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『うたかた 』
泉 杏樹aa0045)&宮ヶ匁 蛍丸aa2951

『泉 杏樹(aa0045) 』
『黒金 蛍丸(aa2951) 』

 エピローグ。
『泉 杏樹(aa0045)』は世界を知らない。
 正しくは知識として多くのことを知ってはいるが、それが経験として杏樹の中にないということだ。
 杏樹は数多くのことを知っている。
 海を泳ぐ鳥がいることも知っているし、光る虫がいることも知っている。鏡のように空を写す湖や、千年朽ち果てなかった死体も知っている。
 この世界には想像を絶する現象、生物、風景が多数存在することを知っている。
 しかし、それを見たことはない、それが本当に存在するのか、確証は持っていないのだ。
 だが、それは仕方のないことかもしれない。 
 つい最近まで、軟禁と言っても過言ではない箱入り具合だった杏樹は、外界からの情報を知識に頼るしかなかったのだ。
 だが、今は自由、英雄と共に広大な世界に解き放たれて二人。
 それから二人は沢山のことを経験してきた。
 友達ができて、リンカーとしての仕事も徐々に初めて、人でごった返す町がこんなにも胸が躍る場所だと知らなかったし、カフェで友人とただただお話をすることがこんなにも楽しいことだと思わなかった。
「もっと、もっと世界をみてみたいの。けど」
 彼女一人ではどこに行っていいか、何がそこにあるのかが全く分からない。
 だから、これから語られる物語は、杏樹が友達に手を引かれて。
 世界を目の当たりにする、物語だ。

第一章
 
 その日、杏樹はH.O.P.E.の食堂にいた。掲示板を軽く眺め、こんなミッションもあるのか、自分が参加したらどんなふうになるかな。
 そんな風に思いをはせながら麦茶を飲んで佇んでいた。
 そして一つ、ほっと溜息。
 これからどうしよう、そう思案を始めたころに、突然背後から声がかかった。
「どうしたんですか? 杏樹さん」
 杏樹はそっと振り返る、そこには『黒金 蛍丸(aa2951) 』が愛用の槍を担いでそこに立っていた。
「蛍丸さん、こんなところで会うなんて奇遇なですね、こちらへどうぞ」
 そう、両手を広げるように前の席が空いていることを示す杏樹。
 それに習って蛍丸は椅子を引いて腰を落した、武器を幻想蝶にしまう。
「憂うつそうでしたけど」
 蛍丸が言っているのはあの溜息のことだろう。相変わらず蛍丸は人の心の機微に敏感だ。
「あのね、みんながちょっとうらやましくて」
「何がですか?」
「掲示板を見て、ワイワイ楽しそうにしているのがたのしそうなの」
 杏樹はとある事情で今は依頼に参加できない。だからと言って依頼に参加したくないわけではなく、友人が依頼の話で盛り上がっていたりすると少しさみしくなってしまう杏樹であった。
「私も、みんなと、どこかに出かけたりしたいな」
 杏樹はそううつむいて、カップの縁をカリッと爪で叩いた。
「お友達と、お出かけしたことないの。本当は……お誘いしたいけど。なかなか言い出せなくて」
 それこそ、行きつけの喫茶店の店員や、普段よく話をする友人達、彼女らを誘って、山や海やとお出かけできればさぞかし楽しいことだろう。
 しかし、彼女らもエージェント、二足三足のわらじは当たり前、そんな多忙な彼女らを遊びに誘うのも気が引ける。
「でも、きっと皆さん、杏樹さんに誘われたらうれしいと思いますよ」
「そうなの? うーん……」
 考え込んでしまう杏樹。
 杏樹は本来人見知りなのだ。顔見知りが増えてきたおかげで最近それほど意識しなくはなっていたが、やはり人のプライベートにかかわろうとすると勇気がいる。
 拒絶されるのはまだまだ怖かった。
「だったら、そうですね人を誘うことは怖くないんだって、自覚を持てれば変わるかもしれませんね」
 コミュニケーション能力高い子筆頭、蛍丸は提案する。
「友達と遊びに行く練習です、僕と蛍を見に行きませんか?」
「蛍?」
 そう蛍丸は幻想蝶から雑誌を取り出すと、真ん中のページを開いて杏樹に差し出した、そこには一枚の大きな川原の写真が映し出されていた。
「この光が?」
「そう、蛍です」
 カメラからでは光の点にしか見えない蛍。
 蛍丸曰く、この蛍という夏の風物詩は自分の目で見ないと美しく見えないそうだ。
「そこの町のはずれの川にも蛍がいるようでして、行ってみたいなと思っていたんですよ」
「名前も、『蛍』丸なの、やっぱり特別?」
「そうですね、やっぱり好きな部類に入ります、故郷にいたころは毎年のように見ていましたから、蛍」
 そう蛍丸は遠い故郷に思いをはせる。
「蛍、見たいの。綺麗……です? 楽しみ、ですね」
「ええ、楽しみです、いつ行きましょう」
「うんと、次の日曜日があいているの」
「では、細かな準備はボクが整えておきますね。歩くので、装備はちゃんとしていかないといけませんから」
「装備?」
「ま、まずそこからですね」
 頬をかいて蛍丸は笑った。

第二章
 蛍丸が言うには、蛍が生息する川は綺麗な水が必須らしい、そのため郊外から離れた上流に生息するのだが。
 この上流まで上るのには、ピクニック気分だと痛い目を見るというのが実情で。
 長距離を歩く装備、食料、あとは夜まで待たないといけないので、雨よけ風よけ、様々な準備が必要だった。
 だが、まぁそれは蛍丸が全てそろえてしまった。さすが男子である。
 実際は少しだけ、アウトドア好きの友人の助言を受けたり、アイテムを借りたりしたのだが、それはまた別の話。
「重たくないのです?」
 杏樹はそう告げ振り返った、帽子のつばを両手でにぎり、ワンピースの裾を翻らせる。
 足元だけスニーカーというカジュアルさだったが、元気いっぱいに見えてとても可愛らしい。
 そんな杏樹の分の荷物も背負い、蛍丸はいい笑顔で上流を見つめる。
「大丈夫です…………AGWの方がずっと重たいですから」
 そんな軽口を叩きながら川を上っていく二人。そして、人の明りが届かなくなったあたりで拠点を作った。
「荷物はここに置いておきます、野生動物よけのベルや装置を仕掛けてきますから、すこし……」
 そう蛍丸が言い終らないうちに杏樹は早速靴を脱ぎ捨て川へ。
「水が、きもちいいの」
「転ばないように気を付けてくださいね」
 蛍丸も川へ、川は地形によっては急に流れや勢いが変わることがある。遊ぶ前にはしっかり確認しないといけないのだが、蛍丸が全部やった。
「ここまでなら来ても大丈夫ですよ!」
 掴まれるように川下にロープを張る。これで遊び準備は万全、そう蛍丸が杏樹を振り返ると。
 蛍丸の顔に水が浴びせられた。一瞬の前後不覚、そして足が小石で滑り蛍丸は浅瀬にしりもちをついてしまった。
「どうです? きもちいい?」
「ああ、もう」
 そう蛍丸は呆れたように微笑んだ。そして、今度はにやりと不敵に微笑んで。お返しに水をかけてやったりする。
 杏樹がお腹の底から笑い声をあげる。お返しとばかりに二人は水を掛け合った。
 髪の毛の根っこまでひんやりしたころ、息を切らして杏樹は目元をぬぐった。
「たのしいの」
 その時である、水の流れが変わったのだろう、突如足をとられ杏樹が体制を崩した。彼女の体が傾いでいく。
「あぶないですよ」
 その時蛍丸はすぐに反応した、素早く杏樹の肩を抱きかかえ水に顔から突っ込むのを阻止する。
「ありがとうなの」
「疲れてきたせいかもしれませんね。御飯にしましょう」

第三章

「あのね、じつは。お弁当持ってきたの」
「僕もです、交換しながら食べましょうか」
 そう二人は広げたブルーシートの上でお弁当を交換した、蛍丸が杏樹の杏樹が蛍丸のお弁当をそれぞれあけることになったのだ。
「で、でも。実は謝らないといけないことがあるの」
 そう罰が悪そうにつぶやく杏樹。蛍丸はすぐにその原因を察した。
 あけたお弁当箱の中にはぐちゃぐちゃのおにぎりが詰まっていたからだ。
 というよりまったく握られていない、ご飯がそこに詰まっている。何せ梅干しが見えてしまっているくらいだ。おそらく彼女の握力ではお米を握ることすら、難しかったのだろう。
「おいしそうですね」
「え……」
 お世辞にもそうは見えないお弁当を蛍丸は満面の笑みで口に運ぶ。
「とてもおいしいですよ!!」
「でも、これはもう、おにぎりとは呼べないの」
「最初は誰しもこんな物ですよ、僕もそうでした。玉子焼きを炭のように真っ黒にしてしまうこともありまして、よく英雄に怒られていました」
 そんな蛍丸に促され杏樹はお弁当箱を開ける、そこには。から揚げ。タコさんウィンナー。ウサギさんリンゴ。卵焼き。サラダ。お弁当としては定番のメニューがぎっしり詰まっていた。。
「すごいの!」
「最近やっと形になりました」
 二人は合作のお昼ご飯を手早く追えるとまた川へと遊びに繰り出した。
 見ずの掛け合いも楽しかったが、杏樹たちは川原の生命を観察して過ごしたりもした。小さな魚だったり、ザリガニだったり、昆虫や草花。
 川を中心とした生態系は意外な驚きや感動をもたらした。二人とも本が好きだったので、あの魚は……、あの花は……と言った豆知識に事かかなかったというのも大きいだろう。
 そんな風に時を穏やかに過ごしていても、無情にも時間は流れるものだ。
 やがて夕暮れ、手元が見えるうちに夜の段取りをしようと蛍丸は川から上がり、たき火と夕食の支度、そして簡易的ではあるが風よけのためのテントを張った。
 杏樹はその間、じっと川の真ん中に立っていた。
 まるで根を張った気のように動かず、ただただ五感で周囲を感じていた。
 川だけではない、周囲に広がる森、その生態系、音。
 それらすべてを、見て、感じて、心に記す。
 そして緩やかに時は過ぎ去り、夕陽は鮮やかさをだんだん落とていく、濃く深い黒が広がり、空には星々が輝くようになった。
「寒いです……」
 杏樹はやっと体温の低下を感じ取り、河原から上がる。
 それを見た蛍丸は特等席を明け渡して、タオルケットを杏樹にかけた。
「温かいの……」
 杏樹は思わずたき火に見入る。舞い散る火の粉、気の爆ぜる音。炎の揺らめきは決して同じ形をたどることなく、杏樹を飽きさせない魅力を持っていた。
 二人は無言を共有する。心地よい沈黙と虫の声。時が止まったような錯覚すら覚える大自然の中。二人は不意に視線を上げた。
「「何をかんがえて」」
 いたの?
 いたんですか?
 そんな風に重なる声。二人は笑った。たき火で赤く照らし出された二人の表情はいつもより大人びていたけれど、中身はやっぱり変わらない。
 最高の友達が目の前にいた

「今日はとても、楽しかったなって、思っていました」
「まだ、終わったわけじゃないんですよ」
 本来の目的を忘れている。
「あ、楽しすぎてついつい」 
 そうやって二人は笑った、今日はどれだけ笑ったか分からない。明日目覚めたら腹筋が痛くなっているかも、そう蛍丸が冗談を言うと、また杏樹は笑った。
 そしてひとしきり、笑い転げたあと、杏樹は視線だけで蛍丸に問いかける。
「僕は……故郷を思い出していました」
「蛍丸さんの、御実家なの?」
「ええ、沢山の人を置いて突然出てきてしまいましたから、心配していると思うんです」
 蛍丸は杏樹のはしゃぐ姿を凝視していたが、その姿に別の誰かを重ねていた。
 こうして自然の中にいると思い出す、故郷の風と、そして夏の風物詩である蛍。
 今年もみんなで見ているのだろうか。
 そう思い出して蛍丸は切なくなっていたのだ。
「平和に暮らしていればいいと、思います」
 そう蛍丸は目を閉じる。
「きっと平和だと思うの」
 杏樹はすかさずそう答えた。
「だって、蛍丸さんがこうやって、日常を守っているのだから」
「ありがとうございます。そうですねこうやって誰かのために戦っている限り、きっと僕の故郷は安全ですよね」

「僕達は似た者同士なのかもしれないですね」

 そう蛍丸は告げた。
「戦うことより、護ることの方が得意で、傷つけてしまうのが怖くて」
「自分が傷つくことは平気?」
「そうかもしれません」
「きっと杏樹もそうなの……」
 もし、もしもの話だ。
 この先強大な悪が現れたとして、自分たちの手に負えない存在が現れたとして、自分たちはどうするんだろう。
 そう蛍丸は杏樹を見て。
 杏樹は蛍丸を見て。
 考えた。
 そして、おそらく同じ結論に二人は至るのだろう。
「少しは慣れましたか?」
「え?」
 杏樹は首をかしげた。
「友達と、遊ぶことにです」
 蛍丸は微笑みを向けた。
「うん、きっと、もう大丈夫なの、ちょっとだけ勇気がわいたの」
「よかった」
 そう蛍丸は告げるとスッと立ち上がる、そして足で踏みつけてたき火を消してしまった
 どうしたの?
 そう不安げに蛍丸を見あげた杏樹、そんな彼女に蛍丸は手を差し伸べた。
 そして川のほとりに誘導していく。
「ほら、見てください」

「これが、蛍ですよ」

 次の瞬間。二人を緑色の輝きが包んだ。
 舞い散るようでいて、地面に落ちない。舞い上がるような灯りが無数に二人を取り巻いて。
 まるで光の渦の中心にいるようだった。
「蛍丸さん。たのしいです」
「よかった」
 杏樹は両手を広げて回り出す。不思議と夜だというのに暗くなかった。
 まるで彼女の不安全てを消し去るために、蛍が道を照らしてくれているようで。
「蛍丸さん」
「なんですか?」
「きて、よかったです」
 そう笑う少女の姿を、蛍丸はずっと見つめていた。
 やがて、夜が遅く帰れなくなってしまわぬ前に降りようと、蛍丸は荷物をまとめ背負う。
 そして、疲れてしまったのだろう。瞼をこする杏樹の手を引いてゆっくりと人の世へと戻って行った。


エピローグ 

 これは、物語の尾ひれ。もしもあればのIF物語。

 少女は少しだけ赤くなった肌をさすりながら、いつもの喫茶店へと向かう。
 そこには見慣れた笑顔があって。きっと彼女は真っ先に杏樹の肌を心配するのだろう。
 けれど、杏樹は伝えるのだ、ひりひりした痛みも吹き飛ばすような、胸躍るひと夏の経験を、そして。
 話を聞いてくれた彼女の袖を引いて言えたらいいなと願う。
「今度、一緒に遊びにいきたいの。だめ……かな?」
 その言葉に、彼女は微笑んで。そして…………


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『泉 杏樹(aa0045) 』
『黒金 蛍丸(aa2951) 』

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつも世話になっております、そして大規模以外では杏樹さんは初めまして。
 鳴海です。
 この度は。OMC発注ありがとうございました。
 今回は夏の思い出ということで。
 青春香る、夏にぴったりな爽やか、ちょっと切なめノベル!!
 を目指して書きました。
 どうでしょう、楽しんで頂ければ幸いです。
 では、本編が長めになってしまったのでこの辺で。
 蛍丸さんはいつもありがとうございます。私自身とても支えられております。
 そして杏樹さんは、依頼に入れるようになったときに、お会いできることを祈っております。
 それでは鳴海でした、ありがとうございました。
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2016年08月15日

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