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『 』
ウェルラスaa1538hero001
「ただいま」は言えない


 うつくしいものを綺麗だと、穢れ無きものを清らかであると、好きなものを愛していると、ただ思うまま言葉に出来れば。
 オレは、あの世界を肯定することが出来るんだろうか。



 ふさり、ふさりとかすかな足音を立てて、石造りの廊下を歩く。
 足元にまとわりつくのは、毛足の長い、上等の敷布。見るからに足音など消し去ってくれそうなそれも、自身が立てる衣擦れの音までは消せないらしい。

 ふさり、ふさりとかすかな音が立つ。
 己が動くたびに生ずる衣擦れの音以外、この世界に音はない。
 耳が痛いほどの静寂。心臓の動く音まで聞こえそうなこのさみしい場所が、オレはどうしてか、嫌えずに居る。

「……」

 息を吐きだした音が、殊の外大きく響いた。
 ふと、開きっぱなしの窓から外を眺めれば、知らないはずなのにどこか見慣れた双子月の姿。やわらかに閉ざされた世界を照らす覚えのない輝きを見て心安らぐ自分が、どうしても、受け入れられずにいる。



 『英雄《リライヴァー》』は孤独であると、オレは常々思っている。

 そりゃあ、オレたちには『能力者《ライヴスリンカー》』という存在がいるけれども。
 相棒、とか、半身、とか呼ぶことすらある彼らとだって、きっとオレたちは相容れない存在だ。

 だって、『世界』に嫌われた証拠のように、オレたち英雄には『小さな世界』が与えられているじゃないか。
 だって、ここは「オレの世界」じゃないって思った時に、どうしようもなく『外』にいるのが苦しくなるじゃないか。
 それを『孤独』と呼ばないんなら、なんだって言うの?

「……」

 さり、と細やかな彫刻の施された窓枠を撫でる。生命の息吹が感じられないこの場所では、そんな些細な音まで鮮明に聞こえてきて。

 見覚えのないそれに言いようのない懐かしさを感じて、耳の奥の方、記憶の底に散らばった残滓が、懐かしい景色を匂い立たせた気がしたけど。
 オレという存在の大半を『向こう』に置いてきてしまったから。
 明確な形になる前に、霧散して奈落の奥深くに沈んでいくんだ。

 だから。

 寂寞が身を焦がしていく気がして、音もなく消失していくオレ自身を見ていたくなくて、目を閉ざして息をひそめる。
 そうすると、本当に、音が消えて。

 ああ。オレは今、この『世界』にひとりきりだ。

「…………」

 触れる窓枠、足を埋める絨毯、見渡す限りに横たわる城壁、ずっとずっと遠くまで続く森。
 何も知らない。そのはずなのに、オレはそれを覚えているから。
 窓枠に施された意匠の意味を、毛足の絡まった絨毯の手入れが面倒なことを、この古城の大きさに見合わぬ城壁の長さを、先の見えない森の広さを、知らないはずなのに、覚えているから。
 思い出も、時間も、理由も、何もかも忘れてしまったのに、そんな、些細なことだけ、覚えているから。

 ここが、オレにとってどんな意味を持っていた場所なのかも、記憶の底から抜け落ちてしまっているのに。
 ここが、どうしてか、どんな場所にいるより落ち着くことを知っているから。

 だから。
 オレは、この『世界』が。

 どうしようもなく、こわい。



 覚えがないのに居心地がいい、というのは、案外と精神を消耗する。

 この城の中でも殊更居心地のいい場所、というかオレ専用に設えたかのような、オレ好みの調度品で整えられた部屋。この古城に滞在する時の拠点でもあるこの部屋で、短い休眠をとってふと思う。

 身体の方は充分な休息を得た。なんとなくダルいような、重いような、そんな感覚が綺麗さっぱりなくなっている。
 対して精神の方はといえば。

「……はぁ……」

 動かす分には軽い身体を繰れば、いとも容易く掻き分けられる肌触りのいいリネンの波。いつ来ても、どんなに乱雑に扱っても、きちんと整えられる「見知らぬもの」に対する無意識の忌避感はなくならない。

 ここに来ると、落ち着くと同時に、とてもとても、疲弊する。
 その剥離が、どうしようもなく、気味が悪い。

 そんなこんなで気力はともかくとして、体調はすこぶる良くなった。
 こうなると決まって思い出すのが、あの「どうしようもない」相棒なことで。それがほんの少しだけ腹立たしかったりもするけど。

 ずるりと寝台から降りて、当たり前に用意された着替えに袖を通して。
 姿見で軽く身だしなみを整えれば、見慣れているのにどこか新鮮さのある自分の姿。

 この『世界』の有り様は、いくら気にしたってわからないことだらけだから、もう考えないことにしている。
 オレたち『英雄』の、もう還れない『故郷』の代わりなんだとしたら、それはそれでありがたいとも思ってる。

 けど。
 オレの『居場所』は、やっぱり『この世界』じゃない。

 相変わらず足音の立たない廊下を歩いて、オレはとある部屋の前に立つ。
 そこは、この古城の中で一際重厚で、それでいて一際質素な部屋だ。

 一度だけ、部屋の中に入ったことがある。
 鍵なんかかかっていないその部屋は、一見してどこにでもあるような「仕事部屋」だったのだけど。

 一歩踏み入れば、言葉にできない懐かしさと、畏怖のような感覚が湧き上がってきて。
 けれど、包み込まれるような、慈しまれるような感覚もしたから。

 この『世界』から出る時、オレは、この部屋に向かって頭をさげる。
 ずっとずっと、覚えていないほど遠くの記憶で、そうしていた気がするから。

「いってきます」

 ここは、オレの「かえる場所」ではないけれど。
 門出の言葉を口にすれば、聞こえない声が、背中を押してくれる気がするんだ。

 思い浮かぶのは、どうしようもない、けれど唯一無二の相棒の姿。
 あんなのでも、どんだけしょうもなくったって、あそこはオレの帰る場所。

 今は、それさえあれば、いい。


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【aa1538hero001/ウェルラス/男性/12歳/英雄/ブレイブナイト】
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2016年08月17日

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