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『Alive 』
ニノマエaa4381)&ミツルギ サヤaa4381hero001
 日ざし。風。砂。そのただ中にくすんだ肌を晒して佇む、古き石の群れ。
 かつては水と人にあふれる営みが在ったのだろう遺跡……時の骸の片隅で、ニノマエは右手の魔導銃50AEに願う。
 頼む。頼むから――

 思えばいつもあきらめてばかりいた。
 人生には、どれほどの努力と悪あがきを重ねても届かないものがある。それを見上げながら力不足を自覚して、ニノマエはなんとか自分をなだめすかしながら生きてきた。
 そう。従魔によって故郷が業火に包まれたときも、HOPEに一般職員として就職し、研究所警備の仕事に就いてまもなく、従魔に左脚を喰いちぎられたときも。
 異世界から来たという化物に、普通の刃や弾は一切通じない。
 従魔の侵攻を食い止めようと努力し、悪あがきしたニノマエは、ただ弄ばれ、傷つけられ、蹂躙されて……従魔やその親玉である愚神と渡り合うことのできる唯一の存在、ライヴスリンカーに救い出されることとなった。
 ――しょうがねぇよ。俺にはなんの力もねぇんだから。それでもやるだけやったんだから、いいじゃねぇか。
 自分自身に、何度言い聞かせてきたことだろう。でも。
 ――俺はなにもできなかったってのに、なんで生きてんだよ?
 いつもどおりあきらめたはずのニノマエは、時も場所も選ばず思い出してしまうのだ。あの業火を。あの痛みを。
 視界が赤く焼ける。失くしたはずの左脚が疼く。
 悔やもうが悔いようが、ライヴスリンカーになれない自分には、どうしようもないことなのに。
 だから、こんな意味のないことはやめる。機械の左脚はいつだって好調だし、フラッシュバックを乗り切りさえすれば、頭だってまともに動いてくれる。
 あきらめてからずっと、日々を淡々とやり過ごしてきた。
 そんなニノマエにある日、大規模作戦のバックアッパーにならないかと打診が来た。従魔との戦闘経験を買われたらしいが……火に巻かれて咳き込んでる間に助けられ、警棒振り回しながらかじられただけの俺に、なにをご期待してらっしゃるよ?
 が。断るよりうなずくほうが楽だったし、給料何ヶ月分かの危険手当ももらえるそうだから、引き受けた。
 大丈夫。俺の仕事は流れ弾も飛んで来ないような戦場の裏側で、投下し損ねた物資を探して持ち帰るだけ。危険なんかあるわけがない。
 自分にうなずいてみせて、ニノマエはふと青い空を見上げた。
 ……今も命を賭け、死地を駆けている連中がいる。無力なニノマエにはできないことを、ただただひたむきに。
 視界の隅に業火が、失くした左脚が閃き、消える。あのときの絶望がまた、ニノマエの心を黒く蝕んでいく。
 心療内科からもらった鎮静剤を探し、ニノマエが砂漠迷彩を施した戦闘服のポケットに手を突っ込んだ、そのとき。

 風に巻かれた砂が吹き散らされた向こう、遺跡の中に姿を現わした1匹の狼。ただの獣でないことは見た瞬間にわかった。体が半ば透けていたからだ。
 そして。
 その透けた牙がくわえている、白い靄。

 資料にあった狼型の従魔が、わけのわからない靄をくわえている。いや、靄はどうでもいい。問題は狼だ。
 ニノマエは震える手をポケットからもどかしく引き抜いて――銃のグリップを握りしめた。
 このような緊急事態を想定し、HOPEは一般職員にも使用が可能なAGWを貸与していた。エージェントによってライヴスが充填された魔導銃を。問題は、エージェントならぬニノマエには弾の補充ができないことだが……今はとにかくこいつを頼りに逃げる。逃げるんだよ。
 そう心の中で繰り返していたはずなのに。
 ニノマエの口はなぜか叫んでいた。
「うぉああああああああ!!」
 ニノマエは吠えながら従魔へと駆け、引き金を引き絞った。1、2、3、4。
 当たらねぇ!
 上下左右に大きく逸れて飛び去るライヴスのただ中、狼は靄を離してニノマエを見た。
 怒りも侮りもない、無機質な獣の目。
 手どころか体中が震度8の勢いで激しく震え。左脚を喰われたときの情景がニノマエの目を黒く塞ぐ。
 ――しょうがねぇじゃねぇか。俺はなにもできねぇんだから。せめて楽に殺してもらおうぜ。
 この首を差し出せばひと息に殺してもらえるだろうから……が、ニノマエは差し出すどころか首をすくめてヘッドスライディング。狼の牙を避け、口に潜り込んだ砂ごと奥歯を噛み締めた。
 弾はあと何発だ? 確か20発分とか言ってたから、残り16。たったそれっぽっちでアイツを殺せんのか? ……って、なんでこんなこと考えてんだよ俺は!?
 石を積んで造られた遺跡の影に転がり込み、ニノマエは荒い息をついた。
 頼む。頼むから――
 グォア! ニノマエの潜んでいた石柱を回り込み、狼が襲いかかる。
 ――当たってくれよ!!
 その鼻面にガタガタとぶれる銃口を突きつけ、1、2、3。
 放った3発のうち2発が命中、狼がはじけ飛んで砂に転がるがすぐに起き上がり、ニノマエに低いうなり声を浴びせてきた。
 なぜ自分が逃げ出さなかったのかがわからない。
 わからないのに、なにもできないのに、それでも逃げ出せない。
 ニノマエは柱から転がり出し、視線を巡らせた。狼を迎え撃てる場所。狭間でも穴でもなんでもいい、狼の襲撃を一方向からに限定できる場所はないか!?
 そんなニノマエの思いを嗅ぎ取ったかのように狼の体が白く解け、ガス化した。駆けるニノマエをゆるゆる取り巻き、その足を止めさせておいて。
「グォファ!!」
 一気に実体化、左横からニノマエに飛びかかった。
「クソ!」
 右手に握った銃を振り向けている暇はない。
 ニノマエはとっさに軽量複合合金製の左膝を突き上げ、狼の腹を打った。狼の体はくの字に曲がったが、すでにその牙は彼の目の前に迫っている。止められない。ニノマエは反射的に頭を横に倒し。
「ッ!!」
 狼の首筋に犬歯を突き立てた。
「グォ! グォガァ!」
「ぐううううう!!」
 暴れる狼と、かみついたまま離さないニノマエ。
 AGWならぬ左膝も歯も、狼にダメージは与えられていないはずだが、しかし。
 これなら当てられるぜ!?
 暴れる狼の首を左腕で抱え込んで固定し、右手ごと口の中へ魔導銃を突っ込んで、ライヴスの弾を撃ち込み続けた。
 右腕が、鋭い牙に裂かれていく。引き金を絞る指から力が抜けていく。
 まだかよ! まだ死なねぇのかよ!?
『なにをしている! 腹に弾を飲ませたとて息の根は止められん! 腕を返して、銃口を上に向けろ!』
 狼の低い唸り声を貫いて届く、女の高い声音。
 目を上げれば、狼の背に白い靄がからみついていた。これは、さっき狼にくわえられていた靄か。
 そういえば、こちらへ来るとき輸送機の中で聞かされた。“剣の世界”という異世界への門がこの砂漠に開き、愚神によって大量の英雄がこちらの世界へ引きずり出されたことを。
『頭を壊せ!』
 ニノマエは狼の口内、断続的に血を噴く右腕を返し、銃口を上向けて引き金を引いた。
「ガア!!」
 5発の弾に脳をかき回された狼が跳ねるように痙攣し、ニノマエの腕からずるりと砂上に落ちた。
「あ――はぁッ! ぐ、ふぁ」
 気力も体力も使い果たし、砂に倒れ込むニノマエ。
『ふん。己の得物すらも満足に扱えぬとは、おまえはさぞかしや高貴な身の上なのだろう。戦いごっこに迷い出られては皆が迷惑する。おもちゃの剣を握って絹の敷布に鎮座ましましていろ』
 その彼を実に上から目線でののしってくださる女……なのだろうか。声は確かに若い女のものなのだが、なにしろ靄なので性別不明だが、しかし。
「畜生1匹蹴り離せねぇお姫様に言われたくねぇよ」
『私は――!!』
 立ち上がったニノマエの胸ぐらへ伸ばされた手と思しき靄が、彼の胸をすり抜け、背中まで突き抜けた。
 ……わかっていた。この手では、この体では、狼を殺すどころか、狼に殺されることすらできやしない。
 英雄、それはライヴスリンカーの相棒となる存在である。彼らはライヴスリンカーと契約することで愚神や従魔と戦う力を得るが、逆に言えば独りでは無力な存在なのだ。……英雄との契約を果たしていないライヴスリンカーと同様に。
「向こうのほうに塔があんだろ? あそこに行きゃ、助けてもらえっからよ」
 気まずさをごまかし、ニノマエは靄から顔を逸らした。
 右腕は、治療を受けてもしばらく使い物にならないだろう。どうやら魔導銃の弾も切れたようだし、ニノマエにはこの靄をどうしてやることも――
『おまえはどうやって戦うつもりだ?』
「は?」
 思わず半笑いで聞き返してしまった。
 戦う? なんの力もない俺が、こんな有様でどうやって?
『おまえは戦場へ行くつもりなのだろう? 戦う手段すら持たぬ身で』
 靄に言われ、ニノマエはようやく気がついた。自分の足が治療陣地でも警備班の出張本部でもなく、戦場へ向かっていたことに気づいた。
 おいおい。なに考えてんだよ俺。一般人がなんとかできる敵じゃねぇんだよ。さっきなんとかなったのだって、銃にライヴス入れてくれたエージェント様のおかげじゃねぇか。俺の手柄なんざいっこもねぇんだよ。
 状況も自分のことも、正しく理解している。理解しているのに。
「……イヤなんだよ。なんにもできねぇまま助けてもらうのも、なんにもできねぇまま逃げんのも」
 業火が、失くした左脚が、ニノマエをいつものようにうずくまらせようと迫り来る。
 ああ、そうさ。俺は故郷も脚も、自分の心ってやつも全部失くしちまったよ。失くしちまったもんをあきらめちまえばやり過ごしていけるって、ごまかしてきた。
 でも。でもよ。
「あきらめねぇ。俺はもう、絶対……!」
 噛み締めた奥歯がみしりときしんだ。
 その力は、ニノマエの思いの強さだ。今までごまかし続けてきた心の重さだ。
 尽き果てたはずの気力が彼の心を満たし、その疲れきった脚に狂おしい力を注ぎ込む。
 死力を尽くして生きる。闇雲に前へと踏み出し、足が止まったらそのまま倒れて死ぬ。何分かの後に自分は死ぬだろうが、それでも。
『私もあきらめて助けを請うなど御免だ。私は元の世界へ戻り、戦わねばならん。だが――』
 ニノマエの言葉を聞き遂げた靄。その中に人影が浮かぶ。
『――私は私が残してきた戦いがなんだったのか、どうしても思い出せんのだ。……私は剣だ。戦いこそが宿業であり、戦場こそが居所だというに、な』
 確かな筋肉の重みをまとう白き細身が染み出すように現われ、その鋭く光る緑眼がニノマエの目を真っ向から射た。
「戦うことを心に定めし者よ、私がおまえの」
「俺は助けてほしくなんかねぇ。だからてめぇも助けねぇ」
 ニノマエは女を振り切るように歩き出した。これは俺の戦いだ。自分が満足して死んでいく、それだけのための特攻だ。誰の手も借りない。誰にも手は貸さない。
 と。仏頂面のニノマエのとなりに女が並び、共に歩き出す。
「耳悪ぃのかよ。いらねぇんだよ、てめぇの助けはよ。割り込んでくんじゃねぇよ」
「私の耳が悪いのなら、おまえは頭が悪いのだな。私の話を最後まで聞くことすらせずに決めつけるとは」
 思わずムっとしたニノマエと同じく前を向いたまま、女が言葉を継いだ。
「私がおまえの剣となる。代わりにおまえは私の腕になれ」
「なに?」
「おまえと私が行こうとしている先は同じ場所だ。そしておまえも私も、ひとりではなにを成すこともできぬらしい。……助けるのでも助けられるのでもなく、並び立ち、前へ進み続けるがために取引をしようと言うのだ」
 ここで女は顎の先をそびやかしてニノマエの横顔を見上げ。
「おまえは退かぬのだろう?」
 ニノマエは歯がみしたまま女の顔を見下ろし。
「退かねぇ。俺は取り返しに行くんだ。失くしちまったもんを」
「私も取り戻しに行く。私が忘れ、失くしてしまったものは戦いの内にこそあるはず。だから、退けぬ」
 ふたりの目が初めて“通った”。
「私はおまえに誓おう。おまえは私に誓え。戦い抜くために。そして生き抜くために」
 銀の髪を高まるライヴスに躍らせ、女がニノマエを促した。
「生き抜くために、戦い抜く――戦い抜くために、生き抜く!」
 たぎる思いを胸に、ニノマエが左手を掲げた。
「俺は」
 女もまた右手を上へと伸ばし。
「私は」

 決して負けない、あきらめない!

 ふたりの掌が強く重なって小気味いい音を鳴らし。
 やがてひとつに溶け合い、共鳴を響かせた。

 これはあきらめ続けることをやめた男と永劫の戦いに身を置く女が出逢い、戦場へ踏み出した――ただそれだけの小話である。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ニノマエ(aa4381) / 男性 / 20歳 / エージェント】
【ミツルギ サヤ(aa4381hero001) / 女性 / 20歳 / カオティックブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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2016年08月15日

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