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『その日、世界の半分を失った。 』
世良 霧人aa3803)&世良 杏奈aa3447


プロローグ
 不思議なものだ。
 人は命の危機に瀕すると過去をさかのぼるように見るという。
 原理としては、過去の記憶から生き残るための方法を探し出す、という行為らしい。
 それにしても無意味な記憶ばかり引っ張ってくるものだ。
 そう『世良 霧人(aa3803) 』は諦めたようにその光景に見入っていた。
 何度体感しても仕様もない記憶ばかり再生するのだ。この、走馬灯というやつは。
「また……この光景か」
 霧人はは誰もいない暗闇の中でつぶやいた。それは風のささやきのように不確かで、小さな電子音にさえ紛れてしまうほどに脆弱だった。
(ああ、蘇ってくる)
 嫌な記憶も、大切な記憶も、生存本能というやつががむしゃらに、むやみやたらに引っ張り出して、そこらへんに放り出していく。だから霧人はその記憶を片付けるために中身を丁寧に確認しなくてはいけない。
 もう忘れ去ってしまったはずの記憶、幸せな自分にはもういらないと投げ捨てたはずの暗い記憶。
「僕は……」
 ピッ……ピッ……と断続的になる音をじっと聞きながら、鉛のように重たくなった体をただ感じる。
 失った右目だけが脈打つように痛んだ。
「僕は……」

前篇 そして春を迎えた。


「きりにいだけ、先に中学校ずるいな」
 そう少女『世良 杏奈(aa3447) 』は全身で戸惑いを表すように飛び跳ねた。
「私も行きたい」 
「誰もが絶対行くことになるんだから、うらやましがってもしょうがないんだよ?」
 そんな少女を霧人はなだめる。
「でもー」
「はいはい」
 そう霧人は杏奈の頭をくしゃくしゃと混ぜっ返した。キャッキャと笑う少女。 
 そんな彼女ともしばらく会えなくなると思うと寂しい。
 そう霧人は感じていた
「杏奈ちゃん、しっかりきいて」
「どうしたの?」
「実は、今までの様には会えなくなると思うんだ」
「えーなんで?」
 霧人は覚えている、その時杏奈が本当に悲しそうな顔をしたことを。
「学校が別方向だから、この公園には寄れなくなるんだ、放課後の時間もずれるし」
「さみしいよ、でも。たまには顔を出してくれるんだよね?」
 その言葉に霧人は答えてやれなかった、嘘でも安心させるために頷く。それはとても罪深いことに思えて。
「待ってるからね」
 そういつもと変わりない笑顔で杏奈は笑う。
 しかし霧人はその笑顔に手を振りかえすこともできない
 そして霧人の予想通り、その日から霧人は杏奈にあうことはなくなった。

    *    *

 中学校は例えるなら灰色の檻だった、小学校のように自由はなく、そこはもはや知識を頭に叩き込むだけの工場で。
 霧人はその列に加わることを余儀なくされた。
 それはそれでよかった。
 生徒たちに以前の余裕がなくなったのか、それとも分別がついたのか、小学校の時のようなあからさまな嫌がらせはしなくなったから。
 だから霧人はしばらく学校に慣れることだけを考えていればよかった。
 生活が落ち着けば、余裕ができれば杏奈にも会いに行こう、そう彼女の笑顔を思い出しながら誓ったりもした。
 けれどそんな温かい記憶はすぐに脳からはじき出されることになる。
 それは五月序盤の放課後のこと、その日忘れ物をしてしまった霧人は、帰路を引き換えし教室まで教科書を取りに戻った。
 いつものように戸をあけようと手をかけるが、その時だ、教室内から女子の話声が聞こえてきた。
「角谷君ってかっこよくない?」
「えーでも男性ホルモン強い感じ苦手だな」
「だったら、園田とかどうよ、私小学校からの付き合いだけど結構いいよ」
「それ、お手付きなんじゃないでしょうね?」
「ばれたか」
 霧人の扉にかけた手が止まる、まるでいけないことを聞いてしまったようでいたたまれなくなった霧人はすりガラス越しに姿を覚られないように、身を隠した。
 今日はこのまま帰ろう、明日はやく学校にきて、宿題を終わらせればいい。そんな算段を頭でつけていると、耳が勝手に女子達の会話を拾ってしまった。
「相田君はどう」
 自分の名前。それを意識した瞬間。もはや耳を閉じることはできなくなっていた。
「片目を隠してる理由も教えてくれないし」
 咄嗟に霧人は右目に手を当てる。自分の目を隠すために髪の毛を伸ばしていたが、入学早々ある女子にその理由を尋ねられたのを思い出したのだ。
「いいよね、儚げで」
「でも陰気くさい」
「えーそこがいいんじゃん」
「ちょっと話しかけて見なよ」
「えー」
 その時である。
「おい、相田。何やってんだ?」
 突如発せられた声に、霧人は飛び上がる、恐る恐る振り返るとそこには、担任の社会科教師である『戸森 大吾(NPC)』が立っていた。。
「いえ、別に何もしていません」
「だったら早く帰れよ」
 その戸森の言葉で我に返った霧人はしぶしぶその場を後にした。

    *    *

 次の日、問題だった国語の宿題も何とかやり過ごし、三時間目。社会の授業。
 担任教師の授業、その授業で戸森は霧人に教科書を読むように命じた。
 霧人は指定された範囲を読み終えると席に着こうと腰を下ろす。
 しかし、戸森はなぜか座る動作を手で制した。そして口を開く。
「おい、戸森、昨日の放課後何してた」
 なぜその問いが投げられたのか、一瞬、霧人は理解できなかった。
 何のための質問で、何を答えればいいのか、とっさに思い浮かばなかったのだ。
「放課後、教室の前で何をしていたんだと聞いている」
「何の話ですか?」
 その時、やっと霧人は思いだした。昨日の教室前での出来事を、おそらく彼はそれのことを言っているのだろう。
 そのことには女子三人組がひそひそと話を始める声で感づいた。
「僕は、何も」
 しかし問題に気が付いたからと言って何か答えようがあるわけではない。霧人が口をつぐんでいると戸森は溜息をついて口を開く。
「まぁ、いい、問いに答えてもらおう」
 霧人は思った。この時の光景を大人になって思い返すとこのたった数分の出来事が、その教師の罠であり、想像を絶するいじめの始まりだったことに。
 彼は陰湿だったのを、霧人は良く覚えていた。
 直接的には霧人を攻撃しない。しかし霧人が周囲に不信がられるような発言を何度も繰り返して、霧人の人物像を歪めることを得意とした。。

「昼には一人で飯を食べているな。もっと友達を作るようにしろ」
「この前読んでいた本の作者は反社会思想を持っていてだな、お前はそう言う話が好きか?」
「お前は親に捨てられたらしいな。かわいそうに。だがそのせいで性格が歪んだなんて」
 
 まるで毒のような言葉の数々。
 そしてそれはあくまでも作戦の第一段階に過ぎない。
 この第一段階で戸森は霧人を完全に教室から孤立させた。
 そうしてから、あけっぴろげな攻撃を始めたのだ。
 行動が気に食わない、精神が気に食わない。様々な言葉でなじり。クラスの笑いものにした。
 こうなると助けてくれる人はいない。クラスメイトもその行為を不快に思っていたとして、彼をかばうと一緒になっていじめられる、もしくは、霧人自身が悪いという謎の理由付けをされてしまって終わりだ。
 社交的な担任教師は生徒にも教師にも受けがいい。
 この世界で味方は誰もいなくなった。
 そして徐々に心が嬲られる霧人、そうなると日常生活を送るのも苦痛になる。
 しかし学校は休めない、休んだとしても孤児院にずっといることになる、それは学校にいるのとは別の地獄だ。
 逃げ場はない、逃げ場はない、逃げ場はない。
 神経をすり減らす日々、ついに霧人はミスを犯してしまう。
 社会の教科書を忘れたのだ。
 それが発覚した直後、教師はこれでもかというくらいの大声で霧人を怒鳴りつけた。
「なめているのか!!」
 霧人は首を降る。
「放課後、教室に残りなさい、生徒はすぐに帰るように」
 そしてそれが霧人の人生を大きく変えてしまうことになるとは、その時の彼は知らなかった。

後編 失ったもの


 霧人が掃除を終えて教室に戻ると、しばらく教師は何も口にしなかった。
 ただ無情に時間が過ぎ去り、幼かった頃の霧人はだんだんじれったくなっていた。
 だが、今思えば戸森はグラウンドを眺めていたんだろう。戸森の担当するクラスの人間が、下校し、ここに近づくものがいなくなるのを待っていたのだ。
 そうとも知らず霧人は帰りたい、そうため息をつくと、戸森はそれに敏感に反応。勢いよく振り返り、霧人の前髪を掴みあげた。
「いた!」
 両手で戸森の手首をつかむも力の差は歴然。しかも痛みで目を見開いたときに、見られてしまった。
 彼にこの忌まわしい、赤い瞳を。
「なるほど、そう言うわけか」
「やめてください」
 霧人は必死に訴えた。教師がこんなことするはずない、何かの間違えなんだ。そんな言葉を唱えながら。
「その髪はなんだ、明日までにきってこい」
「校則違反ではないはずです」
 そうだ、霧人ははたから見れば髪の長い男子でしかない、そんな生徒に髪を切るように強制はできないはずだ。
「学校にもルールがあるように教室にもルールがある。それはみんなが穏やかに過ごすためのルールだ。それに抵触してるんだよ」
「そんなの横暴です、従いません」
 霧人ははっきりと告げる。誰かのように間違っていることは間違っていると言える人間になりたくて。けれど。
「従わなければお前はずっと一人だな」
 霧人の動きが止まる、凍りついたように目を見開いた。
「お前の孤立は加速する、私がお前をそう追いやるからだ、クラスメイトは私の味方をする、逆らえばお前がおかしいと根拠もなく言われ、状況は悪化する、であれば、お前が助かる道は一つだけだ、相田」
 そう戸森は霧人を壁に押し付けて、そして頬と頬が触れるほどに顔を近づけた。
「俺に服従しろ、霧人」
 ぞくっと全身の肌が泡立った。駆け巡る悪寒、本能が警鐘を鳴らす。
「お前の味方などこの世界のどこにもいない」
「そんなことはない……です」
「本当か? 本当に?」
(なんで、僕は)
 何もしていないのにひどい目にあうんだ。
 いったいどんな罪を犯した。
 そう霧人は涙をこぼす。
 その涙を戸森は舌で拭った。
「お前のような人間がなぜ愛される? 人と違い、人に拒絶され、人と容姿も違うお前が」
 それは物心ついたときからずっと思っていたことだ。
「お前は周囲からなんと呼ばれているか知っているか? 化物だよ」
 霧人は凍りつく。目を見開いてただ戸森を見つめることしかできなかった。
「その表情とてもいいな。もっと見せてみろ」
 次の瞬間だった。霧人は驚きで目を見開くことになる。
 閃く銀色の光それは鋏で。その刃が霧人に押し当てられたかと思うと、ジョキリと音がした。
 ハラハラと床に落ちる霧人の髪の毛。
 ばれてしまう、自分が普通でないことが、周囲に知られてしまう。
「そんな、こんなこと、何で……」
 思わず霧人は瞳を手で覆った。
 数々の罵倒が、霧人の脳裏に響いていた。
 殺人者、悪魔、化け物。
「違う、違う、僕は単なる、単なる人間なのに……」
 霧人は今、自分の心が無防備にさらされていることに気が付いた。
 孤児院では空気のように扱われ、怯えられ。学校では精神的苦痛を味わわされる。これに生徒たちからの肉体的苦痛まで加わればどうなるか、霧人には良くわかっている。 崩壊だ。
「アンタなんて、先生でもなんでもない、単なる屑だ!!」
 その時はじかれたように霧人は動いた、戸森から鋏を奪い取り、そして。
「それで俺をさすのか? 少年院にでも逃げるつもりか?」
 霧人は半歩下がった。そして最後の笑みを浮かべる。
「違います、僕はもう」
 傷つくことにつかれた。
 生きることにつかれた。
 そう言って霧人は。
 その鋏を、真っ赤な瞳に突き立てた。
 直後。
 まるで眼球に血でも詰まっていたのではないかと思えるくらいに、周囲に血が飛び散って。
 そして。
 意識が途絶えた。

エピローグ。

 霧人はその時悪夢から目を覚ます、気がつけば体調はがだいぶ良くなっていたが右腕がやけに重たい。
 見れば隣で突っ伏すように杏奈が眠っている。
(そう言えば、あの時も目覚めると杏奈がいたっけ)
 そう霧人はクスリと笑うと、右手をゆすって愛する妻を目覚めさせる。
「杏奈、杏奈」
 寝ぼけた杏奈は班目になりながらよだれをぬぐうと。
「きりにい?」  
 と、ぼやけた口調で言った。
「昔の夢でも見てたの?」
「うん、一緒に遊んで、楽しかったね」
 むにゃむにゃととろけそうな顔で杏奈は言った。
「楽しかった思い出はいっぱいあるから、何のことを言ってるのかさっぱりわからないよ」
 そう杏奈の頭をくしゃりと撫でる霧人。
「ねぇ、杏奈」
「なに?」
「あの時のこと覚えてる?」
「ん?」
 霧人は問いかけた。
「僕が病院に担ぎ込まれた時」
「霧人は何度も担ぎ込まれてるから、いつのだかわからない」
「僕が中学生の時の話、何であの時病院にいたの?」
「それはね……」
 杏奈は語り出す。
 あの時事件の捜査で足を怪我した父の見舞いに来ていたこと。
 その帰りにタンカが運ばれて行って、それが妙に気になったこと。
 その時は背が足りなくて見えなかったけど。意識を取り戻させようと叫ぶ看護師さんが何度も、霧人君と呼ぶから。
「気になってついて行っちゃった」
 その結果、彼女の心配は実際のものとなり、看護師さんから命に係わる重体であることを告げられた。
 杏奈は直後から霧人の目覚めをじっと病院で待ち続け、目覚めるまでの二十四時間、看病を続けていたというわけだった。
「あの時はすごく心配した。けど同時にしばらく会えないでいたから、うれしさもあったかな」
 霧人は忘れない、目覚めた時の杏奈の泣き笑いの表情。そして。
 自分がどれだけ救われた気持ちだったかを。


「ねぇ杏奈。よければ聞いてほしいんだ」
 だから霧人は告げることにした。
「あの時僕に何があったのか……」
 自分の中で杏奈がどういう存在だったのか。そして。
 自分がどんな人生を送ってきたのか。
「知ってほしいんだ」
 杏奈はその言葉にコクリとうなづいた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『世良 霧人(aa3803) 』
『世良 杏奈(aa3447) 』
『戸森 大吾(NPC)』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はOMCご注文ありがとうございました! 
 連作も続き三本目、今まで頂いた注文の中でも特段へヴィーだったので驚きました。
 鳴海です。
 いつもお世話になっております。
 今回は、やっと霧人さんの右目の秘密が明らかになるということで楽しんで書かせていただきました。
 同時に、目をえぐり出すシーンを、生々しく描くために、教師の人をとことんゲスにしてみました、ゲス要素を両立できるだけ全部詰め込んで、鳴海史上トップクラスのゲスにしてみました。
 気に行っていただければ幸いです。
 それでは長くなってしまいましたのでこの辺で。
 これからもよろしくお願いします!
 鳴海でした。ありがとうございました。
 
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2016年08月16日

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