づくごとに見えてきた、彼女の顔。
 腐って今にも溶けだしそうなその姿に、芽衣は吐気を催した。
「私のせいですか? わたしの」
 芽衣は抵抗する気力も奪われ、ただ引きずられるままになる。
「あなたから家族を奪ったから」
 ずるずると芽衣は引きずられる。水のなかに引きずり込まれ。彼女は愛おしそうに芽衣を抱きしめた。

「私が一番、家族を奪われた悲しみを知っているはずなのに」

 彼女の笑い声が聞こえる。
「これで、一人じゃないわ。ずっと一緒ね。一緒」
「助けて……」
 芽衣の口から突如、そんな言葉が漏れる。
「お願い助けて……」

 健吾君。

「誰に助けてもらおうっていうんですか?」

 ヒヤリとしたその声に驚き、閉じた瞼を開くと、芽衣は正座していた。
「え?」
 状況が飲み込めない芽衣。先ほどまで自分は愚神に水の中へと引きずりこまれていたはず。
 なのになぜ。
 芽衣は思わずあたりを見渡した。そしてそれが知っている光景であることに愕然とする。
 畳に襖、和室に詰め込まれた沢山の人。皆仏壇を向いて正座している。
 部屋に響く木魚のリズムとお経。
 線香の香り。
 間違いない。これは両親の葬儀の時と同じ光景だ。
「なんで、こんな」
「君は両親が死んだ時、どう思った?」
 その時突然、隣にいる男性が語りかけてきた。
「悲しかったか? どうしたらいいか分からなかっただろうな。まだ君は幼かったはずだから」
「そんな……ガルマさん」
 芽衣の隣に座っていたのは『ガルマ・アーヴェン(NPC)』かつて『誰も泣かない世界』を目指し、生き。夢半ばに倒れ、芽衣に涙をぬぐわれた青年だ。
「なぜここに? そう言いたげだな、当然だ。ここには君に殺されたもの達が集まっているのだから」
 芽衣はそこで初めて気が付く。周囲に座る人物のこと。
 皆喪服に身を包んではいるが、見覚えのあるもの達ばかりだ。
「愚神? 従魔?」
 そう、そこに座っていたのは全員、芽衣が倒してきた愚神や従魔。
 だから当然、ガルマもこの列に加わっているのだ。
「なぜ助けてくれなかった」
 ガルマが問いかける。
「もしかしたら、私は生きられたかもしれないじゃないか」
 芽衣もそれは思ったことがある、だが、もうどうしようもないのだ、ガルマは消えてしまった、もうこの世界にいないのだ。
「なぜ、私を殺した?」
「違います、私は」
「違わない」
 まただ、また冷徹な声が場に響いた。
 その声は高く、少女のような甘い音色を持つ。
 その声が一瞬誰のものか、芽衣には分からなかった。
「誰ですか?」
「本当はわかっているくせに……」
 そう声が響くと、正座していた愚神たちが脇にずれ道をあけた、その先には黒い喪服の芽衣が佇んでいる。
「私?」
「沢山の物を犠牲にここまで来ておいて、自分だけ幸せになろうっていうんですか?」
「違う、私は」
「愚神と共存とか言って、愚神を殺す癖に。うそつきじゃないですか」
「そんなことないです、私は全力で頑張ってます」
「殺したのに?」
 芽衣は息をのんだ。

「家族を求める愚神をころして」

「ガルマさんを二度も殺したのに?」

「沢山の命を奪ってあなたは生きているくせに、どうしてそんなに笑っていられるんですか!!」

 そしてひとが脇にずれ喪服に身を包んだ自分が歩み寄ってくる、その手は滑るような動作で芽衣の首に据えられた。
「幸せになっていいと思っているんですか?」
 みしみしと骨が音を立てる。
 涙があふれた。
 輝かしい光景がどんどん去っていく。
 日常の楽しい思い出も、英雄と笑いあった日々も、全部が茶番だったように思えて、罪だったように思えて。
 だから、彼の背中が遠い。

「あ、けんご……くん」

 指を伸ばしても届かない。彼には届かない。
 だって自分は罪人だから。
 だからそこにはいけない。

「お前なんか死んじゃえ!!」

 そう自分の叫び声が聞こえて。ばきり、そう鈍い音が耳に響いて。
 そして芽衣の意識は途絶えた。
    
    *   *

「はっ!」
 息をのむ芽衣。
 上がった息が耳障りなほどに食らい部屋に響く。
 ここはぬいぐるみ喫茶冥王亭、その二階自室。
 そこで芽衣は悟る。
(全部、夢ですか?)
 芽衣は何気なく隣で眠る英雄を眺めた。布団を蹴散らして気持ちよさそうに眠る彼女が今はうらやましい。
(きっと、みんな私のこと、許してくれないのでしょうね)
 そう芽衣は自虐的に笑い、また頭を枕の上に戻した。
(私はきっと、幸せになる権利もないのでしょう)
 そう芽衣は頬に手を当てると、濡れているのがわかった。
 涙をぬぐうとそっと自分を抱きしめる。
「私は、生きていていいんでしょうか。だれか。教えてください」
 しかしその言葉を誰に伺えばいいか芽衣には分からなかった。

    *    *

 次の日。芽衣はまた英雄の手を引いてバスに乗り込んだ。
 今日はまた孤児院でボランティアする日だ。
 だが普段は意気揚々とバスに乗り込むはずの芽衣の顔は浮かない。
(自分だけ幸せに、なるなんて……)
 芽衣自身気が付いていた。昨日の夢は芽衣が考えるのを後回しにしていた事柄の全て。
 目を背けてきた、罪科。
(私はこれからも命を奪っていくのでしょうか)
 芽衣は思う、であればこの命など……。
 そう芽衣は溜息をついて窓の外を見つめる。
(健吾君は、どうしてるかな)
 一度芽生えてしまった疑念は後を引く。物思いの時間は長すぎて、やがて孤児院が見えたことに気が付いた芽衣は、やっとその頬をほころばせる。
 芽衣がいない時間、彼は大人しくできただろうか。
 真っ先にそれを問いかけようと思いながら、バスが停車するのを待った。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『北里芽衣(aa1416)』
『小鳥遊 健吾(NPC)』
『ガルマ・アーヴェン(NPC)』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 どうも、いつもお世話になっております、鳴海です!
 OMCご注文ありがとうございました。
 孤児院依頼の健吾君を気に入っていただけたんですね。指名していただいてうれしい限りです。
 かねてより、鳴海は一人一人の心に残るNPCを作るように心がけていたのでうれしいです。
 そして今回は芽衣さんのトラウマに触れる会ということで。ダークな雰囲気で描いてみました、ここからどうお話が展開していくのか今から楽しみです。
 それでは、お次は残響のシナリオですね。近いうちにまたお会いしましょう。
 鳴海でした。
 ありがとうございました。
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2016年08月10日

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