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『 フィダンツァート・リブロ 』
イアル・ミラール7523)&SHIZUKU(NPCA004)


 SHIZUKUが魔法のかかったバニー服を着せられ、暗殺者として働かされた挙句に氷漬けにされた数日後。
 氷漬け自体はイアル・ミラールのとっさの機転と献身的な行動によって解除することができたが、さすがにSHIZUKUには少し堪えたようで。大丈夫だよと告げ、いつもと同じように笑顔で振る舞ってはいるが、イアルにはそれが少し無理をしているようにも見える。だから気晴らしになればと彼女を買い物に誘ったのだった。
「うーん、掘り出し物があるといいけど……」
 神田の古書店街を訪れたふたりは、古書独特の匂いを楽しみながら何軒も古書店を回る。そのうちに、SHIZUKUの表情が目に見えて明るくなっていくことにイアルは気がついた。SHIZUKUが手に取る本、探している本は相変わらずオカルト関連だったが、それが一番彼女を輝かせるのだと再認識していた。
「SHIZUKU、この本なんてどうかしら?」
 イアルが書架から一冊の本を取り出す。パサパサとした表紙の質感、黄ばんだ本文の紙質からはそれなりの月日を重ねてきたものだろうと推測される。もしかしたらすでにSHIZUKUは目を通したことがあるかもしれないが――そんなふうに思いながら隣の棚を見ている彼女に視線を移した――はずだった。
「……SHIZUKU?」
 だがそこに彼女の姿はなく。けれどもこの通路の見通しがいいことが幸いして、すぐに彼女の姿を見つけることができた。店の最奥の棚、その前に彼女は立っていたのだ。
「SHIZUKU、何か欲しい本が見つかったのかしら?」
 イアルは手にした本を書架へと戻し、SHIZUKUの元へと辿り着いた。そして、軽く声をかける。
「イアルちゃん、これ……」
 SHIZUKUは視線を手にした本から動かさずに、イアルへ呼びかけた。まるで、瞳が引き寄せられて離せないかのよう。
「これは……! 魔本ね……こんなところにもあるなんて」
「あたしこれ買ってくる! イアルちゃん、一緒に読もうね!」
「SHIZUKUっ……!?」
 イアルが何かを告げるより早く、SHIZUKUは羊皮紙で作られたその本を手に、レジへと向かっていく。
「また、あんなことにならなければいいのだけれど……」
 イアルが思い出すのは、以前SHIZUKUがひとりで魔本を開き、中から出られなくなってしまった時のこと。魔本は定期的なメンテナンスを施すことで、その本の内容を忠実に体験できるというもの。長い間古書店にあれば当然メンテナンスされている可能性は低いのだ。
(今回は私も一緒だし、SHIZUKUの気が晴れるなら……)
 前回はイアルが後を追って本の中に入ることでSHIZUKUを助け出すことができた。今回は最初から一緒にいれば、危険は少ないかもしれない。
 やれやれと小さく息をつきつつ、袋に入れてもらった本を大事に抱いてこちらへと小走りで来るSHIZUKUを見つめるイアルであった。



「嗚呼憎い……若さと美しさをほしいままにしているお前が憎い……」
気が付くとイアルは、憎しみで表情を歪めた女性に見下されていた。浅黒い肌に色あせた髪、派手目の化粧でごまかしてはいるが、重ねた年齢が見え隠れしている。なにより女性は、人型をした異形だった。
 イアルはゆっくりと呼吸をし、記憶をたぐる。古書店街から神聖都学園の怪奇探検クラブの部室へと場所を移したSHIZUKUとイアルは、SHIZUKUが購入した本を机において開いた。中表紙にあった挿絵から、さらわれた女性を騎士が助ける、そんな話であることは推察できた。
(この格好……私のほうが攫われる側なのね)
 元々この本が、男女で開くように設定されていたことは想像に難くない。だがイアルとSHIZUKUは女性だ。とすればどちらかが攫われる女性の役で、どちらかが助ける騎士の役になるはずだ。
(てっきり今回も私がSHIZUKUを助ける側だと思ったけれど……)
 以前と同じように、イアルは自分にSHIZUKUを助ける騎士の役が回ってくるのではないかと思っていた。だが実際は、イアルは豪奢なドレスとアクセサリーを身に着けて、悪役と思しき女性のもとにいる。
「姫よ、魔王たる我の醜悪な顔など見たくもないということか!!」
 人型だが異形の女性はどうやら魔王のようだ。そしてイアルはこの女魔王に攫われてきた姫という設定なのだろう。女魔王の顔に視線を向けなかったのは頭のなかで状況整理をしていたからで故意ではないのだが、相手にそれがわかるはずもなく。
「我よりも若さと可愛さを享受し、それを当然と思う者が許せぬ!」
「きゃあっ!」
 女魔王はイアルのドレスを鷲掴みにし、逆の掌に出現させたナイフをドレスに突き刺して引く。良質の布がふんだんに使われた豪奢なドレスの裾が次々と切り裂かれ、イアルの白い脚が顕になっていく。
「やめて、やめなさい!」
 抵抗しようと試みるも、女魔王の力が強いのか姫となったイアルの力が抑えられているのか、大したことができぬままドレスは無残に切り裂かれ、その用途を成さなくなってしまう。ほぼ下着姿になったイアルだが、女魔王がそれで満足するはずもなく。
「その姿、永遠にしてやろう……ただし、醜悪にして、な!」
「やっ……」
 壁際まで這い、壁を背にしてようやく立ち上がったイアルに、女魔王が魔力を放った。だがそれはイアルに強力な衝撃を与えるものではなく、じわりと肌を這い、ねっとりと絡みつくようなもので。
「あっ……いやっ……」
 強い力で女魔王の方へと引かれていく。抗おうにも、皮膚を刺すような痛みがイアルを苦しめていた。
「やめてっ……痛っ……」
 痛みで力が入らない。その上体の表面が不自然に強張っていくように感じる。息苦しさが、イアルを攻め立てる。
「あっ……ぐっ……」
 新鮮な空気を求めるようにもがく。だが身体は女魔王の持つ巨大な盾の方へと引きずられていくままだ。
 身体が盾に押し付けられる。だがほぼ下着姿であるというのに、盾に触れた部分の冷たさを感じなかった。それどころか『接触したことすらわからなかった』のだ。ただただイアルを襲う感覚は、苦しみのみ。漏れるのも、こぼれるのも苦しみだけだ。
 イアル本人にはわからなかっただろう。自分が、盾と同化する形で石化させられてしまったことは。


 そして盾と同化させられたイアルは、女魔王にとって有利な『武器』にもなった。
「姫を返せ、魔王!!」
 兵を連れた騎士が、女魔王に挑む。彼らはよく統率されていたが、その総攻撃を女魔王は大盾で受け止める。攻撃を受け止めるたびに盾に埋め込まれた石のイアルは叫び声を上げて震えて苦しむのだ。石化されて以前の美貌が伺えぬとはいえ、姫の面影の残るその姿、そして叫びと泣くような震えに、姫を知る者達の大半は次の攻撃を躊躇ってしまう。そして女魔王がその隙を――躊躇いを見逃してくれるはずもなく。
「ぐぁーーーーーー!!」
 燃え盛る魔力の炎に灰となるまで燃やされ、騎士も兵士も消されていくのだった……。



 どれほどの騎士と兵士が女魔王の前で倒れただろうか。それでも王室は姫を取り戻そうと兵を集め続けた。だが、女魔王の前に兵が到達するたびに、同じことが繰り返されるだけだった。いくら派遣しても誰も帰ってこない――最初こそ我こそはと手を挙げる者も多かった。姫を救出して褒美をもらおう、王の覚えをめでたくしようなんて欲がある者も当然いただろう。だが、徐々に王女救出部隊への参加希望者は減っていき、王女を救出へ向かう=死地へと赴くという図式が成り立つようになっていた。それでも王は救出部隊への参加者を求め、時には強制的に部隊を組織することもあった。


 数年が経ち、救出部隊も年に一度現れるかどうかという様子になっていた。
「姫よ、最後にお前を助けに誰かがやってきたのは、何ヶ月前のことだろうな……」
 くすくすと愉悦に浸り笑いながら、女魔王は盾と同化させたあの時のままのイアルへと声をかける。もちろん、いらえはない。
「このままお前は忘れられていくのさ。いや、お前は自分を助けに来た兵士たちを殺したも同じ。殺された者達の、そしてその縁者の恨みで忘れ去られるよりも不名誉なこととなっているかもしれないな」
 くくくくく、嗤い、女魔王は血のように赫いグラスの中身をあおった。その時。

「お前が魔王だね!?」

 玉座のある大広間の扉が勢い良く開いた。
「ほう……姫を助けに来たのか」
「魔王に攫われたままの姫の噂を聞いて、黙って見過ごせなかったんだ」
 そこに立っていたのは、ピンクのビキニアーマーを身に着けたSHIZUKUだった。手にした剣を、討伐予告のように女魔王へと向ける。
「ちょうど退屈していたところ。せいぜい我の退屈しのぎになってくれ」
 女魔王は向かってくるSHIZUKUに対して大きな盾を構えた。そう、イアルが同化させられているそれだ。
「!! イアルちゃん!?」
 視界に入った友人の変わり果てた姿に、SHIZUKUはギリギリの所で切っ先を逸らした。そのせいで体勢が崩れたところを、女魔王の火球が狙う。
「うっ……」
 火球をその身に受けたSHIZUKUは床をゴロゴロと転がり、身体を燃やす炎を消した。だが起き上がるとすでに次の火球が自分を狙っている。
(イアルちゃんが盾になってるなんて……どうすれば)
 迫る火球をぎりぎり避けてなんとか立ち上がるSHIZUKU。
「ほう、意外と見どころがありそうだな」
 女魔王は愉しそうに目を細める。
「だが我にこの盾があるかぎり、貴様は攻撃できまい」
「くっ……」
 確かに攻撃をすれば盾で防がれる。ということは、盾と同化したイアルを攻撃することになってしまう。それには抵抗があった。
(でも……きっと、イアルちゃんも私を助けてくれる時、こんな気持になったことがあったはず)
 SHIZUKUはイアルに何度も助けられた。SHIZUKU自身に助けられるまでの記憶が無いことも多かったが、イアルは今のSHIZUKUと同じように葛藤したこともあっただろうと思う。
(今、イアルちゃんを助ける確実な方法はわからない……けれど)
 SHIZUKUは剣を握る手に、ぎゅっと力を込める。
(旅の騎士であるあたしにできるのは、攻撃することだけ。だから)
 きっ、と女魔王を見据える。そして覚悟を決めてSHIZUKUは走りだした。
「無駄な事を」
 女魔王の放つ無数の火球を、避け、時には当たっても怯むことなく彼我の距離を詰める。
(もし間違ってても……許してくれるって信じてるよ)
 SHIZUKUが火球に怯まぬとわかると、女魔王は盾を自分の全面に配置し、全身を守る体制に入った。一度この盾に攻撃をすれば、SHIZUKUも攻撃を躊躇うだろう、そう読んだからだ。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 勢いづいたまま水平に剣を構え、SHIZUKUは体当たりするように盾へとめがけて行く。切っ先が盾のイアルを傷つけると、苦しそうな叫び声が漏れる。泣くように盾が震える。けれど。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 SHIZUKUは速度を、力を緩めることはしなかった。躊躇いなく、そのまま剣を突き刺す。
「なにっ……!?」
 盾を押す力に、女魔王が驚く番だ。この騎士は、姫が苦しそうにしていても力を緩める気配がない。
「させるかっ!」
 ぼうっ!! SHIZUKUの身体が炎に包まれた。だがSHIZUKUは唇を噛み締め、力を込め続ける。

 それは長い時間だったかもしれないし、本の数瞬の事だったかもしれない。

 ガコッ……。

 力の均衡が傷れたのは一瞬。SHIZUKUの切っ先が刺さった部分から盾にヒビが入り、崩れたのだ。力を入れたままのSHIZUKUの剣は、そのまま女魔王の心臓を貫く。
「まさ、か……」
 ごふっ……鈍色の血を吐いて、女魔王の動きが止まる。程なくその身体が黒い粒子となって玉座へと降り積もった。
「はぁ……はぁ……イアル、ちゃ……」
 肩で息をしながら、剣から手を離したSHIZUKUは振り返った。そして、自分は正しかったのだと知る。
「イアルちゃん!!」
 盾はイアルごと中心から砕けたというのに、盾のあったその場所には、石化したイアルが横たわっていたのだ。
「よかっ、た……」
 膝をついたSHIZUKUは、イアルを抱きしめる。だがその感触は冷たい石そのもの。
「えっ……イアルちゃん? 魔王は倒したのに、どうして戻らないの!?」
 軽くパニックに陥ったSHIZUKUは、イアルを揺さぶったり頬を叩いたりしてみた。だが、それはただの石の塊で。
 暫く、イアルの頭を膝に乗せたまま、呆然としてしまった。
 彼女を完全に助けることはできないのだろうか――諦めかけたその時。SHIZUKUの頭にひらめいたのは。
「そうだ、お姫様を目覚めさせる方法はひとつだけだよね」
 誰も居ないとわかっているのに一応辺りを確認し、頬を赤らめつつ、躊躇いながらSHIZUKUはイアルの顔に顔を近づけた。
 唇と唇がそっと、触れる。
 ゆっくりと、触れた部分から温かさが戻ってきたのがわかる。

「助けに来たよ、イアルちゃん」

 石化が解けたイアルが見たのは、そう言って恥ずかしそうに微笑むSHIZUKUの顔だった。




              【了】




■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【7523/イアル・ミラール様/女性/20歳/裸足の王女】



■         ライター通信          ■

 またのご依頼ありがとうございました。
 とても嬉しく思います。
 今回はいつもと立場が逆ということで新鮮な思いで書かせていただきました。
 やっぱりお姫様を目覚めさせる方法と言ったらひとつだけですよね。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
みゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年08月18日

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