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『打ち上げ花火に誘われて 』
小田切ルビィja0841)&巫 聖羅ja3916)&ファーフナーjb7826

●ルビィの計略

 朝夕の蝉時雨が、耳に痛いほどになってきたある日のこと。
 広げた予定表を前に、小田切ルビィは腕組みのまま唸り声を上げていた。
「……ダメだ、足りねぇ」
 がっ! と両手で頭を掴むと、繊細な絹糸のような銀髪をわしわしと乱暴にかき回す。
「別に今に始まったことじゃねぇが、予算が足りねぇ!!」
 ルビィは新聞部に所属している。
 本業はカメラマンだが、ちょっとした取材なら自らこなして記事にすることもある。
 次号でその「ちょっとした」記事を担当するのだが、今回はやや苦戦していた。
「写真が映えて、なによりも俺が楽しめる取材じゃないとな……!」
 ある意味不治の病である金欠病により、それも思うに任せない。

 そう、夏は学生にとって楽しかるべき季節である。
 海に山に繰り出し、時にはバカなこともやって、仲間との楽しい思い出を作っていくのが正しい夏の過ごし方なのだ。
 だが将来のために努力するのもまた、正しい夏の姿である。
 そこでルビィはスマホをいじり、たいした期待もせずに近隣の行事などを検索していたのだが。
「ん? ここって……」
 ルビィの名に相応しい、真紅の瞳がキラリと光った。
 しばらくスマホをいじった後にパソコンに向かい、慣れた手つきでキーボードをたたく。
 それからまたスマホを手にしたルビィは、電話をかけた。
「ああ、俺だ。ちょっと聞きたいんだが……」

 電話の向こうの相手のいぶかしげな声を全く気にせず、ルビィは言葉巧みに語りかけた。


●それぞれの思惑

 巫 聖羅は兄であるルビィの姿を見るなり、口を尖らせた。
「兄さんはほんっとに暇みたいね!」
「夏休みだっつーのに、依頼だけに追われる日々なんて冗談じゃねぇ! ……と思うだろ? 思わねぇのか、おまえは!!」
「私は誰かさんと違って、忙しいのよ! 依頼だけじゃなくて、原稿の〆切ってモンg……げふんげふん」
 そこで聖羅は、隣に兄以外のもうひとりの男が居ることを思い出し、言葉を濁した。
 だがその男、ファーフナーは苦虫をかみつぶしたような顔のまま、溜息を漏らすように呟く。
「原稿……というのは『アレ』か」
 もっとも、ファーフナーは別に不機嫌だったわけではない。彼の顔はまるでお面のように、ほぼ常にその表情を張りつけていたからだ。
「やだ、なんのことかしらっ!?」
 聖羅は手にした団扇をせわしく動かしながら、笑ってごまかす。

 ……実は、聖羅には「伝説の同人作家」という別の顔がある。つまり今は夏の戦いに向け、追い込みに入るべき時期なのだ。
 だがあともう一息というところで、執筆作業は滞っていた。
 こうなると机に向っていても全く筆は進まない。
 ちょうどそんな頃、兄のルビィが縋るような声で連絡してきたのだ。
『――ってな訳で。ちょいと面白そうな夏祭りの存在を小耳に挟んだんだが……行ってみないか?』
「どうして私を巻き込むのよ!?」
 よく聞いてみると、学園島から本土に渡ったすぐの場所で催される、古い神社の夏祭りを取材したいのだという。
 その神社の名前は、聖羅の記憶にもあった。彼女が育った巫家とも関係のある神社だったからだ。
「そういえば……あそこなら近いわね」
 本音を言うと、今回のルビィの提案は、良い気分転換になりそうだと思ったのだ。
「――まぁ、今回のところは、貸しにしといてあげるわ!」
『そうこなくちゃな! んじゃ宿の手配は頼んだぜ。伝手はあるだろ?』
「どうして私がそこまでしなくちゃいけないの!?」
 抗議する聖羅だったが、ルビィはとっておきのネタを用意していた。
『俺はファーフナーのダンナを口説き落として、車を出させる。悪くねぇ話しだろ?』
 父と暮らした記憶のない聖羅にとって、年嵩のファーフナーは少し特別な存在だ。
 強面の陰からときどき覗く、少年のような好奇心も好ましい。
「……しょうがないわね!」
 少し大げさな溜息をついて通話を切った聖羅だったが、すぐに大きな瞳を輝かせる。
「浴衣! 浴衣を用意しなくっちゃ!!」
 鼻歌交じりの聖羅は、既に意識の中から原稿のことを放り投げていた……。


 そして祭の当日。
 待ち合わせ場所で落ち合った兄妹は、ファーフナーが借りてきた車に荷物を積み込んだ。
「わりィなダンナ! でも運転上手いからな、助かるぜ」
「そうよね。おじさまの運転だと安心できるわ」
「……大したことじゃない。ベルトはしっかり締めろよ」
 ファーフナーは相変わらず、憮然としたまま運転席でミラーなどをいじっている。
 だがそれは、心の動きを誤魔化すためでもあった。
 昔、色々な連中を車に乗せたことはある。そのほとんどは物騒な目的のためであって、時には夜にヘッドライトを消しながら音をほとんど立てずになどという、無茶な要求もあった。
 それで磨いた技量は自慢できる類のモノでもないと思っていたが、今こうして評価されると悪いばかりでもないと思える。
 ファーフナーは助手席に乗り込んだ聖羅が前のめりになったりしないよう、気遣いながら車を走らせた。
「喉が乾いたら、そこのクーラーボックスに適当に突っ込んであるのを適当に飲んでおけ。先は長いからな」
「有難うおじさま! 兄さん、お茶がいいわ」
「へいへい……」
 後部座席でのんびりしていたルビィ、今回はあえて下手に出ている。
 ……何と言っても3人で「遊びに行く」形をとったことで、運転手はいる、宿の手配はしてもらえる、費用は三分割になると、実に気楽な取材旅行となったのだ。
(思ってたよりも安くつきそうで助かるぜ!)

 三者三様の思惑を乗せて、車はカーフェリーに滑り込んで行った。


●簪と面と

 聖羅が手配した宿に荷物を預け、早速取材に向かう。
 人の良さそうな五十絡みの男性の禰宜の案内で、本殿脇の小道を抜けると突然視界が開けた。
「ほら、ここから海が見えるんですな」
「わあ……!」
 聖羅が声をあげ、ルビィがシャッターを切る。
 強い日差しに海原が眩く煌めき、青い空の縁には絵具で描いたような真っ白な雲が見えた。
 禰宜がこの神社に祀られている神様について語ってくれた。
 異国から流れ着いた異形の『神』は、村人たちに天候の読み方、外敵から身を守る方法などを教えた。
 だがある大嵐の日、村人を守り自らは行方知れずになった。
 それを悲しんだ村人たちは『神』を祀り、御霊が迷わず戻って来られるよう、祭の夜に花火を上げ、賑やかに歌い騒ぐのだという。

 宿に戻る途中で、聖羅が呟く。
「神様ってもしかしたら、堕天使かはぐれ悪魔だったのかもしれないわね」
 ルビィとファーフナーは何も答えなかったが、その沈黙に異議は含まれていなかった。


 ともあれ、取材は済ませた。
 ……ということにして、後は祭の『取材』である。
「さて、こんなもんかね?」
 ルビィが笑いながら、ファーフナーの背中を軽く叩く。
 紺地の浴衣に、キリリと薄茶の角帯を締めたファーフナーが、鏡の中で仏頂面をしていた。
「可笑しくはないだろうか」
 これまで温泉旅行や依頼で借りた浴衣を身につけることは何度かあったが、今回の誘いを受けて、ついに思い切って自分用を誂えたのだ。
 サイズは身体にあわせたもので、小物も店員の勧めで揃えたので可笑しいはずはないが、まだ折り目も涼しげな新品の浴衣である。
 どこか気恥ずかしく、その気持ちがファーフナーの眉間の皺を深くする。
「よく似合ってるぜ! ダンナもすっかり日本に慣れたってカンジだな」
 そう言うルビィは黒地にグレーや細い赤の模様が入った、粋な浴衣姿だ。淡灰色の帯と、肩に流れる束ねた銀髪が、黒地によく映える。
 さまざまな人種の混じり合ったルビィの容貌は、どこか東洋の色合いも残していて、着物姿も様になるようだ。
 揃って部屋を出ると、待ちかねていたように聖羅が顔を出した。
「どう? おじさま。似合うかしら……」
 アップにした髪に挿した簪に、そっと手を添えている。
「ああ。……モデルがいいからな」
「ふふっ。ありがとう!」
 白い蝶を象った簪は、以前の旅行でファーフナーが買い求めた土産物なのだ。
 儀礼としてのプレゼント選びは慣れている。だが心から贈りたいと思った品を、受け取った相手が喜んでくれるのは、格別だった。
 何より、白い蝶は聖羅の髪に本当によく映えていた。
 すげなく聖羅の前を通りすぎたのは、ひび割れそうな表情を見られたくなかったからかもしれない。


 すでに日は落ち、赤い提灯と白い屋台の光が闇の中に浮かび上がっている。
「いい写真になりそうだぜ」
 ルビィは早速シャッターを切る。浴衣姿の人々も景色の一部となって、賑やかだがどこか夢のような光景だ。
 ファーフナーもデジカメを取り出した。
 何度かシャッターを切り、ルビィに見せる。
「……少し見てもらっていいか」
「お、いいカンジじゃねぇの。ただここはさ、もう少しこの屋台のテントが画面の中で……」
 ルビィは身を乗り出し、熱心に構図や素材の選び方について語る。
 後で振り返るといつも「なんかウザったかったんじゃね?」と反省するのだが。
 当初はこんな風に、プライベートで会うようになるとは思ってもいなかった。
 他人に関わることも、関わられることも拒絶しているようだった男が、写真という他者がいなければ成り立たない物に興味を持ったことが純粋に嬉しい。
 そしてルビィ自身がそれに関われるのが、とても楽しいのだ。

 聖羅は少し離れたところで、ふたりを見ていた。
 ファーフナーが浴衣を着てお祭りの夜店に興味を示している。
 その変化を見守るのが嬉しかった。
 自分が関わることで彼の中に良い変化が起きたのなら……そう思うとくすぐったいような喜びが湧き上がる。
 もちろん、関わったのは隣の兄も、である。
(良くも悪くも、物心ついたときから変わらないのよね……)
 子供のころから興味を持ったことにはまっしぐら。どこか冷めているようで、他人のことに妙に熱くなることがある。
 マイペースで、隠れ熱血で、綺麗な銀髪の……
(いいわよねっ! 悔しいから言ってあげないけど)
 聖羅は自分のブラウンの髪をそっと撫でつけた。

 それから頃合いを見て近付き、ファーフナーの袖を軽く引く。
「おじさま、折角の浴衣ですもの、一緒に写りましょうよ! ほら兄さん、撮ってちょうだい」
「あ? こっちは取材用の写真だぜ」
「いいじゃない。ここまで来たんだから」
 ルビィは何やらぶつぶつ言いながらカメラを向けるが、ますます渋い顔になっているファーフナーに、思わず噴き出しそうになる。
(そうだよな、昔なら撮られることも拒否されたんだよな)
「何が可笑しいんだ」
「いやいや、なんでもねぇって。聖羅、ダンナの襟、ちょっと整えてくれ」
「こうかしら?」
 ぱしゃり。
「……なかなかいいカンジに撮れたぜ」
 妹の笑顔は、花のように輝いていた。


 それからのルビィは忙しかった。
「懐かしいな! スーパーボールすくいだぜ?」
 焼きトウモロコシを片手に焼きそばをかき込み、遊戯の屋台を覗きこむ。
 その合間に、思いついたように写真を撮る。
「兄さん、食べながら歩くのは危ないわよ?」
「これが屋台の醍醐味だっての」
 ファーフナーは少し遅れて歩きながら、ときどき兄妹の姿を写真に収める。
 誰かに興味をもって関わる。
 そんな変化が自分でも不思議だった。
 その理由が知りたくて、対象を写真に収めるのかもしれない。
「おじさま!」
 突然、聖羅が振り返って前を指さす。
「見て! おじさまの国では被り物のほうが多いのかしら?」
 そこはお面の屋台だった。
 漫画や特撮のキャラクター、白塗り下膨れの女や口の曲がった男、動物の顔まである。
 それぞれが張りついた表情と、孔のあいた目を空虚にこちらに向けていた。
 思えば自分は、あんな風に動かない表情で、孔のような目で世界を見ていたのかもしれない。
 いや、生きていくにはそうするしかなかった。
 大きすぎる喪失に中から潰れてしまわないよう、外側を固める必要があったのだ。
 だが人はそれでは人として生きていけない。今はそれがわかる。
「これはなんだ」
「ああ、ひょっとこね。竈の神様でもあるのよ」
 聖羅の説明に耳を傾けながら、ファーフナーは何度も頷く。
 人生に必要かと言われれば、それはわからない。だが聖羅が教えてくれる日本についての知識は興味深く、つい珍しいものをみると尋ねてしまう。
「……ではこれを貰おうか」
「えっ!?」
 びっくりする聖羅に、ファーフナーはひょっとこの面を持って小さく笑って見せた。


●空に咲く花

 花火が上がる時間になり、人々が参道傍の広場に集まる。
 昼間ならそこから海が見えただろうが、今はひたすら暗い。
「ダンナ、花火を撮るなら……」
 ルビィが相変わらず熱心に説明している。
 聖羅はファーフナーの後頭部で口を曲げているお面に、思わず笑ってしまう。
 それからほどなくして。

 ドン。ドドン。

 腹に響く音に続いて、暗い空に巨大な光の花が開く。
「綺麗!」
 花火が打ちあがる度に人々の顔が明るく照らされ、歓声が響き渡った。
 次々と色を変え、一瞬で消え去る光の芸術。
「これだけ呼ばれたら、ここの神様も嬉しいんじゃないかしら」
 聖羅が花火を見上げたままで呟いた。
「どうだろうな、『そんなに呼ばなくても聞こえてる、煩せぇ!』っていうかもしれねぇぜ?」
「そんな、兄さんじゃあるまいし」
「あァ?」
 ファーフナーは黙ってやりとりを聞いていた。
(そうだな……口では煩いと言いながら、内心は喜んでるかもしれん)
 神とやらがどこにいるのかは知らないが。
 この国なら、そんな奴もひとりぐらいいてもいいかもしれない。

 光も音も天にも届けとばかり、花火は激しくなっていった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0841 / 小田切ルビィ / 男 / 20 / アストラルヴァンガード / 案外策士?】
【ja3916 / 巫 聖羅 / 女 / 18 / ディバインナイト / 祭の案内人】
【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / アカシックレコーダー:タイプA / お面ゲット】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、夏祭の一頁をお届します。
執筆しながら、しみじみとこれまでの皆さまのあれこれに想いを馳せつつ。
今回が素敵な思い出の一つとなりましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!
colorパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年08月15日

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