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『画廊『clef』を辞した後の話。 』
黒・冥月2778)&速水・凛(NPC5487)

 画廊を辞してすぐ探偵と別れたのは、「居る」と思ったから、もある。
 そして案の定、「思った通りの相手」が不意に現れた。
 速水凛。
 つまりは…『蝙蝠』。

 ――――――『最近この辺りで蝙蝠が飛んでるのを良く見掛ける』。

 画廊の主に聞かされた唐突な「おまけ」の話は、つまりそういう意味だったのだろう、と俄かに腑に落ちた。『蝙蝠』が指すのは、凛の事。考えてみれば「どう翻るかわからない」あの佇まいからして――言い得て妙な呼び方とも言える。「それ」と「これ」とを繋げて考えるのは実際に当の凛に立ち止まらされて直接言葉を交わしてからの今になってしまったが――さて、どうしたものか、と黒冥月は思う。

 撒くだけなら簡単だが、それだけでは今後も事ある毎に付き纏われるのは明白。この手の輩は自分自身で納得しなければまず止まらない。どんな形であれ上辺だけであれ白を切り通すか諦めさせるかさせたい。が…どの程度「やれ」ばそれが可能かまではさすがにまだ読めない。
 まぁ、取り敢えず凛の方にしても今の私に絡んで来た理由はあくまで勘の範疇で、何か確証がある訳では無さそうではあるが。

 …にしても、本当に出方が読めない。

 何処か好戦的な視線とも感じたが、本音の部分では全く違う事を考えているようにも思える。実際に、今いきなりこちらに何かを仕掛けて来る訳でも無い――それもただの彼女の気まぐれ、偶然に過ぎないかもしれないが。だがアトラス編集部にメッセンジャーとして来ていた時の事やらを考えると――まぁ場合によってはそれなりにまともな対話が成立する相手だとも思う。とは言えあの何処か狂気染みた、滴るような闇の香を感じさせる危うさもまた――直接思い知らされるような何かがあった訳では無いが、ただの見せかけや気のせいで済ませられるものとは思えない。

 …何にしろ、流れで争い事になる危険性は考えておいた方がいいか。

「ここでは人目に付く、別の場所に行こう」

 それだけを告げて行き先も言わず、私は何事も無いようにごく自然に歩き出す――そんな自然な所作ですぐ側の影へと踏み込んだ。その影を介して――直前の言葉通りに、全く別の場所へと移動する。

 …置いて行かれた方にしてみればその場から瞬時に消えたように見えるだろう。今やった事と言えば要するに瞬間移動でもある。当然、直接話していた相手――今の場合は凛――以外からは「大して気にもされない」ような隠術は掛けた上での行動でもあるが。

 さて、あの蝙蝠娘はこれでどう出て来るか。ある意味、これで普通に撒いた事になる気がしないでもないが…何となく、そうはならないだろうなとも頭の何処かで思っている。だからこそ敢えてこうしたとも言うのだが…画廊の主にされた「おまけ」の話もまた根拠の一つになるかもしれない。…「最近」と言う事は少なくとも「『蝙蝠』が辺りに居た」のは今日のこれが初めてじゃない。そしてこれまでの私の動きからあの画廊を張ると言うのは、結果として正解ではあるが少々突飛だ。それ以前の時点で、情報面がある程度掘り下げてあって初めて可能な行動と言える。勿論、ただの勘と言う可能性も否定はしない――だが「ただの勘」であったとしてもそれで正解に辿り着いてしまうとなると侮れない。…つまりはそのくらい、あの蝙蝠娘には油断ならない何かがある。

 ともあれ、近場に見付けた空き地で暫し待つ事にした。



 …思ったより早いな。

 真っ先に出た感想はそれ。あーもういきなり消えっかよ、とか何とかぶつくさぼやきながら凛が当の空き地に来たのは――少々意外なくらいに「すぐ」だった。移動前のあの場所から、特に迷いも探しもしないでここを目指して真っ直ぐ歩いて来たらそのくらいじゃないか、と思える時間しか掛かっていない。その時点でこの凛の能力について推測出来る事がある――何らかの確かな探知能力を有する事。そして同時に、異能と言えるような移動能力は無い事の二つ。…いや、このぶつくさぼやいている面倒そうな態度を見る限り、能力の問題では無くそれ程本気で追い掛けて来てはいないだけ、と言う事も有り得るか。だったらそのまま諦めて何処かに行ってくれればいいのだが――そうしてくれる気までは無いらしい。

「改めて言うがお前が面白がる事は何も無いぞ」
「ってそれでこれかよ」

 …私が影を介して瞬間移動の如くこの場に出た事、か。

「面倒臭くなっただけだ。これで撒ければ簡単に事が済むかと思ってな」
「ふーん?」

 凛はまた、目を眇めてかくんと首を傾げて来る。…到底納得したようには見えない仕草。
 はぁ、と思わず溜息が出た。

「何度訊かれてもさっきから答えている通りの説明しか出来んぞ。私があの探偵経由で依頼を受けているのも一度や二度じゃない。あの小娘との再会も他の誰でも無いお前の依頼が無ければそもそも無かった事だ。お前の言う量産型と私が敵対したのもあくまで昔の事に過ぎない。ただ状況が揃っただけだとは何故思わん。…どうせ何の確証も無いんだろう。何も無いのだから当然だ。面倒掛けるな、帰れ。私は駄々捏ねる餓鬼を説き伏せたり力尽くで黙らせる趣味は無いんだ」
「そう。その反応」
「何がだ」
「姐さん妙ーに突っ撥ね方が説明的なのがどうもねぇ? そもそも何も無ぇならわざわざ場所移す程の話なんざして無くね? ぶっちゃけ軽く無視すりゃ済む程度の流れだったと思うぜ充分。なのに姐さんの反応がどうも丁寧で大仰っつーか。却って気にしてくれって言われてるみてぇでよ? むしろ姐さんのその反応でこっちは確信得たっつーかなァ」
「…お前はただ無視すればそのまま退くような殊勝な輩だったのか? だったら初めからそうしたが」
「へぇ、そう来るかい」
「…ふむ。こちらの考え過ぎだったようだな。ならばお前の言う通り今から無視して帰らせて貰おう」

 早く持ち帰りたい荷物もある事だしな。

「っておいおい。当の俺に言われてからそうされてもな」
「何だ。結局難癖付けて絡む気なんじゃないか」
「だからそりゃあ今の姐さんの反応先に見ちまったらそうなるっつーの。…卵が先か鶏が先かじゃねぇんだよ。何だか面倒臭くなって来たな」
「面倒なのはこっちだ。つまり何がしたいんだ」
「んー…じゃまァいっちょ試してみっか」

 と。

 何処か投げやりにそう言ったかと思うと、凛は不意に右半身を翻すようにし――その勢いのまま身体ごと放り投げるようにして己の右腕を後方へと伸ばす。そして伸ばした先のその位置で何かの得物を掴み、取って返して私に向かって振り被って来ようと――――――





 ――――――したかったのだろう、多分。





 だが、私の方でその意図に先に気付き、動く事が出来ていた。私は今、この空き地――この場所にある全ての影に意識を向けてある。…勿論、凛自身が作る影にも。そして凛の今の動きの最中、伸ばした凛の手許、何も無かった筈のところに新たな影が出来始めているのに気が付き――その影を作る「何か」がその場に現れ出ようとしているのにも当然気が付いた。
 それを即、影で覆い飲み込んだだけの事。凛の手許の所作や力の籠め具合からして、何らかの得物を手許に召喚した――召喚しようとしたのだろう、とだけは察しが付いている。そしてそれだけがわかれば対処するのに問題は無い。
 結果、凛の方は半身を翻し勢いを付けて取ろうとした行動が透かされて、「あれ?」などと間抜けな声を上げつつきょとんとする羽目になる訳だ。…ついでにバランスでも崩れたか、少々踏鞴まで踏んでいる。

「…やる気か?」

 これ見よがしに嘆息しつつ、短く確認をするだけする。その間にも私は凛自身の影と足裏を吸着、動きを封じ――同時に「早く持ち帰りたい荷物」こと先程購入した大切な絵、を影で覆って影に仕舞う。

「今は動くなよ。お前がこの絵に傷一つでも付けようものなら虚無と戦うのを覚悟でお前を殺さなきゃならん」
「つーか動けねぇし。…てかさ、むしろ姐さんにそこまで言わせるその絵の方が気になって来たんだけど?」

 …。

「…だからお前は何がしたいんだ」
「だから面白そうな匂いがすんなァって思って姐さん張ってただけだっつーの」

 …。

 何だか本当にこちらの考え過ぎだった気がして来た。が、興味の移った先も先で私にとっては同じ事。いやむしろ、敢えて比較するなら「そちら」の方が私個人としてはより関わって欲しくない話。
 それは「依頼」の件から話は逸らせた事になるのかもしれないが――状況としては大差無い。いや、ある意味では悪化したとすら言えるかもしれない。…懸念していたのとは少々ベクトルが違う意味でだが。

「探偵に連れられてclefで買った、って事はその絵にこそ何か鍵があるって事かも知んねぇしなァ?」

 …。

 そう言われると本当に全くの見当違いなのだが――個人的な意味合いではそうとも言い切れない気がするので俄かに反応に迷う。…勿論、その迷いを表に出すような浅墓な真似はしないが。

「勘繰り過ぎだ。以前から探していた絵だと言ったろう」

 …画廊の店主も探偵も絵を探す仲介を頼んだ以上の関係が無い。これは「この私がわざわざ以前から探していた」ものだ。それも「物」が絵なのでな。他人に傷一筋でも付けられたなら黙っていられる訳が無かろう。

 私がすぐにそう返したら、凛は傾げていた小首をかくんと戻すようにして逆側に傾げる。と、何を思ったか健在な右手を軽く掲げて一度ぱちんと指を鳴らした――か、鳴らそうとしたかと言う程度のところで。
 …私は凛のその僅かな動きすらも封じる事を選択した。その時もまた姿は見えなかったが、凛のその所作に呼応する――呼応しようとする小さな気配が幾つか場の中空に浮遊していた事に気が付いたので。…意思ある何か。恐らくは「それら」が私の居場所を探知する役割を担ったのだろうと察しが付く。…凛が使役する小型の使い魔どもと言ったところかと思うが――そう察した時点で逸早くそれらごと巻き込むつもりで影をドーム状にし空地全体を覆う事をした。直後、何を言う間も無く瞬時に凛諸共拘束する形に収束させる――凛の首から下を影で一気に覆い込み締め付ける。…手応えあり。…と言っても当然、別に影を用いて首から下を切り取った訳じゃない。この程度の事でいきなり首を切るような真似をする気は無い。
 が、取り敢えずこのくらいの示威は必要だろうと判断した。

「…お前のような餓鬼相手に本気を出す気は無いし、出すまでも無い。…その価値も無いしな。泣くまで殴られたくなければもう関わるな」

 そこまでを言うだけ言う――いや。

『そういう事』か、とその時点で漸く気が付いた。溜息と共に目を伏せ――影で覆い込み拘束していた凛の首から下を即座に押し潰した。当然の帰結として凛の首がころりと転げ落ちる――が、転げ落ちて地面に達するより前に、その首自体が形を無くしていた。まるで結合していたものがばらりと解けるような様を見せ、細かい粒の集まりと化している――そしてその凛の首だった細かい粒は、意思あるように中空に散らばり、その場に残っていた。
 散らばったその細かい粒それぞれから向けられる、何処か幼稚でつたない敵意や殺意。それらの粒がひらひらと蝶の――蛾のような羽を持ち、飛んでいる事にも気が付く。妖精とでも言ったところか。…全く。

「…ふざけた真似をしてくれるな?」
(…あったり前じゃん。こっちは姐さんらが戦り合ってるアレ見てんだよ。それで「人目に付くから場所移動する」なンつわれたらまともに付き合う訳無ぇと思わねぇ?)

 …凛の声まで、その散らばった妖精どもから聞こえて来る。
 要するに、少なくともこの空き地に来た凛自体が、この「小さな妖精のような使い魔で構成されている偽物」だったと言う事だ。…今、凛諸共周囲に居た使い魔の方も影で一気に拘束したつもりだったが、その影内での様子で――「小さな妖精のような使い魔」と「凛」の一部が同化しては離れるような様を見せつつ、己を拘束する影を何とかしようと努めていた事ではっきりした。…まぁそもそも、先程奪った召喚途中な得物の方もまた、取り込むなり一気に結合が解けて同じ使い魔らしい細かい粒になってはいたのだが――まさかこの凛本人までがそう来るとはさすがに思っていなかった。
 ここへの移動時に目を放した私の油断と言えばそうだが、まさかこれ程精巧な分身を出して来ようとは。

「で、直に姿を現して話す気はもう無い訳か。ならもう諦めたと思っていいんだな?」
(んー、そりゃどうかなぁ。まだ気になるっつや――…)
「そうか。わかった」

 …それだけ聞けば皆まで言わす必要は無い。凛の言葉を遮り、私は一気に周辺の影を走査した。今居る空き地から元居た場所――画廊『clef』の近くまで。程無く、凛の姿を見付ける。…なんだ、結局元居た場所から殆ど移動していないのか。思いつつ影を介して元居た場所にまで戻り――と言うか影から手だけ出して猫でも取り上げるように凛のレインパーカーの襟元――フードを後ろから引っ掴み、そのまま影を介して空き地の方に問答無用で連れて来た。

「さて。今度は分身とは行かんと思うが、どうする?」
「…。…うわあ、そーゆーのアリなんだ…」

 むしろそれはあの「使い魔製の分身」にこそそっくりそのまま返したいが、さておき。

「こちらの話はずっと聞こえていたのだろう? もうこれ以上同じ話を繰り返させるな」
「あー…そういや泣くまで殴るとか何とか言ってたっけ」
「その通りだ。大人しく帰る気になったか」
「そーいう事言われちまうとなァ」

 と。

 言うなり、凛は私ががっちりフードを掴んでいた筈のそこから何の抵抗も無く一気に離れると、何処か異様な――獣めいた低い姿勢で構えて、私から間合いを取っている。そして私の手の方に残る掴んだままだった筈のフードの感触は、また結合が解けて細かい粒に――使い魔になっていた。そして凛の襟元に靡く解けたフードの方は、中空に浮かぶ粒どもによって私の目の前で再び構成されつつある。
 そして。

「出来るもんならやってみな、って挑発したくもなンだよなァ?」

 それこそ挑発的な貌でにたりと嗤い、凛は嘯く。
 …要するに、今、私の掴んでいたフードの部分もまたあの使い魔製だった訳らしい。となると「今度の凛」も本体かどうか少々疑わしくもなるが…何にしろ、この場に引き摺り出したら却ってやる気になってしまったようでもある。…何と言うかこれまで順調だった反動か、今度はどうも上手く転がせないな、と少々うんざりして来た。

 さて、ここはどう躾けてやったものやら。

【画廊『clef』を辞した後の話。
 蝙蝠さんはむしろ本題からズレたところでスイッチが入ってしまったようです】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年08月15日

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